第138話 弟子と後輩 2
さて、どうしてこうなってしまったのか、冷静に考えてみよう。
カインズに対して、俺は細心の注意を払って、男バレしないように情報統制していたはず。なのに、バレてしまうということはつまり、俺の正体を告げ口した奴がいるということ。
冷静に、冷静に考えよう。
[に:11番]世界に居る、一部の高位冒険者ならば俺の正体を知っているが、奴らは基本的に忙しく、辺境で暮らすカインズの所まで足を赴く奴らじゃない。そもそも、態々俺の怒りを買う行動をとるような奴らじゃない。その手のリスク管理はしっかりしている。冒険の後、仲間同士で宴会の話のタネとして、がははは、と笑いながら暴露することはあるだろうが、カインズが奴らと一緒に冒険するのは、まだまだ実力不足であるはずだし、そうであるならば、俺の端末がカインズに対して無謀な行動を許さない。
ならば、自然と導き出される答えは一つ。
「…………おい、フシにツクモ。俺に何か、言いたいことは無いか?」
「「さっさと童貞捨てに来なさいよ、ヘタレ」」
「うがぁあああああああああああ!!」
そう、涙目で俺にしがみ付くカインズの様子を楽しげに眺める、似ていない美人姉妹。
新人異界渡りにして、俺の後輩が、ばらしやがったのである。
理由は不明であるが、恐らくは俺に対する何かしらの不満の表れとして。
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バカンスに行くには、[に:11番]世界は色々とちょうどいい。
何せ、豊かな自然によって育まれた独特の文化と、美味しい食事。きちんとお金を出せば、一定以上のレベルの宿を選べるという利点もまた、素晴らしい。何より嬉しいのが、基本的にあの世界の人類は気性が穏やかで、善人が多いことだ。
未だ、神話の時代から脱却していないが故の善性かもしれないが、とにかく、こちらが騙そうとしなければ、相手も相応以上の善良さで返してくれる。そう、悪人たちにとっては鴨が葱をしょって、鍋の前に整列しているような世界だ。
そのため、色々と異世界からの侵入者に厳しく、個人レベル以上の商売を行ったり、過度に文明を崩す可能性のある物品を規制したりしている。管理者や光主の制限に引っかかれば、その時点で世界から強制退去させられてしまう可能性があるのだ。
けれど、逆に言えば、そういう『やりすぎ』が無ければ、真っ当に商売をするにはちょうどいい世界でもある。
だからこそ、俺はフシとツクモという異界渡りの後輩に、この世界を紹介した。
荒廃した終末世界の出身である彼女たちに必要なのはまず、人との触れ合いと美味しい食事であると考えて。
異界渡りに必要な警戒心を彼女たちは終末世界で獲得していたが、まだ、世界を楽しむという心の余裕を得られてはいないようだった。世界を楽しめない異界渡りなど、過去の俺のように、使い勝手の良い鉄砲玉か殺し屋として雇われるのが関の山だろうから。
「ふん、一応その気づかいにお礼言っておくわ! そ、その、ありがと……」
「こころくばりに、かんしゃなのですー」
紹介した当時は、二人から素直な感謝を受けた記憶もある。
考えうる限り、あの世界は異界渡り初心者には向いている場所なので、我ながら先輩として良い判断をしたと悦に入った物だ。
故に、人間関係を振り返ろうと思った時、まずは後輩たちの様子を見に行こうと思ったのである。
弟子とは端末越しであるが、時折、連絡を取り合っていたので、さほど心配はしていない。だが、後輩ではあるが、一つの世界の到達者である彼女たちに過保護とも呼べる気配りはかえって、成長の邪魔になると思って、仕事先を斡旋してからは碌に連絡も取っていなかった。
それは、あの姉妹は二人揃って互いの欠点を補い合う良いコンビなので、なんだかんだで上手くやっているだろうという予感があったからかもしれない。
ちょっと厳しいかもしれないが、異界渡りとして成長していくのならば、必要な事だと思っての、あえての距離感だった。
だからこそ、久しぶりに連絡を取って二人の声を聞いた時は正直安心したし、一緒に食事をしたいと誘ってくれたことも有難かった。俺のやっていたことは間違いじゃなかったのだと思えたし、二人の成長をきちんと確認したいと思い、柄にもなく、うきうきと手土産などを用意して、指定された酒場へと俺は向かったのだった。
今思えば、その酒場はカインズの故郷と近かったのだが、俺は全然その意図に気付かなかったという。
「ミサキ師匠! お、オレはその! 男だったとしても構いません! でも、隠していた理由を教えてください!」
「どうしてもっと様子を身に来ないのよ!? 一度、餌を与えたらそれっきり? ひどい男ね! 死ねばいいのに!」
「ぶー! ぶー! せんぱいとして、もっとこうはいにかまうべきー」
その結果がこれである。
うるせぇ、なんかもう、めっちゃうるせぇ。
カインズは目を潤ませて、不安そうな柴犬みたいに縋りついてくるし、フシは顔を真っ赤に染めて、不機嫌そうにこっちを叩いてくるし、ツクモはがっしり俺の手を掴んで離さない。
大丈夫? 君たち三人、酒飲んでない? フシとツクモの二人は外見と年齢が合っていないから別に良いとして、カインズ。お前はこの世界の法でも、三年後ぐらいにしか飲めないだろうが、酒。
「ええい、とりあえず状況を説明しろよ、『俺』!」
「はいはい、言われなくても、やってやるさ、『俺』」
出会い頭から状況が混沌していたので、俺は黒髪ポニーテイルで、和装姿の少女――俺がカインズに与えた、端末人形へ視線を向ける。
こいつは俺の人格と能力の一部をコピーした、端末だ。
人格は有しているが、魂は存在しない、中途半端な存在。俺と別の個体では無く、俺と同様の言動を行う、俺のもう一つの体と言っても差し支えない存在だ。
とある世界で仕入れたこの端末人形は、かなり優秀であり、俺の異能の一部と刀を用いた独自の奇襲術を模倣してあり、そこら辺の相手に負けない戦闘力を実現している。加えて、俺と記憶や経験を遠隔でも同期することが可能なので、師匠の代役をさせるには最も適していたはずだったのに。
何故、こいつが居ながら、こんな様になっているのだろうか?
「つっても、理由は一つしか無いんだけどな。おい、『俺』よ。いくら何でも、時間が空きすぎじゃないか? もっと自分の弟子と後輩を構ってやれよ」
「や、うん、まぁ。悪かったとは思うけどさ、忙しかったんだよ、分かるだろ、記憶を同期させたんだからさ」
「同期させたから分かるんだよ。『俺』さぁ、自分で罪悪感を持っているなら、もうちょっと素直に反省したら? 確かに、どうしようも無かったかもだけど」
端末人形の『俺』は、不機嫌そうに笑う。
人格が俺であるから、そいつは容赦ない。俺であるのに、姿形は、猫っぽい属性の可憐な少女なのだから、性質が悪い。
けれど、言っていることは本当だ。
時間が無かった、忙しかった。
終末世界を訪ねて、堕落者と出会い、希望を持った。一刻も早く、シン先輩とコンタクトを取る必要があった。そのために、超越者が支配する世界へ乗り込んだ。夢の中で試行錯誤を重ねて、紙一重の勝利……いや、解決を経て、ようやく一息付けたのだ。
今まで碌に休めたことなど無い。
ずっと息を止めて、全力疾走して進んできたような俺の現状だ。
「…………はぁー、そうだよなぁ」
でも、それは俺の事情だ。
弟子には関係ない。
後輩には関係ない。
俺が望んで関わった者たちに寂しさを感じさせたのならば、理由なんて関係ない。俺の不手際としか言いようがない。
「わぷっ?」
「みょん!?」
「うひゃー?」
俺は三人を纏めて包み込むつもりで、腕を広げて抱き寄せる。
抱き寄せて、偽らない本音を呟く。
「悪かった。正直、俺のホーム関係の仕事が忙しすぎて、お前たちに会いに行く暇がなかったんだ。いや、お前たちに甘えていたのかもしれない。お前たちなら、少しぐらい放っておいても大丈夫と思っていたし、フシとツクモの二人なんかは意図的に距離を置いていたし」
「「なんで!!?」」
「や、異界渡りとして大成するなら、余計な手出しは無用だなって思ってた」
「「ぶー! もっと構えよ、馬鹿ぁ! 異界渡りの前に、女の子として扱えぇ!」」
「うん、悪かった。反省する」
フシとツクモはこういう時、声が綺麗に揃うのが姉妹だと思う。
ミユキとオウカの二人もそうだけど、やはり、血が通ってなくとも、体が違う物になったとしても、絆は変わらない物なのだな、とこういう時に実感する。
「あー、それで、カインズ」
「はい」
「お前に俺の性別を言わなかったのは、言うタイミングが無かったからだ。お前が弟子入りした時は、色々ドタバタしていただろう? 俺もその後すぐに、ホームに戻って休息を取らないといけなくなったし。その後、ちょくちょく連絡は取っていたが、通信で言うよりは、こういうことはちゃんと顔を合わせて言いたかったんだ」
「ミサキ師匠……」
「それに、性別の事を言うと、現在の俺はぶっちゃけ、男と断定するのも割と難しい所があるんだよな、実際」
「ミサキ師匠!?」
「それに関しては、これからきちんと説明するわ」
わしわしと、カインズの頭を撫でて、俺は仮面の下で笑みを浮かべた。
師匠と弟子。
この関係をこれからも続けていくのならば、やはり、きちんと俺の事を説明しなければならない。今までは、カインズの年齢などを考慮して、あまり精神的によろしくない話題は避けていたが、そこは思い切って切り込んでいこうと思う。
そうだ、シン先輩も言っていたじゃないか。
大切なのは、責任を持つことだって。
最後まで付き合ってやろうと思うことだって。
なら、俺だってさ。
「じゃあ、その後に童貞捨てる予定を立てなさいよね!」
「れんらくないとー、みりょくがないのかとふあんだったのですー」
「ど、童貞って! そういえば、ミサキ師匠って童貞なんですか!? え? オレとしては、もっと遊んでそうなイメージだったのですが!」
…………うん、まぁ、あれだ。
俺だってさ、先輩らしく頑張ってみるさ、精々格好つけてね。