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第131話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 8

 平和と呼ぶには騒がしく、争乱と呼ぶには穏やかな世界だった。

 基準たる世界線からは遠く、されど、だからこそ人類という種が伸び伸びと生きることができる世界だった。

 魔道を扱う文明があった。

人類が築き上げた、美しい街並みがあった。

 人類の生存圏外には、恐ろしくも強靭な獣たちの住処があった。

 人類は外部からの脅威に立ち向かうべく、必然と団結を迫られて、多種多様な人種の中から、より強く、より賢い王を選ぶことにした。

 数多の英雄は様々な理由から、王になるため、偉業を重ねる。

 ある者は、雪山に住まう蛮族の王の首を掲げて。

 あるの者は、暗黒大陸に存在するといわれる幻の秘宝を手に入れて。

 ある者は、人類を脅かす竜の群れを幾つも滅ぼした。

 そして、ある者は――――それらの偉業を成し遂げた英雄たちを一人の残らず殴り倒して、自らの強さを証明した。

 彼の者こそが、その世界を治める初代統一王となった、剛腕の主。後に、鉄腕王と呼ばれる存在だった。


「民よ! 俺の腕が届く内ならば、魔神の悪意からすらも守ってやろう!」


 鉄腕王は戴冠式の際、集まった民たちに向けて、雄々しくそう宣言したらしい。

 その後、鉄腕王は自らの言葉を証明するように、どんどんと最前線で剛腕を振るい、恐るべき数多の獣たちを倒してきた。時には、魔神と呼ばれる、『異界からの侵略者』にも立ち向かい、見事に討ち果たした。

 雄々しく、強く、豪快で、裏表の無い強い王。

 それが鉄腕王だった。

 しかし、彼には一つ問題があったという。


「ううむ、政治の世界の難解なることよ! もういっそ、全員殴って終わりにしてしまいたい!」


 鉄腕王は地頭は良く、機転も効き、有事の際には非常に鋭い判断を下すのだが、平時の政に関しては、さっぱり役立たずだったのである。

 幸いなことに、彼の部下には知恵者が多いのでなんとかなっているのだが、鉄腕王はこれではいけないと考えたらしい。


「俺は世界一強い自信がある。だが、賢いとは口が裂けても言えぬ。よし、ならば美しくも賢い女を王妃として娶ろう! これならば、強く賢い子供たちが生まれ、俺の後も世界をよく治めてくれるだろう!」


 鉄腕王は多く美姫たちを妃として招き入れ、多くの子供を作った。

 無論、招き入れられた女たちの中には、その賢さからよからぬことをたくらむ者もいたらしいが、鉄腕王と夜を共にした女たちは例外なく、彼に骨抜きにされるため、大きな問題が起こることなく、次々と鉄腕王の世継ぎは生まれていった。

 鉄腕王の子供たちは誰もが美しく、聡明で、なおかつ強靭だった。

 生まれてから一年も満たない間に、言葉を話し、一度見聞きしたことは決して忘れず、五つの年を数える頃には、たった一人で人食い虎すらも殴り殺す。

 これが、鉄腕王の子供たちの平均的な素質だった。

 誰しも、王となる度量と才能を持ちわせた、素晴らしい子供たちだったという。

 だが、だからこそ、鉄腕王の後に誰が王となるか問題になったのである。

 優秀な王子たちが多いからこそ、誰が国を継ぐかで民たちの意見が割れてしまう。すると、自然と派閥のような物もできてしまい、争いの種となってしまうのだ。

 故に、鉄腕王はこのような宣言と、自らの子供たちと民の前で告げた。


「この鉄腕王を打ち倒した者こそ、次の王とする! 無論、俺の血筋に限らない!」


 この暴挙とも呼べる宣言に対して、まず反応を示したのが世界中の力自慢たちだった。その中にはひょっとしたら、かつて、王を決める争いの中で、鉄腕王に敗れた猛者も居たかもしれない。


「鉄腕王何するものぞ!」

「我が魔剣の錆にしてくれる」

「極めた武人であろうが、私の魔道には及ばない」


 世界中のあらゆる強者たちが、連日連夜、鉄腕王の住まう城へと押し掛けた。

 自らの力を証明し、自分たちこそが王となるにふさわしい存在だと。

 あるいは、ただ単に鉄腕王よりも自らが上だと証明したいが故に。


「子供たちよ、見るがいい! 偉大なる父の雄姿を!!」


 それでも、鉄腕王は強かった、圧倒的なほどに。

 力自慢の大男を、片手でねじ伏せた。

 魔剣士が扱う、奇怪な術理の剣を吹き飛ばした。

 魔術師の扱う、悍ましくも恐ろしい不可思議を、叩き潰した。

 ありとあらゆる障害をねじ伏せて、見るものに不安を抱かせることなく、全てを倒して見せるその姿は、まさしく鉄腕王の名にふさわしい物だったという。

 やがて、鉄腕王に挑戦するものは声を潜め、自然と消えていった。

 だからこそ、彼を倒せる可能性があるのはすなわち、彼の血を引き、なおかつ、賢く美しい彼の子供たちしかいない。

 そう、民たちは自然と認識していた。


「さぁ、我が鉄腕を乗り越えることができるのならば、見せてみるがいい。子とは、父を超えてこそ男であると証明するものであるからな!」


 鉄腕王は子供たちに向けて、豪快な笑みを向けてこう言ったという。

 子供たち――王子たちのほとんどは、その王の言葉に焦がれ、他の兄弟と争うよりも、自らを高めることに精を出すことにした。

 この偉大なる王の後を継ぎ、認められたいと、心に強い憧れを抱いたのである。

 ――――たった一人の、出来損ないの王子を除いて。



●●●



 その王子はとても美しい容貌を持って生まれてきた。

 何せ、妃となったのが世界で片手の指しか存在しないほど希少な、人型の精霊である。本来、その世界では精霊とは獣や大いなる使徒の形をとることが多い。けれど、稀に人型を取る精霊は、人の中でも最も根源的な美に近しい存在であり、その美しさは見る物を瞬く間に魅了し、けれど、自由で無形の心は縛られることを良しとしない。

 たとえそれが、鉄腕王と呼び名が高い傑物相手だったとしても。

 幾度の夜に身を重ねて、子を孕んだ愛しい男の傍だったとしても。

 精霊を捉えることは、夏の涼風を掌に掴むような物である。鉄腕であろうとも、精霊を留めておくことはできない。

 よって、その王子は自らの母を知らない。

 幸いだったのは、乳母が王子を自らの子供と遜色なく、愛情をこめて育てたことだろう。また、乳母の子供を姉貴分として育ったが故に、孤独感とは無縁であった。

 されど、彼の心中に穴をあける大きな問題がある。


「ああ、何故僕はこんなに弱く、愚かなのだろうか?」


 その王子は他の王子たちに比べて、見るからに劣っていた。

 一度見聞きしたことを全て覚えることはできない。七つの年を数えても、一人では満足に獣を狩ることもできない。

 民の子供たちならばともかく、鉄腕王の子供としては出来損ないも良いところ。

 兄や弟たちと比べるには、あまりにも不備が多すぎる。

 無論、父たる鉄腕王や、兄弟である王子、姫たちが彼を責めることはない。詰ることも、虐めることもあり得ない。なぜならば、彼らは全て傑物であり、他者の弱さを受け入れる強さを持っていたからだ。

 けれど、間違いなく『競争相手』としては見られていなかった。

 だからこそ、口の悪い者は影で、彼のことを『出来損ないの王子』と呼ぶのだ。

 そして、当の本人もそのことを受け入れている。


「弱い僕が悪い。全て、己の弱さが悪い。ならばせめて、兄弟たちの足を引かぬように、姿を消そう」


 彼は十四の年を数える頃、父である鉄腕王に申し出た。

 王都を出て、冒険者となり、見識を広める旅に出たいと。もちろん、本気でそのような前向きなことを考えていたわけではなく、ただ、その場から逃げ出して、誰も自分を知らない場所で穏やかに過ごしたい、という一心でのことだった。


「ほう、その心がけやよし! ならば、銀貨三百枚を支度金として用意させよう。従者は一人まで連れて行ってよいこととする。だが、何もなせぬまま帰ってくるようであれば、拳骨程度では済まさぬので、覚悟して行くがよい」


 鉄腕王は彼を、激励の言葉と共に、快く送り出した。

 なお、支度金である銀貨三百枚は、王族からすればはした金にすらならない物であったが、冒険者として新米が身支度を整えるには十分な額であることを、彼は知っていた。

 もしかしたら、鉄腕王は彼の胸中を推し量り、それ故に、『一人前の男』として彼を扱い、送り出したのかもしれない。


「おおい、アタシを置いてどこに行くんだよ、へなちょこ王子様? 言っておくけど、世間知らずで貧弱なアンタがのうのうと生きていけるほど、外は甘くねーぞ?」


 彼は一人で城を出ようとしたが、幼いころからずっと一緒である姉貴分に見つかり、半ば脅迫交じりに彼女と共に行くことになった。

 もっとも、その後、酒場でろくに飯の注文もできなかった彼が、早速、姉貴分に助けられているところを見れば、誰しも姉貴分の言葉が正しかったと判断するだろう。

 ともあれ、彼は旅に出た。

 己の不足を補うための度に。

 当然ではあるが、その旅は決して甘くない。

 世界は平穏なれど、未だ森の奥に潜む獣たちは衰えを知らず、辺境では人が食い殺されるなど日常茶飯事。

 時に、怪しげな魔術師が、古びた遺跡で邪悪な儀式をしていることも。

 時に、空を行く飛竜の群れが、腹を空かせた子供たちのために手ごろな人間(獲物)を掴み、巣に連れ去ることも。

 時に、屈強な山賊団が、街路を封鎖して悪行を尽くすことも。

 数多の障害が、彼の行く手を阻むだろう。

 されど、それよりも多い出会いと、冒険が彼を待っているだろう。


「ほーんと、シンはアタシが居ないと何もできねぇんだからさ!」

「う、うっさいよ、ミィ姉!」


 出来損ないの王子と、男勝りの従者は世界を巡る旅に出る。


 ――――――その旅の果てに、抗えぬ破滅が待っていることも知らずに。

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