第130話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 7
魔力を用いた肉弾戦というものは、意外と使われることは多くない。
なぜならば、大抵の場合、拳で殴るよりも、遠距離で適当な攻撃魔術を放ったり、必中の概念付与を施した銃弾を打ち込めばよかったりするからだ。
わざわざ接近戦で攻撃するよりも、魔力を扱えるのならば、遠距離からの圧殺で良い。魔術の嗜みがある者ならば、大抵、肉弾戦や接近戦よりも、そちらを選ぶ。
だから、わざわざ魔力を使って身体強化や、武器に何かしらの攻撃的な魔術を付与する戦闘スタイルの場合、大抵、『接近戦の技術があるものが後天的に魔力の使い方を知った』ということが多い。自分の戦闘スタイルを強化する形で魔力を扱うのは、大抵、剣士や武闘家という類である。
これは、どちらが正しいとか、どちらが強いという問題ではない。
遠距離を好む魔術師は、近距離からの奇襲に弱く。
接近戦を好む、近接戦闘スタイルは遠距離からの攻撃に対して分が悪い。
いわゆる相性という問題であり、戦うのであれば、こういう得手不得手を割り切って、それを前提として組み込んだ上でどのように戦うかが肝心なのである。
戦闘スタイルなど、戦う者たちからすれば手段の一つでしかない。
そして、どちらのタイプの戦闘スタイルであったとしても、腕を上げていくにつれて、自分の弱点は自然と潰すように考える物なので、戦闘スタイルでの相性など、一定以上の力を持つ者たちの間ではあまり考慮されない。
例えば、体術に疎く、近接戦闘や奇襲に弱い術者であれば、近接戦闘のできる従者やゴーレムを用意すればいいし、奇襲に対しては、常に自動警戒させる術式を己の周囲に張り巡らさせておけば、事足りる。
「――――一打百撃」
故に、当然の如く、シン先輩の打撃は『飛ぶ』のだ、視界の及ぶ限りの範囲で。
「ぬ、うぉおおおおおお!!?」
七つの世界を股にした逃走劇の後、俺は無様に捕まって、訓練を受けていた。
逃走劇中も、様々なイベントがあり、俺からシン先輩に対する好感度も上がり続けていたので、捕まったころには『そろそろ真面目に訓練を受けてやってもいいかなぁ』などと思い始めていたのであるが、それを即座に後悔するレベルの地獄の訓練だった。
「ふざけ、んなぁ!? こっちの権能を全部、拳一つで打ち砕くって! どんな存在強度をしているんだよ、アンタはぁ!!」
「君の術式が脆く、弱いだけだ。もっと、気合を込めて力をふるうがいい。躊躇い、嫌悪し、力を振るう際にも余計なことを考えているようでは、俺には及ばないぞ」
訓練内容は実にシンプル。
朝から晩までずっと、五十倍に圧縮された特殊な空間で組み手を続けること。
空間の環境や、前提条件の有利、不利を一戦ごとに切り替えて。ただひたすら、己よりも格上の相手と戦うこと。
ただし、俺の異能であるマクガフィンは深度1までに抑えてある。
なぜかというと、俺が本気で異能を使うと後戻りができず、手加減も不可能なので殺し合うしかできなくなるからだ。
「転移術式を編むのが遅い。脊髄反射レベルで使えるようになりたまえ」
時には、摩天楼が聳え立つ眠らぬ街の上空というシチュエーションで戦って。
「肉体の頑強さだけに頼るな! 俺のような打撃系の攻撃に対しては、打撃を受けた後からでもそらしたり、衝撃を和らげる方法がいくつもある! その身に幾億の打撃を受けて学ぶがいい!」
時には、障害物が何もない、灼熱の日差しが降り注ぐ砂漠の中で、無数の打撃を受けて。
「そう、それだ! その滑らかな魔力の始動! 異能との組み合わせを忘れるな! 君の過去がどうあれ、現在の力を否定するな! 自身を肯定することこそが、戦場に立つ者の最低限だと知りたまえ!」
時には、廃墟の中で幾度も術式と異能を組み合わせ、通用しないと知りつつも、全力で空間ごとシン先輩を吹き飛ばして。
今から思えば、俺とシン先輩との交流の大半は、戦いと共にあったと思う。
こうして組み手をするだけではなく。
異界渡りとして、シン先輩と仕事している時も、俺は何かしらの戦いに巻き込まれ、その度に自分の不足を自覚して、歯を食いしばりながら成長していく。
「はっはっは! あれを防ぐとは、流石は我が愛しい後輩よ!」
「うるせぇ! 俺をぶちのめしておいて、よくもまぁ、そんなことを!」
俺とシン先輩との付き合いは、そこそこ長続きした。
けれども、いつまでたってもシン先輩の庇護下で異界渡りをしていくわけにもいかず、俺はやがて独り立ちすることになる。きっかけは確か、シン先輩がとち狂ったのか、俺に求婚してきたり、その件でミウが激しい嫉妬に襲われて色々大変なことになったりなど、たくさんのトラブルとイベントがあったような気がするけれど、結局のところ、意地だったのかもしれない。
一人の男として、いつまでも誰かの庇護下に居ることが、悔しかったのかもしれない。
自分の力を試して、異界渡りとして己の使命を果たしたかったのかもしれない。
もっとも、現在、こうしてシン先輩の力を借りるために色々探し回ったところを見ると、案外、あの時から比べても、全然成長してなかったりするのかもしれないが。
●●●
「……ふ、成長したなぁ、ミサキよ」
「ぜぇー、はぁー。ぜぇー、ぜぇー」
そして、現在。
偽物の星を散らばされてた、夜空のプラネタリウムを仰ぎながら、俺は地面に倒れていた。
息は荒く、満身創痍。発汗などという、戦闘中に無駄な行為は無意識レベルで抑えているので、汗はかいていない。だが、体中の魔力が尽きて満身創痍の状態である。
うん、ついついシン先輩との久しぶりの手合わせに熱中しすぎて、内臓魔力が尽きるまで動いてしまったぜ。
「まさか、この俺を殴り倒すようになるとはな。うむ、弟子にして後輩に、ここまで見事に一本を取られたのならば、大人しく倒れるのが礼儀というものだ!」
けれども、その甲斐があってか、俺は珍しくシン先輩から模擬戦闘と一本、取ることができた。しかも、機械天使の権能や、異能を用いた奇襲ではなく、真正面からの殴り合いで。
「ぜぇ、ぜっ…………殴り倒された割には、元気そうだな、シン先輩?」
「当たり前だ。例え、この身に力は入らなかろうとも、愛しい後輩の前で恰好付けるのが、先輩としての役目だとも」
シン先輩は俺に殴り倒された時のまま、仰向けに偽りの夜空を仰いでいる。
あっはっは、と愉快そうな笑い声を響かせて、傍から見ればまるで堪えていないように見えるのだが、手加減するような人でもないので、少なくとも、『倒れてもいい』と思えるような拳を当てることができたのだろうさ。
「魂を震わせる、いい拳を振るうようになったな、ミサキ。きっと、色々な人と出会い、別れ、その度に経験を己の糧にしていたのだろう。俺の肉体は、『重み』の無い一撃では、絶対に揺るがない。無論、『重い』だけのテレフォンパンチも食らってやるつもりはない。だが、先ほどのあれは――――うむ、思わず見とれてしまって、この様だ!」
「見とれるってアンタ……通りで、避けられると思った拳が当たるはずだ」
「ふふふ、だが、決して手は抜いておらんぞ! さぁ、存分に誇るがいい! 泣きながら歓声を上げてもいいのだぞ?」
「あっはっはっは、遠慮しておく。相棒がどこで聞き耳立てているかわからねぇのに、泣きべそかくわけにはいかないだろ?」
「うむ、正論だ!」
シン先輩の声に嫌味はなく、どこまでも素直な感激があった。
もちろん、模擬戦闘に負けた悔しさはあるだろうが、それでも、こちらの成長を何の含みもなく祝い、喜んでいる。
「なぁ、シン先輩」
「何かな? 我が後輩よ」
顔を合わせず、互いにプラネタリウムを仰ぎながら、会話を続ける。
「今回の件、ありがとうな。急に孤児を引き取ってくれなんざ、無茶苦茶な依頼だってわかっているんだが。ガキどもの将来を保証しろ、という条件で一番最上だと考えられるのが、アンタの所の学園しかなかった」
「なぁに、愛しい後輩が頼ってきたら、偉大なる先輩というのは快く引き受けてやる物なのだよ! 気にするんじゃあない」
「でも、今回の件は貸しだ。でっかい貸しだから、後できっちり返すぜ」
「別にいいというのに、律儀な後輩だ」
「おそらく、異界渡りとして育てた先輩の教育が良かったんじゃないか?」
「ふふ、なるほど、それは違いない」
シン先輩を物に例えるなら、それはきっと樹齢数千年以上にも及ぶ大樹だろう。
色とりどりの葉の如き表情を見せて、枝葉がいくら折れても、巨大な幹は揺るぎもしない。そして、見返りを求めることなく実りを降らして。
尊大な態度も、自信過剰にも思える言動すらも、実はただの正当なる事実で。
だからこそ、まったく嫌味を感じさせない。
揺るがない。
けれど、だからこそ、俺は不思議に思うのだ。
「……なぁ、シン先輩」
「何かな? ミサキ」
これほどまでに強い存在が、どうしてか、時折、とても儚く見えてしまうことが。
「シン先輩はさ、どうして異界渡りになったんだ? そういえば、俺の事情は説明したが、アンタの事情は聞いたことがないな、って」
「ふむ、異界渡り同士は互いの事情に深入りしないように教えたはずだが?」
「おいおい、今更だろうが。ま、でも、話したくないなら無理やり聞こうとは思わねぇよ」
「…………ふぅーむ、そう、だなぁ」
視線は向けずに、言葉を待つ。
ごうごうと、静かに空気を循環させる機械の音が何度か響いた後、
「たまには、昔の話をするのも悪くない」
シン先輩はゆっくりと語りだした。
異界渡りとして、生きていくことになった理由を。
己の、存在理由を。