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第154話 人よ、夜明けを目指せ 10

 その作戦は、夜明けを告げる極光と、壊れた鐘の音の如き号令で始まった。

 まず、世界の色が塗り替えられていく。

 瞬く間に。

 さながら、キャンパスに描かれた絵具に、新しい絵の具をバケツでぶちまけていくように。

 闇の眷属である魔物の群れは、下級、上級問わず、塵すら残さず消えて行く。

 これこそが、ミサキが発動させた超越術式の効力だ。問答無用で相手の術理を超越し、世界の理だろうとも塗り替えて、問答無用で覆す。理不尽を打倒する理不尽なる力。

 この全方位殲滅を逃れた闇に属する者は、陽の光が及ばぬ穴倉に隠れ潜む魔人たちと、地の底で待ち構える常闇の魔王のみ。

 己の力に自信があり、陽の光程度ならばいくらかは抵抗出来るとたかをくくっていた『恐るべき子供たち』の何人かは、驚くほど呆気なく消滅した。


「おお! 光主様が復活なされたのだ!」

「やはり、光の加護は我々を見捨てなかった!」

「闇よ、再び滅びろ!」


 人々は一瞬の逆転劇に喜び、悲劇を乗り越えたと安堵する。

 けれど、その安堵も束の間、再び、大地からじわじわと光を奪う闇が湧き上がっていく。どれだけ滅ぼそうとしても、光りある限り、闇は不滅だと言わんばかりに。


『GURUUU』

『GAAAAAA』

『FSHUUU』


 魔物は誕生の産声を上げながら、再び湧き上がる。

 闇は消えない。

 何故ならば、この世界は光と闇が織りなす幻想物語。

 闇を滅ぼしたいのであれば、世界を滅ぼすつもりで術式を放つ必要があっただろう。そして、世界が滅んでは意味が無い。

 だから当然、ミサキが狙っていたのは超越術式による強制的な環境改変では無い。


「制限解除。出力最大。目標――――常闇の魔王」


 極光はただの探査手段だ。

 常闇の魔王の居場所を探り出すための。

 世界中から闇が一度、祓われてしまえば、術式に対抗して常闇の魔王が動かざるを得ない。それも、超越術式への対抗なので、当然、干渉は世界規模。余波もまた、隠しきれないだろうと推測できる。

 探査や感知に特化した存在ならば、その場所を探知できる。

 オウルは、最初からそれを待っていた。


「吶喊します」


 一つの文明を滅ぼすために造られた、翼を持つ最終兵器。

 ミサキの補佐すら離れた、オウルはその処理能力を十全に使い、最終兵器を起動させる。本来、脆弱だったセキュリティは当然のことながら、ミサキと共に異界渡りとして活動していたオウルの経験により戦闘能力も格段に上昇している。

 そう、本来、散漫だった破壊力を一点に集中させ、貫通能力に特化させたモードを追加できてしまうほどに。


 ――――ッドオオオオオン!!!



 大地が穿たれる音が、世界に響き渡った。

 破壊力を集中させ、余波を抑えてもなお、その轟音は世界へ存在を証明する。

 一機の人形兵器が、大地を穿ち、直線的に地の底まで突き進む、あまりにも力技過ぎる移動方法を、証明する。

 地面を穿ち、進み、なお、速度は音速。

 勢いは緩まることを知らず、光りなき大地の中を、一直線へと進む。

 そして、それは、


「あら、随分と騒がしい登場ね?」


 一切、勢いを緩めることなく常闇の魔王の住居を襲撃し、その肉体を大きく穿った。



●●●



 常闇の魔王が、最初に目にしたものは薄暗い穴倉だった。

 でこぼことした岩肌。草木すら生えない、不毛の大地。僅かに光るのは、魔力を帯びる鉱石が、ほんの少し発光しているだけ。

 空気の流れは、無い。

 あるのは、岩を切り抜いて造り出したような空洞と、その中央に鎮座する、石造りの陳腐な王座のみ。

 出口も、入り口も無い穴倉の中で、常闇の魔王は誕生した。


『その時が来るまで、敵対者であれ』


 常闇の魔王の存在理由は、魂に刻まれたそれだけだった。

 当時、誕生したばかりの常闇の魔王――『彼女』はあやふやな存在で、真っ黒な霧が、辛うじて人型に固まっているような何かだったという。

 知能はほとんどなく。

 下級の魔物の如く、本能のまま生きるだけのそれ。

 光と相反する闇であること、それが、彼女に課せられた役割だった。


「■■●■■?」


 彼女は生まれてからしばらくの間、特に何をすることも無く王座に座っていたが、やることも無くて暇なので、本能的に穴倉の外を目指した。

 しかし、その穴倉の岩肌はとても固く、また、彼女の肉体はほとんど気体みたいな物だったので、穴倉の外に出ることは叶わない。

 だから、彼女が最初に産み出した魔物は、ドリルのように回転する角を持つ存在だった。


『ぎゅいぎゅい』

『ぐいぐい』

『ぐっがご』


 穴倉から外に出たことが無い彼女は知る由は無かったが、最初に誕生した魔物たちは、モグラに似た存在だった。

 極めて頑強なドリル角を持つが、基本的に温厚で、彼女に指示されるがまま、土を掘り進めるだけ。

 自我も希薄で、生物というよりは、自動式の工具に近い存在だったのかもしれない。

 適当な鳴き声を上げつつ、黙々と地面を掘り進めていくだけの、自我すらあるかどうかも微妙な魔物。

 だが、彼女にとってそいつらは生まれて初めて認識する、他者である。

 例え、自分が無意識に生み出した存在とはいえ、何もない穴倉で、独りぼっちの状態に比べれば、どれだけ心が安らぐことか! もっとも、その頃の彼女にまともな精神性などはほとんどなく、ただ、本能のまま、地上を目指すだけの生物だったのだけれども。


「■●■●♪」


 そんな、本能のまま動く、獣みたいな生物だったとしても、彼女にとって、誰かと共に上を目指す時間はとても楽しかったらしい。

 闇の中を進み、進み、どんどん上へ、上へ。

 そして、ついに彼女は地上に辿り着く。


「――――」


 その時の感動を、彼女は数千年経った今でも、鮮明に覚えている。

 まず、美しかった。

 まん丸で、白銀の月が優しく注ぐ光が、とても綺麗で。

 月光に照らされた、森の木々の形が面白くて。

 夜の冷たさを含んだ空気に触れるのが気持ちよくて。

 ああ、なんて素晴らしい場所に辿り着いたのだろうと、仲間の魔物たちと喜びを分かちあったのである。


「■■●●♪」


 彼女の曖昧な五感が、段々と機能していくにつれて、世界の美しさが増していく。

 地上から出ての数時間が、彼女にとっての楽園だった。

 故に、その時がやって来た時、彼女は地獄を知った。


「――――――っ!!!!?」


 それは、日の出と呼ばれる物だった。

 それは、朝日と呼ばれる物だった。

 それは、人間にとって、夜という闇から解き放ってくれる、待ち遠しい存在であり、光主から与えられる祝福の象徴だった。

 それは――――――闇に属する者たちにとって、地獄の業火に等しい物だった。


「■■■!!!?」


 彼女は全身を薪にして、踊り狂う。

 初めて感じる鮮烈な痛みに、焼ける痛みに、僅かに獲得した精神性が残さず焼かれるまで、彼女の狂った踊りは止まらない。


「…………●●■」


 やがて、彼女から森に引火した炎が、山一つを焼き尽くした頃。

 ようやく彼女の全身から炎が消え去った。だが、日光を克服したわけでは無く、陽が落ちて、再び夜が巡り、彼女の肉体が炎という属性を凌駕しただけ。いずれ、再び陽が昇れば、またあの地獄がやってくると彼女は身をもって知っていた。

 だからこそ、早く仲間の魔物たちと共に、夜が終わる頃には地下に潜らなければ、そう思って周囲を見渡したのだが――――当然、彼女の感覚器官が魔物の生命反応を捕らえることは無かった。

 彼女、常闇の魔王は管理者が自ら作り上げた、特別製の存在。

 光に焼かれ、体中が消し飛ぼうとも、この世界に闇がある限り、決して消えぬ不滅の存在。

 しかし、彼女が生み出した魔物は違う。

 抗う余地すらなく、燃えることすらなく、魔物たちが消し去られたしまったことを、彼女が理解ししたのは、再び、日の出が彼女を燃やす頃。


「ぐ、ルゥウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 彼女は、その時、初めて光ある存在に対して憎悪を抱いた。

 業火に焼かれる痛みすら、その時の彼女にとっては些事だった。

 この時から数千年の時が流れてもなお、彼女の怒りは癒えていない。

 されど――――

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