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第128話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 5

 こんな例え話を耳にしたことはないだろうか?

 貴方の目の前には、飢えた人がいる。

 さて、この飢えた人を救うためには、どうすればいい?

 その場の飢えをしのぐために、飯をくれてやればいいのだろうか? まぁ、確かにそうだ。腹が減っては何もできない。けれど、文字通り、その場しのぎにしかならない。

 本当にその人を救いたいのであれば、飢えてしまった原因を見つけ出して、それを解決しなければならない。

 いわゆる、釣った魚をやるのではなく、魚の釣り方を教えてやれ、という話だ。

 ……しかし、その解決方法には問題がある。

 飢えてしまった人が、一人じゃなく、大多数の場合だ。

 そういう場合は大抵、個人ではどうしようもない、飢饉などの災害によるもので、救ってやることなどは難しい。大多数の人間が飢えている場合は、本当にどうしようもない問題がそこにあって、理不尽なまでに人が死ぬ。

 だから、この場合の正解は、関わらないこと。

 飢えた人たちを見殺しにして、自分の糧を守り、その場を立ち去ることこそが唯一の最適解だろう。

 そう、まともな頭の人間が考えるなら、これが最適解だ。

 だが、シン先輩は違う。馬鹿だ。馬鹿すぎて、世界の理不尽すらも、どうしようもないほどの悪意の連鎖すらもぶち壊してしまう。

 なので、シン先輩がこの悪趣味な出題に対して答えるのならば、きっとこうだ。


「素晴らしく優秀なこの俺が、ケースバイケースで超すごい解決案を思いつく! うむ、これで完璧!」


 ものすごいドヤ顔で、本人としては至極真面目に、こう言うだろう。

 そして、意外と間違ってなく、本当に実現させてしまうのだから、質が悪い。



●●●



「う、うあああ、たす、助けて……」

「死ぬ、死んじゃうよぉ」

「いやだいやだいやだいやだ」

「…………ご、ぐえええええええっ」


 俺の目の前で、地獄にも似た悲惨が状況が展開されていた。

 場所は人里離れた、山の奥。

 管理者がわざと人間の生息域を狭めるために、獰猛かつ屈強な獣たちを放った、地元民たちからは『魔の山』とも呼ばれている未踏域の、さらに深奥。

 決して逃げることが叶わない陸の孤島で、シン先輩に引き取られた孤児たちは、地獄の特訓を受けていた。


「一体、どうしてこうなったんだか」


 俺は彼らの惨状を眺めながら、孤児たちがこのようになってしまった経緯を思い出す。

 スラム街の上役との交渉? うん、交渉みたいな何かによって、シン先輩は孤児たちを全部引き取って、生き延びる術を与えなければいけない立場になってしまった。

 もっとも、シン先輩は最初からそれを望んで、周りを煽っていた気配があるので、むしろ、待っていたとばかりに行動を開始したのだから。


「あっはっはっは! 逃げる孤児は悪い子だ! 逃げない孤児は良い子だ! だが、俺の前では善悪など無意味! 抵抗も無意味! だが、抗う意思は尊重して叩き潰そう!」


 そして、始まったのが無慈悲な子供狩りである。

 シン先輩はどこの悪党だ? と首を傾げたくなる口上を叫びながら子供たちを浚い、亜空間にストック。孤児たちがスラム街から消えるまで、狩りつくした。

 なお、あまりにシン先輩が問答無用だったので、途中から俺が参加して、可能な限り説明をしてから、孤児たちを引き取るようにした。それでも、全体からすれば一部に過ぎず、引き取った孤児たちのほとんどは、強制的に拉致されたようなもので、そりゃあもう、最初はシン先輩や俺に対して敵意むき出しだったと記憶している。


「殺す、ぶち殺してやる!」

「なんのつもりだ!?」

「悪の魔術師か!? 俺たちを生贄にでもするつもりかよ!?」

「くそったれ! くたばりやがれ!」


 ろくに説明もされずに連れてこられた孤児たちは、当然、怒りを込めて抗議の声を上げる。

 けれども、シン先輩はそれをまるで試みず、容赦なく彼らに告げた。


「聞け、儚き弱者たちよ! ここは諸君らを閉じ込める監獄である! 俺が定めた場所から外に出た場合、『魔の山』の異名に相応しき獣たちが、諸君らの命をむさぼるだろう! 故に、この監獄から出る方法は一つ! 諸君らがこの獣たちに負けぬ強さを手に入れ、神の悪意が潜むこの『魔の山』を踏破することである!」


 あまりの無茶ぶりに孤児たちは総じて口を閉じ、俺は深々とため息を吐いた。

 この『魔の山』は、ダークファンタジーな世界基準で、騎士と呼ばれる戦闘職の中でも、中位以上の強さを持つものでなければ、足を踏み入ることは許されない。少しでも事情を知る物ならば、先ほどのシン先輩の宣言は『一生ここで過ごせ』という残酷な死刑宣告にも聞こえただろう。


「だが、もちろん、儚き弱者である諸君らが、なんの策もなく『魔の山』を踏破できるとは、俺も思っていない。そこで、君たちには特別に、俺から強者になる義務を与えよう。そう、権利ではない、義務だ。これから諸君らは、俺の特訓を受けて、強者へと生まれ変わるのだ! ははははは! 光栄に思いたまえ! あ、三食寝床や、健康は無理やりにでも保証するので、ありがたく思うように!」


 こうして、孤児たちの地獄は幕を上げたのである。


「い、息が、息が続かなっ……」

「死ぬ、死んでしまう!」

「いっそ殺せぇ!」


 シン先輩はまず、年齢や性別などの個人差に考慮して、四人一組でいくつかのグループを作り上げた。その四人組はこの監獄を出るまで変えることができない絶対の組み合わせであり、何があろうともシン先輩は変更することを許さなかった。

 その四人一組で行われるのは、各自の体力の限界ギリギリまで考慮された地獄の特訓。

 シン先輩は人を観察する目がずば抜けており、どれだけ巧妙に演技して隠したつもりでも、各人の限界を見極めて、きっちりとその限界を少し超える程度の所まで特訓メニューを与える。


 特訓メニューは基礎の基礎である体力作りを終えたものから、いろいろなコースを選べる仕様になっていた。

 兵士として働きたい者。

 冒険者として世界を巡りたい者。

 魔法使いとして秘術を得たい者。

 一門の職人として、自らの技量を高めたい者。

 それぞれの意向に沿って、シン先輩は特訓メニューを用意した。そして、その特訓メニューはクリアできれば必ず、孤児たちが望むだけの力を手に入れることができた。


「死ねぇ、教官ぅ!」

「石だ! 石を投げろぉ!」

「連係して殺せぇ!」

「あの化け物に勝てるわけがあるか、バカバカしい! 俺は先に逃げさせてもらう!」


 無論、常に自分の限界ギリギリを要求されるという大人でさえも泣きわめくレベルの特訓なので、暴動や、脱走などは日常茶飯事だったのだが、その度に、シン先輩は高笑いをしながらあっさりと制圧。脱走した孤児たちは、獣に食われそうになる前に俺が救出するという手はずになっていた。

 三食きっちりと、この世界の基準ではかなり質の高い物を用意され、清潔な寝床、毎日の湯浴みという生活の保証を得た上でこれなので、よほど辛かったのだと察することができる。

 なので当然、ストレスもたまっていくのだが、シン先輩はあれで用意周到なので、もちろんストレス対策も用意していた。というか、主に俺がストレス対策専門である。


「おおい、クソガキどもー。週に一度のお楽しみだぞー」

『ヒャッハー! 買いまくるぞー!』


 週に一度、ストレス解消のために行われるのは、販売会だ。

 子供たちは普段の特訓内容の他に、自主的に行える課題というものが存在する。その課題をクリアすることによって、この販売会で使用できる通貨を得ることができるのだ。なお、課題の難易度によって、クリアした時の報酬が区別されており、一番の難易度の課題などは明らかに無茶ぶりなのだが、それをクリアすれば、魔道具の一つや二つ、余裕で買い取ることが可能なほどの通貨が与えられる。


「今回は大分、金を貯めたからなー。思い切って魔道具買うかー」

「魔法薬のストックを補充しないと」

「わぁい! この『マンガ』ってやつ、めっちゃ面白いんですけど!」

「プリンうめぇ!」


 販売会で取り扱っている物は様々だ。

 日々の特訓を補助するための魔道具や、魔法薬。あるいは、日々の生活に潤いを与えるための娯楽品。この世界の範疇に限らず、俺が異界渡りとして扱える商品を用意している。そのため、毎週少しずつラインナップを変えて、子供たちが飽きないように色々工夫を重ねていた。

 ちなみに、その販売会の中で半ば冗談として、『ハグ』とか『頭なでなで』とか『膝枕』など、俺にやってもらいたいことを通貨で買える券を発行したことがあるのだが、割と結構売れてしまったのが印象的だった。


「ミサキぃー、ハグしてよー」

「わぁい、私もこれっくらい胸大きくなるかなぁ」

「んー、良い寝心地」


 購入層は主に年少組が多く、突然の環境の変化や、厳しい特訓で心がへこんでいるときに、主に甘やかされたい要求が生まれてくるらしい。なお、比較的年齢が高い子供たちは、他の奴に隠れてこそこそ買い込んだり、夜中にこっそりと抜け出して券を使いたいという奴らが多く、俺はエロ本扱いかよ? と苦笑したものだ。

 ……後から思えば、シン先輩はあえて徹頭徹尾厳しく接して、子供たちにとって甘えられる相手を俺に限定したのだと思う。

 恐らくは、子供たちと俺を教育するために。


「なぁ、腐れナルシスト。これ、異界渡りの領分を超えてないか? 管理者から警告来ないか?」

「この俺がやることは俺が決めるのだよ。後、管理者には賄賂を贈ってあるので、行動は基本的に黙認されるぞ」

「やり方が汚い」

「賢いと言いたまえよ、後輩」

「…………あのさ、色々と説明しなくていいのか? この場所での時間は、現実と比べて五十倍で流れているとか。俺たちの正体とか」

「全て問題ない。現実との時間差については、子供たちの寿命を時間差の分だけ伸ばせばいい。そして、俺たちの正体など、全部終わった後、知りたい者にのみ、教えればいい。俺は別に、子供たちに恩を売りたくて彼らを育てているわけではないからな」

「んじゃ、なんのために?」


 現実よりも早く進む空間の作成。

 『魔の山』という、どこの国家も所有していないデッドスペース内に、安全地帯を構築。

 子供たちの素質を全て見極めて、もっとも適した特訓メニューの制作。

 子供たち二百人超を賄う、衣食住の確保。

 その全てが容易ではなく、いくらベテランの異界渡りといえど面倒極まりないはずなのに、シン先輩は決して、『誰かのため』という免罪符を使わない。


「愚問だな、ミサキ。俺が行動する理由など、全て自己満足のために決まっているだろうが! はっはっは!」


 シン先輩はどのようなことを行おうが、我欲によるものだと言い張るのだ。

 誰よりも優しい心を持っている癖に。

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