第125話 情けは人の為ならず、と彼は笑った 2
例えばの話だけれど、ラブコメのサービスシーンみたいな出来事を実際に体験したことはあるだろうか? ハルあたりは、学生時代にちょくちょくラッキースケベというか、転んだ拍子に相手の胸に手が当たったり、偶然、スカートが風で捲れてパンツが見えるシーンとか、そういうことを経験したことはあるらしいが、その本人曰く。
「やー、あれは駄目だね。ラブコメの漫画とかならともなく、本当にそういうことに出くわすと、思考がパニックになって全然役得って感じがしないよ。ひたすら気まずいし、恥ずかしいし。大体、ラッキーエロより、僕は任意のがっつりエロをしたいんだよね。あ、出来れば後腐れが無い、金銭で結ぶ肉体関係がいいと思うよ」
などと、実際にそういう場面になることに関しては否定的だった。
当時の俺はその意見に納得しつつも、「いやいや、そうは言っても、少しぐらいは役得みたいな感じがあるんじゃねーの?」という疑いもあった。
だからこそ、今、ホームの世界で眠る親友に謝ろうと思う。
「…………あのぉ、ミユキ?」
「なに?」
「その、ね? 恥ずかしくない? ほ、ほら、子供たちが見ているし」
「ふん、別に」
すまない、ハル。俺が間違っていたよ。
「…………う、うう、で、でもさぁ。無理は良くないと思うぞ、無理は」
「無理してねぇよ。アタシはアタシが思うがままに、アンタにこうしてやりたいと思っているんだ。それとも、嫌か? そうだよな、アタシみたいなやせっぽっちの女なんて」
「ああん? んなわけないだろ、正直、大好きだぞ、おい」
「じゃあ、いいってことで」
「しまった言質を!?」
「相変わらず愚かですね、ミサキ。ヘタレの癖に、普段から考えなしに女の子を口説くからこういう目に遭うのです」
「そういうオウルは、何故、俺に抱き付いているんだ? しかも、どこで買ったんだ、その洋服。どこにあったんだ、そんなエロゲー世界の制服みたいなコスプレ」
「ミウさんと契約によって、取引しました」
「ちくしょう、あのコスプレメイドが!」
現在の俺の状況を説明しよう。
まず、右腕にミユキが抱き付いている。ミユキには珍しく、白のワンピースという女の子らしい恰好で、割と結構な薄着で俺に抱き付いている。起伏に乏しいミユキの体でも、ここまで押し付けられたら体の感触とか、温度とか色々分かってしまうじゃないか。
そして、左腕には端末の肉体を得たオウルが抱き付いている。
炎髪に褐色の美少女姿で、しかも、何故か俺がかつてクリアしたエロゲーの制服を着ている。やめてくれ、そのエロゲーはどちらかと言えば、泣きゲーだから、あの時の感動を思い出しつつも、妙に似合うオウルの姿を見て、胸がドキドキという、感情が迷子状態なのだ。
「おー、ハーレム? ハーレム?」
「ちゅーしろ! ちゅー!」
「セックス! セックス!」
おまけに孤児院の広場での出来事なので、ガキどもがうるせぇ。完全に野次馬みたいなノリで俺達の様子を眺めてやがる。
まだ完全に子供という感じならば、微笑ましく聞き流せるのだが、あいつらはガタイが大きくて肉体が大人の状態の奴が結構あるからな、微笑ましく聞き流せねぇ。
「待とう、ちょっと待とう。まずは一つずつ解決していこう。ええと、ミユキ? どうしてその、コアラの子供みたいに俺にがっつり抱き付いているの? その理由を訊ねたい」
「…………ミサキが、そこに居ることを感じたい。アタシの心の中にも憑いていてくれるけど、本体のアンタがちゃんと生きていることを感じたいの」
「うわぁい、絶対に断れない理由が来たなぁ、おい。ええい、その件は俺の不手際もあったからな! 存分に抱き付くといい」
「…………んっ」
「え? なんで今、キスしたの? 思いっきり唇を重ねたの?」
「…………」
「大丈夫? 死にそうなほど顔が赤いけど!?」
おいおい、一体、どうしたってんだ!? あのミユキがこんな積極的というか、ガチでキスして来るなんて!? え、フラグ? フラグ立ててたの、俺!? まぁ、いや、命がけで存在を分けて、ミユキの中にある超越者の因子を落ち着けたし。そういえば、ミユキと名付けたのも俺だし、オウカに転生用の肉体を用意したのも俺か。
…………いや、確かに身に覚えがあるが、捻くれた野良猫みたいに素直になり切れないミユキに、一体何が!?
俺はとっさに、俺達の様子を朗らかな瞳で眺めている銀髪美少年――オウカへと視線を向けて、尋ねる。
「オウカぁ! 君のお姉ちゃん、どうしたの!? 妙に可愛らしいけど! 変なアーティファクトでも使った!?」
「強いて言うなら、最近、独り言が増えましたね。きっと、何処かの誰かが分割した、存在の一部から助言を受けたのでしょうね」
「何から何まで俺の所為じゃねーか!?」
「あははは、姉をよろしくお願いします、ミサキさん」
「どんな感じによろしくすればいいんだ、俺は!?」
とりあえず、俺の脇腹に顔を埋めて「ヴぁー」と唸っているミユキの頭を撫でることに。
わーい、なんか懐かない野良猫が珍しく素直になっている感じがあって、かわいいー。
「この女たらし」
「うぐ」
「美少女の肉体の時だけ、積極的な変態」
「は、はぁ!? 元の肉体の時だってナンパ成功した時ありますしぃ!」
「この女たらし」
「くそ、数秒前の発言が俺を苦しめる!」
オウルは肉体を得て、テンションが上がっているのか、先ほどから俺の事を意気揚々と罵倒している。しかも、何故ががっつりを俺の体に抱き付いて、時々、甘えるみたいに頭を胸に沈めてくるから困る。いや、本当に。美少女の胸に顔を埋める美少女とか、傍から見れば眼福だろうが、当事者になっている現状ではまずい。
何が不味いって、流石に理性が不味い。
基本的に女性体の時は色仕掛けに強いはずなのに、あまりに濃厚なスキンシップに魂の男部分が反応して来るぜ!
「あーあ、この分だと将来はどうなるんでしょうね? 女の子をたくさん増やして、自分自身も美少女になって、一夫多妻のハーレムですか?」
「え? とりあえず、皆さんの意見を聞いて、最終的には俺の存在を人数分に分割して、責任を取ろうと思うけど」
「一歩間違えれば、存在消滅するレベルの責任の取り方をしないでください」
「でも、これが一番誠実じゃない?」
「だーめーでーすー」
「おおう、なんだよ、いきなり幼児退行するなよ、もう」
「実際子供ですので、年齢的に」
「んじゃあ、エッチぃのは禁止な」
「人工知能に人間と同じ、年数の扱いをするのは間違いかと」
「人工知能の癖に悠々と矛盾した発言をしてやがる」
「私は高性能ですので」
この後結局、変なテンションになっているミユキを宥めつつ、「もっと私に魅力を感じてください」と肉体を得たことでハイテンションになっているオウルの相手をしている内に、あっという間に夕食の時間になってしまいましたとさ。
でも、うん。将来については、割と本気で言っているんだけど、駄目かなぁ、あれ。
だって、俺は――――
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「どうかね、ミサキ? 久しぶりの我が従者による手料理は!」
「やー、美味いっすわ。流石、メイド服は伊達じゃない」
「ちなみに、あれは俺の趣味ではなくミウの趣味なので勘違いせぬようにな! なんか、色々なパターンのメイド服を五十着ぐらい持っているからなぁ、あやつは」
「家事万能なのに、コスプレ感が全然拭えないのはそういう所だよな」
「はっはっは! 主として、否定できんな!」
夕食の後、俺とシン先輩は共に孤児院の外に出て、夜風に当たっていた。
このドームの中は、外とは違い、常に清潔な空気を機械で循環させており、なおかつ、外の時間に合わせて照明の明るさを調整しているので、本当に屋外に居るみたいでなんだか奇妙だ。もっとも、この建物の外は、新人類によって空を奪われているのだが。
「しかし、ミサキよ。お前はしばらく見ないうちに成長したではないか。うん、まさか堕ちた管理者を見つけて契約を取り付けるなど、熟練の異界渡りでもめったに聞く話ではない」
「そんな、ただ運が良かっただけだっての。色々あって、巡り巡って、こうなったけ。結局、シン先輩を頼ることになったし。俺の実力じゃあないさ」
「ふふふ、それはどうかな? 前にも言っただろう? 異界渡りにとっては、運も実力の内であると。己の所業が巡り巡って、幸いとなったのだよ」
「だけど、『運勢だけに左右されるようでは、異界渡りとしては未熟』とも言ってなかったっけか?」
「言っていたが、ケースバイケースだ。今回は運も実力の内、という教えを適用させておくがいい。先輩としての命令だぞ?」
「ははは、そりゃあ、大人しく聞かないとな」
俺とシン先輩は、互いを懐かしむように互いの近況を語り合う。
シン先輩たちと別れたのは、それほど昔では無かったのだけれども、別れた後からも色々なイベントがあり過ぎて、もう随分と昔の出来事のように感じてしまうぜ。
「なぁ、ミサキよ」
「なんだよ、シン先輩」
「異界渡りとして、世界を楽しんでいるか?」
「…………ああ、アンタに教わった通り、ちゃんと自分の信条を守っているよ。自分が楽しいと思う仕事以外、極力断るようにしているし」
「ははは、それは極端ではあるが、良い信条だ。少なくとも、前よりも断然に良い」
「ん、そりゃどうも」
シン先輩に褒められて、どこかくすぐったくなる気分だったけれど、俺は大人しく言葉を受け取っておくことにした。
まったく、褒められて喜ぶなんて、我ながら単純かもしれないが、こればかりは仕方ない。
このイケメンのナルシストで、お人よしの異界渡りは、俺の先輩で。
「では、再会を記念にして、久しぶりに稽古をつけてやろう。構えるがいい、後輩」
「面白れぇ。この再会を、初の敗北記念としてアンタの記憶に刻んでやるよ」
何もかもに苛立ち、どうしようもない怒りを抱いていた頃の俺をぶちのめして、救ってくれた恩人なのだから。