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第122話 夢の終わりと異界渡り

 結実姉さん――もとい、桐生結実曰く、ファミレスで時間を潰す時はサイドメニューから攻めると良いらしい。サイドメニューのフライドポテトと、ドリンクバーを組み合わせれば、割と時間を潰せて、なおかつ、そこそこお腹も膨れるのだとか。

 確かに、学生で集まる時は大盛りフライドポテトを頼んで、各種ドリンクバーを組み合わせれば、あまり迷惑にもならず、そこそこ時間を潰せるだろう。何せ、学生たちは時間と場所の制限が中々きつい。学業に真面目に勤しんでいれば、平日の自由時間は夕方の数時間ぐらい。学生らしい寄り道を楽しみつつ、時間を潰すにはそういう手段もあるかもしれない。

 俺の学生時代はどうだっただろうか?

 途中で終わってしまう前では、そんなにファミレスには寄らなかったかもしれない。ファミレスよりもむしろ、ラーメン屋でがっつり食っていく感じ。同学年の女子よりは、男子の方が夜遊びの危険性は少ないし、たまに、男友達で集まって、やっすいスーツを着込んで夜の街に繰り出していたような記憶もある。

 金が無い学生時代も、工夫次第でそこそこ楽しめる物だ。いや、むしろ、社会人になって充分な資金を持つようになった時よりも、充実しているかもしれない。


「ご注文をお伺いします」

「大盛りフライドポテトと、キノコ雑炊。ああ、後、パンケーキも。うん、出来たら、どんどん持ってくる感じで。ああ、後はドリンクバーと、ええと、カクテルもいいな……」

「はっはっは! 店員さん、このページ全部お願いするよ! なぁに、金と腹の空き具合は充分だから、気にしないでくれたまえ!」

「我が主。注文。許可」

「うむ、遠慮せず頼むがいい、ミウ!」

「了解。店員、注文、これ、これ、これ――以上」

「拙僧は若鶏の照り焼きと、ハンバーグセットを一つずつ」

「お坊さんでも、肉食って大丈夫なのか?」

「案ずるな、ミサキよ。この高橋の宗派は、ばりばり肉食オッケーだ」

「仏は言いました。命は等しく無価値故、好き勝手に貪れ、と」

「それ多分、仏じゃねーよ、もっと違う何かだよ」

《宗教関係の話は無しにしましょう、今回は》


 もっとも、金を自由に使えるようになったらなったで、それなりの楽しみ方もあるんだけどな。そう、例えば、世界を救った後の盛大な打ち上げで、馬鹿みたいな注文の仕方をして、仲間内でげらげら笑ったりとかさ。ああ、もちろん、きちんと全部食べきれる分だけ注文するのが、飲食店を利用する者としての最低限のマナーだぜ。


「あー、それじゃあ、全員グラスが渡ったな?」

《…………つーん》

「お前の肉体は別の世界に置いてあるから、労いはまた今度で。好きなことをしてやるから、寛容になってくれ」

《しょうがないですね。他ならぬミサキの頼みですので、仕方なく我慢してあげましょう》

「うーむ、あのミサキが随分と丸くなったものだなぁ」

「女狐。女の敵。我が主、警戒、推奨」

「ミウは昔から、ミサキと相性が悪いのだよなぁ、何故か」

「はいはい、とりあえず、お静かに! 一度、音頭を取るので、その後に、騒いでくださいーい。ええと、皆さまの尽力のおかげで何とか世界が救われました。と言っても、我々は一人の少女の背を後押ししただけで、大体はとある少女のモラトリアムに過ぎなかったわけですが、まぁ、間接的に救ったのは事実というわけで」

《ミサキ、もっと簡潔に》

「――――俺達頑張ったから、今日は自分にご褒美を上げよう! 皆、お疲れ様! 乾杯!」

『『『かんぱーい』』』


 俺達は現在、痣凪町のファミレスで打ち上げをしていた。

 桐生結実による能力によって、霧の悪魔が引き起こした災厄は『無かった』ことになっている。藤崎小夜子の両親は、悪魔を呼ばなかった、という認識にして世界を誤魔化したのだ。もちろん、超越者の干渉と言えど、世界を巻き戻して完全に無くなった人間を取り戻すことは出来ない。けれど、どれだけ肉体が損傷していようとも、夢の中に魂を捕らえているのであれば、世界一つを掌握可能な異能であれば、肉体を作り直して蘇生させるということも、不可能ではない。いや、不可能ではなかった。だからこそ、藤崎小夜子は蘇生し、世界を捕らえていた夢は無事、覚めることが出来たのだ。

 無論、力技で全てが上手く行くわけでもなく、その背後で色々と手を回していた俺達が居るからこその、現在の平穏なんだけどな。


「とりあえず、シン様は管理者との交渉お疲れ」

「はっはっは! 存分にねぐらうがいい、我が後輩。それと、様付けはしなくていいと言っているだろう? 確かに、敬われるのは好ましいが、君と俺は対等の存在だ。気さくに、『シン先輩』と、健気な後輩ボイスで囁くがいい」

「け、健気な後輩ボイス……え、えーっと、『シン先輩っ、お疲れさまです』……みたいな?」

「――――うっ、胸がっ!」

「我が主!? 女狐ェ! 女狐ェ!!」

「はいはい、お決まりのパターン! シン先輩はリアクションが大げさだし、ミウは嫉妬するにしても、ガチで殴りに来るのは止めろ! もうちょっと可愛らしい攻撃にしろ!」


 まったく、二人とも全然変わっていなくて、安心するんだか、呆れるんだか、よくわからない気分になるぜ。

 改めて説明すると、この残念なイケメンこそが、俺が探していた異界渡りにして、恩人である、シン先輩だ。外見年齢は俺と同じ十代後半から二十代前半程度のイケメンなのだが、実際はもうちょっと年を食っている。ただ、シン先輩は元々異世界で言う所の貴族であり、特別な血を持つ一族だったので、老化が一般的な人類よりも遥に遅いのだとか。

 だけど、感性の方は外見相応というか、もっと若々しい感じがするので、不思議だ。


「女狐ェ! 仮面! 仮面、何故! 未装着!?」

「やー、だって飯を食べている時だし。打ち上げだし。外野からは認識できないように阻害魔術を使っているから、オッケーかなって」

「我が主! 誘惑! 駄目、絶対!」

「誘惑してねーよ」


 ナチュラルでメイド服の小柄な美少女は、シン先輩の従者であり、とある世界の管理者に造られた十三番目の使徒という、よくわからない存在である。あらゆる存在、概念を封印出来る可能性を持っているが、あまり力を使用し過ぎると自我が暴走するとかで、相手が超越者クラスでも無ければその能力は使わないようにシン先輩に厳命されているらしい。なので、基本的には生活力が皆無のシン先輩をフォローするためのメイドが本分である。

 後、ご覧の通り、あらゆる意味でシン先輩を愛しているので、俺と相性が悪いのだ。

 何せ、シン先輩には昔、求婚されたことがあるので、ミウからすれば俺は文字通りの女狐か、泥棒猫というわけだ。


「大体な、ミウ。シン先輩の性質上、この肉体が持つ魅了効果なんて効いてないから、仮面を付けてようが、外してようが同じだろうが」

「否定。意見。相違」

「何が違うってんだよ?」

「…………黙秘」

「シン先輩、シンせんぱーい! おたくの従者が思春期で面倒くさい!」

「ふっ、ミサキよ。思春期は誰しも通る道だ。朗らかな気持ちで受け入れてあげようではないか! と、ミウ? 何故、ふくれっ面でぽかぽか殴るのだ? ダメージを入れたいのであれば、もっと腰を使ってきっちり一撃を打ち込んでくると良い」

「むぅううううう!!」


 こういう時だけ、恐ろしく鈍感なシン先輩を、ミウが顔を真っ赤にして殴っている。

 あーあ、女の子らしく見て欲しいから可愛らしい叩き方したのに、最終的には軽く、ボクシングのミット打ちみたいになっているじゃねーか。んもう、認識阻害を使っているとはいえ、店内だから少し落ち着いて欲しい。


《嬉しそうですね、ミサキ。やはり、恩人と再会できたのは喜ばしいので?》

「ああ、嬉しいさ。途中で色々あったから、無事にこうして打ち上げが出来るとなると、感慨深くもあるぜ」


 そう、本当に今回は大変だった。

 シン先輩を探すために[い:6番]世界に転移してきた俺達であるが、まさか、超越者と一戦交えるとは思っていなかった。

 夢を司る超越者、桐生結実。

 霧の悪魔の甘言によって、色々思考や能力を制限されてなお、その力は管理者すら捕らえ、俺達も一度はなす術もなく敗北した。

 今回、何とか状況を好転させることが出来たのは、偏に、シン先輩の性質による助けが大きかっただろう。


 シン先輩の性質、それは『不動』である。

 己に尋常ならざる自信を持つシン先輩であるからこそ、他者からの状態異常はほとんどレジストする。例え、管理者であるとも、超越者であろうとも、シン先輩を完全に支配することは不可能だ。

 だからこそ、シン先輩は繰り返される悪夢の中で、主犯であった桐生結実と、共犯者であった霧の悪魔の情報を手に入れることができた。さらには、俺達と同様に、他の世界からこの世界にやってきて、捕らえられた異界渡りや、霧の悪魔の悪質な『暇つぶし』の悪夢に閉じ込められた現地民を助け出し、いずれ来る反撃の時に備えて準備を整えていたのである。


「しかし、今回はシン先輩の性質に助けられたぜ。あの時、密かに俺とコンタクトを取って、記憶を戻してくれなかったら、多分、危なかった」

「ふふ、感謝の言葉は必要あるまい。隙を見て接触し、干渉したものの、実の所、それが成功したのはミサキがあの時言った通り、桐生結実がミサキを信頼していたからだ。期待していたからだ。そうでなけければ、超越者の領域内で悪巧みなど、出来やしなかっただろう」


 そう、今回の作戦はいわゆる一つのペテンだった。

 あの時、桐生結実にはああ言ったが、俺が記憶を取り戻したのはシン先輩が、俺の封印を解いてくれたからである。桐生結実による開放ではない。

 だが、そもそも俺たちが囚われていた夢の中では、桐生結実がその気になれば、全ての情報を取り逃すことなく、密かに暗躍など不可能な領域。ならば何故、桐生結実をあの時、騙すことが出来たかと言えば――――『桐生結実が騙されたかったから』に他ならない。

 超越者の力は、意思の力だ。

 けれど、自分の意志が迷っていれば当然、力も揺らぐ。無意識に望んでいる願いすらも、意識せずとも、勝手に叶えてしまう。

 つまり、俺達がやったことは結局、一人の少女に『大丈夫だって、出来るって』と尤もらしい理由を付けて、背中を後押ししたに過ぎない。

 悪魔に惑わされ、現実に目を背け、焦燥感を抱えながらモラトリアムを過ごしていた思春期の女子高生を蹴り飛ばして、『いい加減、ちゃんとしろ』とアドバイスしただけ。


「あの少女の力の根源は、愛しい者を助ける為の物だった。それを、あの悪魔が惑わし、曲解させて、制限させたのだろうな。本来であれば、超越者に覚醒した瞬間、愛しい者を蘇生させてもおかしくない規模の能力だったが、だが、信じられなかった。何より、己自身を」

「まー、無理はないさ。つい最近まで普通の女子高生だった奴が、自分の力で死にかけの人間を蘇生させられるなんて、信じられるわけがない。そして、信じ抜かなければ、超越者としての能力が暴走し、蘇生した親友を自分の手で再び死体に戻してしまうかもしれない」

《だから、信頼のおける誰かに『大丈夫だよ』と保証して欲しかった、と…………こうしてみると、なんでもありのように見えて、不便なものですね、超越者も》

「超越者も所詮は人だからな。いや、人じゃなくとも、意志ある物は大体死ぬし、大体殺せる。そうでなきゃ、俺が超越者殺しと呼ばれたりしない」


 俺は胸中に浮かんでくるような苦い思い出を、カシスオレンジのカクテルと一緒に飲み下す。この異名は大仰な癖に、別に俺は、超越者相手に圧倒出来るわけじゃないのだから、困る。今回も、前回も、単に俺は全力で必死に足搔いていただけだ。何か一つでも掛け違えがあれば、今頃、俺は生きては居ないだろう。


《超越者殺しよりも、女殺しの方が似合いそうですがね、ミサキは》

「ほほう、色恋を覚える余裕が出来たか、ミサキ!」

「やめろ、オウル。食いつかないで、シン先輩」


 ……なんにせよ、今、こうして呑気に飯を食っていられるのだから、それでいいか。

 不確定要素は多い。

 超越者の力を持った、女子高生。

 超越者が存在することを容認した、管理者。

 悪夢を忘れずに覚えている者たち。

 きっと、この世界はこれからモラトリアムなどと言っている暇もない騒動が始まるだろう。いや、あるいは、何も始まらずに平穏に過ごせるのかもしれないが。

 ただ、どちらだったとしても、桐生結実――結実姉さんなら、問題無いはずだ。

 あの人はあれで、意外と主人公体質だし。

 なにより――――その隙を補うべく、親友が存在するのだから。


「さて、あの悪魔は今頃、どんな風に報いを受けているんだか」


 そう、悪魔の共犯者が居るのだから、まぁ、なんとかなるだろうさ。

 少なくとも、悪魔が己に課してしまった配役を、全うするまでは。

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