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第127話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 4

 異界渡りをやる人間の経歴なんて、大抵は歪で、脛に傷を持っているような者ばかりだ。

 つい数年前までは、平和な国でのんきに学生をやっていた俺が、全世界でも類を見ない大戦に巻き込まれ、超越者殺しなどと呼ばれるようになった俺を筆頭に、誰しも人に言いたくない過去の一つや二つぐらい抱えているものだ。


「だから、無暗に同業者の過去は詮索しないように。あくまでも、同業者同士の関係はドライでビジネスライクなものに努めた方がよろしい。なぜならば、我々は総じて世界を渡る術を持っているからだ。つまり、過去をいくらでも偽造できるし、その気になれば、管理者に目を付けられない程度の犯罪を繰り返して、危うくなったら他の世界に逃げるということもできる。同業者が犯罪者である可能性は、常にある。しかし、一目で同業者がまっとうな人間なのか、そうでないのかを見極めるのはとても難しい。故に、互いに舐められないように、けれど、互いに礼節を尽くしたビジネスの関係であることが推奨されているのだ。同業者に深く関わって、身の破滅を選んでしまった異界渡りの例も決して少なくはない」


 だが、このようなことをシン先輩から教えられた時は、『それは長ったらしいギャグのつもりなのか?』と呆れてしまった。

 ドライな関係で、ビジネスライクに?

 人の過去に深入りするな?

 おいおい、教える立場なのにこいつ、何一つ自分で忠告を守っていないぞ? と。


「ふむ、その顔は『人に散々言っている癖に、自分は何一つ守っていねぇじゃねーか』と思っているものだな? はっはっは、ミサキよ、何事にも例外というものは存在しているということをよく覚えておくがいい。この場で教えているのは、あくまでも異界渡りとしての基礎みたいなものだ。ならば、他の異界渡りよりも優れているこの俺ならば、既にその先へ行っていてもおかしくはないだろう?」


 そんな俺の疑問に対して、シン先輩はとても自然なドヤ顔で答えた。


「俺は優秀でとても賢いからな! 助けるべき人間と、助けるべきでない人間の見分けぐらいすぐにつくのだ! だから、助けたいと思った人間の事情には、同業者であれど、どんどん突っ込んでいくし、関わっていくとも! そう、こうして、君に稽古をつけてやっているようにな」


 返ってきた言葉は、まさに尊大。

 自分は優秀だから、人よりも優れたことができるという、ある種の思い上がりを含んだ言葉。これが、他の人間から出た言葉ならば、俺は一笑に付しただろう。

 漫画や、アニメのキャラクターであれば、こんなビックマウスで典型的な思いあがった貴族みたいな奴は、主人公の引き立て役とか、分かりやすいやられ役なんだな、と俺は決めつけてしまうかもしれない。

 けれど、シン先輩は別だった。

 尊大なれど、決して身の丈に合わない発言ではない。

 傲慢なれど、決して思い上がりだけの言動ではない。


「だから、ミサキ。君は安心して、俺と共に在るがいい」


 シン先輩は常に、実現させている。

 己の思い上がりを含んだ言葉を。

 尊大としか思えない言動を、実現させて、説得力を持たせている。

 自分は凄い存在であるから、他の人間よりも優れている。優れているということは、余裕があるということで、余裕がある分、他の人間を助けてやれる。

 そういう思考回路で、シン先輩は平然と他者に手を差し伸べるのだ。

助けられる側が、安心して身を委ねることが、できるように。



●●●



 俺とシン先輩が再会した時、シン先輩はやけに『成長したなぁ』とか『立派になった、うんうん』と感慨深く頷いていたのだが、それにはもちろん理由がある。

 俺がシン先輩の後輩として、渋々共に過ごすようになってから、一人前として認められるまでの間、その時期が一番、恐らく、俺が素直ではなかった時期だからだ。

 情けなく、簡単に表現してしまえば、反抗期だったのである。

 自分よりも優れた異界渡りで、どうしようもないお人よしのシン先輩に対して、俺は反抗期のガキのような態度でずっと接していたのだった。

 ただ、大戦を生き抜いた英雄である俺が、このようなクソガキムーブをすることになったのには、少なからず、シン先輩側にも責任があると思うのだ。


「はぁ!!? ふざけんな、このナルシストのクソイケメンが! 無茶苦茶言ってんじゃねーぞ! 無理に決まっているだろうが、そんなの!」

「ミサキよ、不可能という言葉は確かに存在する。この優秀極まりない俺にだって、もちろん、不可能なことは存在する。だが、これは不可能ではない。可能だ。ならば、やるだけ。そうだろう?」

「そうだろう? じゃねーよ! 可能だとしても、やる理由がねぇよ! 馬鹿か? なぁ、馬鹿なのか? スラム街の孤児共を全員引き取って、『まとも』に育てるなんてできるわけがないし、やる理由がねぇよ!」

「いいや、理由はあるのだよ、ミサキ。なぜならば、この俺は優秀極まりない異界渡りだからだ。管理者に制限されていないのであれば、目につく憐れなる子供を救済するのも、義務の一つと言えるだろう」

「言えねぇよ、バーカ! 勘違い野郎が!」


 例えば、こういうことがあった。

 未だ、俺とシン先輩が出会った、ダークファンタジーの如き世界で活動している時のことだった。

 ある時、異界渡りの仕事をするためにスラム街に出向くことがあったのだけれども、そこで、一人の少年がパンを盗んだ罪で、周囲の大人にリンチにされていたのである。

 それは、あの世界では決して珍しい光景ではなかった。

 硬くて食べずらい、黒いパンの一欠けら。痛みかけた干し肉。酸っぱい葡萄酒。

 俺のホームではゴミみたいな価値しか持たないそれらが、あの世界では一人の人間よりも勝ることがある。なので、盗人は基本的に追い詰められた人間だ。けれど、盗人から盗まれた人間もまた、大人しく盗まれたままだと、明日、飢えて死ぬかもしれない。

 だから、盗人は基本的に殺される。

 衛兵なんて上等なシステムはスラム街には無いから、当事者によるリンチとして。

 もちろん、盗まれた方の力がなければ、盗人に当事者が殺されておしまい、という話なのだけれども。

 誰しも余裕がなく、誰しも悪いわけではなく、されど、何もかもが悪い。

 どうしようもない、灰色の悪意に支配されているような、そんな世界だった。

 故に、少年一人がパンを盗んでリンチにされるという光景は日常風景そのもので、俺も道行く住民もまるで気にせず、その場を通り過ぎようとしたのである。


「待ちたまえ! 子供に対する罰には、厳しすぎるのではないかな!?」


 強く厳しい言葉で、少年へのリンチを制したシン先輩以外は。

 何をやっているんだか、と俺は怒りよりもまず、呆れたやってきた。シン先輩の行動は明らかに、この街の空気には合っておらず、他の住民たちが『ああ、馬鹿か』みたいな空気でシン先輩の方を見ていた。

 その目が変わったは、シン先輩が当事者たちをすべて殴り倒してからである。

 そう、リンチされていた少年も含めて。


「罰には厳しすぎる! 反省したまえ! そして、人の物を盗むのはやめなさい!」


 殴られた人間は、全員、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしていた。

 特に、盗人の少年は余計に混乱していたと思う。自分を助けにきたと思っていた『馬鹿』が、何故か自分を殴った後、きっちりと回復呪文で傷を癒して来たのだから。


「双方、どうしてそうなったのか、きちんと俺に説明しなさい!」

『えぇ……』


 シン先輩は当事者を集めて、なんとその場で事情を聞き出し始めた。

 俺はもうその時点で帰りたかった記憶があるのだが、一応、先輩となっている奴を放って何処かへ行くのもどうかと思うので、事の推移を傍観することにしたである。


「そうか、厳しくやらなければカモとみられて、自分の店が盗人に狙われると。ふむふむ、明日食うものがなく、働ける仕事がないので盗みをするしかない。なるほど、双方の言い分にはそれぞれ道理がある。だが、だとしても子供を殴り殺すのはいただけない。少年の方も、その場しのぎの盗みを続けていたところで、先は無いだろう」


 そして、予想はしていたがひどい騒ぎになった。

 喧嘩両成敗という範疇に収まらず、このスラム街に住まう人間たちに対して、遠慮なく正論をぶちかまして、言葉の刃で刻んでいくような所業だった。

 確かに、シン先輩の言っていることは正しい。

 正しいが、だが、その中には解決案がなかった。現状を否定するばかりで、それを解決するための具体的な言葉が含まれていない。

 それじゃあ、正しくても無意味だ。ただ、自分の下にいるものを踏みつけて、見下したいだけの醜悪な行為じゃないか? などと俺が思っていると、当事者連中の含めて、街の住人も同じような感想を――――いや、俺以上の怒りを抱いたようだ。


「ふざけるな! お前に何がわかる!?」

「飢えた経験もなさそうが奴が!」

「上から目線で語りやがって!」

「一体、お前は何様だ!?」


 怒れる群衆、という言葉が相応しい有様だった。

 普段から鬱屈して、ストレスを貯めている住人が集まり、シン先輩を罵っているのだが、シン先輩は涼しい顔で彼らを眺めている。時には、彼らの怒りよりも大きな声で、大きな正しさで、叩き潰すように彼らの意見を否定していく。

 そんなことを繰り返していけば当然、騒ぎも大きくなって、


「なんの騒ぎだ? やかましい」


 当然、街の上役という存在も出てくることになる。

 彼は強面という顔がスーツを着て歩いているような、中年だった。あの時の俺が、思わず身構えてしまうほどの実力や、風格を感じていた。無論、戦えば負ける気はしないが、それでも面倒な相手だと思った。

 あれと何かトラブルを起こすのであれば、さっさとシン先輩を転移させて、この場から去ってしまえばよかったと思う程度には。


「ふん、なるほど。お客人よ、どうやら貴様は俺たちのルールが気に入らないらしい。なら、貴様ならできるのか? この街に住まう孤児を全員引き取って、きっちり育てられるのか? ただ、正しいだけの言葉なんぞ、この街じゃ何の意味も――」

「その言葉を、待っていた!」

「……あ?」

「やってみようではないか! こうして許可ももらったことだし、君たちができないというのならば、俺がやろう。孤児を全員引き取って、立派に育てあげて見せるとも!」


 いや、本当に傍観なんてしてないで、もめ事を起こす前に、さっさとシン先輩を連れ出しておけばよかったと、この後、俺は何度も思うことになった。


「は、はははは! 面白い、出来るものならばやってみろ! 甘ったれの理想主義者が!」


 なお、結論から言えば、大物みたいなムーブをしている街の上役さんも、俺と同様に、あるいは、俺以上に後悔して、ろくでもない目に遭うことになる。

 シン・エルフォード・唐沢・ヴォルケーノに関わるということはつまり、荒れ狂う台風に裸足で突っ込んでいくような物だと、まだ理解していなかったがゆえに。

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