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第136話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 13

無事に退院したので、復活します。今まで通り、隔日掲載で。

後、第133話を飛ばして、投稿していなかったという致命的なミスが発覚したので、直してあります。

「結局のところ、俺が異界渡りになった理由など、『それ以外、やることがなかった』からに過ぎんさ。偉大なるこの俺でも、異界渡りを始めた時は、ただの惰性で動く残骸と呼んでも差支えがなかったからな。ふふふ、ほんとに、あの時の俺はただの意地一つでよくもまぁ、あんな見栄を張れたものだと、我ながら感心するとも」


 長い昔話の終わりを、珍しくシン先輩は自嘲することで締めくくった。

 …………正直、意外だった。存在揺るがぬ芯が通っており、何があってもこの人だけは普段通りに行動するだろうと思っていたというのに、まさか、そんな原点があったとは。


「この俺が誰かを助けようとする理由も、まぁ、察しろ。罪滅ぼし、というわけではないが、代償行為が全くないとは言い切れんな。あれから随分時間が経ったというのに、未だに悪夢を視ることもある」

「…………俺を助けたのも、似たような理由か?」

「や、君を助けたのは、初恋の人に雰囲気が似ていたからだ」

「ええと、話に出てきた従者さん?」

「なんかびっくりするぐらいそっくりだったぞ」

「ただの男勝りじゃなくて? それって、似ていて大丈夫? 元は男性よ、俺? 草葉の陰から殴られない?」

「殴られるかもしれんな」

「ちなみに、求婚した理由もそれ?」

「ふふん。この俺が、誰かの面影を求めて求婚するとでも? あれはただ単純に、君ともっと一緒に居たいから、そう願っただけだ」

「…………そっか」


 視線を交わさず、互いに偽物の夜空を見上げて言葉を交わした。

 シン先輩からの求婚。

 あれは確かにとても驚いた。そりゃあもう驚いたし、胸がどきどきしたし、シン先輩がとてつもなく頼り甲斐のある人だったので、揺らぐ物が無かったと言ったら嘘になる。何せ、シン先輩と出会ってからホームに戻らず、ずっと機械天使の肉体だったので、精神がほぼ女性寄りになっていたのだ。そこに、頼りがいのあるイケメンから求婚されれば、そりゃ揺らぐさ。俺と似たような経験をすれば、他の人間も似たような反応を返すだろう。

 でも、俺はその求婚を断った。

 理由は至ってシンプル。


「だけどさ、シン先輩。アンタにとって一番大切な存在は、ミウだろう?」

「ああ、ミウは俺にとってもっとも大切な相棒だとも」


 シン先輩にとって何よりも代えがたい大切な存在は、ミウだからだ、

 あの若草色の髪をした、面倒くさい性格の美少女こそ、シン先輩が寄り添うべき存在にして、守るべき至宝だ。

その二人の関係に、俺は必要ない。だから、断った。


「…………妻にはしてやらないので?」

「そういう立場になると、ミウは駄目になるタイプの性格だ。相棒として、隣に置くことが俺とミウにとっての最善である」

「そうかい、傲慢だな」

「うむ、傲慢だとも」


 シン先輩の言葉は傲慢だ。

 自分の尺度で関係性を図り、勝手にこれが適切であると定めている。例え、相手がそれ以上を望んでいたとしても。

 しかし、正しい。

 傲慢だけれども、シン先輩は正しい。

 ミウという従者の精神性は幼く、相棒という関係性を保ったままシン先輩の妻となるのは難しい。一度関係性が緩んでしまえば、ミウという少女は甘えてしまい、その甘えが一瞬の油断に繋がり、致命的な隙に繋がるかもしれない。もしかしたら、その隙をうまく乗り越えて、教訓を経て、正常な関係へとなる可能性もあるかもしれないが、だとしても、シン先輩は僅かな隙を許すことはない。

 恐らくは、もう二度と、自分の判断で後悔しないために、徹底している。


「だが、傲慢じゃない愛など、果たして存在するだろうか?」

「難しいことを言うなぁ、シン先輩」

「難しくはないさ。何せ、こんなのはただの極論だからな。愛という言葉を用いれば、大抵の出来事は極論にしやすいのだよ。覚えておくがいい」

「三日程度は覚えておいてやるよ」

「うむ、それでいい」


 くくくく、と喉の奥で含み笑った後、シン先輩はぽつりと呟いた。


「そういえば、ミサキの故郷では『情けは人の為ならず』という言葉があったな。あれはいい。あれは俺の行動をよく表している。俺はとどのつまり、自己中心的な人間なんだよ。何をするのも自分の為であり、誰かのために行動をしたことなんてないかもしれない。誰かを助けるのも、誰かを助けることが気分がいいから、俺はやっているだけだ。普段は大層なことを最もらしく言っているがな? 少しばかりメッキを剥がせば、俺などこんなものだ」

「シン先輩……」


 疲れた声だった。

 何百年も生きた長命種族が、死に際に漏らすような、そんな弱弱しい声だったと思う。

 その声の弱弱しさに、俺はつい、体を起こしてシン先輩の方に視線を向けてしまった。


「――――まぁ、もっとも? 俺がいくら謙遜しようが、俺の偉大さはメッキ程度が剥がれたところで損なわれはしないがな! むしろ、メッキが剥がれたことによって、真なる輝きを放ってしまうかもしれぬ! いやぁ、我が輝きに惑わされる輩が出てこないか今から心配になってしまうな! はっはっは!」

「シン先輩ェ……」


 けれど、俺が視線を向けた時には既に、いつものシン先輩に戻っていた。

 どうやら、ナイーブなモードは終了したらしい。

 少なくとも、先ほどの言葉が本音がどうか疑いたくなるほど、シン先輩の姿は活力に満ちていて、言葉になんの迷いも無い。演技にするには、あまりにもそれは強すぎるほどに。


「さて、随分話し込んでしまったな。そろそろ戻ってこないと、またミウに叱られてしまう」

「はいはい、んじゃあ、さっさと戻ろうか。ああ、それと、シン先輩」

「ん、なんだ?」


 俺とシン先輩は共に立ち上がる。

 軽く土ぼこりを払うと、人工的に再現された夜風が、瞬く間にそれを浚っていった。


「情けは人の為ならず、って言葉。シン先輩の理解で間違ってはいないだけどね? あれは実は、『他人に情けをかけておけば、後々、巡り巡って自分の得になることがあるだろう』という打算的な物なんだ。刹那的な物じゃない。まー、どちらが上等か? って話じゃないんだけど、つまり、その、あれだ……うん」


 大きく息を吐き、取っ散らかった頭の中を整えてから、俺はシン先輩へ告げた。


「この言葉には、紛らわしい誤用があるんだよ。『情けを掛けるのは人の為にならないから、放っておけ』っていう奴。誰かが困っている時に助けると、かえって余計なお世話になったり、その人の成長を妨げるから、結局は助けた相手の為にならないって意味でさ、大抵の場合、これは言い訳に使われるんだ。誰かを助けない言い訳に。自分を正当化するための言い訳に。もちろん、言葉が適している場面も無くはないんだろうけど、『誰かを助けない自分は正しい』って思いこむのは、傲慢よりも質が悪い、自己欺瞞だと俺は思う」


 だから、と言葉を次いで、俺はずっと言いたかった言葉を口にする。


「あの時、助けてくれてありがとう。無理やりにでも、俺を助けてくれて、ありがとう。あの時のアンタは正しくなかったかもしれないし、傲慢でもあったかもしれない。でも、その誤りと傲慢に救われたから、今の俺がある。アンタと一緒にいた日々は、他の誰かから見たら非生産的な毎日だったかもしれないけど、俺にとってはかけがえのない物だったよ。うん、そうだな。いつか、アンタが困っていることがあったら、真っ先に助けに行きたいぐらいには、かけがえのない時間だった」


 頭の中でまとめたつもりだったけれど、言葉に出すとやはり長くなってしまった。どうにも、俺は今、きちんと感情を制御できていないらしい。

 ああ、機械天使の肉体で良かったと、今だけは思おう。

 これが生身の肉体だったら、きっと今頃は、俺は顔を真っ赤に茹で上げて、恥ずかしさのあまりにぶっ倒れていたことだろうから。


「…………そう、か」


 その時、シン先輩が浮かべた表情を、俺は知らない。

 言うことを全部言い切った後、途端に恥ずかしくなって、そっぽを向いてしまっていたからだ。きっと、目を背けなければとても珍しい物が見れただろうに。


「はっはっは! 愛しい後輩よ、生意気なことを言うなぁ! 君はまだまだ、俺から見たら未熟者に過ぎん! せめて、俺との組み手の勝率が三割程度に上がってから、先ほどのような言葉を吐くのだな! そうでなければ俺は、大人しく助けられてやらんぞ? いや、むしろ、困っていることがあったらどんどん俺を頼るがいい! 大体、独り立ちしてから連絡をするのが遅いのだ、君は! 普通に心配するから、もっと連絡して来るがいい!」

「あ、この、人が珍しく殊勝にしていれば付け上がりやがって! 何が未熟者だ!? これでも、俺は一人前の異界渡りで、何度も世界を救った英雄様だっての!」

「英雄? ふぅ、そういう見栄は、自分の尻を自分で拭けるようになってから言うがいい」

「くそう! 孤児院の件があるから何も言えねぇ!」

「はっはっは! だから君は未熟者なのだよ!」


 俺とシン先輩は並んで、孤児院の中に戻っていく。

 歩きながら互いに交わされる言葉の中に、もはや遠慮などは存在せず。

 まるで、離れていた時間など存在しないように、俺たちは喧しいやり取りをしていた。



●●●



「遅かったですね、ミサキ。では、行きましょうか?」

「おっと、オウル。遅かったのは悪いが、何故、俺の腕をがっちりと掴む?」

「こうしないと逃げるでしょう? まったく、お風呂に入るのに、逃げ出そうとするなんて、ミサキは子供ですね?」

「子供じゃないから、逃げようとしたんだよ! 後、ミユキは恥ずかしいならやめておけ! 風呂に入る前に上せそうになってんじゃん!」

「うっさい、馬鹿! だ、黙って風呂に行くぞ! そ、その、アンタが望むなら、アタシは、肋骨触らせてあげるし」

「え、マジで?」

「はい、交渉成立ということで。さんぴ――お風呂に行きましょうか、三人で」

「不穏な単語が聞こえたぞ、おい! くそ、肋骨を触らせてくれるという魅力に抗いがたい! だが、他の子供たちもまだ残っている中で、そういうのはちょっと!」

「騙されてはいけませんよ、ミユキ。ミサキはあの手この手で、のらりくらりと先延ばしにするのですから。なので、押し倒せるときに押し倒しておかなければ」

「ん! わ、分かってる! え、えい!」

「ちょ、おまっ――――耐えてくれ、俺の理性ぃ!」


 孤児院に戻った俺は、何故かスタンバイしていたオウルとミユキに囲まれて、両サイドをがっつり抑えられてしまう。

 さっきまでシン先輩と格好よさげな会話をしていた後に、このテンションはしんどい物があるぞ、俺よ。うん、このままうっかりお風呂場でいたしてしまえば、冷静になった時に、死にたくなってしまいそうだから困る。

 故に、俺は俺と同じく、ミウに抱き付かれてなお、あっさりと宥めさせたシン先輩へ救援を求める眼差しを送ってみたのだが、返って来たのは妙にさわやかな微笑み。

 えぇ、ちょっと、おい。まだまだ未熟者だから、遠慮せずに頼れと言ったのはアンタでしたよねぇ!?


「はっはっはっは! 悪く思うなよ、我が愛しい後輩よ!」


 けれど、俺の懇願はあっさりと流されて。

 ――――情けは人の為ならず、と彼は笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] シン先輩と分かれて元の体に戻ったときしばらくは大変だっただろうなぁ(ニヤニヤ)
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