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第123話 責任の取り方と、再縁

 霧の悪魔。

 それが、私にとっての存在理由であり、存在証明のための名前だった。


「貴方は霧です。そう、人を惑わして、自らの足で滑落させるための障害。人を、人のまま愚かに惑わし、その果てに殺し合わせることが出来たのならば、それは貴方にとっての最上となります。何故なら、貴方は悪魔なのだから」


 かつての我が主、『悪魔王』は私を眷属として造り出した際、そのように設定した。

 実体と非実体を操る、霧の悪魔。

 人の為すべきことを隠し、惑わし、迷走させて、破滅させることこそが、私にとっての喜びになる様に、そういう生物として、私は誕生させられたのである。

 まぁ、私に限らず、『悪魔王』に誕生させられた我が同僚……眷属の悪魔たちは、大抵、似たような感性だ。人の善性を貶めたり、残虐だったり、悪であることを良しとして、気分が良くなったり達成感を覚えるのが、私たちだ。

 生まれながらの邪悪にして、文字通りの悪魔。

 人に試練を与えるべく生まれ出された存在。

 それが私たちなのだ。

 だから、人に親切にしたり、人の幸福を願ったりすることなどは、私たちの生態から考えれば、変態の部類に入ってしまう。

 人間としての異常、悪こそが、私たちにとっての正常。

 そんなわけで、私がこの世界で為した悪行について、特に反省することなどは無い。私が私である以上、悪魔としての本懐を遂げただけ。誇らしく思うことはあれど、悪を為して俯くことなどありえない、そう、ありえない。

 なので、悪行の果てに、どんな苦痛を受けて罰せられようとも、殺されようとも、陵辱されようとも、それはむしろ望むところなのだ。


「高原祈里として生きろ。桐生結実の親友として寄り添い、共に幸せになれ。それが、お前にはお似合いの末路だよ、霧の悪魔」


 ただ、こういう罰を与えられると、本当に困る。

 地獄に叩き込まれるよりも、なお困る。

 どれだけの苦痛も、責め苦も、悪魔である私とっては平常運転。

 でも、だからこそ、こういう罰が一番困るし、とてもしんどい。


「なお、自殺も自己犠牲も認められない。どれだけの苦境にあろうが、最善を尽くして前に進め。幸福であれ…………うん、ここまで言えば、どれだけ曲解しようとしてもセーフティが働くし、大丈夫だろ。んじゃ、俺の見ていない所で精々幸せに暮らせ」


 あの異界渡りは本当に、ろくな死に方をしないと思う。

 悪魔である私が言うのだから、相当だ。



●●●



 ピピピピピ、という規則正しい電子音が私に覚醒を促す。

 本来、私は眠る必要など無い。悪魔に睡眠は不要。けれど、悪魔としてではなく、高原祈里という人間として存在を縛られているので、仕方なく眠っている。

 だからというわけではないが、毎朝の目覚めは恐ろしく良い方だ。


「…………はぁー」


 憂鬱なため息を吐きながら、私は身支度を整える。

 霧の悪魔としての能力を使えれば、身支度など一瞬で姿を変えて終了なのだが、人間らしくあるために、わざわざ手間暇をかけて化粧などをしなければならないのは苦痛だ。人を誘惑するためではなく、自らを高めるための化粧。それが中々しんどい。


「ん、こんなものでしょうね」


 鏡の中に、軽薄そうで、けれども気の良さそうな美少女が出来れば、身支度は終了。

 ずっと人間として生きなければならないと知っていたら、こんな美少女の姿を取らなかったというのに、この姿の所為で毎朝、きちんと身支度を整えないといけないから面倒だ。

 今までなまじ、悪魔の力を使って楽をして来た分のツケが、着実に私を追い詰めてくる。


「まさか、深夜の通販番組で衝動買いしたミキサーが役に立つとは思わなかったわ。人生って不思議ね、まったく」


 朝ご飯は、余裕のある時間に切って置いた果物と野菜を、ミキサーに投入。そこに果物系のジュースを投入して、うぃいいいいいん、とかき混ぜれば健康ジュースの完成だ。効率よく栄養を補給できるから、この健康ジュースは重宝している。ただ、たまに変な味の劇物が出来上がるが、健康に良いのは確かなはず。

 後は適当に食パンとソーセージを電子レンジで調理して、ご飯の準備は終了。


「家族設定を作らなかったのは、我ながら妙案だったけれど、結実の尊敬を集めるために高級マンションで一人暮らしなんてしなければよかったわ。おかげで、コンビニに行くのにも、いちいちスーパーで食材を買いに行くのも面倒」


 広々としてシステムキッチンは皮肉なことに、今更になって役になっている。夢の中では全然使わなかったというのに。

 ただの女子高生ならば、高級マンションの一室を借り切って生活するなど不可能だろうが、そこは悪魔としての能力を使って、誰かに負債を押し付けることなく上手く誤魔化せ、とのご要望だ。

 完全に人として生きろ、という命令であれば色々と抜け道もあっただろうに、悪魔としての能力を残したまま、半端な状態にされているのが厄介である。


「はぁ、今日も頑張りましょうか」


 過不足無く、健康と美容のための食事を終えると、ようやくマンションを出て学校に向かう。

 途中で駅から、電車に乗って。人の波を華麗に避けて。知り合いという設定になっている学生たちに声を掛けて、そして――――黒の癖毛と、白髪の組み合わせの二人を見つける。


「おはよう、ご両人」

「あ、おはよう、祈里! ねぇねぇ、聞いてよ! 小夜子が一緒に寝てくれないの!」

「朝っぱらから何を言っているのかしら? この変態は」

「桐生先輩が私の家に泊っている時の話ですよ、悪魔先輩」

「悪魔先輩なんてそんなひどいわ、藤崎ちゃん。もっと親しみを込めて、祈里で良いのよ?」

「ふしゃあ!」

「どうどう、どうどう。んもう、駄目だよ、祈里ぃ。小夜子は少なくとも、一か月以上警戒時期があるんだから、ゆっくりと仲良くならないと」

「ふふふ、まるで野良猫ね?」


 私の親友にして、共犯者の桐生結実。

 私の被害者にして、ある意味、私が『命の恩人』である藤崎小夜子。

 二人の少女と足並みを揃えて、私は学校に向かう。

 これが、毎朝の光景。


「それでねー、折角、共同生活を始めたんだから、お風呂も布団の一緒にしようってお願いしたのに、断ったんだよ? ひどくない?」

「ひどくないわ、微塵も。だって、桐生先輩は性的な意味でも私を好きなのよね?」

「うん!」

「元気のいい返事ね、この変態。そんな堂々と変態宣言している人の隣で、眠れるわけないでしょう? 襲われるかもしれないし」

「ふ、ふふふ、貴方はまだ結実の事を完全に分かっていない様ね、藤崎後輩」

「……はぁ!? 何をいきなり喧嘩売っているんですかぁ!? 聖水ぶっかけますよ、悪魔先輩!」

「聖水ぶっかけるってなんか卑猥だね、祈里」

「貴方は黙ってなさいよ、結実。それで、別に喧嘩を売っているわけじゃないわ。ただ、理解が足りないと思っているの。だってそうでしょう? この女は変態だけれども、ヘタレ。肝心な時には躊躇って、何もせずに一晩過ごす奴よ? 仮に、出来たとしてもキスが精々。キスをしたとしても、その後、泣きながら土下座するわ」

「ちょ、祈里さん!? 親友の評価ひどくない!?」

「くっ、正論過ぎて何も言わないわ! これが悪魔の弁舌……」

「小夜子ぉ!?」


 女が三人集まれば当然、姦しい。

 きゃいきゃい騒ぎながら、私たちは日常を歩いていく。まるで、何事も無かったみたいに。あの世界の危機が嘘のように。

 けれど、それは欺瞞だ。

 欺瞞であるからこそ、悪魔としての私が忠言として、こういう意地悪が出来たのだろう。


「ねぇ、結実」

「なぁに、祈里?」

「――――私を殺したいと思わないの?」


 びくり、と肩を震わせた結実を見て、私は一拍置いてから、話を始める。


「今回の出来事は明らかに、私が原因よ。私が呼ばれなければ、私が応えなければ、私が暴れなければ、何もかもが平穏無事に過ぎ去っていくはずだった。それを壊して置いて、今更、親友面している悪魔を許すの? それは、貴方と私が犠牲にして来た人達に対して不誠実じゃない? 例え、全てが悪夢だったとしても。夢が覚めたら、全てを忘れるとしても」


 私は結実に対して、問いかける。

 これでいいのか、と。このまま何もかもを誤魔化すのは、絶対に不可能だから、その時が来るまでに覚悟をしておけと。

 夢から覚めてもきっと、私が為した悪行を覚えている人間は必ずいるだろう。

 そして、中には私を殺すために行動を起こす物だって、居るはずだ。ならば、その時に備えて、考えておくべきなのだ。私を殺したいのか、殺したくないのか。許すのか、許さないのか。


「悪魔先輩、それは――」

「大丈夫、大丈夫だよ、小夜子。私が答えるから」


 藤崎小夜子が何やら私を睨みながら抗議しようとしたが、結実がそれを制した。

 眼鏡のレンズ越しに、こちらを見つめてきながら。

 澄んだ目だ。

 まったく、嫌になる。


「祈里、この際だからはっきり言っておくとね? 私は貴方を殺したいと思わない。というか、許すとか、許さないとか、そういう感じじゃない。だって、貴方は」


 本当に、嫌になる。


「私の親友で、私の共犯者でしょ? 悪魔でも、それは変わらない」

「…………私が、悪行を為そうとしたら、止める?」

「当然」

「私が、悩んでいたら相談に乗ってくれる?」

「当たり前すぎる」

「私が…………命を狙われた時、どうす――――」

「守るよ。超越者の能力を使って。善悪も関係なく。絶対に守る。んでもって、謝る。一緒に謝って、出来る限り償う。それでも駄目だったら、うん、もっかい世界を夢で包んで脅してしまおうか?」

「桐生先輩」

「あ、いたっ!? ちが、さっきのは、さっきのはジョーク! 最後だけジョーク!」

「……ふ、ふふふふ」


 どうやら、私はいつの間にかこの人間に毒されてしまったらしい。

 結実という共犯者に、変態でも移されてしまったようだ。


「じゃあ、しょうがないわね。もうしばらくの間、貴方の面倒を見てあげるわ、結実」


 人間と共に在ることを、幸いであると感じてしまうなんて。

 もう、悪魔としては変態としか言いようがないのだから。



●●●



 かくして、悪夢は終わり、再び日常が再開される。

 霧幻の檻に囚われていた異界渡り達は解放され、何事も無かったように旅を続けるだろう。


「ようやく、また縁を繋げられたな――――異界渡りのミサキ」


 藤崎小夜子の両親を狂わせて。

 霧の悪魔を呼び寄せて。

 管理者すらも欺き。

 新たなる超越者を覚醒させた、黒幕。

 その黒幕と縁を繋いでしまった、たった一人の異界渡り以外は。


「今度こそ、私はお前を試そう……全ては、創造神の御心のままに」


 そして、異界渡りのミサキ――見崎神奈の戦いが再開される。

 どうしようもなく宿命付けられてしまった戦いが、始まってしまう。

 超越者殺しの異名の通りに。

 原初の悪意にして、『真なる超越者』に挑むための、戦いが。

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