表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/185

第149話 人よ、夜明けを目指せ 5

 世界運営にはいくつかの手順があると、かつて、何処かの管理者が言っていたような気がする。例えば、三毛猫の姿をした、老獪なる賢者とか。


「世界運営の目的ってのは、最終的にはあれだからねー。人類が良い感じに魂を磨いて、次のステージに進むことだかんねー。それが、アタシたち管理者が唯一、共通とする思想って感じ。でも、それに向かってのアプローチは人それぞれ、なのにゃあ」


 創世時代。

 人がどのようにして生まれ、どのようにして、存在に至ったのか、それを示すための出発地点。零から歴史を紡ぐ物も居れば、予め『基点』となる世界から歴史を引用し、そこを自分なりにアレンジしてから始める者も居る。

 この時点で管理者は、どのようなコンセプトで世界を運命していくのか決めるらしい。

 次に、神話時代。

 管理者が大いに介入し、世界の基盤を整えている段階だ。

 この段階は管理者が人を守護しており、超越者などのイレギュラーが出なければ、滅多に絶滅することなどは無い。例え、ファンタジーな世界観でなくとも、影で管理者が守護している段階の事を神話時代と呼ぶ。概ね、人類が安定して力を付けて、独力で文明を築いて行ける基礎を作ってやる。

 そして、黎明時代。

 この段階になれば、管理者は人への干渉を止めていく傾向にある。

 もちろん、あえて多大な干渉を続け、人類たちに自らの存在を知らせる者も居るが、三毛猫管理者曰く、スタンダードな世界運営というのは『最低限の干渉』で、『最大の成果』という方針になっているのだとか。

 そのため、管理者の大半は、どれだけ惜しくなろうとも、愛しい人類たちの、あるいは、憎たらしい人類への干渉を止めて、巣立ちを見守らないといけない。


「ただねー、神話から黎明に移る時ってのはさー、大抵、神話の清算をさせられることが多いんだよにゃあ、人類って。神話で恵まれていれば、恵まれているほど、その世界で恵まれなかった存在が、反旗を翻して人類を害そうとする。それは魔王だったり、天災だったり、概念だったり、文化だったりするけど、大抵はそうなるにゃー。だから、管理者は選ばなきゃいけない。神話の時代に、人を強く育てて、黎明の試練を潜り抜けるようにするのか。それとも、最初から恵みなど与えず、神話を早々に終わらせるのか」


 けれど、試練が来ないってことはほとんどない、と三毛猫の管理者は言う。

 大地が鋼色に荒廃し、空が薄暗いスモッグに覆われ、草木のほとんどが死滅した終わりかけの世界の管理者はなおも、言う。


「試練を乗り越えられない人類は、こんな有様になって絶滅に危機に陥る。試練を乗り越え、黎明を迎えた人類は、祝福の下に繁栄を謳歌する――――だけどにゃ、繁栄の後に、調子に乗り過ぎてあっさりと絶滅するのも、人類。そして」


 異界渡りとして、かつて俺に取引を持ち掛けた老獪なる管理者は、俺へ楽しげに言った。まるで、一世一代の賭けに勝ったギャンブラーさながらに。


「ぶっちゃけ滅亡を覚悟していたけれど、偶然やってきた異界渡りが、起死回生の切り札を持ってきたりとか、にゃあ♪」


 俺は思い出す。

 かつて仕事として、老獪な管理者に振り回されながら一つの世界を再生した難業を。

 その作業の際に感じた、試練の爪痕の壮絶さを。

 ――――ああ、けれど、しかし、だ。

 果たして、今回の異変は、本当にその試練なのだろうか?



●●●



「ううーむ、わかった。とりあえず、リズの言葉が嘘じゃないということは、分かった。俺単独では、この異変を終わらせることは難しいであろうことも、分かった。だけど、まずは身支度を整えて夜食を作って、一息ついてから詳しく話し合わないか? これから戦いに出るにせよ、身支度と腹ごしらえはしないと途中で息切れするだろう?」

「は、はいっ! 私、頑張って美味しい料理作ります!」

「美味しい料理は嬉しいけれど、緊張しすぎだ。大丈夫、俺が居る。慌てず、騒がず、自分の呼吸を意識しながら準備してくれ」

「はひっ」


 とりあえず、一通りの説明はしてもらったので、リズにそろそろ身支度をしてもらうことに。

 これから何をどうするにせよ、頭の半分が混乱して寝ぼけている状態のリズだとよろしくない。混乱しながらも、自分の命を使う覚悟を決める胆力は流石だが、せめて、顔の一つでも洗って冷静になってくれなければ足手纏いには変わらない。


「やがて来る試練、ね」


 リズが大婆様――恐るべき魔女から聞かせられた話というのは、簡単にまとめればこのような物だった。

 ある日突然、光の加護が離れる時が来る。

 光が沈み、明けることが無い夜が始まり、魔物たちが暴れ回り、人を食らい尽すまでその災厄は終わらないだろうと。

 光の加護を受けた戦士では、魔物を倒せたとしても、魔王は討てない。

 常闇の魔王を討つために必要なのは、光の加護では無く、黄昏の力。

 光と闇が交わり、育まれた黄昏の血を引く者こそ、常闇の魔王を討つ資格を持つ。


「んんー、光主の傾向からして、この試練ってのは、その通りだと思う。光の加護から人が離れるためには、自らが闇を打ち払い、偉業を成し遂げなければ行けない。そのために必要なのは、敵対する闇の勢力との間に育まれた、愛の証明である黄昏の民…………王道と言えば王道だが、ふうむ」


説明を受けて、分からないことが幾つも存在する。

 まず、このお伽噺を受けて、どうしてリズが『自分がやらなければいけない』と思ったのか。黄昏の血を引くというのは確かに、黄昏の国を作り上げた傭兵王の血を引くリズならば、納得かもしれないが、説明を聞く限りだと、『光の民と魔人の間に生まれた黄昏の民』こそが、常闇を討つ者だという意味合いの方が強く感じた。

 リズは傭兵王の血を引く子孫だが、傭兵王は恐るべき魔女に記憶を奪われ、強制的に夫婦にされたはず。ならば、リズは黄昏の民では無く――――いや、あるいは? そういうことなのか?


「…………思考をカット。どの道、リズが話してくれなければ、意味がない。ただの勘違いなら、それでいい。今はそれよりも、管理者への連絡が取れないのが問題だ」


 これが仮に、神話を脱却して人類が黎明目指すための試練だったとしても、管理者との通信ネットワークの断絶は異常事態だ。

 何故ならば、この試練が『予定通り』であるのならば、管理者や光主は俺に連絡しなければならない。過度な干渉を行うな。あるいは、身内を連れて違う世界に出ていけ、と。

 この世界の管理者の傾向は、外部からの干渉を嫌う保守主義だ。

 個人間の取引ならばともかく、異界渡りが世界の命運に関わる一大事に関して、重要な役割を担うことを嫌うはず。

 もしも、この試練が予定通りの物であれば、明らかにこれは異常である。

 そもそも、こちらの世界の難民の一部を受け入れる契約を結んだ先から、人類の存亡に関わる試練を行うだろうか?


「駄目だな、どう考えてもこれはイレギュラーだ。管理者や光主からの救援は期待できない。むしろ、最悪のパターンを想定していた方が良い」


 光主が排除され、管理者が何者かに操られている。

 これなら、まだマシだ。管理者がどんな有様になっていようが、生きてさえいれば、世界を維持することは可能だ。けれど、管理者が殺されてしまえば、世界を維持する資格を持つ者でなければ、世界の運営は代用できない。

 そう、最悪なのは世界管理者の枠が空席であること。

 例え、突発的な超越者の襲撃で管理者が殺されていたとしても、代わりにその席に座る存在が居るのならば、まだ希望が持てる。

 だが、管理者無き世界は、滅びを免れることは出来ない。


「…………動くしかない、な。最悪のパターンのために逃げる準備だけはいつでもしておこう。それと、恨まれる準備も」

《最悪を想定するのは悪いことではありませんが、それよりも、希望の未来へ目を向けた方が建設的だと思います、ミサキ。例えば、この異常事態を作り出した黒幕が、分かり易く状況を説明してくれるとか》

「はっはー、そんな都合の良い事…………おい、まさか?」

《ええ、そのまさかでした。今、その映像を投影します》


 オウルは俺の眼前に、映像を投影する。

 恐らくは、空間断絶を行い、周囲から隔絶していたが故に、届かなかった声も合わせて。

 外側に出現した、その宣告を、オウルは投影する。


『――――――全ての命ある者に告げる』


 それは世界全体に対する宣告だった。


『我こそは、光と相反し、闇を統べる常闇の魔王。この世界の敵対者である』


 黒衣を纏う、真っ赤なロングヘアーの美少女が、超然とした表情で言葉を告げる様子が、そこには投影されていた。背景が暗いのは、恐らく、この映像が外の上空に投影したものを、さらに投影した物だからだ。つまり、本物がそこに居るわけでは無く、世界全体に伝わるよう、空を見上げる者という限定条件を付けて、世界全体にこの映像を投影させたのだろう。


『既に光主は堕ちた。これより先は、夜の領域。果てしなき闇の世界だ。もう二度と、陽の光はお前たちを守護しない。僅かか篝火で儚き身命を守ろうとしても、闇から生まれる我が眷属たちの爪牙によって、いずれ断たれることになるだろう』


 真っ赤なロングヘアーの美少女――常闇は、嗜虐的な笑みを浮かべて、言葉を続ける。

 この世界の人類全てを、挑発するかの如く。


『命乞いは無意味だ。抵抗しろ。命ある限り、抗うがいい。黄昏の刃が、我が身に届くことが無ければ、我が手によって、この世界は永久の微睡に沈む』


 あるいは、誰かを奮起させるように。


『さぁ、生存競争を始めよう、人類よ。虐げられ続けて来た、我らの痛みを知れ』


 まさしく、魔王とはこうであるべきだという言動を見せて、その映像は終わった。

 本来、『運営側であるはずの常闇』が、この明らかな異常事態に乗っている? いや、乗らざるを得ない状況にあるのか?

 正直、疑問は尽きない。考えても、考えても、次から次へと問題が浮かび上がってくる。


「――――――大婆様?」


 そう、例えば、『映像の中にある常闇の姿を見て、リズがそのような言葉を呟いた』とか。

 まったく、いくら何でも問題が多すぎるぜ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ