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第145話 人よ、夜明けを目指せ 1

 まだ空が薄暗く、紫と赤のグラデーションが緩やかに青に傾いていく、そんな早朝。


「ちぇすとぉおおおおおおおおおっ!!」


 豪快な掛け声と共に、鋭い一閃が振るわれる。

 手ごろな長さの剣。

 されど、不壊のエンチャントが施されている一振り。

 剣筋が多少ぶれていても、勢いよく振り下ろせば、刃は零れることなく、相手の肉体へ攻撃を与えられる、そこそこ、良い武器。

 だからこそ、カインズの戦法は正しい。


「きぃりゃぁああああああ!!」


 気合いを込めた一振りで、全てを断ち切らんと全身全霊を込める。

 相手を気迫で鈍らせて、その内に、一撃で勝負を決めようとする。

 まだ体が出来上がっておらず、未熟な少年が振るう一撃としては、及第点を上げてもいい。


「ふむ、悪くない」

「ぐぇっ!!?」


 俺はカインズの一撃を最小限の動きで避けて、すれ違い様に足を蹴り払う。

 機械眷属の肉体は基本的に、人類よりも遥にスペックが上なので、この通り、軽く小突くつもりで蹴っただけで、人は勢い良く倒れ込み、最悪、足が折れてしまうのだ。

 ここが障害物の無い、なだらかな平野で良かった。

 森で似たようなことをすると、最悪、折れた枝の先で怪我する恐れがあるからな、うん。


「あと、は」

「――――ぁああああああっ!」


 カインズを転ばせた後、俺は空間把握によって、死角からの一撃をしゃがんで回避。

 眼前には、ドレスのスカートを翻す勢いで、豪快に大剣を振り抜いたフシの姿だ。


「ほいっと」


 どれだけの怪力の持ち主だろうとも、完全に剣を振り切った状態で体勢を戻すのには時間がかかる。なので、その隙を突いて、俺は優しく指先でフシの脇腹を突いてやった。


「みゃん!?」


 死角からの奇襲は、完全に決まれば格上だろうとも殺す一撃になるだろう。まして、怪力のフシが扱う大剣ならば、大抵の魔術防壁すら貫いて、豪快に致命傷を与えられるかもしれない。よしんば、反応出来ても、華奢な少女が大剣を軽々と振るうという光景に驚き、動きを止めてしまうかもしれない。

 もっとも、事前に察知され、完全に反応されたら、渾身の一撃は容易く回避され、無様に致命的な隙を晒すことになってしまうのだが。


「力任せ過ぎる。不死身の肉体で、痛みを恐れずに戦える勇猛さは認めるが、封印や拘束に特化した相手だと、不死身だろうが無力化されるから気を付けろ」

「あふあ! ひゃん! やめっ、くすぐった――みゃあああああ!!?」

「後は、感覚は正常なんだから、くすぐられたり、苦痛を受けたりすると行動が鈍ることもあるから、そこら辺は魔導具を補助として強化しておくこと。そして」


 体の柔らかな部分をくすぐって脱力させたフシを片手に抱え、適当な場所へと放り投げる。


『――――む、あ』

「姉妹愛は素晴らしいが、とっさの判断が返って自らの首を絞めることもある」


 適当な場所に放ったフシの肉体は、地面に落ちるよりも前に、透明な何かに受け止められた。けれど、それは俺にとって最上の隙となる。

 どれだけステルス性能を高めようとも、認識に映らないように気を付けて居ようとも、自らが隙を晒している間抜けな状態では意味がない。


「オウル。空間へ重圧。傷が付かない程度に加減」

《了解。安全確実に、対戦相手の動きを封じます》


 空間支配の権能を使い、オウルの補助も得て、姉妹二人を拘束する重圧を放つ。

 重力操作ではない。空間自体に疑似的な重みを与えて、動けば動くほど、粘ったトリモチの中で藻掻くような妨害を与える攻撃だ。

 これで、怪力のフシはともかく、ツクモは動けない。不可視の術式を使っていようが、動けなければ意味はない。


「さて、まだやるか?」


 加えて言うのであれば、動けないツクモをフシは見捨てられない。

 いくら模擬戦闘とはいえ、フシの性格上、自分の妹が動けず、ただ攻撃を加えられている状況で指をくわえていることは出来ない。そして、怪力だろうが、重圧を加えられている状態で、空間を自在に転移する俺に、攻撃を当てることは不可能。


「前にやった、あれを試してもいい。ただ、あの時と違って、今度は悠々と見逃してやるほど訓練に不真面目じゃないぜ、俺は?」

『むむむ……』

「うぎぃ……」

「それと、カインズ」


 俺は背後から切りかかってくるカインズの一撃を、平然と片手で受け止め、もう片方の手で、カインズの頭を平手打ちにする。


「あ、うあ?」

「立ち向かうことだけじゃなく、時には逃げることも大切だ。逃げる練習をしておかないと、いざという時に逃げられない。無論、立ち向かう時も、立ち向かう練習をしないといけないから、まぁ、どっちもどっちなんだが――――少なくとも、さっきの不意討ちは杜撰だ」


 ぐらり、と頭を揺らされたカインズが地面に倒れ込んだ。

 その音を最後に、フシは抵抗を止めて、大人しく座り込み、ツクモもステルスモードを解除して、その姿を現す。


『むー、せっかく、とっておきのー、しんへいきだったのにー』


 姿を現したツクモは、何故か、ロボットになっていた。なんかこう、白くて人型で、装甲は薄そうだけど、静かに動く忍者タイプみたいな、人型ロボット。その手には、ボディと同色の白亜のブレードが装着されており、切れ味は中々鋭そうだ。


「ほう、前とは違う姿だが、あれは?」

「うちの妹はちょっと特殊な肉体に転生したのよ。エーテル体で肉体のほとんどが構成されていて、自在に色んな物体に憑りつくことが可能なの。あ、もちろん、普通に実体化してエッチなことも可能だから、安心するといいわ、ミサキ」

「そんな心配してねぇよ」

「えー、エッチなことしないのかしら? 折角、身動き取れないシチュエーションなのに」

「訓練はメリハリが大切なんだ、冗談だとしても、もうちょっと模擬戦の結果を反省して、次に活かしなさい。他の二人も、何が悪かったのか? 何が良かったのか? さっきの戦闘結果に関してレポートを書いて、俺に提出すること。レポートを書いたものから、体を洗って、朝ご飯を食べて良し!」

「「「はぁーい」」」


 後輩二人と、いつの間にか気絶から復活していた弟子が声を揃えて、返事をする。


《スキャン終了。ミサキ、三人とも外傷は軽微。後ほど治療を施せば、問題ありません。レポート用紙、机、筆記用具の準備はもう既に終えています》

「ん、サンキューな、オウル」

《問題ありません。私は貴方の相棒ですので》


 訓練というのは結構難しい。

 教えるべきこと、教えてはいけないこと。

 健康管理。

 無理すべき場所で無理させて、無理させてはいけない所でストップをかける。

 俺一人だったら、今頃、自分の不甲斐なさに悶えていたかもしれないが、幸いなことに、俺には頼れる相棒が居る。


「じゃあ、あいつらがレポートを書いている間に、朝ご飯の準備をするか。手伝ってくれ、オウル」

《よろしいので? 久しぶりの端末許可ですが》

「弟子や後輩たちの前なら、流石に自重するだろ?」

《ええ、もちろん。ただし、二人きりの時には分かりませんが》


 後輩二人と、弟子一人。

 それと、相棒が一人。

 自分も合わせると五人所帯で、俺たちはしばらくの間、この[に:11番]世界の辺境で、訓練の日々を送っていた。



●●●



 気が抜けている、とまでは言わない。

 しかし、今の自分が割と落ち着いた充足感を覚えているということは否定しがたい事実だと、俺は認めていた。


「オレ、本格的に師匠から異界渡りについての仕事について教えてもらいたいです! 端末の師匠はそこら辺、情報制限されているから教えてくれませんでしたし」

「じゃあ、折角なら私にも色々教えなさいよ。報酬は後払いでお願いするわ」

「むろん、きちっとおかねかぶっぴんではらうのですー。えへへー、えっちなことだとおもって、きたいしましたー? でも、えっちなことは、まだしはらってないぶんがあるのでー」


 弟子のカインズには元々指導するつもりだったが、後輩二人も素直に教えを求めてくるのは正直、意外だった。

 異界渡りの先輩として考えるのならば、過度な干渉はかえって、二人のためにならないんじゃないかと心配したが、余計な物だったらしい。

 俺の訓練を受けながらも、フシとツクモの二人は、この世界の商人相手に色々な取引を成功させているし、魔物の討伐も滞りなく達成している。やはり、あの閉空塔を自力で突破した二人の実力は伊達ではないようだ。

 なので、弟子のカインズにはこれから自力をコツコツ上げつつも、違う世界への転移や観光なども経験させておこうと考えている。その際、引率として後輩二人に声を掛ければ、あの二人の訓練にもちょうどいいかもしれない。護衛対象を守りながらの、異世界探索という依頼を受けることも、異界渡りをやっていればあるかもしれないのだから。事前に予習しておいて、悪いことはないのだ。


「ふぅ、弟子の育成に、後輩への指導。自然に囲まれた規則正しい生活……なるほど、これが真の休暇という奴か」

《休暇中も師匠としての仕事を果たしているように見えますが?》

「師匠というポジションは仕事じゃなくて、生き様だからノーカン」

《なるほど。ミサキは割とどうしようもないほどにワーカーホリックですね?》

「いいんだよ、好きなことをやってんだから」


 どうやら、今回の休暇は無事に過ごせそうだ。

 弟子と後輩と共に、穏やかな訓練の毎日を過ごしていると、俺は偽りなくそう思えた。

 うん、そうだ、そもそも、休暇の度に何かしらのトラブルが起きる方がおかしい。いや、おかしいと言えば、空が割れて、ホームの世界に超越者が複数人突っ込んでくること自体がかなりの異常事態なのだが、その日から随分と、俺の日常はハードになってしまったと思う。

 今から思えば、あれは一種の呪いだったのかもしれない。

 英雄としての、呪い。

 何かを殺し続け、何かを生かし続けるという業の深さが、俺から休日を奪っていたのだろう。

 でも、もう大丈夫だ。俺は英雄の責務から降りた人間。これからは頼もしい弟子や、可愛らしい後輩に囲まれて、余生をエンジョイ――いいや、新しい人生を始めるのだ。


「どうか、助けてください、ミサキさん! この世界の危機ですっ!!」


 そう考えていた時期が、俺にもありました。

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