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第117話 モラトリアムは霧の中 12

 ずっと、胸の中に引っかかっていることがあった。

 ミサキと出会うよりも前から、何かが足りないと感じていた。

 何かをしなければならない。

 でも、どうにもならない。

 何をしたいのかすらも、よくわからない。

 この葛藤を、苦しみを、思春期特有の未来に対する不安だと思ってやり過ごして来たけれど、誰だってこんな痛みを抱えて生きているんだと思っていたけれど。

 多分、それは違う物だったんだ。


「最終日、楽しみにしているから。だから、それまでに私の事を思い出してくれると嬉しいな。ううん、もしくは」


 彼女と会った瞬間。

 その微笑みを目にして、声を、紡がれる言葉を耳にした瞬間、張り裂けそうな胸の痛みと共に、一つの確信を得た。

 これだ、と。

 今までの私の全ては、この子と会うためにあったのだと、そう確信した。


「今度こそ、綺麗さっぱり、私の事を忘れ去ってよ」


 彼女は挑発的な笑みを寂しげな物に歪めて、身を翻す。

 ――――駄目だ。駄目だ、何かを言わなくては。このまま、このまま何も言わずに返したら、それこそ、何も『変わらない』んだ。何かを変えないと、私は、『また』駄目になる。

 何もかもを駄目にしちゃう、そんな嫌な予感が、確かにある。

 でも、何を言えばいいの?

 何を言えるというの?

 こんなにも、胸が張り裂けそうなほど痛いのに、何も記憶に靄がかかったように、何も思い出せない。何か、大切な言葉を言わないといけなかったのはずなのに。

 一歩、踏み出したいのに。

 私は、このまま遠ざかる彼女の背中を眺めているだけなの?


「結実姉さん。何か言いたいなら、遠慮なく言えよ。例え、言葉にならなくても、叫べ。訳わからない戯言でも、まったく意味不明な狂言だったとしても、声に出さなきゃ何も伝わらない。何も変えられないだろうが」

「――――っ!」


 隣から聞こえてくるミサキの声で、私の何かが込み上がった。

 胸の中の痛みは、強い衝動に。

 今までの躊躇いがバネになって、強く、大きく、私の声は言葉となって喉から吐き出される。


「待って! 名前は、名前はまだ思い出せないけど! 絶対、私は絶対、貴方に会いに行くから! 今度こそ! 今度こそ、私はちゃんとするから!」

「…………」


 彼女は振り返らない。

 でも、足は止まった。足は止まったから、私は最後まで自分の思いのたけを叫ぶことが出来た。


「だから! だから! 私が貴方の事を思い出せて、ちゃんとすることが出来たら! その時は、その時は――――――スカートの中に手を突っ込んで、太もも撫でていいかな!?」

「…………」

「ニーソックスを履いてもらってから、優しく踏んでもらってもいいかな!?」

「…………」


 あ、振り返った。

 真顔でこっちに向かって歩いてきて……いや、駆け出して、スピードを緩めないまま、なんかこっちに突っ込んで来て、


「このっ、変態!」

「ぐぼっ!?」


 私の鳩尾あたりに、結構な勢いでグーパンチを叩き込んできた。

 うぐぅ、ツッコミがシビア。割とキッツい。体が反射的にくの字になるぐらい、洒落にならないパンチだよ、ほんと。

 でも、顔が真っ赤になっている可愛い顔が見れたからオッケー。


「なんで、こんな変態な先輩を好きになったんだろう?」

「愛とか、恋とか、そんな感じか?」

「私は一応、ノーマルよ、お客人。だから多分、友愛?」

「性欲を向けられているけど?」

「性欲……なのかなぁ? 元々はもうちょっとマシな人だったんだけど、繰り返して性癖が悪化したのかも?」

「じゃあ、悪魔が悪いな」

「そうね、悪魔が悪い。だって、悪魔だもの」


 あー、思ったよりも大分ダメージを受けているみたい。アスファルトの路面に蹲っていても、なんだか、段々と視界がぐにゃぐにゃに歪んでいって。


「そろそろ終わりが近いか?」

「ええ、元々夢だもの。想えば、すぐにでも」


 意識を失う直前、綺麗なミサキと、可愛らしい彼女のツーショットをこの目に焼き付けることが出来なかったのが、私はとても悔しいと思った。



●●●



 世界が終わる夢を見ている。

 例えば、ゾンビパニック。

 謎のウイルスが世界中で蔓延。インフラは瞬く間に崩壊。謎のウイルスによって増え続けるゾンビたちはやがて、ウイルスの寿命で一か月も経たない間に自壊。まるで、燃え残った灰みたいな変な死体だけ遺して、消え去った。

 そんな、暑苦しい夏と、灰の終わり。

 世界が、終わってしまった夢を見ている。

 例えば、巨大未確認生物。怪獣。タコと猫を合わせたような、謎の怪獣は、目からビームを出して世界中を滅ぼした挙句、マタタビに酔って、海に沈んで溺死した。タコじゃなかったのかよ、お前。

 そんな、間抜けで、カオスな終わり。

 世界を終らせたくない、と足搔いた人達の夢を見た。

 例えば、妖怪の力を借りて、霧の悪魔に立ち向かおうとした人々。影を奪われ、霧の中に沈む人々。最後に勇者がやって来たのだけれど、残念、時間切れ。そもそも、戦う相手を間違っていたという、締まらないオチ。

 そんな、何も為せなかった、彼らのバッドエンド。


『夏と世界の終わりは相性がいいのよ、実は。個人的には、冬も素晴らしいと思うけれど、夏の空々しい青さに吞まれるような、どうしようもない世界の終わり。それこそが、私の暇つぶしね。貴方が夢見る間、代償として私は、人々の不幸を徴収しましょう。もちろん、貴方はそれに気づけないし、貴方の周りだけは相変わらずの平和な日常が過ぎていくだけなのだけれどね?』


 何度、見ただろうか?

 何度、傍観しただろうか?

 何度、繰り返したのだろうか?

 百は繰り返していない。十は繰り返した。だから、間を取って五十ぐらい繰り返したと思おう。春の始まりから、夏の終わりまで。

 彼女の出会いと、世界が終わってしまう間まで、私は結構繰り返した。

 記憶を失い、霧の中で自分を誤魔化して、最後の最後だけ、大切な彼女と出会うためだけに、朽ちかけた世界を回し続けている。


『もちろん、無限に繰り返せるわけじゃないわ。能力的には可能なのだけれども、その前にきっと、貴方の心が飽きてしまうでしょうね。どれほどの喜劇や悲劇でも、何度も繰り返してしまえば、飽きてしまう。どれだけ私が趣向を凝らして、世界の終わりを並べ立てても、いつかタブって、いつか飽きてしまうことがある。デジャヴに耐えきれず、貴方はきっと、望むでしょうね、世界の終わりを』


 だから、私は多分、大悪党。

 神様から世界を奪った、史上最悪の大悪党。

 でも、私は多分、救世主。

 人類が終わりかけた大災厄を、ギリギリのところで押しとどめた功績があるのだから、救世主と名乗っても見当違いってわけじゃないと思う。


『何? ハッピーエンドは無いのかって? あの大災厄を無かったことにして、世界を全て元に戻して、誰も死なずに、何もかもが『悪い夢』だったと夢オチにしてしまうような、とっておきの反則は無いのかって? あはは、残念。少なくとも、この霧の悪魔には不可能よ、そんなこと。それを望むのならば、まだ、空からヒーローが降ってくるのを待っていた方がまだ、可能性があるかもしれないわね?』


 そして、私は契約者だ。

 悪魔と契約して、何度も世界を滅ぼしている。



●●●



「おはよう、結実姉さん」


 ミサキの声で、私は目を覚ます。

 え、ええと、何処だっけ? なんで私、寝ていたんだっけ? んーっと、確か、謎の女の子に――謎? 謎だって? 誰だか私は知っていなかったっけ? ん、んんんー、いや、落ち着こう、『それ』は考えていても仕方ないことだ。だって、思い出せないんだから。

 それより、今の状況を確認しよう。


「ん、んんー、私の部屋? あ、ミサキ、運んでくれたんだ」

「その気になれば、一瞬で戻れるからな、俺は」

「うはははー、便利ぃ」

「崇め奉ってもいいんだぞ? 俺の便利さを」

「崇めたら足を舐めてもいい?」

「駄目」

「けちぃ」


 私は寝ぼけまなこを擦った後、窓の外を見ようとする。

 そこまで長く眠っていなかったつもりだけど、日が傾いて居たら嫌だなぁ、と窓の外を確認しようとしたのである。


「おっと」

「うに?」


 だけど、私が眼鏡を取ろうとする前に、ミサキの手が私の目を優しく隠した。

 冷たくて、すべすべととした手の感触が、私の心を和ませる……って、ええと?


「ミサキ、どんな悪戯? かまって欲しかったり?」

「ああ、まぁ、ハズレじゃないな。それよりも、結実姉さん。今は一体、何時だと思う?」

「え? 何時って……うーん、午後三時ぐらい――」

「本当に?」


 ミサキの指先だけでなく、言葉も冷たい。

 まるで、冷や水のように、こちらの覚醒を促そうとするような言葉だ。


「本当に、それでいいんだな?」

「…………い、意地悪しないでよ、ミサキ。そんなの、正確な時間なんて、時計を見なきゃ分からないって」

「じゃあ、時刻じゃなくて、日にちでいいぜ? さぁ、今は何月何日だ?」

「そ、そんなの、夏休みが始まってから、二週間が過ぎたから――」

「本当にそうか? 二週間か? 二週間しか経っていないか? 何かを忘れていないか?」

「わた、私は、私はっ!」


 本能が警鐘を鳴らしていた。

 急いで、ミサキから逃げないといけない。逃げなければ、『真実』を突きつけられる前に逃げなければ、取り返しのつかないことになると、私はミサキの手を振り払おうとして、


藤崎ふじさき 小夜子さよこはお前の事を待っているぞ」

「――――――あっ」


 忘れていなければならないはずの、名前を聞いた。

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