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第126話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 3

 シン先輩と俺が最初に出会った世界は、ダークファンタジーという言葉が似合う世界観だった。

 そりゃあもう、人の命なんて日銭に劣るわ、狂信者が毎日邪神とかを呼び出そうとしているわ、組織の大半は腐敗しているわで、かなり荒廃していたと思う。まともな善人なんて、すぐに周囲によって貪りつくされるので、ほとんど天然記念物。

 正義なんて言葉は、地位のある悪党が己の正当化に使う言葉。

 愛や希望なんて概念は既に、絶滅危惧種となっているような、そんな世界。

 管理者は争いと戦いこそが、人を進化させるための重大な要素として考えており、平穏をもたらすつもりも、治安を求めるつもりもなかったらしい。

 そういう、ダークファンタジーの世界で、俺はフリーの殺し屋として名を馳せ始めていた。

 誰かを殺したいと思う屑も、誰かに殺される理由のある屑も五万と居る世界だから、殺し屋として俺の飯の種は尽きることは無かった。

 ただ、殺し屋として動いているだけでは到底、難民の受け入れ先なんて見つからない。かといって、こんな悪徳が蔓延る世界にホームの世界の人間たちを住まわせる気にはなれなかった。いくら大戦を生き延びた難民とは言え、生まれながらにして悪意と共に在ったこのダークファンタジーに馴染めるとは到底思えなかったのである。

 だから、そろそろ見切りをつけて、違う世界へ移動しようと思っていた、その頃だった。


「見つけたぞ、気高き獣よ! さぁ、我が軍門に下るといい!」

「…………はぁ?」


 シン先輩と俺が出会ったのは。

 出会った場所は、人気がほとんど無い廃墟の街。

 ――――もとい、俺が街の住人を皆殺しにして、廃墟にした街だった。


「随分と寝ぼけたことを言う奴だなぁ、おい。酒でも飲み過ぎたのか? 酔っぱらいが絡める相手じゃねーぞ、俺は? 見て分からねぇか、ああん?」

「ふふふ、もちろん、分かっているとも。君が強者であることも。そして、我が同業者であることもな」


 建物に放った火が煌々と、薄暗い空を染め上げている頃合い。

 俺とシン先輩は、十メートルほどの距離を保って向かい合っていた。


「同業者?」

「君も、俺と同じ異界渡りなのだろう?」

「……」

「黙っていても分かるさ。君のその肉体は良く偽装されているが、この世界の文明レベルでは到達できない機械の集合体。なおかつ、君が扱う力はこの世界の魔術体系のどれにも属していない。しかも、君の経歴はあまりにも不自然でね。いくら仮面を被って素顔を隠しているとはいえ、君ほどの存在感がある強者が今まで噂にもなっていないというのは考えられにくい。よって、君は俺と同じく、異界渡りであると推察した」


 当時、シン先輩の邪気の無い笑みは、俺にとって不敵な笑みに感じた。

 故に、シン先輩が得意げに推論を展開している時に、俺は既に戦闘準備を終えており、いつでも戦い始められるように用意していたのである。


「だが、未熟。恐らく、異界渡りを初めて一年にも満たない新米だな? このような汚れ仕事を任せられている時点で、君の器が知れるという物だ」

「……それは、俺を馬鹿にしているってことで良いんだよな? あ?」

「君がそう感じるのならば、そうだとも」

「はんっ、そうかい」


 俺はその時、頭の中で素早く戦力の彼我を考えた。

 依頼を完遂した直後という、魔力の消費具合。

 自身たっぷりというシン先輩の態度。

 俺の身に宿っている、空間支配の権能。

 それらを総合的に考えて、『一撃で倒せなかったら、さっさと転移でおさらばしてしまおう』という結論に至った。

 心の中では苛立ちが収まっていないが、それでも、その時の俺はちゃんと仕事人だった。仕事よりも、死闘を優先させるような享楽家では無く、加えて、シン先輩の言う所の『汚れ仕事』を終えたばかりで、精神的に疲れていたのである。

 なので、とりあえず舐められないように、一発良い奴をぶちこんでから、関わり合わないように逃げようと思っていた。


「じゃあ、馬鹿らしく暴れてみようか!」


 殺すつもりはないが、意識を刈り取るつもりだった。一応、意識を刈り取ったら、安全な場所にでも転移させて、それで終わりにしようと思っていた。

 けれど、言い訳が出来ないように言うのであれば、俺は決して油断していなかったと思う。

 空間支配の権能は、決して遅くない発動時間だったし。

 荒んだ精神であったとしても、きちんと肉体を管理していて。

 ほぼ毎日、鉄火場に身を躍らせていたのだから、戦闘経験が鈍っていたわけでは無かった。


「まず、一つ。君はこの世界で少々、暴れ過ぎた」

「んな――」

「だから、この通り、大体の能力を推測されてしまうのだ」


 ぬるりと、地面を滑るような一瞬の間合いの詰め方だった。

 俺が能力を発動させる直前、一息で俺の間合いに入ったシン先輩は、いつの間にか俺の脇腹に拳を打ち込んでいた。


「ぐ、ぎぃ」

「二つ目」


 生身の人間を遥かに凌ぐ、機械天使の頑強な肉体。

 それを一撃で揺さぶり、行動不能の直前まで追い込まれた俺は、とっさに消費を厭わず、シン先輩を空間に固定して動きを封じようとした。

 ここに至って、既に手加減しようという気は失せていた。

 動きを止めてからの逃走か、あるいは、即座に殺害。

 逃げれるのであれば、逃げよう。

 殺せるのであれば、殺そう。

 どちらか簡単な方に、天秤を傾けて行動しようと考えていた俺は――けれど、やはり遅かった。その考え自体が、シン先輩から遅れていた。


「遅い。遅すぎる。考える前に動くならともかく、考えながらだらだら動いて、達人の動きを止められるものかよ」


 言葉の通りだった。

 思考の途中で、顎にシン先輩の拳を受けてしまったのだろう。俺は何が何だか分からぬまま、ぐるんと視界が反転し、気付けば地面に倒されてしまっていたのである。

 だが、けれども、考えながらであっても、俺は確かにあの時、シン先輩を周囲の空間に固定して、動きを封じたはずだった。そこから、何かしらの反撃を受ける可能性も予測していたのだから、油断とは言い難い。

 ――――ならば、何故?

 あの時の俺には、倒れ伏した俺には、何故、自分が倒されているのか、その理由がさっぱり理解できていなかった。


「そして、これが三つ目である。単純に、この俺は君よりも強い。だから君の能力は俺には通じない。以上三つの理由が、お前が敗北した理由なのだ、新米異界渡りよ」


 つまり、単純な実力不足であると。

 そして、それを認められるだけの器も余裕もなくて、ただ、恨みがましく、獣のようにシン先輩を見上げるのが関の山だった。

 奥の手はある。

 異能という奥の手は持ち合わせているのが、それを使ってしまえば最後、あの時の俺では深度の下降を止められるかどうか不安だった。けれども、それでも何もせずに朽ちるよりはマシだろうと、覚悟を決めた頃合いだったと思う。


「理解したか? これが君の負ける理由である! なので、これからは俺が君をきっちり指導して、一人前の異界渡りに育ててやろう! ふふん、感謝するとよい!」

「…………はい?」


 敵対していたはずのシン先輩から、すっとんきょうな提案を告げられたのは。


「…………はい?」

「うむ! ならば、今日からは君は俺の弟子だな! いや、後輩と呼んだ方が良いかもしれんな! 先輩という響きは素晴らしい物だから!」

「いや、おい、ちげーよ。さっきのは肯定じゃなくて、疑問形だっての。と、いうか、その、え? なに? なんでそうなるの? 俺を殺しに来たんじゃないの?」

「ふむ? なぜ、そうなる? この俺は、異界渡りとしてのイロハも知らず、苦労している同業者へ忠告に来ただけであるぞ? まったく、安い挑発に乗るわ、その上、クリーンヒットを易々と貰って倒れるわ……奥の手があるのに、使えないような顔をしているわ。まったく、指導しがいのある後輩だ」

「ぬ、ぐぐぐぐ」


 散々言われている俺であるが、正論かつ、一度負けているので何も言えない。

 加えて、言っている本人にまるで邪気が感じられなかったので、ここで何かを言ったら俺の惨めさが加えられるだけだと無意識に理解していたのだろうさ。


「大体、金を貰っているからといって、教会からの汚れ仕事を全部引き受けるのは頂けないぞ。今回も、吸血鬼に死獣化させられた町一つを滅ぼす依頼だったのだろう? この手の依頼はな、穢れを嫌う教会どもが良く押し付ける仕事だ。金を貰えるからと言って易々と引き受けては、穢れた者であると周囲から認識されて、その手の依頼しか受けられなくなるぞ?」

「…………こんな世界でも、そんな価値観があるんだな」

「こんな世界だから、であろう? それに、だ、新米。現地の世界の流儀を学ぶのは正しいが、それに影響を受けて自らの心身を疲労させるのは頂けない。衝突を避けるため、時に周囲と合わせることもあるだろう。だが、決して『己の信条を曲げていい』というわけではないのだ。そこをきっちりと意識せねば、遠からず、環境に押しつぶされるぞ、君は」

「…………ぬぅ」

「返事はどうした? 我が後輩!」

「誰が後輩だ!?」

「うむ、元気でよろしい! はっはっは!」


 結局、敗北したという弱みと、経験不足ということは確かなので、その後、俺はなし崩しにシン先輩の下で、修業の日々を送ることになったのである。

 最初は多分、渋々、物凄く釈然としない顔で。

 そう、その時の俺は、まさかシン先輩と出会ったことが、異界渡りとしての運命を変える出来事だなんて、微塵も思っていなかった。

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