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第152話 人よ、夜明けを目指せ 8

 ある一線を越えた者同士の戦いになると、結構重要なファクターとなってくるのが、『反射速度』と『対応能力』だ。

 相手の攻撃が音速を超えていた時。光速を超えていた時。通常、人類と呼ばれる存在の反射速度を超える攻撃を与えられれば、大抵の人間は為す術無く死ぬ。また、時間を止めてくる攻撃や、相手の時間を鈍化させる攻撃などは、耐性が無ければどうしようもない。

 極端な話、相手が感知できないほどの速さで、相手に対応できない攻撃をすれば、それだけで殺し合いというフィールドで勝利を得られるのだから、速さというのは結構大切だ。

 もちろん、超越者クラスの戦いとなると例外や理不尽がありまくるので、ベストな戦い方などは無い。

 けれど、ベターな戦い方は存在する。

 ありとあらゆる存在に対する次善。

 それこそが、この俺の異能、マクガフィンの戦闘における優位性だ。


「ネジレ・マガレ・ケガレ・三重言霊に囚われ、翼を折れ」

「しぃいいいいいいあぁあああっ!!」


 だから、この厄介な相手と戦うのが俺で良かったと思う。

 俺は敵の概念魔術を切り裂きながら、つくづくそう実感していた。

 空中戦。

 それも、世界の境界に近しいほどの高度での戦い。

 利用できる環境はほとんどなく、重力すらも軽く、周囲のマナすら薄い。

 よって、環境では左右されず、己の手札の多さを競う戦い。もしくは、相手に有効な切り札を持っているかを、探り合う戦いとなっていた。


「怨・鬼・隠・三重鬼による、散弾音」

「しゃら、くせぇ!」


 多種多様な魔術。

 それは、呪文による発動だけではない。

 身振り手振り、腕の動き、足の動き、一挙手一投足が相手にとっては魔術発動のトリガーとなる。加えて、魔力は潤沢であり、今の所、底を尽きる様子はなさそうだ。無尽蔵というよりは、魔術で消費したはずの魔力を循環させて再利用するようなよくわからない、因果律にすら干渉する仕組みでも使っているのだろうか?

 ただ、確実なのは幾百、幾千の魔術を使ってなおも、息切れする様子はないということ。

 それも、ただの魔術では無く、世界の構造にすら干渉する概念魔術だ。

 一つたりとも、安易に受けてはいけない。全てを切り伏せて、完全に無為化させなければ、どういう作用でこちらの命を奪ってくるかわからない。むしろ、防がれたことをトリガーとして発動する魔術すら仕組んでそうで、いや、数分間の戦いで理解したが、こいつは絶対に仕込んでいる。そういう、油断ならない相手だ。


「私の魔術を全て、後付けで切り伏せるか。やはり、素晴らしいな、その異能マクガフィンは。世界防衛機能である、デウス・エクス・マキナの片割れであったはずだというのに、本来の機能を逸脱し、進化を遂げている。見崎神奈。これはとても素晴らしいことだ。そう、お前の異能には――否、お前がその異能を所有しているからこそ、価値があるのだろうな」

「はんっ、ごちゃごちゃうるせぇよ。余裕のつもりか?」

「いいや、それなりに忙しいとも」


 強い。

 嫌になるほど、目の前の隠者は強い。

 魔術だけでなく、空間転移を繰り返して接近し、近接戦闘に挑んでもなお、強い。むしろ、近接格闘などの技量や経験がアドバンテージとなる戦いでは、こちらが圧倒的に不利にさえなる始末。

 それも、多くの超越者のように一点に特化している強さではない。

 万能の強さだ。

 果てしないほどの経験を積んだ、恐るべき修練の存在こそが眼前の隠者であると、俺は短い間のやり取りで感じ取っていた。


「加えて、肝も頭も悪くない。この私をお前が請け負うことで、常闇の魔王の下に、仲間たちが向かう手はずになっているのだろう? ああ、いい、邪魔をするつもりはない。安心しろ。この世界の行く末など、私の目的に比べれば些末な物だ」

「へぇ、そりゃあ大層な、目的、でっ!」

「くははは、そうだ。大層な、とてもとても大層な目的だ。知りたいか?」

「昨晩視た夢の話とかされるよりも、クッソどうでもいい」

「確かに、どうでもいいな。他人の目的など、どうでもいい。踏み潰せ。意に介さず踏み越えていけ。そうでなければ、意味がない……あるいは、逆でもいいか。どちらでも、その資格を得る土台はあるのだから」


 呑気に言葉を紡いでいるように見えて、相手は常に臨戦態勢。

 会話をしているという行為自体が、また一つのファクターとなり、数多の世界の、数多の術理による魔術による攻撃が降り注ぐ。

 それを俺が、空間転移とマクガフィンの組み合わせで防ぐ。

 あちらは万能の手札。

 こちらは後出し切り札。

 互角に見えるが、分が悪いのはこちらだ。

 あちらがどれだけの手札を持っているのかはわからないが、少なくとも、このまま凌ぎ続ければ手札が尽きる、なんて楽観を持てない程度に強いことは明白。

 こちらは、異能を使えば使うほど存在がずれて行き、いずれは来たる末路へと足を踏み入れてしまう。そうなった場合、相手を凌駕する可能性を得られるかもしれないが、仲間たちの笑顔が得られない結末は敗北と同じだ。

 なので、そろそろ勝負に出なければならない…………そう思っていた頃合いだった。


「ならば、こういう趣向はどうだろうか?」

「――――ん、なっ?」


 ぱちんっ、という場違いなまでに軽快な指が鳴る音。

 それと共に、群青に染まった空に、五つの亀裂が奔った。


「過去の強敵が勢ぞろいで、出現する。陳腐で使い古された手法であるが、つまり、それは王道であり、また、実際に『有効』であるということだ」


 五つの亀裂に、五つの色が染み出るように空間を侵食し、がしゃん、という破壊音と共にそれらが召喚される。

 赤。

 鮮血の如き赤いワンピースを身に纏い、烈火の如き長髪をなびかせる童女。

 機械天使、三原色が内の一つ、【祝福の赤】。

 青。

 雲一つない蒼穹の如き、青い全身鎧を身に着けた、騎士。

 機械天使、三原色が内の一つ、【失墜の青】。

 緑。

 緑色のオーバーコートを着込み、柔和な笑みを浮かべる緑髪の美女。

 機械天使、三原色が内の一つ、【緑の群生】。

 白。

 白色の長髪が眉の如く全身を包み、決して瞼を開けることが無い裸体の幼女。

 機械天使、無彩色が内の一つ、【白色忘却】。

 そして、黒。

 真っ黒なドレスを纏い、六枚の黒翼を背負う、同じ顔の美少女。

 機械天使、無彩色が内の一つ、【黒色殲滅】。


「さて、この五体の機械天使の模造を相手に、何処まで戦える? ああ、もちろん、魂や人格はともかく、スペックや戦闘経験などは可能な限り再現しているつもりなので、安心するがいい。貴様の記憶のそれと、違うこと無き強敵だとも」


 かつて、一体相手でも苦戦し、仲間と協力して討ち果たした強敵が五体。

 悪夢を体現するかのように、俺の眼前に現れた。



●●●



 思い出す、あの時の戦場の数々を。


「ラインの切断を確認! 今なら、アクセス権を保持できる!」

「三秒間だけだけどね。チヒロ、大丈夫そう?」

「問題ない――――あいつの祝福を、冒涜してやる」


 【赤き祝福】。

 俺たち三大英雄以外のレジスタンスメンバーが全て洗脳され、補給も断たれ、孤立無援の窮地を、何とかハルの機転で乗り切った。あの三秒間の間に、博士が異能で、【赤き祝福】の本体を破壊しなければ、俺たちもまた、洗脳されていただろう。


「は、ははは。お前に、刺されるのも、悪く、ない」

「…………くそ、が」


 【失墜の青】。

 レジスタンス構成員の半数を虐殺した後、俺が命がけの特攻により、暗殺した。その際、狂った情愛を向けて来た奴の異常性を、俺は生涯忘れることが出来ないだろう。


「マザーには愛想が尽きたので、貴方たちと共に生きて行こうと思います。とりあえず、手土産として殺害したと報告を偽造していた人たちを、レジスタンスにお返ししますか?」

「数千人規模だと、兵糧が持たないので勘弁していただきたい」


 【緑の群生】。

 俺たちにとっては、英雄にも等しい、機械神側の裏切り者。彼女が寄生し、強化した人間たちの戦力がなければ、戦線を保持できず、ジリ貧でレジスタンスは壊滅していた。


「…………」

「おやすみ。忌まわしくも、無垢なる天使よ」


 【白色忘却】。

 俺以外全てのレジスタンスの記憶を忘却させ、無力化した恐るべき機械天使。されど、無垢であるが故に、何も抵抗せずにあっさりと俺に殺された、危う過ぎる存在。


「は、ははははっ、はははははは!!」


【黒色殲滅】。

 五体の機械天使の中でも、群を抜く殲滅力と戦闘能力を持つ最強の機械天使。マクガフィンの異能に覚醒し、全力を尽くして不意を打たなければ殺されていたはずだ。むしろ、あの時、俺が単独で暗殺出来たのが奇跡に等しい。

 どれも、強敵だった。

 楽勝である戦いなど、一つも無かった。


「おい、ふざけているのか?」


 だからこそ、俺はぶち切れた。

 これ以上なく苛立って、異能を通した黒羽を五度、振るった。

 ――――一刀一殺。

 それを、五度繰り返せば、事足りた。


「こんな程度の玩具で、俺を殺せると思い上がっているのなら、次はテメェの首を落とすぞ?」


 俺は、機械天使のまがい物たちを全て斬り殺すと、隠者へ向かって切っ先を向ける。

 機械天使共は強敵であり、決して許せぬ宿敵揃いだった。

 だからこそ、俺はぶち切れた。

 ぶち切れない訳が無い。

 俺は機械天使を憎んでいるし、嫌っている。

 けれど、あいつらとの戦いを侮辱する奴らは、全て殺す。

 それが、かつてあいつらを殺して、英雄になった俺の矜持なのだから。

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