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第153話 人よ、夜明けを目指せ 9

 理屈としては至って簡単な物だ。

 どうして、俺がかつての強敵たちをあっさりと下すことが出来たのか?

 スペックや戦闘能力はほとんど変わらず、ただ、意志と魂が無い、機械の天使。

 ああ、確かに、かつて戦ったことが無く、今、初めて俺がその模造品と戦っていれば、さぞかし苦戦していただろうさ。

 けれど、そいつらはもう、かつての俺が倒した相手なんだ。

 初見殺し染みた権能は既に把握している。

 スペック自体は、相手側の最強と同じなので、一体以外には確実に速さで優位を取れる。

 そもそも、機械天使たちは協力して何かを成し遂げるということに、適していない。性格では無く、能力が適していない。互いの能力を全力に使えば、互いに邪魔になってしまうので、干渉し合わないように調整すれば、必然と出力は一段落ちる。

 なにより――――――意思無き模造品が、再現物程度が、この俺に勝てるわけがない。


「俺の異能、マクガフィンはとても不安定だ」


 何故ならば、それは舞台装置と成り下がっている存在であるから。

 せめて、意志があったのならば。

 魂がある存在ならば、まだ、結果は違うだろう。

 けれど、それは誂えたように再現されたかつての敵対者だ。

 王道だ。

 なら、結末は当然決まっている。

 再生怪人は、成長した主役に蹂躙されるという、皆大好きなお約束だ。


「不安定だからこそ、大体なんでもできる。不安定だからこそ、応用がある。だが、自分一人だけの揺らぎでは、限界がある。万能ではあるが、全能じゃない。自分を変えただけで、何もかもが出来るようになる方がおかしいんだ。だから、大切なのは関係性だ。関係性が変わると、どうやら、俺の異能の強度も上がるらしい。深度とは別に、強制力か? 因果か? あるいは、運命? そういう物にすら干渉出来るようになるらしい」


 それが、理由だ。

 負けるべくして召喚された存在ならば、負けるべくして負ける。

 ただ、それだけが俺が機械天使の模造品たちを一秒も経たずに蹂躙出来た理由である。

 そして、


「つまり、テメェが今ここで、無様に這いつくばっているのは、そういう訳だ。俺が強くなったわけじゃねぇ。テメェが勝手に自爆したんだよ」


 俺が眼前の隠者との戦いに勝利した理由でもある。


「テメェが俺に負ける理由を作った、ただ、それだけだ」


 機械天使の模造品を瞬殺した後、俺の心は怒りや殺意を通り越した、使命感を帯びた。

 それは、とっくに沸点を超えてはずなのに沸騰しない水のような矛盾した感情。

 熱く、冷たく、情熱的に、冷静に、人間的に、機械的に。

 そう、まるで誰かに背中を押されているかのように、俺は動き出した。

 振るう刃は、するりと相手の魔術を切り裂く。

 踏み込む足は、何も気負わず、軽々と。

 視界は、画質をグレードアップさせたみたいに、鮮明で、何もかもがはっきりと理解できる。

 スペックが変わったわけじゃない。

 力関係が変わったわけじゃない。

 ただ、それ以外の要素が全て、俺に対して贔屓しているような感覚だった。


「く、ははははは! くははははははは! そうか! そうかぁ! なんだ、そういうことだったのか! は、はははははっ!」


 恐るべき力を持った隠者は、敗北した。

 万能にも等しい手札を俺の刃が切り裂き、奴の腕を切り飛ばし、眼前に跪かせている。

 黒羽の切っ先は、揺るがず黒衣の向こう側にある闇へと向けて。

 今ならば、どんな魔術を使おうとも、発動前に殺せるだろうと確信して。

 俺は、狂ったように笑い続ける隠者へ問う。


「何がおかしい?」

「はははははは! ははははははっ! これが! これが! 笑わずに居られる物かよ! ああ、そうか、そうだったのか! なんともまぁ、随分と無駄な遠回りをしていた物だ、この私は! そうか、結局のところ、なるようにしかならないのか! 全ては、創造神の御心のままに。されど、運命の女神は意地が悪い。だから、独身なのだ! くはははは!」


 狂ったように……否、そいつは狂っていた。

 狂って、笑っていた。

 無性の声で、やけに嬉しそうに、悲しそうに、虚しそうに。

 さながら、『長年かけて実現させようとしていた悲願が、自分が手を下さずとも勝手に実現されていた』みたいな、滑稽なる肩透かしか、望外の幸運を祝福するように。

 右腕が切り飛ばされて、傷口から血の代わりに黒い霧がどんどん噴出しているのも、まったく意に介さず、しばしの間笑い続けて…………ある瞬間で、ぴたりと笑い声が止まった。


「さて、答えは出たことだし。見事に負けてしまったことだし。私はこれでお暇するとしようか」


 笑うことを止めた隠者は、残った片手をひらひらと振ってお道化て見せる。

 舐められている、という訳では無い? なんだろうか? ヤケというか、深夜テンションでハイになっている大人を見ているような、不思議な感情の波を感じる。


「おい、逃がすと思ってんのか、テメェ」

「私としては殺されてやってもいいのだがな! 残念ながら、運命はそれを望まないらしい。ああ、まったく! 最後の最後で、そういう役割を持って来させるとは! だが、良いとも! 踊ってやるとも! 黒幕らしく! 悪党らしく! 世界平和のために!」


 怒りと歓喜が織り交ぜられた感情が、真正面からぶつけられる。

 しかし、この程度で揺らぎ、怯んで見せるほど初心じゃない。静かに異能の力を刀身に行き渡らせて、次の呼吸と共に、隠者を切り伏せようと決意した。


「貴様の世界を崩壊させた張本人として、来たる時に、対決しようではないか」

「……は?」


 だから、俺はその言葉に、余程虚を突かれてしまったのだろう。

 確実に殺すと決意し、刃を振るおうとした手が止まってしまうほど、俺は揺らいでしまった。

 一瞬。

 瞬きの間。

 稲妻の如く、脳裏でかつての記憶が繋がっていき、俺は、ようやく思い出す。

 この無性の声に、聞き覚えがあったことに。

 あの時、空から降ってきた声は確かに、『こんな声』だった!


「もっとも、仲間割れで死にそうになって、慌てて逃げ去った間抜けな黒幕だがね」

「おい、テメェ――――」


 この隠者にとっては、一瞬の空白で充分だったのだろう。

 油断していたつもりもなかったし、何か行動を起こせば、即座に切り捨てる準備は出来ていた。けれど、俺の刃は結局振るわれることなく、問う言葉の途中で隠者は突如として霞みの如く存在が薄れ、眼前から掻き消えてしまった。

 逃げられた、逃がすつもりはなかったのに。

 いや、これこそがマクガフィンの副作用かもしれない。俺があいつを圧倒出来たのは、マクガフィンのおかげだった。けれど、あいつの一言で俺たちの関係性はがらりと変わり、宿命の敵対者となってしまった。

 無粋なことをやらかした愚か者ならば、即座に切り捨てられたかもしれないが、宿敵とあれば、あそこで切り捨てられないように、世界が、物語がそういう風に働きかけて来たのかもしれない。


「…………くそ」


 俺は悪態を吐いて、苛立たしい気分をぶちまけた後、異能を閉じる。

 今の精神状態では、マクガフィンの使用はかえって悪手になる。

 奴の言葉は思いのほか俺の心を揺さぶったらしく、一歩間違えれば、正気を失って、奴を追いかけるだけの復讐者なりかねない。

 だから、強制的に自分の思考に制限をかける。

 ああ、よかった、今が忌々しい機械天使の肉体で。

 そのおかげで、自分の思考を無理やりカットして、やるべきことに対して意識を向けることが出来たのだから。


「今は、皆の下に」


 葛藤を振り切り、俺は即座に転移を行う。

 座標は、この世界の最も深い闇の底。

 常闇の魔王が住まう、闇の眷属たちの最後の拠点にして、世界の行く末を決める戦場へ。



●●●



 正直に言えば、不安がある。

 途轍もない不安だ。

 無論、作戦は皆で考えた。可能な限り、達成可能な要素を詰め込んだ。馬鹿げたハッピーエンドを目指すため、出来る限りの事はやったと思う。

 けれど、それでも不安に思うのは、仲間の事を信じ切れていないからなのかもしれない。

 信じよう、とは頭で考えていても、どこかに拭いきれない不安がある。

 何故なら、俺の仲間は全員、俺よりも弱いのだから。

 俺は、どうやら、俺よりも弱い人間の事を信じ切れないらしい。

原因には、心当たりがある。

 かつての大戦。

 英雄として戦った日々。

 背中を預けて戦った仲間たちが、ふと目を離した瞬間、死んでいく恐怖。

 他愛ない話をして仲良くなった子供が、次の日、ぐちゃぐちゃの死体になっている違和感。

 自分より強い人間でさえ、あっさりと死んでしまう戦いの中で、俺はいつの間にか、俺よりも弱い存在の事を信じ切れなくなってしまったのかもしれない。

 ハルは信頼できる。

 シン先輩も信頼できる。

 二人とも俺よりも強く、俺よりも主役だ。非業の運命を打破して、誰かを救う姿を容易に想像できる。

 けれど、俺よりも弱い存在はどうだろうか?

 何か一つ、掛け違いがあれば、俺は今までの戦場であっさりと死んでいたと思う。ならば、俺よりも弱い存在は尚更、死に近しい。

 本当は守ってやりたい。

 本当は目を離したくない。

 自分の大切な物だけ、絶対に守り抜く力が欲しかった。

 もしも、マクガフィンとして存在を固定するのであれば、ご都合主義のヒーローにでもなって、大切な誰かを助け続ける自分で在りたかった。


「遅かったですね、ミサキ」

「かっこいいとこ、みせたかったのにー」

「ふん、しょうがない先輩よね! 後輩の見せ場に遅れるなんて!」

「ミサキ師匠! 今回、めっちゃ頑張ったので、褒めてください!」

「み、ミサキさん! 怪我! 怪我していますよ!? 回復! すぐに回復です!」


 ――――――だけど、まぁ、なんとうか、俺が思っているよりも、俺の仲間は強かったみたいで。結局、弱かったのは俺だけだったというか、うん。

 とりあえず、妙に視界が歪むのは、朝日が眩しいからとか、そういう理由にしておこう。

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