第12話 エロ本長者には成れない 2
悪ふざけで肝心なことは、他者に迷惑をかけ過ぎない事である。
特に、取り返しのつかない傷を負わせたり、非道や外道なことはやってはいけない。それはもはや悪ふざけを通り越して、ただの害悪だ。とてもよろしくなくて、面白くない事だ。だから、それはやっちゃいけない。
逆を言えば、そこをクリアしてしまえば、大抵の悪ふざけは許される。面白ければ、人の心を動かせれば、大体動かせる。ただ、この悪ふざけがつまらない時は最悪だ。やらかした人間も、それを見ている人間も気まずくなってしまう。
なので、俺は昔から、こういう悪ふざけを悔いが残らぬよう、全力でやらかすようにしているのだ。
「くくく、ようこそ。エロスを求めてやってきた紳士諸君!」
そんなわけで、俺が現在居る場所は、権能を用いて一から創り上げた別空間である。簡易でとても小規模なインスタント世界創造だと思って貰っても構わない。
まぁ、と言っても所詮は俺の記憶から過去の教室を一つ分再現しただけの模造品である。丸一日経てば、定着もせずに消えてしまう程度の強度なので、こっそり集会をやって証拠隠滅するには持ってこいの技術と言えるだろう。ただし、コストパフォーマンスはあまり良くないが。
「君たち六人は、この俺が選び抜いた優れたエロスを持つ冒険者たちだ! 君たちこそ、俺が持つ秘宝を得るにふさわしい! さぁさぁ、まずは挨拶代わりに、軽食を摘まみ、葡萄酒で喉を潤してくれ! この手のイベントは素面でやるもんじゃないからな!」
『HAHAHAHA! 違いねぇや!!』
ちゃちな小空間での演説を終えた俺は、予め用意していたワインのコルクを開けて、手ずから参加者たちのグラスに注いでいく。教室には、机を幾つも合わせた上に大きな布地を被せた即興のテーブルが幾つか用意してあり、その上にはサンドイッチや、この世界に合わせた軽食の数々が乗せられてある。控えめに言っても文化祭の出し物という言葉が脳裏をちらつくが、別に構わない。こちらは元々そのつもりである。失った青春をここで取り戻すのだ。そのつもりでなければ、黒板にでかでかとこの世界の文字で『エロ本オークション開催中!!』などと書かない。
「しかし、珍妙な場所だなぁ、おい」
「流石は異界渡りってことか?」
「つーか、小規模な世界創造までしてやらかすことがこれか……いや、それに乗る俺達も大概だがね」
「うめぇ! 飯うめぇ! ワインもうめぇ!」
うむ、冒険者たちからのリアクションも、中々悪くない。
ちなみに、このワインは他の世界の深海で引き揚げられた特級の一品である。俺は酒とかの味がよくわからないのだが、美食家とか、王族とかにプレゼントすると『ほう……』と感動の声を漏らす程度には美味いらしい。
現に、俺が招待した冒険者たちからの評判も上々だ。
「あ、本当だ、ワインが美味い……って、美味過ぎねぇか、これ?」
「うわぁ、太古の魔術師が隠していた酒蔵で飲んだ奴と同じレベルだぞ、おい」
「これがサービスで振舞われるとか、気合い入ってんな」
「うめぇ! ワインおかわりぃ!」
なんか六人中五人ぐらいには、軽く引かれているようだが、問題ない。
何せ、俺が今日集めたのは文字通り、選りすぐりの冒険者たちだ。[に:11番]の中でも、間違いなくトップ二十に入る面子であり、俺以外の異界渡りの存在も知っていて、おまけに光主とも何度か依頼のやり取りをしているほどの優れた冒険者だ。この程度のサービスで怖気づいたり、高いワインで酔ってしまい、前後不覚になる様な愚は犯さないだろう。
そのあたり、この六人とはある程度一緒に仕事をしたことがあるので、信頼しているのだ、俺は。
「というかさ、ミサキ? おーい、この集まりを開催した馬鹿?」
「はいはい。何でしょう、二番さん」
そういう信頼の下、俺がせっせと給仕の仕事をしていると、その中の一人が俺を呼び止める。顔に十字の傷痕がある、いかつい偉丈夫の冒険者だ。
「いや、聞きたいことがあるんだが、その前に……なんで番号だ?」
「個人情報保護のためですよ」
「ここに居る奴、ほとんど顔を隠してねぇぞ?」
「ちゃんと仮面を送ったのに……面倒だからって理由で全員外してんですよね……後、折角馬鹿をやらかすのに素性を隠すわけねぇだろ? みたいなノリで」
「そりゃあお前、冒険者なんて頭が緩んだ馬鹿しか居ねぇからな。ここに居る奴らは全員同類よ、お前も含めて」
「…………それでも、オークションっぽくするために番号で呼びますので!」
「妙なところでこだわってんなぁ、おい」
もちろん、こだわるとも。
こういう悪ふざけはノリノリにならないと損するだけなのだ。
「まぁ、番号で呼ぶのはかまわねぇよ、ここではアンタがボスだ。んで、本題だがな?」
「はいはい、何でしょう? 何か問題ありましたか?」
「――――アンタのその格好はなんだ?」
「ふむ?」
俺は改めて自分の恰好を見直す。
いつも通りの黒髪のショートヘアに、ウサギを模した仮面。後は、いわゆるバーニースーツという露出の多い格好をしていた。下着みたいな面積の服に、網タイツとか防御力が不安極まり無いのだが、常時展開されている障壁があるので防御力は普段と大差なかったりする。
ああ、そう言えば、この格好を知らないんだったな、この世界の住人は。
「これは、俺の世界で『バニーガール』と呼ばれる格好でしてね? 賭け事や、カジノなどではこういう格好をした美女が練り歩いていたりするものなのです。でも、あれだな。よくよく考えると、確かにバニーガールはオークションでは合わなかったかもなぁ」
「いや、それは分からん、それは分からんが、まず、これだけは言わせてくれ――――なぁ、誘っているのか? 今日はひょっとして乱交パーティなのか? それとも、俺達六人を殺し合わせて、最後の一人にご褒美を与えるバトルロワイヤルなのか?」
「はぁ? ちげぇよ、何言ってんだよ、二番さん。頭が腐ってんの?」
「頭腐ってんのはアンタだぁ!!」
「……ほい?」
その後、俺は二番さんから数分に渡って、如何に『現在の俺がエロ凄いか?』ということについて説教された。まさか、俺の人生でこんな珍妙な説教を受ける日が来ようとは。
「いいか!? アンタの中身は野郎かもしれねぇが、その肉体は有り得ないレベルの美女なんだよ! 気を緩めるな! 誘惑するな! ぶっちゃけ、俺は今日、この場に来てお前を視界に入れた瞬間、理性が危うくなって自己暗示の魔術で乗り切ったんだからな!」
「あっはっは、そんな馬鹿な! いくら外見が美少女でも、中身が男って教えているじゃん、お前らにはさー」
「…………今日、俺と同様に自己暗示の魔術で理性を保った人は挙手ぅー」
『うーい』
残りの五人が全員手を挙げやがりました。
嘘だろおい、お前らそこまで見境ないの?
「おい、仮面をしていても挙動でわかるが、おい。俺達は別に、僧侶様の集団じゃねーんだぞ? 荒くれ者の集団なんだぞ? わかってんのか、おい。言っておくけど、中身がダチだからこそ、ガチで忠告してんだからな?」
「う、うう、男同士の馬鹿をやるノリで集まったのに、まさかこんな説教されるなんて」
「俺も人生で、こんな情けない説教するとは思わなかったわ……」
えー、そんなわけで、オークションの開始は俺が別室で着替え終わってからということの運びになりました。
くそう、これも全部、この肉体の美貌が悪いんだ! おのれ、黒色殲滅の機械天使め! 俺の怨敵にして、生涯の宿敵め!
《彼女もびっくりの言いがかりですね、怒られるのでは?》
『はっはー、文句があるなら殺してやるさ、もう一度な』
《やれやれ、剣呑ですね、ミサキ。その件に関しては本当に》
…………さて、嫌なことは忘れて、さっさとエロ本オークション本番に取り掛かるか。
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正直に言えば、少しばかり俺はこいつらを侮っていた。
もちろん、舐めていたわけじゃない。馬鹿にしていたわけでもない。それに、用意した十冊のエロ本だって、俺が選びに選び抜いた至高の十冊だ。どこの誰が馬鹿にしても、俺自身が魂に誓って、これは素晴らしいエロスが詰まっていると胸を張ることが出来る、そんな十冊を用意していたのだ。
……あるいは、オークションという方式もちょいと駄目だったのかもしれない。
俺は管理者以外にも、光主からも直接許可を受けて異界渡りとしての商売をしている。その際、出来る限りこの世界の市場を荒らさない様、貨幣での大規模取引は避けて欲しいとの連絡も受けていた。だからこそ、『そこそこの高価な値段』が望めるであろうこのオークションでは、各自が冒険で手に入れた素晴らしき一品を対価として差し出すルールとなっていた。
もちろん、揉めるだろう。明確な金銭でのやり取りが無い分、価値の優劣を決めるのは俺の価値観次第。よって、俺に対してどれだけ魅力的なプレゼンテーションを行い、その気にさせるかを競う戦いなのだ、これは。
そう、確かに、戦いを誘発させるような構造にした俺も悪かった。
だが、だからと言って――――ここまでしろとは、俺は言っていない。
「これで、これでどうだ!? 五百年生きた魔女から報酬で貰った、不老不死の霊薬だぞ!」
「ぷっぷー! 不老不死とか時代遅れすぎて、腹痛いわぁ!! 異界渡りのこいつに必要なのは、どこの世界でも安定して使えるこの身代わり人形じゃい! この身代わり人形、なんと、あらゆる毒、呪い、致命的な何かも持ち主の代わりに請け負う優れものぉ! しかも、内臓魔力で動くから補給無しで致命三十回分まで大丈夫な代物だぁ!!」
「本気だして来やがったな、こいつぅ!」
「んんんー、ならば我も、これを出しましょうかなぁ。かつて、この世界の管理者から賜った、神族創造の極意が書かれた魔道書ですぞ」
「秘宝クラスを出してやがったぞ、この聖者!!? テメェはそれでも、聖職者か!?」
「とっくの昔に引退して、冒険者家業をしているから問題ないですぞ」
完全にエロ本の価値がインフレしていた。
この世界でも貴重な秘宝が次々と俺の眼前に取り出されて、それらを目一杯、俺へ力説して来るのは、百戦錬磨の強者たち。
そんな強者たちが目を血走らせて色々力説してくる物だから、俺は完全に気圧されていた。今はもう、涙目になりながら適当な相槌を打ってこの嵐が収まるのを待つばかりである。
くそ、何が、何が悪かったんだ!? エロ本の中身を数ページだけ先に見せて置いて、きわどい部分で後は買ってからのお楽しみ! と購買意欲を煽ったのが不味かったのか!? それとも、こいつらとの今までの会話から性癖を読み取り、その性癖にジャストヒットなエロ本を幾つか選び、なおかつ、好みが被る本を数冊紛れさせたのが悪かったのか!?
《完全に自業自得の結末ですね、ミサキ。ですが、良かったじゃありませんか。これで大儲け確実ですよ?》
『儲け過ぎるとそれはそれで、怖いんだよ、オウルぅ!!』
悪ふざけはね、自分が周りのテンションに乗り遅れると駄目なんだ、引いちゃうから。
「み、みんな、ちょっと落ち着いて――――」
「俺は! 俺は、この精霊琥珀を賭けるぞ! 新たなる理、新たなる法則を生み出す精霊を封じ込めた一品! これで俺は『巫女と触手と召喚魔法』を手に入れる!」
「面白れぇ! なら、俺もとっておきのとっておきを出してやるぜ!」
「ふふふ、僕も久しぶりに本気になっちゃおうかなー?」
「くくく、どいつもこいつも馬鹿の極みだな――――だが、だからこそ面白い! そうだろ、ミサキぃ! 今、この場所こそ、間違いなく俺達にとっての世界の中心だぁ!!」
「もはや意味わからないよぉ、六番さぁん!!?」
ヒートアップした冒険者たちのテンションは、主催者である俺ですら止めることは出来なかった。
次々と出てくる『世界改変』クラスの代物に、小市民的な俺は悲鳴を上げながら、何とか対応を続けて…………そして、八時間に及ぶ交渉の末、ようやく六人全員が納得してオークションが終了となったのである。
《それで、この秘宝の数々はどうしましょうか?》
「……どうしよっかなぁ?」
俺の手元に、明らかにやばい秘宝の数々を残して。