第16話 エロ本長者には成れない 6
光臨兵士の一団が辿り着いたのは、一見、普通に森の入り口としか見えない場所だった。だが、よくよく目を凝らしてその場所を見てみると、なにやら違和感を覚える。
まるで、何重にも偽装テクスチャを貼り付けて、何かを誤魔化しているような違和感だ。
《多重の封印処理と偽装処理が、この森一帯にかけられているようです。かなり巧妙に仕掛けられた術式なので、これだけ近づいてようやく気付けたようです》
『なるほど、なるほど……んじゃ、ちょっと挨拶に行ってくるわ』
《ミサキ。何故、ステルス状態で隠れていたというのに、態々出ていくのですか? ここで様子を見ていればいいでしょうに》
『いやいや、何やら不穏だから声をかけておかないと、ほら、後から問題になったら困るからね、こちらも、あちらも。それに、どうせ何人かは俺の存在に気付いているみたいだし』
《百メートル以上離れた上に、最新式のステルス偽装ですよ?》
『戦士としての直感が時に、最新装備を上回ることもあるのさ』
俺はまずステルス偽装を解き、敵意が無いことを示しながらゆっくりと光臨兵士たちの一団へと近づいていく。
とりえず、不穏な動きはしない。
あちらも突然の動きが無ければ、警告を掛けてくれるだろう。
「――――そこの仮面の女。ここは我らの作戦領域である」
「一般人は即刻退去せよ」
「理由があるのならば、速やかにそれの提示を求める」
距離が五十メートルまで近づいた時、光臨兵士たちは、淡々と警告をしてくる。
もちろん、その姿に油断は無い。速やかに陣を展開し、こちらの戦力と意図を探りつつも、どのように奇襲を受けても即座に対処できるように動いているようだ。
やはり、手練れの集団だ。
だからこそ、こういう時に明確に効果を発揮する力がある――――そう、権力だ。
「俺は光主から光使の位を預けられた異界渡りだ。光主からの依頼は既に達成してあるが、この世界での逗留、及び自由行動は認められている。今回は、その自由行動の範囲内で、アンタたちの行動理由を伺いたい」
俺は別空間から一つのペンダントを取り出す。
それは、俺が光主から預けられた証。この世界において、明確に光使という立場を示すための道具。光主によって何重にも仕掛けられた複雑な文様が刻まれ、加工された光石を使って作られたペンダントだ。
みーちゃんの宿の時も、これを見せた途端、相手は一発で俺が光使だと理解した。
何故ならば、このペンダントにはそういう魔術が仕込まれているのだ。光主直々に、このペンダントを見せた瞬間、相手に光使という立場を理解させる術式が。
ちなみに、所有者以外の人間の手に渡った瞬間、割と凄い勢いで爆発するので取り扱いに細心の注意が必要である。
「――――失礼しました、異界渡りの光使殿。ですが、何分、作戦行動中でしたので、咎を受けるとしたらこの私一人に」
やはり、この世界に於いて光使という立場はかなりの効力を持つらしい。
先ほどまでの警戒が一瞬で解かれ、俺が歩みを進めて距離を近づけても、直立不動でこちらへの敬意を示し続けている。
ううむ、しかし、恐縮しすぎでは? でも、基本的にこの世界は光主が絶対なる権力を持っているからなぁ。その光主から与えられた特別階級なら、こんなもんなのかね? とりあえず、あまり畏まられると逆に困るから、何とかしよう。
「あー、いやいや、こちらこそごめんね? 作戦行動中に声をかけてしまって。咎とか、そういうのは全然無いから」
「寛大な処置に感謝します、光使殿」
小隊の指揮官と思わしき、光臨兵士が深々と頭を下げる。
俺は「まぁまぁ、頭を上げて」となんとかその場を宥めつつも、話を元の方向へと戻していく。やれ、この手の職業軍人とは性格的な相性が悪いからしんどいぜ。
「ええと、それでだね、兵士さん。よろしければ作戦行動の内容を簡単に説明してくれないかな? もしも、何か力になれることがあったら手伝いたいと思うし」
「はっ! 我々、東大陸第十三小隊は現在、『奈落魔女』の呪いを受けた領域の焼却の準備を行っています。第一段階で呪いの領域を封じていた結界を解除し、第二段階で領域内への侵入、第三段階で呪いの核を討ち、この災厄を終らせます」
「ふんふん、『奈落魔女』の呪い、ねぇ? それってあの『恐るべき子供たち』の一員だっけ? 確か、番号は六十四だったかな?」
「はい、ご推察の通りであります」
常闇の『恐るべき子供たち』。
それは闇の勢力における、知性ある指揮官だ。
基本的に、闇の眷属である魔物たちには知性が無い。本能と憎悪で夜の間、暴れ回って、そして、朝になれば消えてしまう使い捨ての存在である。
しかし、『恐るべき子供たち』は違う。
そいつらは、常闇が手間暇かけてデザインし、さらには名前と共に強力な特殊能力すらも与えた上位個体だ。上位の魔物という区分では無く、魔物のさらに上の存在――――即ち、魔人と呼ばれる存在である。
魔人は当然の如く陽光に対する対処法を持っており、夜が明けても消え去らない脅威だ。加えて、知性があるのだから策謀を用いて、幾つかの街を滅ぼし、闇の領域を広げることに苦心する働き者なのだ。
まぁもっとも、中には露出プレイに興じる変態も居るのだが。
「呪いの内容は?」
「病魔をばら撒き、草木を異形に変え、大地を汚染し、人の精神を狂わせます。そして、呪いの核が存在する限り、それは秒速三メートルの勢いで領域が拡大していきます」
「呪いの核は?」
「現在、呪いの影響で行動を制限されており、動きはありません」
受け答え中に動揺は無く、また、声のトーンも一切変わっていない。
だが、明らかにおかしい。本来であれば、封印処理を施す前に、呪いの核ごと光臨兵士たちに焼却させるはず。態々封印を施すぐらいならば、そちらの方が効率的だ。
だから、封印をしなければならない理由があったのだ、きっと。
「ああ、ごめんごめん、質問が悪かったね、兵士さん。『呪いの核とされているのは、どんな姿形をしているんだい?』」
「…………年頃の少女の姿形をしています」
「元は、人間?」
「はい。ですが、今は既に魂を捕らわれ、呪いをばら撒き続ける媒体に過ぎません。光使殿のお手を煩わせる案件ではありませんので、どうかお引き取りを」
「…………なるほど、ねぇ」
変わらず、光臨兵士の声のトーンに変化はない。
しかし、だ。事実だけを照らし合わせてみても、この光臨兵士たちがどれだけ苦渋に満ちた決断をさせられたのかを理解できる。
その場で即時焼却では無く、封印処理を施したのは少女を救う手段を探していたため。
そして、今更になって焼却処理に入るということはつまり、見つからなかったのだ。彼らや、少女の周りにいる人間たちでは、少女を助ける術を見つけられなかったのである。
だからこそ、せめて自分たちの手でこの悲劇を終らせようとしているのだろう。これ以上、被害を広げて、他の誰かが悲劇に巻き込まれないように。
なるほど、なるほど――――面白くないな、これ。
「我々の行動は、光主様から直々に許可を得ています。例え、光使殿とはいえ、作戦を止める権限はありません。どうか、ご容赦を」
「いや、アンタたちに怒っているわけじゃあない」
ふぅ、と俺は息を吐いて気持ちを整える。
駄目だな、まったく。光臨兵士さんに悟られるほど、苛立ちが隠しきれなくなっていたなんて。ああもう、無様極まりない。
けど、どうにも、こういう話は苦手なのだ。
あまりにも退屈で、理不尽な悲劇が、俺は大嫌いなのだ。
思わず、ぶち壊してやりたくなるほどに。
「光臨兵士さん。確かに、俺はアンタたちの作戦を止める権限は無い。だが、少しだけ待ってもらえないだろうか? 具体的にはニ十分……いや、十五分で充分だから」
「構いませんが、何をなさるつもりで?」
「ははは、ちょっとね」
光臨兵士さんにそう言い残すと、俺は即座に転移した。
きぃん、という甲高い金属音と残して。
転移先は、光主が住まう『天上の間』だ。
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十分後、俺は『天上の間』から再び、光臨兵士の一団の下へ転移していた。
「アンタたちの上司に、光主に直談判して許可を貰って来た。これから一時間の間に限り、俺がその作戦を引き継ぐ。なお、一時間経ったなら、そちらの判断で作戦を再開して構わない」
しっかりと、光主直筆の作戦変更を促す指令書を携えて。
「――――分かりました。では、そのように」
「うん、色々こちらの都合に振り回してごめんなさいね?」
「いえ、構いません。上の指示に従うのが我々の仕事ですので」
突然の行動変更に対しても、光臨兵士たちは動揺することなく対応した。先ほどまで、命がけでも俺を通さない、といった風に森の入り口を塞いでいた兵士たちがあっさりと道を開いたのである。
ううむ、内心どう思っているかは定かではないが、こういう仕事に忠実な所は見習わないといけないな。まぁ、見習ったからといって実践するとは限らないけど。
「ただ、光使殿。出向かれる前に、一つよろしいですか?」
「ん? ああ、構わないけれど、何かな?」
文句の一つでも言われるか、はたまた、拳の一つでも貰うのだろうか?
そんな風に身構えていた俺であったが、俺に対応してくれていた光臨兵士さん――恐らく隊長――が、兜を脱いで素顔を晒した。
金髪碧眼の、凛々しくも雄々しい三十代前半と思しき男性だった。
彼は、兜を脱いだまま、俺に対して頭を下げる。
光臨兵士としてではなく、一人の男性として。
「呪いの核は、私の娘です。どうか、お願いします」
一人の、父親として。
「…………わかった、まかせろ。俺に、見崎神奈に全て任せろ」
だから俺も、一人の人間として彼に応じることにした。
「俺が、アンタの悲劇をぶち壊してやる」
躊躇いは既に置き去りにした。
後悔なんて、今は必要ない。
今、俺に必要なのは。意地と度胸と、気合いと、後は頼りになれる相棒が一人、居てくれればそれでいい。
『そんなわけで、今回も付き合ってくれ、オウル』
《はいはい、そんなことだろうと思っていましたよ、ミサキ》
さぁ、採算度外視によるどんでん返しを見せてやろうじゃないか。
このクソッタレな悲劇を描いた、運命ってシナリオをぶち壊すために。