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第160話 見崎神奈の人間関係 2

 休暇である。

 そう、今度こそ正真正銘の休暇だ。

 あの隠者――もとい、導師と呼ばれる不穏な存在については、無論、ホームへの連絡を行った。超越者クラスの術者に加えて、俺に執着している謎の人物。

 加えて、超越者たちを引き連れて、大戦を引き起こした前代未聞のテロリストだ。報告せざるを得ない。そして、放っておけるわけがない。俺は速やかに、逃げ去った奴を追いかけるために準備を始めようとしたのだが、


「馬鹿、いい加減休みなさい。肝心な時は働いてもらうけど、私たちだって無能じゃないんだから。信じて任せなさい。そして、いい加減休みなさいよ、マジで」


 ここでドクターストップがかかった。

 そうだ、そう言えば元々、俺は休暇にやって来ていたのだった。ナチュラルに世界の危機を救うのに慣れてしまい過ぎて、全然、休暇という感じでは無かった。むしろ、あの導師という強敵が現れた分、普段の異界渡りの仕事よりも辛かったまである。

 正直、奴は俺の手で捕まえて、洗いざらい事情を吐かせたかった。

 だが、流石の俺でも分かる。このまま、超越者クラスの術者を探して、数多の世界をはしごするのは、いくら何でもオーバーワークが過ぎるのだと。

 だからこそ、割と俺に厳しめの博士でさえ、ストップをかけたのだろう。

 という訳で、強制的に休暇を楽しめと言いつけられた俺であるが、やる事と言えば、後輩と弟子たちの育成ぐらい。後は、常闇の魔王――もとい、恐るべき魔女の経過観察ぐらい。

 さてさて、世界の危機を乗り越えた弟子や彼らはどれだけ成長しているだろうか? と楽しみながら、彼らをしごいてやろうと思ったのだが、ここで一つの提案が。


「ミサキ師匠! オレ、とても頑張ったのでご褒美下さい! 具体的に、丸一日ぐらい、ずっと二人きりで指導して欲しいです!」

「こら、カインズ。ミサキの処女が欲しいなら、後にしなさい! 私たちが童貞を奪ってからなら、いくらでもいいわ!」

「そーゆーことなのでー、こんどこそー、やりましょー?」

「わ、私の一族が大変お世話になったので、お礼を!」

「はい、それではミサキとの個別休暇を楽しみたい方は、まずはこのクジをお取りください。はい、はい、取りましたね? では、これから抽選会を始めます」


 提案というか、これまた強制というか、いつの間にか『個別に構え』ということで、俺の休日は仲間たちによって切り分けられることになったのである。

 いや、別に休めるならそれでいいけどさ。



●●●



 どん、どんっ、と柔らかく白い塊を木製のテーブルに叩き付ける。

 テーブルにはビニールのように薄い膜が張られてあり、そこに、真っ白な粉を塗して、白い塊の破片がくっつかないようになっている。


「ミサキさん、もっとリズムよく、です。力任せにやると、余計にまとまらなくなりますよ?」

「むむぅ、こうか?」

「そうそう、とても上手です! 後ははい、こんな感じで捏ねて」

「さらっとやるけど、凄い力が居る行動だよな、それ?」

「あははは、伊達に魔王と傭兵王の子孫ではないということで」

「なんか、小説の主人公の設定みたいだよな。魔王と傭兵王の子孫のパン屋。しかも、本人も強いって」

「えへへ、でも、剣の腕はまだまだですから。パンの味は、保証しますけど」

「そうか、そりゃ楽しみだ」


 俺は現在、リズと一緒に多種多様のパンを作っていた。

 無論、俺はパン作りの経験など無いので、プロであるリズから教えてもらっている。


「でも、いいのですか? ミサキさん。その、私たちからのお礼がこんなことなんて。そ、その、色々、出来ることならなんでもやれるのですが!」

「いいんだよ、こういうことで。だって、リズの得意分野だろ、これ。仲間の得意なことを、一度体験して見たくてさ。それに、本職の前でこういうことを言うのは駄目かもしれないが、体験学習みたいで懐かしいんだ……」

「体験学習、ですか?」

「ん、ああ、そういえばこの世界の学校は、大きな街にしかなかったんだよな、確か」


 そういえば、仕事でこの世界を転々と移動することはあったけれど、一つの所で腰を落ち着けて住民と会話することは中々なかったと思う。カインズに関しては、会話の内容がほとんど修業関連だったからな。


「そうなのですよ! だから、学校はちょっと憧れなのです。学校に行ける子は、比較的裕福で、家業を手伝わなくても大丈夫な人ですから」

「こっちの学校な基本的に寮に泊まることになるんだっけか?」

「はい! 男女別れて、皆一緒の寮でクラスなんて、なんだかわくわくしますよね!」

「まー、環境に寄るけどなー。こっちの世界の住人なら大丈夫だと思うが、モラルが低下した他の世界の場合だと、学生寮と書いて『飼育小屋』と読むこともあるし」

「どれだけ殺伐した世界なのです!?」

「ただ、その世界ではまともに教育を受けて飯を食えるだけ上等市民なんだよなぁ」

「ひえぇ……」


 パンを作るためには、色々な時間が必要になる。

 例えば、パン生地を発酵させる時間だったり、オーブンで焼き上げるための時間だったりとか。無論、本来であれば、プロであるリズはこういう空いた時間で他の作業をこなし、無駄なく動くのだろう。

 けれど、今日は仕事では無く休暇ということで、空いた時間は俺とリズのお茶会となった。


「え!? 戦士の家の生まれではなかったのですか!? あんなに強いのに!」

「やー、戦士どころか超平和な国の生まれなんだよ、俺は。十五の時まで、碌に生き物も殺したことすらなかったな」

「十五の時まで!? それじゃあ、どうやってお肉を食べていたのですか!?」

「切った肉を保存する技術と、流通させるためのノウハウがこっちの世界よりも――」


 お茶会のお供には、スコーンと甘さ控えめのジャム。

 後は、お互いについての世間話。

 思えば、こうして誰かとお互いの素性に関して語り合ったのは、どれだけの時間振りになるだろうか? 異界渡りという職業をしていると、どうしても心に一線を引いてしまい、踏み込まない、踏み込ませない、予防線を引いてしまう。なおかつ、素性を知られるということは即ち、人となりを知られ、手の内のいくつかが割れてしまうということ。

 深く、深く自分についてあれこれ語ってしまえば、その分だけ、異界渡りは損をする職業だ。だから、無意識に自分以外の情報を織り交ぜて、誤魔化す。異界渡りという職業であるからこそ、他者は様々な異世界でのエピソードを求めるし、自分以外の事を語って、気を逸らす術は、異界渡りであるのならば、誰しも身に着けている技術だった。


「ほへー、そんな世界もあるのですねぇ」

「まぁ、既に滅んだ世界だけどなー」

「滅んだのですか!? な、なぜ!?」

「超越者が…………あー、お前の大婆様みたいな力をもった奴らが、こう、十数人やってきて、管理者――神様をぶち殺しやがってな?」

「ひ、ひえぇえ……」

「だけど、そいつらも神様をぶち殺し終わると、即座に仲間割れして、人数が半数になってだな?」

「ぐったぐったなのです!?」

「冗談みたいな話だけれど、マジなんだよな、これ。ギャグに見えるけど、個々人の戦力は紛れもなく、単独で世界を滅ぼせるから困るんだ」

「そ、それで、その後、どうやってミサキさんは生き延びたのですか?」

「話せば長くなる。だから、そろそろ焼き上がるであろう出来立てのパンを食べながら、長話でもどうだ?」

「はい! 大賛成ですっ!」


 しかし、リズに対してはもう既に、簡易的に事情を洗いざらい喋ってしまっているので、もはや遠慮はいらない。

 俺は求められるまま、隠すことなく自分の情報をリズへ与えた。


「基本的に、少数精鋭というか、ゲリラ活動が中心だったなぁ。戦力として強いのは、圧倒的に敵側だったし」

「ああ、だからこう、ミサキさんはあれこれいろんな戦い方を知っていたのですね? 今回の件だって、まさかカインズ君が大婆様を出し抜くなんて、想像もしていませんでした」

「や、それは俺も驚いた。あれに関しては、カインズ個人が凄いんだと思うぜ? そして、俺はその凄いカインズの師匠だ! ふははは、凄かろう!」

「躊躇なく、弟子の功績を笠に着ています!?」

「カインズは俺が育てた! と、脱線はここまでにして、そろそろ話を戻そうか。んじゃあ、まずは、この俺の肉体となっている【黒色殲滅】の機械天使について」


 躊躇うことなく、語った。

 堰を切ったように、言葉は流れ出た。

 どうやら俺は、自分が思っていたよりも、自分の体験を誰かに語りたかったらしい。

 自慢。見栄。名誉。苦痛の共有。綺麗な感情も、汚い感情も織り交ざった、複雑なる語りの時間だったと思う。

 けれど、それ以上に俺が感じたのは喜びだった。

 自分の事を語って、誰かに真剣に聞いてもらい、受け入れてもらえるという経験は思いのほか嬉しく、ついつい長らく語ってしまい、一応の区切りまで語り終えた頃には、すっかり辺りは暗くなっていたという。


「あー、悪い、リズ。折角の休日なのに、自分の事ばかり語ってしまって」

「いえいえ、全然! むしろ、望ましいのですよ! だって、その…………語ってくれるということは、つまり、その分、ミサキさんの事を知れるってことじゃないですか」

「ん……そ、そっか」

「はい! だから、いつでも貴方の事を聞かせてください。私は、もっともっと、貴方の事を知りたいんです」


 だからこそ、リズが満面の笑みで俺を受け入れたことに、照れ臭くなってしまった。

 ついつい、癖で狐面を抑えようとするけれど、俺の手は空を切って、ぺちん、と額に当たる。そういえば、今日はずっと狐面を付けていなかった。


「ふ、ふふふっ、ミサキさん、可愛い」

「む、むむむ、中身が男としては、そういう評価をされると複雑なんだが?」

「それはごめんなさい。だから、これはその、お詫びと――――」

「ひゃ、あ、み、ミサキ?」


 そう、狐面を付けていなかった。

 なので、その後の展開はいつぞやと同じような流れになって。


「お礼、です。私が貴方にしてあげられることは少ないから、せめて、私に出来ることは全部、してあげたいんです」


 …………なんか、こう、色々と初めての体験を女性体でしてしまうことになってしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] > なんか、こう、色々と初めての体験を女性体でしてしまうことになってしまったのだった。 あ~いけませんねぇ~これは妄想が捗ります!
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