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第161話 見崎神奈の人間関係 3

 俺が知る限りの人間で、一番強い人間は誰か? と問われれば、まず、最初に思い浮かべるのは、親友であるハルの姿だ。次いで、シン先輩。そして、三番目にカインズがやってくる。

 そう、カインズは強い。

 俺が知る限りの中では、五指に入るほどに強い。

 戦力的な意味では無く、人間的な意味として、カインズは強い。

 人間的に強いこと。俺は、それが異界渡りを行う上で、何よりも大切だと思っている。

 ただ単純に、戦力的な意味で強いだけだったり、何か一つだけに特化している物ほど、異界渡りを長期的に続けるのは難しい。

 無論、強みが無ければいいと言っているわけでは無い。だが、一つに強みだけに縋っていると、それを超える存在が現れた場合、人は、あっさりと心を折られてしまう物だ。

 世界最強を自称していた田舎者が、旅に出て見れば、盗賊に襲われてざっくりと殺されたりするのと似たような物である。盗賊は雑魚キャラに見えるが、意外とピンからキリまであり、最悪の場合、異世界を渡る盗賊という凶悪な存在も居るから油断は禁物である。

 そして、異界渡りは、多くの世界を股にかける職業だ。

 そのため、自分よりも強い人間や、有能な人間と出くわすことが多い。かくいう俺も、自分よりも剣術の上手い存在をごまんと見ているし、管理者クラスとなると一個人でまともに対抗すること自体がおこがましい。

 故に、異界渡りとして長く続けていくために必要なのが、人間的な強さとなる。

 自分よりも強い奴がいる?

 なんだ、頼もしいじゃないか、あらゆる手を使って味方にしよう。

 自分よりも有能な奴がいる?

 わぁい、助かる助かる。んじゃあ、コネを作っておいて、いざという時に頼りにしよう。

 自分よりも強い奴が敵になった?

 ひえー、そりゃ大変だ。そいつよりもさらに強い奴を雇って、迎撃しないと。

 自分よりも有能な奴が、こちらを陥れようとしている?

 仕方ない、尻尾を巻いて逃げよう。逃げて、逃げて、機会があったらその内、仕返しでもするさ。

 とまぁ、このように、何かの出来事に対して折れず、めげず、冷静かつ柔軟に対処できる奴こそ、人間的に強い。ある意味、合理的ともいえるが、感情を排したただの合理主義者では、誰かの共感は得られない。誰かを本当の意味で理解できない。信頼できる味方を作ることが出来ない。

 だからこそ、俺はカインズを尊敬している。

 復讐者として、身を焦がす憎悪を受け入れたことを。

 本当には殺したくてたまらない相手に対して頭を下げ、和解を条件に、一時的に力を借り受けるという手段を取れた、クレバーさを。

 目的のために、ギリギリまで手段を選ぶ覚悟の意思を。

 しかし、忘れてはいけない。

 カインズはまだ幼さの残る少年であるのだ。人間的に強い部分もあれば、弱い部分も当然、存在する。

 ならば、師匠である俺が、カインズの弱さを受け入れてやることこそが、カインズに対する誠意になるのではないかと思ったのだ。

 故に、言ったのである。

 何か、遠慮していることは無いだろうか? 俺に出来ることならば、可能な限りやってやるから、何でも言って見なさい、と。


「な、何でもですか?」


 そうとも、何でも大丈夫さ。

 伊達に異界渡りとして、それなりに名を馳せていない。大体の事だったら、何とかしてやるから、試しに行ってみるだけ、言って見ろ、と。


「じゃ、じゃあ、その…………男性の時のミサキ師匠と一緒に、遊びたいです。ミサキ師匠が育った世界を、風景を、オレも見てみたい」


 遠慮がちに申し出たカインズの言葉を、俺は快く承諾した。


「そして、オレも体験したいんです、ミサキ師匠と同じことを」


 快諾した後、んんん? と俺は狐面の下で笑みを引きつらせる。

 あれ、なんだか方向性がおかしいぞ?


「オレも! ミサキ師匠と同じく、女性の肉体を得て動いてみたいんです! きっとこれから、異界渡りとして生きていく上に、そういう経験も必要だと思うから!」


 必要だったかなー? どうだったかなー? 無くても大丈夫な気がするぞー。


「オレは! ミサキ師匠の世界で、男性の時のミサキ師匠と! 女の子の姿で、一緒に丸一日遊び倒したいです!」


 ……もしかしたらカインズは、俺の弟子になったことで、将来への道がとんでもない方向に歪んでしまったのかもしれない。



●●●



 魂を別の肉体に入れ替えるには、色々な手順が存在する。

 これらの手順を無視して、無理やりぶち込んだ場合、深刻な障害が発生する可能性があるので、細心の注意を払って準備を行おう。

 まず、何よりも初めに準備しなければならないのは、入れ替える先の肉体だ。

 この肉体が、魂と馴染みにくい物であれば、魂を入れ替えた後、摩耗で苦痛を感じてしまったり、違和感が大きくて体を動かしづらかったりする。そのため、まずはきちんとした肉体を選ぶことから始めるのだ。この際、人間の魂を入れ替えるのであれば、極力、人間に近しい構造をした肉体を用意しなければならない。排泄機能や、食事機能、五感など、それらは最低限備え付けておかなければ、『憑依』の能力が無い者ならば最悪、発狂して精神が危うくなる。

 出来る限り、魂の入れ物には、高性能の肉体を用意するのが大切だ。


「んんんー、どうすっかなぁ。無駄にレパートリーはあるんだよな、この予備の機械天使の肉体。すげぇたくさんあるんだよなぁ。異界渡りの奴らも、ここから死んだ目をして選んでいくし……とりあえず、年齢層は合わせて、後はカインズの波長と合う奴を――」

「くふふふ、愛弟子に頼まれて、女の肉体を都合する師匠! しかも、後日、男の肉体で女にしてやった弟子と一日デート! いやぁ、業が深い趣味で何よりだよ、カンナ君」

「人を変態みたいにいうんじゃねーよ、道化」

「いや、君は変態だよ、カンナ君」

「真顔で断言するなよ……」


 肉体を用意することが出来たのならば、次に、魂を移し替える予定の人物に魂が離れやすくなる術式を施そう。

 この術式を施す際、適度にアルコールを混ぜた薬品、あるいは、神酒の類を材料に使った特殊媒体を使用すれば、より負担が少なく対象の魂を抜き取ることが可能だ。


「ん、ふ、おおお? なんか、体がふわふわして、眠くなります……」

「うーし、んじゃあ、ゆっくり容器の分を飲み干していけ。いいか、ゆっくりだぞ、カインズ」

「は、はい……んくんく、んく……なんか、妙に美味しいですね、この薬品……」

「材料に相応の物を使ったから、まぁ、味もそれなりだな。ほら、後は眠気に逆らわず、横になって目を閉じろ」

「はぁーい」


 魂を抜き取った後の肉体は、何も処置せずに放置すると、勝手に死んで腐敗するので、相応の術式か、施設で保存すること。

 可能ならば、時間停止系の術式を使うのが望ましい。予算が厳しくても、最低ランクでも疑似冷凍睡眠ぐらいの準備は必要だ。魂の無い肉体というのは、死に引きずられやすい。魂を戻した時、知らず知らずに肉体が損傷していて、戻った直後に死ぬなどという性質の悪い失敗を起こさないように、この作業は細心の注意を払って行おう。


「よし、肉体の保存を確認。魂の転移完了、と。後は、三十分ごとに経過観察して、拒絶反応の有無を調べて……」

「エロ同人みたいな導入から、ガチの術式経過をやっているねぇ」

「当たり前だろ、クロエ。大切な弟子の魂と肉体だ、万が一にも傷は許されない」

「くふふ。ここに。そういう万が一のアクシデントを起こすことが大好きな愉快犯がいるけれど、どうする?」

「要求を言え、速やかに」

「キスして」

「…………要求を――」

「キス。感情を込めて、して欲しいな?」

「…………ちっ」


 魂を入れ替える処置を終えたのならば、きちんとした設備の整った場所で、経過を観察すること。

 どれだけ万全の準備を重ねようとも、必ず、何かしらのアクシデントは起きるという気構えで、三十分置きに脈拍や体温、魂と肉体の動きなどを観察。そのデータを纏めて、何かしらの異変が起きたのならば、直ぐに原因を調べて、発見、対処すること。

 …………とまぁ、このように、意外と違う肉体に魂を入れるという行為は相応の準備が必要である。これは初回であり、肉体を選ぶところからなので時間がかかったが、二回目以降からは省略できる手順があるので、もう少しスムーズに進むだろう。

 二回目以降も、カインズが魂を美少女の肉体にぶち込みたいと思うかはわからないが。


「ぷはー。いやぁ、いいね、いいねぇ、これは。愛弟子が寝ている横で、嫌がりながらも受け入れざるを得ないキスを受け入れるとか、とても気分がいいよ」

「俺は最悪の気分だ」

「へぇ、そうなのかい? 一体、何があったんだい? 私に相談してみなよ。私はいつだって、君の味方さ。さぁ、遠慮せず」

「性格の悪い女に粘着されているんですが、どうすればいいと思いますか? クロエ先生」

「先生はね、その女の人は君の運命の相手だと思うよ?」

「確かに、運命の相手だったかもしれないな。最悪の運命だけれど」

「そんなに褒めないでくれよ、これでも照れるのさ、こんな私でもね?」

「どうして、そこで照れられるのか、それがわからない」


 なお、魂を入れ替える処置を行う際は、信頼できる協力者が居れば幸いだ。

 俺もきちんと、博士に許可を取って『港』にある施設を使わせてもらったし、万が一の際は、研究員たちを貸してもらえることになっている。

 しかし、カインズが見たがっていたから、早々に肉体を男の物に変えたのは失敗だったな。何せ、この姿だとクロエが俺に寄りつく確率が結構上がってしまうのだ。


「なぁ、クロエ。お前って実は、俺の事が嫌いだったりしない?」

「態度を見ればわかるだろう?」

「ああ、わかる――――己惚れでなければ、かなり好き?」

「愛している」

「うわぁ」

「くふふ、ひどいリアクションだなぁ」


 俺は、道化師の少女に絡まれながらも、弟子の経過を見守る。

 いずれ来たる結末から目を背けて、近しい未来へ目を向ける。

 さて、カインズをどうやって楽しませようかね?

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[良い点] カインズ君が倒錯してらっしゃる?!
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