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第144話 幕間:英雄の末路

「さて、これが、俺が単独で超越者を殺したエピソードだ。俺が考えうる限り、今までの戦いで上位五つの中に入る、紛れもない難敵だった。機械神を殺したのは、仲間と共同作戦だったから、むしろ、ここから俺が超越者殺しと呼ばれることになった所以だな」


 最弱の王にして、博愛の超越者――そして、奇妙な同居人だったチャイムとの戦いの事を語ると、後輩と弟子は分かれた反応を取った。


「なによ、難敵って。ただ、一緒に暮らしていたら相手が勝手に死んでいただけじゃない」

「そーなのですよー。なぜ、それがなんてきー? らくしょうではー?」


 後輩たち二人は、俺の言葉の意味がよくわからないようで首を傾げている。


「…………う、あ」


 弟子は、俺の言葉の意味を正しく理解したららしく、だらだらと額から汗を流して、目を見開いていた。


「ん、カインズ、どうしたの? そんなに苦しそうにして? トイレ?」

「ばかあねー、でりかしー」

「…………お、お二人は、分からなかったんですか? み、ミサキ師匠の話を聞いて、一度も息を飲むような気分にならなかったんですか?」


 カインズはごくり、と喉を鳴らすと、美人姉妹へ、俺の言葉を分かり易く伝え始めた。

 そう、最弱の超越者との戦いが、どれだけギリギリだったのかを。


「だ、だって、ミサキ師匠死にかけていたじゃないですか!? 考えうる限り、何度も! しかも! まるで対策が出来ない怪物相手に! その時のミサキ師匠は精神をぶれないようにしていたから、話が淡々として恐ろしく感じないだけで――――少なくとも、オレは、ミサキ師匠以外の方法でどうやって、その超越者を殺せばいいのか、わからなかったです」


 カインズの言葉を受けて、後輩二人もはっと表情を正す。


「そうだな、カインズ。お前の言う通りだ。こうやって後から淡々と話せば、俺はあいつとただ、ごく普通の日常を送って、休暇を満喫していただけかもしれない。けどな? 結局のところ、それは『あいつが俺にやって欲しいこと』をやらされていただけに過ぎない。徹頭徹尾、主導権はあいつの方にあったんだ」


 俺の異能が通じなければ、俺は初対面の時に魅了されて、狂い死んでいた。

 あいつが呆れ果てるぐらいの博愛主義者でなければ、超越者たちですら突破不可能な不死を覆せず、遅かれ、殺されていた。

 そもそも、戦闘能力が皆無だというのに、他の超越者たちが手を出せていない時点で、どれだけあいつの――チャイムの能力が強力だったのかを察することが可能だろう。


「力づくに排除できない以上、俺がやれる選択肢は最初から限られていた。そして、その選択肢は奴の望みと直結していた。結局のところ、俺はあいつに最後まで振り回されていただけだ。いや、そもそも、俺はあの場で戦ってすらいなかったのかもしれない」


 そんな超越存在が、どうして死んだのか?

 何故、他の超越者たちすら浸食可能な力が、俺の異能には通じなかったのか?

 どうして、俺が例外だったのか?

 答えは簡単だ、何せ、あいつが言っていたことなのだから。


「俺の異能マクガフィンはあいつの能力と相性が良すぎた。だから、博愛の理で洗脳されるよりももっと深奥に、あいつの願いを読み取って、その通りの役柄を演じるように俺が動いたんだ。あいつは、能力故に、好意を持つ相手の事を歓迎しつつも、信頼することは出来なかった。そのための力だというのに、己の力に苦しめられ、されど、死ぬことも出来ずに藻掻いていた敗残者だった」


 だから、と俺は言葉を続けて、チャイムの終わりを語る。


「俺がやったことは、あいつが望んでいたことだ。理想に身を投じ、現実に敗れ、不死の呪いで生きるしか出来なかったあいつが、『自ら心を折って挫折するために』、そういう役柄を、そう、自分の背中を押してくれる存在を望んだに過ぎない」


 超越者の力は、意思の力だ。

 それ故に、意志が挫ければ、あっけなく失われる。

 大国の人間を皆殺しにして、どれだけの武力を持つ存在であれ、手出しできない存在になっていたとしても、いや、だからこそ、意志が挫ければ、肉体はそれに引きずられて、終わる。

 例えば、不死の肉体を持つ者が諦めて、挫けてしまえば――朽ち果てて、灰の塊へと変貌してしまうだろう、あいつのように。


「これでわかっただろう? 超越者殺しと呼ばれ、何人もの超越者と相対してきた俺でさえ、終始手玉に取られて、何も出来ないなんてことはよくある。俺よりも強い奴をあっさりと殺せる超越者が、幼い子供の一言で死ぬこともあれば、言葉などまったく意味を為さず、武力での勝利のみ、打ち倒せる相手も居る。多種多様で、これさえ踏まえていれば、必ず勝てるという対策なんて存在しない。俺が今、こうやって生きて居られるのはひとえに、運が良かったことと、異能の利用価値が高かっただけだ。何か一つ間違えていたら、多分、俺はあっさりと死んでいただろうさ、無論、最弱の超越者の時も」


 俺が役柄からぶれていたら、ほんの僅かでも精神がぶれて、チャイムに対しての態度が変わってしまっていたら、俺はきっと、他の大多数のように狂って死んでいたはずだ。

 あいつが求めていたのは、嫌いながらでも隣に居てくれる誰かだったが故に。


「だからな、三人とも。俺がお前たちに与えられる助言なんて多くは無い。超越者と戦うな。相対する前に逃げろ。どれだけ対策を重ねても、たった一つのチートで、あっけなく相手を破滅させるのが超越者だ。それは例え、管理者と呼ばれる神に等しい存在だったとしても、変わることはない」

「…………でも、ミサキ師匠。もしも、逃げられなかったら? 相手が、超越者という存在が、殺すつもりで追ってきたら、どうすればいいんですか? やっぱり、諦めずに戦うことが、生き残る秘訣です? それとも、運に身を任せるしかないのですか?」

「そう、だなぁ」


 ぶっちゃけ、運に身を任せつつ、全力で足掻くしかないのだが、誰だってそれはやっていることだし、超越者相手だと逆にそれがデメリットとしてカウントされることもある。

 超越者とは理不尽だ。

 突然降りかかる災厄に等しい。

 何も出来ずに死ぬ奴の方が多い。

 けれど、それでも、強いて何か一つ、確実に出来ることがあるとすれば。


「どうしようもなくなったその時は、向き合え。相手と向き合って、自分がどうすべきか考えるんだ。それしかない」

「向き合う、ですか?」

「ああ、それしかない。それをやっても死んだ人間は多くいるが――――少なくとも、俺はどの超越者と戦った時も、相手を見て、向き合って、戦ったさ」


 勝利であれ、敗北であれ、生き残りたいのならば、相手に自分を認識させるしかない。

 蹂躙されるモブでは無く、一個人として認識させれば、そこから何か逆転の手を打つこと可能かもしれない。

 まぁ、そこまでがかなり大変かもしれないが、それはそれ。

 やらないよりはマシ、ってことで。


「んー、よくわからないですけど、その時が来たら頑張ってみます!」

「おう、その時が来ないことを祈っているぜ、カインズ」

「私たちは全力で逃げて、先輩に頼るから、よろしくね?」

「たすけてくれたら、おれいにえっちしてもいいのですー。おれいじゃなくても、いいけどー」

「…………ミサキ師匠、そういえば、リズっていうパン屋の看板娘さんが、ミサキ師匠を探しているんですが?」

「お、おう、うん、その、前向きに検討してみるぜ!」

《ちゃんとご自分の過去と向き合ってください、ミサキ》


 俺は孤立無援の現状に苦笑しつつも、決して悪い気分ではなかった。

 向き合う、か。

 この通り、自分の人間関係からも目を背けて来た俺が、よくもまぁ、偉そうなことを言えたものだ。超越者殺しなんて英雄として扱われて、数多の強敵と戦って、精神性が変わってしまうほどに異能を使って、摩耗して。

 けれど、その結末がこれなら、悪くない。

 例え、これから先、物凄く大変な人間関係に悩まされたとしても、出来る限り誠実に向き合っていこうと思う。

 きっと、今の俺の姿を見たら、ハルの奴は驚きつつも、絶対ネタにして散々からかうだろうけどさ。

 英雄としての仕事を終えた、ちっぽけな人間としての俺には、それくらいのささやかな平穏と、そこそこ大変なトラブルに頭を悩ませるのが、お似合いなのだ。

 そう、俺はもう、超越者殺しの英雄としての責務は、果たし終えたのだから。



●●●



「見崎神奈よ。果てしなき救済の旅を終え、英雄の業を降ろそうとする、偉大なる者よ。残念ながら、貴様が剣を手放すのはもう少し先だ」


 そこは地の底だった。

 光がまともに届かぬ、深淵。

 月の欠片を集めて、太陽と異なる光を灯さなければ、まともに視界すら得られないような、暗闇の街だった。


「貴様は偉大だ、認めよう。貴様の功績は素晴らしい、認めよう。貴様は充分に働いた、認めよう。過去視によって得た、貴様の物語はどれも困難を乗り越えた、素晴らしい英雄譚である。だが、それ故に、貴様はまだ休むことは出来ない」


 暗黒の街を、襤褸切れを纏った一人の隠者が進んでいく。

 その行く手を遮るのは、数多の獣。魔物と名付けられた、闇の底でしか生存を保てぬ存在。


「いいや、むしろ、これからだ。成し遂げたからこそ、これからだ」


 隠者は襲い掛かる無数の牙に対して、目線すら向けない。

 ただ、ぶつぶつと独り言を呟き、歩みを進めていくだけで、勝手に魔物たちは太陽に焼かれたかの如く、物言わぬ灰へと還元されていく。

 無人の野を行くが如く、隠者は目的の場所へ歩みを進めていく。


「貴様に、試練を与えよう」


 上級の魔物が居た。

 恐るべき子供たちと呼ばれた、魔人たちも居た。

 あらゆる魔術的な妨害があった。

 それでも、隠者の歩みを緩めることすら叶わない。


「貴様に、責務を与えよう」


 あらゆる障害を意に介さない隠者が足を止めたのは、とある一軒家だった。

 暗闇の街の外れ。

 月の光を使う街灯に照らされぬ、暗闇の底の、さらに底。『そこにある』と意識して見なければ、絶対に見つけられない家。

 そこはさながら、魔女でも住んでいそうな怪しげな空気に包まれ、家の壁には、謎の植物のツタが張り巡らされ、黒猫と、鴉が屋根の上で、揃って仲良く不気味な鳴き声を上げている。


「なぁに、案ずるな。乗り越えられなければ、全てが滅びるだけの単純なシステムだ。そうだとも、貴様が、貴様だけが唯一の希望なのだから」


 隠者は「ふ、くく」と己の言葉を嗤うかのように、小柄な体を震わせた後、何の迷いもなく不気味な家の扉へ手を伸ばした。


「この世界には、そのための贄となってもらおう。ふむ? ああ、贄という言葉だと外聞が悪いな。そうだ、尊い犠牲というのはどうだ? そうだな、尊いという言葉を付ければ、大体の悪行はそれなりに美化されるものだ。なぁ、貴様もそう思うだろう――――この世界の『尊い犠牲』である、常闇の女王よ」


 ここは地の底、暗闇の街。

 常闇の女王が住まう、闇の果て。

 そして、[に:11番]世界において、夜が始まる場所だ。

 ――――光と闇が食らい合う、生存戦争の夜が、始まってしまう場所である。

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