第151話 人よ、夜明けを目指せ 7
「――――以上が作戦の内容となります。質問のある方はいらっしゃいますか?」
篝火のほとんどが壊され、僅かが灯のみで薄暗く照らされた街の中。
ミサキが展開した空間隔絶内の、安全圏でオウルが四人に対して説明を終えた。
「今回の作戦の肝となるのは、リズとツクモのコンビネーションです。ツクモ、本来のコンビとは違う相手ですが、作戦通りに実行するのは可能でしょうか?」
「んんんー、やれなくないけどー、ほとんどー、ほじょふかのうー。ほんとうに、やるべきことしか、できないかなー?」
「リズ。光の加護が無い状態で、何処まで動けますか?」
「え、えっと、頑張ります!」
「もっと具体的に説明を。カインズ、リズに対してお手本を見せてあげてください」
「はい、オウルさん。オレは光の加護が無い夜間の活動は、筋力が三割低下。体力の総量が五割ぐらい低下します。けれど、集中力、剣の取り扱いに関しての技量は変わりありません。三十分以内なら、内臓魔力を燃やして、日中の活動と同レベルの動きが可能です」
「はい、リズ。このような感じで」
「難し過ぎではありませんか!?」
薄暗い街の広場に、五つの影が揃っている。
大鷲の翼を持つ少女。一つの文明を滅ぼすための最終兵器を端末として、今回の作戦のバックアップかつ、最大火力を務めるオウル。
灰色のパーカーに、藍色のジーンズという、普段着さながらの姿で、まるで気負う様子もなく、へらりとした笑みを崩さない少女。作戦の要と言っても過言ではない、重要な役割を担う。ツクモ
不機嫌そうな顔を隠さない、ゴシックロリータドレスを纏った少女。フシ。
静かな闘志を滾らせて、剣を携える少年。ミサキの一番弟子である、カインズ。
そして、この作戦の――否、この世界という舞台において、唯一無二の主役として、配役されることになった少女。迷いや緊張の様子を隠しきれず、けれど、黒剣を握ることを震わせることなく、その時に向けて覚悟を決めた、リズ。
「う、ううう、私に上手く出来るのでしょうか? いや、出来ます! 頑張ります! 大婆様に、思いっきりぶち込みます!」
「殺さないようにだけお願いします。それと、カインズ。貴方の戦力は、総合的に見ても軽微なので無理に参加しなくてもよろしいですよ?」
「あははは、お気遣い感謝です、オウルさん。でも、オレはこの世界の住人だから。光の加護を受けた民だから。だから、オレがその場に居ないといけないって思うんです。足手纏いにはなりませんので、よろしくお願いします」
「現状、既に足手纏いっぽいので、それは無理です」
「えぇ!?」
「なので、足手纏いであることを理解しつつ、きちんとついてきてください。貴方の命を守ることを、ミサキから厳命されていますので」
「あいかわらず、あまあまー」
「ふん! カインズ、私の後ろに居なさいね! 私は基本的に不死身だから、脆弱なアンタを守ってやるわ!」
「わぁい、ありがとうございます、フシさん。まるでミサキ師匠みたいなツンデレですね!」
「誰が安易な萌え属性よ!? それと! リズだったかしら!? 一応言っておくけど、あいつの童貞は私たちの物だから! それだけは覚えておきなさい!」
「は、はひ?」
フシはリズに対して、つんつんした態度を隠さず。
ツクモは、二人に対して「よんぴー? よんぴー?」と、にやにや火に油を注いで、話題の延焼を図り。
カインズは「ミサキ師匠は流石だなぁ……本気で頼めば女子の姿で――いや、それは越えてはいけない一線だぞ、俺ェ」と一人で勝手に悩み。
オウルは相棒の挙動を真似するように肩を竦め、「やれやれ」と呆れた声を出した。
決戦前とは思えない緩い雰囲気。
これからこの五人で、ちょっとそこまで遊びに行くんだ、と言われても易々と信じてしまうような弛緩した空気感。
そんな五人を見る街の住民たちは、当然、困惑の色を隠せない者が多い。
「本当に大丈夫なのか?」
「だが、実力的にはあの人たちにしか」
「俺たちは何もしなくていいのか?」
「馬鹿、結界が解けてからが大変だって説明されただろうが」
薄闇の中、ざわめきは止まらない。
ミサキによって与えられた安全によって、住民たちの危機感は戸惑っている。間違いなく、世界存亡の危機であるはずなのに、下手に安全だから、戸惑っている。
ざわめきと、弛緩した空気。
これで本当に大丈夫なのか? 誰かがそう、口を開きかけたその時だった。
――――きぃんっ。
ガラスが割れたような、硬質的な高音が、夜の帳を切り裂いた。
高音の到来によって、ざわめきは消え、弛緩した空気は炭酸を含んだかのように、ぴりぴりと刺激的な緊張をはらむ。
「合図が来ました。皆さん、準備はよろしいですか?」
「「「「もちろん!」」」」
「よろしい。では、そろそろ夜明けの時間です。各自、この闇を晴らしに行きましょう」
五人は既に解かれた結界の向こう側、闇の果てへと視線を向けた。
未だ、終わること無き夜へと挑み、黄昏の夜明けを掴むために。
●●●
空間が割れる音が聞こえる。
――――き、き、き、きぃんっ。
空間がひび割れ、壊れていく音が聞こえる。
この世界が悲鳴を上げ、軋む音が、確かに聞こえる。
――――ぎ、ぎぎぎぎぎぃんっ。
それでも、止めない。
さぁ、魔力を熾せ。
全身を淀みなく、兵器へ転化しろ。
権利を行使して、この世界から魔力を吸い上げろ、奪い取れ。
闇によって無理やり押し込められた光の反発を、全て手中に収めて、不敵に笑え。
「全兵装解放。権能最大解放――否、異能の行使によって、一時的に権能を凌駕」
存在を確定させるな。
何物でもあれるが故に、何物にも成れる異能を振るえ。
不確定な自分でありながら、自分自身であることは譲るな。
「権能名【黒色】を更新――――――超越術式【極光】を発動」
矛盾を理不尽で凌駕しろ。
世界の理を乗り越えて、全てを手にする力を行使しろ。
世界を滅ぼせる力を、世界を救うために使え。
さぁ、今こそ見せてやろうじゃないか。
「闇を・喰らい・滅ぼせ」
この世界で一番高い場所よりもさらに高く。
光主の位置すら超えて。
俺は、空と宙の境界に居た。
世界の境界で、俺は六枚翼の翼を展開して、そこから極光を世界中に放つ。
さながら、陽が昇るかの如く、空を暁に染め上げて。
光の速度で、昼夜を塗り替えていく。
「月並みの言葉で悪いが、明けない夜は無いんだ。大人しく、闇に還りな、魔物ども」
オウルが共に居ないから、俺には分からない。
きっと、大地を震わせるほどの魔物の絶叫があるだろうが、俺には届かない。
空の高みで、陽の代わりに夜を焼く光を放つ俺には、闇の眷属は近づけない。
光使としての当然の権利として、この世界の光属性を持つ魔力を奪い取ったが故に、今の俺は光主と同等以上の光を扱う力がある。
「しかし、無理かと思ったが意外と出来るもんだな、ううむ」
昼夜を覆すほどの術式。
超越者のそれに近づくための、超越術式。
元々、機械神から与えられている空間支配の権能を凌駕するために、俺の異能と織り交ぜたらなんかいけるかなぁ、と思って試したら意外と出来たから驚きだ。
でも、大戦の頃の俺では、間違いなく出来なかったことなので、これは成長しているということなのだろう。うん、成長は大切だ。学ぶという姿勢は、とても、大切だ。
「――――しぃっ!」
何せ、この通りに、相手からの奇襲を逆に不意討ちで迎え撃ってやれるのだから。
「これで、二度目の干渉だ。寛容なこの俺でも、いい加減堪忍袋の緒が切れるところなんだが?」
「く、ははは、はははははっ!」
アイテムボックスから素早く黒羽を抜刀状態で引き抜き、そのまま俺は背後を振り返る動作と共に横凪に刃を振るった。
あらゆる属性を切断し、概念防御すら切り裂くはずの、黒羽の刃。
されど、振りぬかれた刃は、黒衣から伸びた枯れ木の如き手によって受け止められている。
掌で受けて、皮膚すら切り裂けないまま、止まっている。
否、それだけではない。俺の攻撃を受けながらも、俺が展開した翼を全て叩き割り、こちらの術式を強制解除。再びこの世界を闇に閉そうとしている…………ただ、既に放たれた光は世界中を巡り、闇を祓い続けている。この場で妨害を受けようとも、もう関係ない。
「おはよう、見知らぬ隠者。この世界を弄ぶクソッタレ。閉空塔では、世話になったな? 悪趣味な覗き魔野郎が」
「ああ、やはりお前しかいないだろうな、見崎神奈。お前しか、世界は救えない」
交わされない言葉。
黒衣に隠れて、見えない表情。
伝わらない意思。
目の前で対峙している相手なのに、とてつもなく遠い意思交流。
「はぁ、もういい――――とりあえず、死んでおけよ、お前」
「無論、貴様が世界を救えば、喜んでそうしよう」
地上から最も遠い上空。
黒と紫のグラデーションを背景に。
俺と謎の隠者は、世界の境界線で死闘を始めた。