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第132話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 9

 古今東西、旅とは人を成長させる物だ。

 それが、困難を伴う旅であるのならば、尚更だろう。


「う、うわぁあああああ!? ドラゴンだ!? それも、五百年級の化け物だぁ!? し、死んでしまう!? 僕たち、焼き殺されて死んじゃおうよぉ、ミィ姉!」

「あーっはっはっは! ようやく楽しくなってきたところだ! 死なずに頑張れ! 後、五十秒ぐらい!」

「頼むよ、ほんと!」


 出来損ないの王子と、その従者は旅をする。

 時に、忘れ去られた森の奥に生えているという、人の悲しみを癒す果実を探すために。

 けれども、その行く手を阻むのは果実を守護する赤き竜。一息で森の木々を焼き払い、されど、たった一本の木だけは枝葉一つも燃やさない、奇妙な守護竜。

 王子と従者は竜に追われながらも、森の中に隠されたリドルを解き明かす。

 守護竜の動ける範囲。

 果実を守る理由。

 人気のない森の奥に、ぽつんと一軒だけ建てられた粗末な家屋。

 家屋の中にあったのは、孤独に死んだであろう憐れな白骨死体が一つだけ。


「いよっし、魔術式解読! 罠解除ぉ!」

「でかしたぁ! 守護竜よ! もう既に、君を縛る法は無い! さぁ、百年ぶりの自由を与えよう!」


 王子と従者は、偏屈な魔女が仕掛けた魔術式の罠を解除し、魔術に捕らわれた守護竜を開放する。

 既に契約者は亡く、自由であると証明して。

 解放された竜は、咆哮を一つ轟かせると、蒼穹の彼方へ飛んで行ったという。


「よ、よぉーし、『祝福の果実』ゲットぉ! これを商人の娘さんに渡せば、船に乗せて貰えるんだよね!?」

「そーだな、ったく。一国の王子としての権力をちらつかせば、一発なのによー」

「そういうの良くない! それに、父上だったらこんな遠回りせずに、拳を振るえばすぐに解決しただろうに」

「はいはい、シンお坊ちゃまは良い子ですねぇ! つーか、殴ったらあの竜が飛ぶ姿も見れなかったけど、それでもよかったのか? お前は」

「…………いや」

「なら、胸を張れよ、シン。お前は、お前にしかできないことをやったんだからさ」


 王子と従者は旅を続ける。

 ――――王子は出来損ない。

 他の兄弟ほど賢くも、強靭でもない。その世界の平均的な能力しかない、ただの少年。けれど、それ故に弱き者の心に共感し、時にそれが光明となって世界の闇を砕く。

 従者は、そんな王子の足りない部分を補うかのように活躍した。それりゃもう、どちらが主なのだろうか? と傍から見ている者が問いたくなるほど自由奔放に活躍し、度々、尻込みする王子を蹴飛ばして活を入れる。けれど、王子が本当に大切な選択を迫られた時は、その決断を静かに見守った。

 二人は旅を続ける。

 目的は無いけれど、とりあえずの所は、世界を全て巡ると決めて。


「やれ、魔術師の一人も連れずに『惑いの街』へ? まったく、脳筋の息子は頭まで筋肉で出来ているのか?」


 旅を続けていく内に、いつの間にか彼らに仲間が増えた。

 まず、仲間に加わったのが、『惑いの街』という特殊なダンジョンへ入る前に、嫌味な言葉を投げかけてきた、チビの魔術師。


「何? 魔術師の当てがない? 金もない? けれど、どうしても行けなければならない事情があるから仕方ない? はっ、仕方ないという理由で命を投げ出すのか、君は! 愚かが過ぎる! そうだな、王族たる君が、この俺に頭を下げて頼めば――――早い! ええい、早すぎるぞ馬鹿め! やめろ、地に伏せるな! ええい、手伝ってやればいいのだろう!?」


 彼は口が物凄く悪く、態度も尊大であったが、意外なことにお人よしでだった。少なくとも、王子と従者に付き合い、『惑いの街』を共に踏破する程度には。そして、「お前らみたいな危なっかしい奴らを放っておけるか!」と苛立ちながら、旅の仲間になる程度には。


「がっはっはっは! いやぁ、助かった、助かった! 引き抜いてくれて感謝するぞ、若いの! いやぁ、まさか酒に酔って寝ている間に、灰に埋まって動けなくなるとは! この大剣豪、一生の不覚だったわい!」


 次に仲間になったのは、酒臭いおっさんだった。

 ぼさぼさの頭髪に、赤黒く錆びた長剣を佩いた姿は、落ちぶれた剣士か、あるいは山賊のようにしか見えず、さらに出会い頭では、泥酔した挙句、暗黒大陸に降り積もる灰の中で死にかけていたという、どうしようもないおっさんである。


「ん? おおう、なんだ、若いの。そんなに驚くことたぁ、無いだろう? 言っただろうが、儂は天下無敵の大剣豪だとな? だからまぁ――――酔っていようが、魔神の一柱ぐらいは叩き切って見せるわい」


 されど、彼が大剣豪なのは本当だった。

 王子たちが暗黒大陸で、魔神の悪辣なる罠にはめられた時、罠ごと食い破り、驚く魔神の首を瞬く間に切り落とした姿を見れば、誰しもそれは認めざるを得ない。

 もっとも、「そんじゃあ、お助け料としてしばらく養ってもらうかねぇ?」と恩着せがましく言った挙句、強制的に彼らの仲間になって、酒やら飯などをたかる姿はまさしく、駄目なおっさんとしか言いようが無いのだが。


「うみゃー、旅の人ぉ……そ、そこの解毒薬を取って……ちがっ、右、もうちょっと右ぃ! あ、うんうん、それそれー。ごくごくごくごく―――ぷはぁ! ふぅ、自分で作った毒を味見したら、予想以上に神経がやられて死にかけるとは、にゃっはっは! 吾輩もまだまだ若輩者ってことだにゃあ!」


 最後に仲間になったのは、モノクルを掛けた猫人の博士だった。

 『叡知の塔』と呼ばれる、数多の謎と宝が隠されているダンジョンを単独で半分以上踏破したものの、途中で自分が作った毒で死にかけていたというよくわからないドジ属性の博士である。


「ほいほいほいっと、こんなもんかにゃー? 『叡知の塔』と呼ばれるだけあって、上質の未知はあったけれど、予想以上ではなかったにゃあ」


 ただし、彼は掛け値なしの天才であった。

 学者肌で、ドジで、戦闘力は皆無であるものの、頭脳明晰であり、どのような謎かけも瞬く間に解き明かして見せた。

 彼は、自分自身の戦闘力と生活力が皆無なので、世界を旅する王子たちパーティに「なんでもするから、連れてって欲しいにゃ!」と寄生していくスタイルで旅の仲間になったという。まぁ、寄生というほど役立たずというわけではなく、むしろ、あらゆる問題に対して分かりやすい答えを瞬時に導き出し、未知への探求心が人一倍貪欲なので、旅の要所でアドバイスを送り、中々役に立っていたらしい。


「ええと、次はどこに行こうかなー? あ、天空城に行ってみたいな、僕!」

「おーう、いいじゃねぇか、シン。天空城にはかつて、旧世界を統べた最強皇帝の亡骸があるんだろ? 記念に墓を暴いていこうぜ!」

「ミィ姉の言動はなんで時々、山賊スタイルなの?」

「まぁまぁ、シン。謎があるなら、解明する。墓の中に謎があるなら、墓荒らしも仕方ないと思うにゃー?」

「博士は知識欲が絡むと倫理観が欠如するよね? マッドなの?」

「うっ、おぼろろろろろろろっ……」

「おやっさんは飲みすぎだよ。若くないんだから、もっと体を労わって」

「ふん! 相変わらずの駄目っぷりだな、屑ども! 天空城を目指すなら、飛行艇では不可能だ。城下に繋がるというゲートを探すぞ。ノロマな屑どもが馬鹿をやっている間に、大体の見当は付けて置いたから、存分に感謝するがいいさ」

「ツンデレ君は頼もしいなぁ」

「旧世界の単語で呼ぶんじゃない!」


 王子は仲間と共に旅を続ける。

 自分のことを出来損ないだと思っていた王子は、世界を旅していく内に、いつの間にか大切な仲間たちと共に在った。

 どれも皆、どこかが欠けていて、歪で、けれど『出来損ない』だと己を卑下せずに、堂々と生きている馬鹿ばっかりだ。

 だからこそ、王子は従者に尻を蹴り上げられ、個性的な仲間たちに振り回されている間は、己のコンプレックスを忘れることができた。それよりも大切なことが、楽しいことが、たくさん旅の中であったからである。

 もちろん、楽しいことばかりではなく、困難なことや目を覆うような悲劇だって体験したこともあった。けれど、王子はもう挫けない。己を卑下して、自分自身で未来を閉ざさない。尻を蹴飛ばしてくれる従者と、無理やりにでも手を引いてくれる仲間が居るから。

 例え、他の王子よりも弱く、愚かだろうとも。

 鉄腕王と名高い父とは比べ物にならない、小さな人間だったとしても。

 出来損ない王子は、仲間たちと居る限り、それなりに困難でけれども、幸せな人生を送ることになっただろう。


 ――――大いなる破滅が、彼らの世界を侵食しなければ。



●●●



 愛は世界を救うのだと、誰かが言った。

 それは本当のことかもしれない。いや、実際に本当だろう。

 どんな愛かはさておき、愛という存在はそれだけで全ての理由となる。

 愛。

 素晴らしき愛。

 時には、世界さえも救う愛。

 しかし、だからこそ――――


「ねぇ、王子様。私を愛して?」


 世界を滅ぼす愛も、時には存在するのだと、まだ彼は知らなかった。

 もっとも、彼がそれを知ることには、とっくの昔に手遅れになっていて、何もかもが取り返しのつかない惨劇へと傾いてしまっていたのだけれど。

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