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第148話 人よ、夜明けを目指せ 4

 基本的に、下級の魔物は獣同然の思考力しか持たない。

 闇の中より生み出されて、光ある者たちへの憎悪を晴らすために、人を襲う。

 飢えを感じる暇など無い。

 生存を考慮する余裕などない。

 ただ、陽が昇るまでの間、僅かに許された一夜の命が尽きるまで、闇の中で跋扈するのが下級の魔物たちの行動の常である。

 そして、魔物は、いや、闇に属する勢力は例外を除き、陽の光を嫌う。街を守る篝火の光を嫌う。どれだけ人への憎悪を募らせようとも、その嫌悪感は憎悪を凌ぐ。

 だから、魔物たちは篝火に守られた街を襲わない。

 守護の結界が完璧であるのならば、襲う余地が存在しない。

 知性ある魔人たちならばともかく、知性無き魔物たちでは、その結界を破る方法など存在しない――――そのはずだった。


『GARUUUUU!!』

『BOW!』

『GRUUUUUU!!』


 それは、異様な光景だった。

 町を守る外壁、その壁に取り付けられた篝火に対して、下級の魔物たちが突進を繰り返しているのだ。

 悲鳴なのか、怒声なのか判別がつかない鳴き声を上げながら、魔物たちは自らの身を炎にくべるかのように突進してく。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 例え、数秒先に己が塵すら残らぬ有様になる事すらまるで意に介さず、下級の魔物たちは突進を繰り返していく。

 まるで、光を恐れる本能よりも上位の命令を受けたかのように。

 次から次へと、闇から湧き出る魔物たちは自己犠牲の突進を繰り返していく。

 篝火に使うための魔結晶から魔力を余分に引き出し、使い切らせるために。


『――――ヨシ。イクゾ、キサマラ』

『『『『オウ』』』』


 やがて、無限に増殖する下級魔物たちが篝火を弱らせたところに、巨大な肉体を躍らせるドラゴンたちが、十体以上の数が突っ込み…………魔力任せに、ごり押しで結界をぶち破った。


『サァ、ゼツメツノトキダ、ニンゲン』


 平穏の時は破られた。

 夜の安寧は既に、存在しない。


『ヤツラニ、モウ、ヒハノボラナイ』


 光と闇。

 二つの勢力が雌雄を決する時が、やってきたのだ。

 ――――――もっとも、それが外部から強制されたタイミングであることを知る者は、片手の指の数に限られるほど、少ないのだが。



●●●



 旅人の寝床を襲うな、という訓戒がどこかの世界であった。

 その世界はいわゆるファンタジー世界なのだけれど、決して平穏な場所では無く、旅をするということは即ち、死と隣り合わせの日々を送るということ。戦う力の無き者にとっては、死ぬことと同じ意味を持っていた。とある国では、『お前さ、旅に出て来いよ』などと笑顔で言うと、直接死ねと告げるよりも、学のある罵倒になるのだとか。

 つまり、だからこその訓戒だ。

 旅人というのは、危険極まりない世界を旅している玄人揃い。どれだけ無防備に見えても、その実、しっかりと対策をしているのだから、手を出すべきじゃない、という訓戒なのである。

 特に、寝ている間というのはどうしても隙が多く、無防備になり易い時間なので、熟練の旅人ほどしっかりと対策を取っている。

 無論、世界を渡る旅人であるこの俺も、同じく。


《ミサキ、襲撃です。街の外部から多数の魔物が押し寄せてきます。外壁は破られ、幾つか魔物が侵入しているようです》

「…………ん、そうか。広域探査。権能解放。半径十キロ圏内の魔物を掃討する」

《了解、実行します――――――完了しました》

「ふぅ、ご苦労。やれ、あまりよろしくない目覚めになったな、おい」


 どうせ起きるのならば、リズに夜這いされてもうちょっと色気のある目覚めにしてもらいたかった、と思いつつ、俺はベッドの上で体を起こす。

 魔力の消費量を確認。

 軽微、問題無し。

 残存戦力…………なし。されど、逐次、新しい魔物が闇から生まれて行っている模様。オウルの広域探査で受け取った情報を確認。


「…………常闇が、暴走した? 明らかな異常事態だ。オウル、管理者への通信を」

《駄目です。通信ネットワークが遮断されています。あちら側からの拒絶です。理由すら説明されていません》

「んー、となると、管理者側もグルか。あるいは、もう既に手遅れか」


 俺は手早く着替えを済ませて、狐面を被る。

 さぁ、思考を切り替えていこう。

 ぱちん、とスイッチを切り替えるようにして、日常と非日常を切り替えよう。


「オウル。フシ、ツクモに連絡。カインズは、俺の端末から情報取得。現状把握を迅速に行え」

《了解…………確認。フシ、ツクモ、カインズ三名とも存命。けれど、カインズの村も、この街と同じように防壁が破られた模様。ミサキの端末が能力を限定解除。簡易的な空間断絶を行い、魔物の群れを凌いでいるようです》

「わかった。恐らくは、世界規模の異変。能動的に動かなければ対処は不可能だ。守勢に回るよりも、攻勢に回って事態を収拾する」

《世界間転移による避難はどうしますか?》

「推奨しない。この世界は我々の世界の難民を受け入れてくれる場所だ。ここで退いたら、意味がない。加えて、管理者側からの対応がきな臭い。世界間の転移の最中に何が起こるか分からないため、第一優先は関係者の保護。次が、事態の解決だ」

《了解。念のため、上空に私の端末を出現させ、上級魔物以上の奇襲に備えます》

「おう、任せた」


 やるべきことは少なくない。

 この異変が世界規模であるのならば、知り合いの冒険者たちに素早く連絡を取るべきだ。光臨兵士たちの動きも気になる。世界規模で魔物が無限ポップしているのならば、何とかこの一夜を乗り越えるまで…………いや、待て、その前提は信用していいのか? この異常事態だぞ。ならば、きっと――――と、ここまで考えた時、乱暴に部屋のドアが開け放たれた。


「み、ミサキさん、大変です! 起きてください!」


 慌ただしくドアを開けたのは、寝間着姿のリズだった。

 どうやら、外の騒がしさを感じ取ったらしく、身支度もせずに急いで、俺の下へ駆けて来たらしい。寝癖を付けたまま、焦った表情のリズは新鮮で可愛らしかったが、今は愛でている暇はない。


「大丈夫だ、起きている」

「ほっ……流石、ミサキさんです。もう、外の騒ぎを知っていたのですね?」

「ああ、魔物たちの異常行動と異常発生だ。闇の中からほぼ無尽蔵に湧き出る魔物が、どんどん街の外壁を壊して、内部に侵入しようとしているらしい――これが、世界規模で起きている」

「えっ? あ、それは…………え?」


 俺の説明を受けて、リズは目を丸くして戸惑った。

 当然だろう。何せ、この世界の住人は『魔物は光を嫌う』という常識を、生まれた時から、いや、それ以上前からずっと受け継いできたのだ。

 それが突然、篝火の守護すら無理やり突破して、街の中に入ろうとしているという話を聞いても、直ぐに納得は出来ない。世界の常識が崩れるというのは、そういう事なのだ。


「とりあえず、この街の周囲の魔物は殲滅させた。だが、次々と魔物が生まれてくるんじゃ、キリがない。この街は、俺が空間を弄って安全を確保しておくから、元冒険者だからといって、飛び出していかないように……ま、外と空間を繋げないようにするから、出られないだろうけど、一応な」

「はうあ? み、ミサキさん? それは、どういう?」

「詳しく説明している暇はない。この家の中で大人しくしてくれ。もし、心の余裕があるなら、俺がこの街の安全を確保していると周囲に説明…………いや、異常事態で一人だけ事態を理解している状況もまずいな。ともかく、この家から出ないように――」

「ミサキさん」


 俺の言葉を遮るリズ。

 気づくと、既にリズの動揺は消え、その目には覚悟が宿っていた。


「私たちの世界で、私たちの街です。何もせず、ただ、守られるだけのお荷物にはなりたくありません」

「…………今回ばかりは、邪魔だ。実力が足りない。俺でさえ、最低限の身内を守るので精一杯だ。異常の規模が広すぎる。リズ、お前のお守りをしながら、事態を解決できる余裕なんて無いんだ」


 しかし、俺はその覚悟を否定する。

 今回ばかりは、想いだけでは足りないと。黒竜の時は、手を伸ばせば届いたかもしれない。その一歩を踏み出すために、馬鹿になるのも良いと思った。けれど、今回は違う。

 世界全てが巻き込まれた狂騒。

 管理者すら沈黙する、異常事態。

 最悪の場合、新たなる超越者との戦いすら想定される状況。

 そんな状況で俺は、自分を好いてくれている人に『共に戦え』とは言えなかった。

 何故ならばそれは、現状、死に最も近い言葉になってしまうのだから。


「…………実力が足りないのは知っています。私が、貴方の足手纏いでしかないという現状も知っています。でも、違うんです、ミサキさん。私は、ただの想いだけで言っているわけじゃありません。多分、これは私が動かなければならない試練なんです」

「試練? どういうことだ?」

「思い、出したんです。恐るべき魔女。私の大婆様。優しくも、恐ろしいあの人は言っていました。いつか、その時が来ると――――『終わらない夜に、人々が挑まなければならない時が来る』と。お伽噺のように、来たる試練の話をしていました。魔物たちが狂い、光に焼かれ、人々を食らう時こそが、試練の日なのだと。『常闇』を討たなければならないのだと!」


 覚悟が宿った目だと思っていた。

 だが、その覚悟は『俺と共に戦う』という物では無かった。

 試練。

 この世界の人々が挑まなければならない、試練。

 それがやってきたことを理解し、確認し、立ち向かうことを決めた勇者の覚悟だった。


「私がやらなければならないんです、きっと。黄昏の血を引く者でしか、常闇の魔王は倒せない。常闇の魔王を倒さない限り、試練は終わらず、夜が明けないと、大婆様は意地の悪い顔をして、言っていましたから」


 されど、苦笑交じりに覚悟の言葉を吐くその顔は、痛々しいまでに歪んでいた。

 瞳は揺るがず、覚悟を携えていて。

 けれど、それでも、殺しきれない恐怖がリズの笑みを歪めていた。


「だから、私はもう一度、剣を背負います。『黒剣背負いのリズ』に、戻るんです」


 さて、覚悟あるこの少女に、英雄の責務を降ろしたこの俺が、何を言えるだろうか?

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