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第135話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 12

申し訳ありません、検査入院で一週間お休みさせていただきます。

何事も無ければ、次回の更新は土曜日か日曜日になるかと。健康が欲しい(白目

 仮に、これが何者かの描いた悲劇であるのならば、ここで幕を下ろすべきだろう。

 出来損ないの王子は、得たものを全て失って。

 侵食者の少女は結局、何も理解し合えずに死んで。

 世界は朽ちて、いずれ終わる。

 そんな救いようのないバッドエンドのまま、幕を下ろすべきだ。

 けれど、現実という奴は物語のように収まりが良くない。終わるべきところで、物語のように人生の幕を下ろせない者も当然、存在する。


「…………ん、あ?」


 異形殺したる、彼もその一例だった。

 何もかもに絶望して、異形の城と共に崩壊に巻き込まれてしまった彼。

 されど、今は亡き仲間たちが託した術式は、あらゆる破壊や滅びを拒絶する。今更、たかが城の崩壊に巻き込まれた程度で死ねるほど、彼は生易しい存在ではない。


「僕は、何を、すればいいんだよ?」


 誰も彼の言葉を聞き届けることのない世界で、彼は途方に暮れたように呟く。

 さながら、幕の下りた舞台の上で、役者が戸惑っているかのように。


「…………殺す、か」


 しばらく、具体的には昼夜が三回ほど巡った後、彼は一つの答えを出す。

 まずは、侵食者たる少女が残した、彼女の眷属を全て殺しつくそうと。その中で、生き残っている人類を一人でも探し出せれば、きっと、何もかも失敗してしまった自分でも、何かの意味を見出すことができるんじゃないのか? 少しだけ、マシな結末になるんじゃないのか?

 こうして、彼の途方もない一人旅は始まった。

 既に、滅んだ世界で、跋扈する異形どもを手あたり次第に駆逐する日々。

 特にやることも考えることも無いので、どれだけ効率的に異形を殺せるのかを考える毎日。

 肉体は既に不朽。

 精神は既に限界。

 相反するような肉体と精神のバランスで、世界中の異形を殺し尽くす。


「この世に神が居るならば、教えてくれ。この僕の行動は、無意味なのか?」


 どれだけの年月が経ったのか、正確な数を彼は覚えていない。

 ただ、途方もない時間が過ぎ去ったということだけは、朽ちた街の建造物が教えてくれた。されど、時折、呟く言葉の答えは、誰も教えてくれない。

 この時、彼は知らなかったのだが、既にその世界の管理者は、侵食者たる少女に敗北しており、世界を自動的に運営するだけの存在として、変質させられてしまっていたのである。そう、少女が初めて彼と出会うよりも、前に。

 だからこそ、世界は滅びない。

 本来、世界の廃棄を決定する存在が、既に壊れているが故に。


「…………僕は、何をしているんだ?」


 殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、うっかり言葉を忘れそうになるほどずっと殺し続けて、彼はふと気づく。


「…………?」


 殺すべき異形を、既に殺し尽くしていたということに。

 どうやら、途方もない時間の果てに、彼は為すべきことをやり遂げてしまったらしい。砂漠の中で、一粒の砂金を探すような、不可能とも呼べる難行をやり尽くしてしまったのだ。


「…………あー」


 汚らわしい存在が何もない、美しい世界の形を見て、彼は途方に暮れる。

 人類は居ない。

 されど、しぶとく生き残っていた微生物とか昆虫とか、植物とかあるので、何億年か放置すれば、人類ではないにしろ、他の知的生命体が誕生するかもしれない。

 だが、もう既に彼の精神はほとんど死んでいた。

 惰性で行っていた駆逐作業も完遂してしまったので、もはや、やるべきことなど何もない。そもそも、彼はこんなことをやりたくてやっていたわけではない。何もすることが無いから、渋々、暇つぶしと八つ当たりを兼ねてやっていただけである。

 だから、それすらも終わらせてしまった彼に、生きるに足る理由はもう存在していない。


「しぬ、か」


 何もかもがなくなって、ようやく彼は自殺という選択肢を見つけた。

 それを彼が拒む理由はない。不朽な肉体なれど、それを破壊する術は、長きに渡る駆逐作業の果てに既に会得していた。


「…………ん?」


 この時、彼は物思いにふけることなく、即座に自害しようとしていた。

 ただ少し、自害の拳を振るう前に、綺麗な夜明けを目にしたのである。時間間隔すら曖昧で、夜と昼の区別すらどうでもいいと感じていた彼であるが、何故か、この時の夜明けを、薄紫から黄昏に染まっていく瞬間を、美しいと思った。

 後々から考えれば、この瞬間が無ければ、彼は摩耗の果てに無意味に死んでいたことだろう。

 そう、空から流れ落ちる一筋の光すら、見つけられず。


「…………」


 どごぉん、と割と派手な音を立てて、その光は彼の近場に激突した。

 どうやら、その光は何かが盛大に落下してきた物らしい。しかも、それは結構な威力で、落ちた一帯を吹き飛ばし、クレーターに作り替える程度には破壊力に満ちていた。

 もっとも、不朽の肉体を持つ彼には何の痛痒も抱かせることはなかったが。


「行く、か」


 少し迷った後、彼は落下物を確かめることにした。

 どうせ死ぬのだから、疑問を少しでも残すことはしたくないと思ったのかもしれない。


「救援、要請。救助、要請……拒否、破壊……」


 まさか、そこで天使の類に出会うとは、予想もしていなかっただろうけれど。


「…………」


 彼は無言で、落ちてきたそれを眺めた。

 背中に純白の翼を背負った、若草色の髪の、可愛らしい美少女。

 ボロボロの貫頭衣を纏ったその姿は、まさしく天上から落ちた天使に見えた。

 その天使は、小さく助けを求める言葉を呟きながら、か弱く手を伸ばしている。彼に対して、ではなく、虚空に向けて。おそらく。彼の姿すら、今は見えていないのだろう。ふるふると、助けを求める手は、今にも力尽きてしまいそうなほどに、儚い。


「…………」


 彼は、迷った。

 以前の自分であれば、躊躇いなく動いたが、その結果が、世界の破滅だ。助けるべき相手を間違えた結果が、この様である。

 ならば、いっそのこと、何もしない方がいいのではないだろうか?

 助けを求める手を無視して。

 朽ち果てる命をそのままに。

 何も責任を負いたくないのならば、罪を犯さない自分でありたいのならば、何もしなければいい。それが、正答だ。何もしなければ、そのまま世界が流れていくだけ。

 そうとも、愚かな自分が何もせずに動くよりは、その方がよっぽどいい。


「…………いいや」


 けれど、彼の脳裏に浮かんだのは、かつての仲間たちとの記憶だ。

 何もせず、王都で過ごしていたならば、あの時間は決して得られなかっただろう。ならば、何が違う? 何故、少女の時は世界が滅びた?

 ――――手を離したからだ、途中で。

 助けたくせに、その後は他人任せ。

 時折、様子を見に行くだけで、もっと詳しく関わろうとしなかった。

 例え、少女を助けた時点で世界が滅ぶのが決まっていたとしても、それでも、彼は少女ともっと関わるべきだったのである。

 理解し合えなかったとしても、無意味だったとしても。

 手を差し伸べるのならば、自分が納得するまで関わるべきだ。その行いが正しくなくとも、傲慢だとしても、『自己満足』だったとしても、関わるべきだった。


「助けてやろう、天使たる君よ! なぁに、案ずるな! この『俺』が居る限りは、何も心配はない! 安心して身を委ねるがいい!」


 故に、彼は伸ばされた手を取った。

 頼られ甲斐のある自分であるために、安っぽい演技で自分を偽った。

 それが自己満足に過ぎないのならば、それでいい。それで、少しでも後悔を減らせるのならば、上等だと。

 そして、ここから再び、彼の旅路が始まるのである。



●●●



 多元世界の片隅に、一つの噂があった。

 それは、異界渡りたちの間では少しばかり有名な話。

 知っておいて損はないが、本気にすると馬鹿にされるような、そんな噂話だ。

 もしも、どこかの世界で絶体絶命の危機に陥った時。

 あるいは、どうしようもない理不尽に襲われた時。

 救いを望むのならば、空を仰ぎ、『偉大なる君よ! 我を救いたまえ!』と叫ぶといい。

 恐らく、何も起きずに空しく叫びが木霊するだけだろうけど。

 何かの縁があったのならば、きっと。


「はっはっは! 助けを求める声を聞いた! ならば、この偉大なる俺が助けてやろう! ああ、ぶっちゃけ状況もよくわからんが、その場のノリで何とかうまくやってやるから、安心して任せるがいい!」


 頼り甲斐があるんだか、無いんだかよくわからない声が聞こえてくるだろうから。


 これは、異界渡りたちの間で少しばかり有名な噂話。

 眉唾であるし、こんな噂話を信じるぐらいならば、他にやるべきことが山ほどあるだろうけども。

 それでも、御伽噺と呼ぶには、少しばかり信憑性のある噂話だ。

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