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第137話 弟子と後輩 1

 やっぱり、世の中はコネクションだな。

 あるいは、人と人との絆こそが、最終的に問題を解決するのかもしれない。

 ホームの難民問題を解決に導いた俺は、事務処理に追われながら、ふと、そんなことを物思いに耽るのだった。


「ほら、手を止めてんじゃないわよ、英雄」

「腱鞘炎になるのを防ぐために、ちょっと休憩していただけですぅ!」

「嘘おっしゃい。その機械天使ボディがどれだけ頑丈なのか、私たちが良く知っているでしょう? このまま三日間ほどノー休憩で進めても問題ないくらいにね」

「俺の精神に問題が出るんですけどぉ!」

「だったら、その前に手早く仕事を終わらせなさい…………これで、貴方に課せられた使命は、終わりになるんだから」

「うーい」


 俺は現在、ホームの『港』で、事務室に缶詰めをされながら書類仕事をこなしている。

 もっとも、最終学歴が中卒である俺が、移民の際に発生する様々な問題や、利権のあれこれを全て把握するのは不可能なので、大分、簡略化してもらった書類を読み込みつつ、内容に問題が無かったらハンコを押す、という単純なんだか、複雑なんだかよくわからない書類仕事なのだけれど。


《責任者の仕事というのは、そういう物ですよ、ミサキ》

「…………後、何枚?」

《三百六十七枚です》


 うへーい、という奇声を上げて、書類を窓の外から投げ捨てたい気持ちに駆られたのが、それをすると結局、一番自分にダメージが入るのでやらない。そもそも、重要機密系の書類なので、それをしようとすれば、横で俺を監視している『博士』に止められてしまうだろう。


「うぐぐぐ、何故だ、何故だ、俺は英雄のはず、超頑張ったはず」

「英雄だから、貴方にしかこの仕事を任せられないのよ、馬鹿。基本的に、名の通った貴方が間に入るからこそ、難民受け入れも順調に進むのだし」

「こういうのはもっと、偉い人がやれよぉ。政治家がやれよぉ」

「偉い人は貴方だし。政治家はその書類を作るまでの過程で、過労死寸前まで仕事していたから。そもそも、偉い人イコール政治家のイメージは前時代的よ? 現代の政治家のイメージを的確に教えてあげると、学級委員長とか、生徒会みたいなものだからね?」

「あー、フィクション的な? それとも、リアルな感じの奴?」

「リアルな感じの奴」

「……大戦後の政治家って、『面倒な雑務を責任と共に押し付ける』みたいなイメージになってたんだ」

「そもそも、前時代の政治家だって似たような物よ? ただ、大戦に適応できなかった輩がほとんど死滅した結果、年齢層が大分若くなって親近感が沸いた故のイメージ変換でしょうね」

「そっかぁ、政治家の人も大変だなぁ」

「その大変な苦労をしっかり味わいながら、手を動かしなさい」


 俺は大きくため息を吐きつつも、書類に目を通す作業を再開した。

 責任。

 少なくない人命の責任を預かる仕事。

 まさか、この俺が割と責任重大な仕事に就いて、どこぞの大統領か総理大臣みたいに、ハンコを押す作業をすることになろうとは、数年前の自分はまるで思いもしなかっただろうさ。

 いや、大戦中、幾度も窮地に陥りながら超越者を打倒した時。

 数多の強敵を屠り、英雄と呼ばれるようになった時でも、そういうことを意識したことは無かったと思う。

 じゃあ、異界渡りとしての自分はどうなのだ? と問えば、異界渡りとしての自分であれば、このようなつまらない仕事は絶対に受けない。

 なので、この時、この場所で責任を負っているのは、『異界渡りのミサキ』では無く、英雄としての自分だ。

 超越者殺し。

 英雄、見崎神奈としての仕事だから、仕方ない。渋々、このつまらなさを受け入れて、粛々と仕事を続けようじゃないか。


「…………あ、この案件微妙」

「ん、どれよ?」

「これ。簡単に言えば、女性だけの世界に男性を試しに入れてみようぜ、みたいな感じ」

「問題部分は?」

「女系世界だけれど、娯楽フィクション的なハーレム世界じゃなくて、アマゾネス的な、強さを一種の基準として力関係がはっきりとした世界だから。もうちょっと実力のある男子じゃないと、問題が起こると思う」

「具体的には?」

「種馬からの腹上死コンボ」

「よし、人選をやり直しましょうか」


 しかし、書類に目を通してみると、意外と問題が見えてくる物だ。

 これは異界渡りとして、各世界を実際に巡ったことのある俺だからこそ、指摘できる問題だったのかもしれない。

 どれだけ丁寧に文章を纏めようとも、途中で翻訳術式によって伝わり切らないあれこれがある中で、さらに、様々な言語に直して何度も中継されているのだ。本来、必要である部分が省かれたり、何故か、必要じゃない部分がピックアップされていたりなど、すれ違ってしまう案件が幾つか発見されるのだ。

 だからこそ、実際にその世界に渡り、空気を吸い、土を踏み、人を知っている俺の意見が必要となってくるのだろう。そうとなればやはり、ただ書類を読み込んでハンコを押すだけだと思っていた仕事は忙しさを増してくるわけで。


「はい、駄目ぇー! この人選は駄目ぇー! この世界で十二歳以上のヒューマンは、異性同士で直接手を繋いだことがある者は、結婚しなければならない法律があるから、駄目ぇ! 微妙な三角関係にある思春期男女なんて、入れられないぞ!」

《異世界の風習は、世界線が違えば違うほど、奇異に感じますからね》

「ひょっとして、人選を本格的に見直す必要がある感じなの?」

「うわぁい、残業だぁ!!? クソがぁ!!!」


 残業に次ぐ、残業。

 会議に次ぐ、会議。

 難民を移動させるにしても、移動する側と、受け入れる側のあれやこれやの問題。これがいい、あれがいい、あそこは嫌だ、是非とも、こういう人材を受け入れたい。そういう声を時には聞き入れて、時には笑顔でスルーして。


「…………終わった?」

《はい。残っている案件はありません。今度こそ終わりましたよ、ミサキ》

「ヴぁー! やっと、精神系にがっつり来る霊薬を飲み干す日々との別れが!」

「四徹ぐらいで情けないわね、貴方。でも、まぁ――――お疲れ様」


 そして、ようやく俺は面倒な仕事を手に入れて、使命を果たすことが出来たのである。

 滅びゆく世界の人々に、次なる世界を選ばせて。

 世界を維持するため、礎になっている親友を解放する権利を、ようやく。


「難民たちが移住し終えるまでしばらくの時間があるわ。その間、今度こそしっかりと休暇を楽しんで来たら?」

「なにその、普段は休暇もまともに楽しめないワーカーホリックみたいな言い方」

「今回の休暇は異能使わないと約束できる?」

「分からぬ」

「そういうとこよ、馬鹿」


 呆れたように眉を顰める『博士』に、俺は肩を竦めて応えた。

 そればかりは、飛び込んでくるトラブルの種に聞いてみなければ、分からないのだから。



●●●



 英雄としての責務を終えて。

 難民問題を解決して。

 親友を自由にできる権利を得て。

 俺は自分でも驚いたのだが、色々と肩の荷が下りた気分になった。

 異界渡りとして、好き勝手やっていたつもりでも、心の中にはそういう責任やら、重圧を感じている部分があったらしい。

 そういう無意識に感じていた重みが無くなった時、ぽん、と休暇を渡された俺が考えたことは、一つ。


「人間関係、そろそろきっちり向き合っていくかー」

《ついに一夫多妻の覚悟が出来ましたか?》

「自分の存在を分割する際の注意点をクロエに聞いてきたところだ、安心しろ」

《ミサキ、それは止めてと言っているでしょうが》


 異世界で培ってきた人間関係。

 様々な人との交流、結んだ絆。

 そして、頭すっからかんで、その場のノリで、けれども後悔などしないようにと精一杯行動した結果生まれた、諸々の女性関係。

 今こそ、それらを振り返り、省みる時ではないかと。

 心に余裕が出来たからこそ、決意したのである。


《それより前に、まず、童貞を捨てて来てはどうですか? フシとツクモという異界渡りの後輩相手に、まだ保留したままでしょう?》

「うぐ」


 だが、過去の約束を思い出して、決意がいきなり揺らぐ。

 いや、いやいやいや、それはさ? それはさ? あえて、追及しない流れじゃないの?


《人間関係を考えるというのなら、まず、手近な物から向き合っていくべきです。別に、貴方が嫌ならばあの約束を破棄してもいいのでは?》

「んんー、でも、それは、あまりにも情けないのでは?」

《では、開口一番に「やらせろ」と言えばよろしい》

「それはアウト過ぎるのでは?」

《これくらいの漢気をミサキには見せて欲しい物です》

「やろうとしたら、絶対声が震えて言葉にならなくなるからやらない。だって、童貞だし」


 …………まぁ、童貞問題はさておき。

 実際の所、フシとツクモの様子を見に行くのは悪くない。あいつらは確か、現在は[に:11番]世界で仕事をしているだろうから、あいつらに会いに行くついでに、弟子であるカインズの様子も見に行ける。

 うん、そうだ、カインズだ。俺の弟子だ。最近は忙しすぎて、俺の人格や能力の一部を再現した端末を仮師匠として渡して、中々直接会う機会も無かったからな。あいつがどれぐらい成長したのか、見に行くのも悪くない。


「とりあえずは、この肉体でいくか」

《男性バージョンを選ばない辺りがヘタレですね》

「安全性を考慮しているんだよ、俺は」


 それに、カインズと会う予定なのに男バージョンで良くのはおかしい。色々とおかしい。奴と俺は師匠と弟子という、強い絆で結ばれている。今更、性別のあれこれで動じることはないと思うが、余計に心を乱す必要もないのだ。

 でもまぁ、本来の俺の姿を知る関係者と出会って、話し込まなければ男バレするということも無いだろうし、そもそも、態々幼さの残る少年に対して、『美少女師匠が実は男だったんだよ!』と不必要なネタバレをする必要も無いだろうし。

 うん、いつも通りの肉体で行けば、万事オッケーだな! はっはっは!


●●●



「ミサキ師匠! ミサキ師匠が実は男って、本当ですか!? 答えてください!」


 ――――なんか、出会い頭にバレたんだけど、何故に?

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