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第15話 エロ本長者には成れない 5

「あー、はしゃいだ、はしゃいだ! 大満足だぜ!」


 俺はやるべきことを終えて、看板娘みーちゃんの居る宿まで戻ってきていた。今は旅の疲れを癒すため、個室でベッドの上でごろごろと転がりながら、オウルと言葉を交わしている。


《…………大分やらかしましたからね。そりゃあ、大満足でしょう。というか、ここ一週間で関わった事柄の八割近くは秘宝関係なく、ミサキが色々やらかしただけだったじゃないですか》

「でも、そのおかげで秘宝を預ける相手を見つける伝手を手に入れたり、移動の途中に、運よく誰かの窮地に駆け付けられたり出来たからな。ま、人間万事塞翁が馬って奴さ」

《都合が悪くなれば、運命と因果を捻じ曲げる気満々の癖に》

「もちろん。俺の都合の良いことは受け取ってやるが、都合の悪いことは高笑いしながら捻じ曲げてやるとも。それが俺の生き様です」

《けれど、その影響で無辜の誰かが傷つく時は躊躇って違うやり方を探すんですね?》

「…………そこはケースバイケース!」

《やれ、豪快なんだか、繊細なんだか》


 俺とミサキは、この一週間で[に:11番]世界の各地を回っていた。

 時に観光をしながら。

 時に冒険者として仕事をしながら。

 時に光使として人々の悩みを解決しながら。

 気分はさながら、時代劇に出てくる偉いお爺さんか、暴れん坊な将軍様と言った感じだ。有り余っている能力を使い、困っている誰かを助けるのは実に気分が良い。


「はっはー、俺は後腐れなく俺の気分が良くなればそれでいいのさ!」

《堂々とした偽善者発言ですね?》

「聖人君子という柄じゃないからなぁ。一応、秘宝を使って助けた分のお礼はいつかしてもらう予定だぜ。俺が忘れていなければ」

《ドングリを地面に隠すリスレベルで覚えていそうですね?》

「なぁに、大樹が生えたら思い出すさ。そういえば、そういうこともあったな、って。その時、大樹から美味しい果実が落ちて来れば幸いだ」

《ドングリを植えたら、ドングリしか落ちて来ませんよ?》

「かもな? だけど、俺は意外と好きなんだよ、ドングリ。それが、かつて俺が植えたドングリから生えた大樹の物だと思い出せるのなら、尚更良い」

《…………ミサキは物よりも『物語』を好むのですね?》

「そうだな。ただの金塊よりも、七つの海を跨いで来たお守りの銅貨とかの方が、俺は好ましく感じるよ。その方が、浪漫があるからな」

《その銅貨も、誰かが旅に出る時、喜んで手渡しそうですね?》

「ああ。そいつが、俺にとって面白い物語を提供してくれそうな奴ならな。俺はいくらでも投資を惜しまないよ」


 だからこそ、俺は手元に残して置いた三つの秘宝以外、七つの秘宝は全て消費した。

 『太陽樹の千年果実』は、己で旅をするための糧に食らった。

 『叡智の帽子』は、旅を志す少女のために手渡した。

 『湧き出る泉の種』は、干ばつに苦しむ砂漠の民に渡した。

 『霊薬を産む黄金鶏』は、空を駆る飛行機乗りの医者に預けた。

 『星風纏いの外套』は、月下の荒野を歩む魔人へ託した。

 『神族創造の魔道書』は、この世界を発とうとする新米異界渡りへ投資した。

 『精霊琥珀』は、猫を友とする青年の嘆きに応え、その悲劇を砕くために使った。


「どいつもこいつも、俺が次にこの世界を訪れた時、面白い話を聞かせてくれそうな奴ばかりだったからな。ふふふ、今から再会する時が楽しみだぜ」

《どのエピソードも色々ぶっ飛んでいる所がありますけどね? 『湧き出る泉の種』を渡された砂漠の民は、それをどうしたんでしたっけ?》

「砂漠の中で貴重な水をふんだんに使ったアミューズメントパーク『オアシス』を建設し始めたな。半年後ぐらいに開園予定らしい」

《飛行乗りの医者は?》

「鶏が明らかに人間大の大きさで、夜でも妙な後光を放ち、朝になるとイケメンボイスで『くっくくるどぅ!!』と叫びながら卵を枕元に置かれること以外は概ね好評だったよ」

《…………あのへんた――魔人は?》

「これで露出プレイがはかどるって言ってたね」

《新米異界渡り》

「泣きながら喜んでくれていたよ。『ああああああ! 確かに、確かにこの魔道書は私にとって絶対必要ですが! でも、でも何で譲渡の際の契約に【ただし、創造する神族の容姿は幼女に限る】って入れたんですかぁ!? これから私に、ロリコンの二つ名を背負って行けと!?』とか、大好評だったわ」

《…………猫があんな姿の精霊になったのは、やはり、ミサキの趣味なので?》

「いや、あの時はかなり真面目にやってから、本当に結果はあの猫が望んだ結果だぞ? なんでも、あの青年の子供をたくさん産みたいから、出来るだけギリギリ子供を産めるぐらいの幼さを望んだらしい」

《あれ、絶対に入りませんよね?》

「あの青年は色々でかそうだったからなぁ」


 俺とミサキは、のんびりと世界各地を旅した時のことを思い出す。

 うむ、やはり予算を気にせず出来る旅は楽しい物だ。

 もちろん、予算をやりくりしながら旅をするのも、それはそれで別の楽しみがあるのだが、今回は色々遠慮なく動くことが出来たから大満足である。

 なので、今の所、秘宝をどんどん消費したことに関して後悔は全く無い。


《しかし、ミサキは秘宝を渡したりするとき、妙な対価や契約を提示したり、あるいは、まったく見返りを求めずに与える時がありますよね? そこら辺、どのような違いがあるのですか?》

「まぁ、ぶっちゃけ俺の気分次第だよね!」

《私の相棒が適当過ぎる……》

「いやいやいや、これでもちゃんと考えてるってば! 対価を提示した方が、相手が負担にならない時とか、契約で縛って置いた方が暴走しないであろうって思う時とか。後、見返りを求めずに与える時ってのは、大抵、俺がもう何かを与えられている時だから」


 だから、気分次第なのである。

 価値のつり合いは、俺の主観で取っているので、必ずしも俺の行いが善となるとは限らない。俺から渡された秘宝によって、本来、負うべきでない宿命を背負うことになるかもしれない。それが原因で、命を落とすかもしれない。

 どれだけの能力があろうとも、経験があろうとも、所詮、俺は個人に過ぎない。個人の視点で、誰かの未来を全て見通すことは出来ないだろし、何より、誰かの未来を見通そうとすること自体、傲慢だ。俺はその傲慢をほんの少しだけ齧っており、出来る限り、相手が破滅しないように行動しているつもりだ。ただ、その代わり、苦労が絶えなくなるかもしれないが、それと同等以上の何かを与えられるように行動している。

 例え、後で後悔や反省をすることがあったとしても、せめて、その場だけは己の決断に自信をもって頷けるように。


「だからさ、損しているだけってわけじゃないよ、オウル」

《…………確かに、元々あれだけの秘宝をこの世界から他の世界へ移動するには問題がありました。当事者同士の取引で合意を得ているとはいえ、世界の管理者から許可を得ているとはいえ、人類の管理者である光主からはよく思われなかったでしょうから》

「よく使えば、人類の莫大な利益になるであろう秘宝がごっそりと他所の世界に持っていかれることになるんだから、そりゃよく思わないさ。もっとも、直接口出しして来るようなことは無かったけどな。それでも、今後の取引に差支えが出たかもしれない」

《それを考えれば、三つほど秘宝を残して取引したのは最良の決断だったのかもしれませんね。流石に、その三つも誰かに与えようとすれば、私も警告を発したかもしれません》

「はっはっは、そこまで俺は無謀でも、無欲でもないさ。ちゃんと『俺達の世界』のために、残しておかないといけないし」


 俺はふかふかのベッドで仰向けになりながら、故郷の世界を想う。

 かつての日常。

 残骸の世界。

 終わりを待つだけの日常。

 管理者亡き、がらんどうの世界。

 だが、それでも、こんな世界だろうともまだやれることがある、と手を伸ばしたから、今の俺がある。異界渡りとして、宿敵の肉体を使ってでも、何かを成し遂げたかったから。


《ミサキは好き勝手動いているように見せかけて、なんだかんだ、移民の為の準備はダントツで進んでいますからね》

「そりゃあ、他の奴らよりも高性能な肉体を使っているからな! できれば使いたくないという気持ちもあるんだけど!」

《その肉体の使用権利を持つのは現在、貴方だけですので》

「はいはい、わかっていますとも」


 俺はため息を吐くと、えいや、と気合いを入れて体を起こす。

 旅の疲れを癒すために、しばらくこの宿に逗留するのも悪くないだろうけど、そろそろ流石に、俺の『基幹世界』へ戻った方がいい。三ヶ月ばかりずっとこの肉体に魂をぶち込んでいた所為で、そろそろ精神の変容が始まりそうだからな。


「さぁて、精神が雌化する前にさっさと帰りますかー。その前に一応、光主と管理者のオッサンには話を通して――――て、んん?」


 この肉体に備わっている、五感以上の感度を持つ第六感。魔力を感知する感覚センサーが、反応する。ぴりぴりと、胸の奥が焦げ付くような感覚と共に、脳内へ具体的なイメージが視覚を通して展開される。

 光輝く一対の羽を背負う、全身鎧の兵士。

 白銀に輝くそれらが、結構な大人数で空を飛び、何処かへ向かっていく光景が、俺の脳内で展開されたイメージだった。


「オウル」

《魔力反応多数を感知。この街の上空を亜音速で飛行中…………無事に通り過ぎたようです。光臨兵士の一個小隊であると推測します》

「ふぅん」


 オウルからの報告を受け、俺は考え込む。

 光臨兵士。

 それは、光主直々に加護を施した鎧を身に着けて、世界有数の指導者の手によって鍛えられた精鋭の兵士たちだ。一人一人が一騎当千であり、並大抵の魔物――いや、仮に高位の魔物相手だったとしても、一人で充分対処が可能なほどの練度を誇っている。

 そんな光臨兵士が小隊規模で出動しなければならない事態、か。


「なぁ、オウル」

《駄目です》

「そこを何とか」

《絶対に余計なことをします、貴方は》

「頼むよ」

《さっさと帰りましょう》

「元の世界に返ったら、お前の願いを大体なんでも一つ叶えてあげるから」

《…………ちょっとだけなら、認めましょう》


 俺は相棒のオウルを説得して、光臨兵士たちが向かった場所に後からついていくことにした。

 何事が無ければそれでもいい。俺が出る幕でないのならば、それでもいい。

 ただ、妙な予感が俺の胸の奥でわだかまりになっていた。

 部屋の鍵をきちんと閉めたかどうか、確認するのを忘れた時のような、引っ掛かりと焦燥感が交じり合ったような予感。

 どうやら、俺が帰還するのにはまだ、ちょっとだけ早いようだ。

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