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第116話 モラトリアムは霧の中 11

「久しぶり、桐生先輩。『今回も』ちゃんと会えたね?」


 胸が張り裂けそうな想いなんて、言葉があろうけど、あれは大げさじゃないかな? と思うことが私にはしばしばあった。

 色々鈍感な私は、嬉しい事だけじゃなくて、悲しいことや苦しいことにも鈍感なので、そういう『胸が張り裂けてしまいそうなほど悲しむ』とか、切ない気持ちを持て余すことはほとんど無かったと思う。

 なのに、なんでだろうね?

 なんで、この子の声を聞くと、こんなに私の胸が苦しいんだろう?


「最終日、楽しみにしているから。だから、それまでに私の事を思い出してくれると嬉しいな。ううん、もしくは」


 それこそ、胸が張り裂けてしまいそうなほどに。


「今度こそ、綺麗さっぱり、私の事を忘れ去ってよ」



●●●



 空が見えない夏が続いている。

 夏と言えば、空。

 青い空も、曇り空も。

 世界を呪いたくなるような日差しも。

 世界を恨みたくなるようなどしゃ降りも。

 嫌と言えば嫌だけど、それも夏の醍醐味だと思えば我慢できる。我慢できるのに、なんで、今日も世界はこんなに平熱を保っているんだろう?


「…………あー」


 私は自室のベッドに寝転がりながら、ゾンビみたいな声を出す。

 夏休みが始まってから、あっという間の二週間だった。うん、いや、本当にあっという間だったと思う。まるで、ひと夏の夢みたいに、気付けば二週間は過ぎ去っていた。

 その二週間の間、私は青春っぽいことなど皆無の日常を過ごしていた。


「ねぇねぇ、祈里! どこか、旅行にでも――」

「交通機関がヤバいからむーりぃ。いやぁ、ガチで世界の終わりが近いかもしれないわ」


 日本も含めた世界中は、夏休み前から始まった怪異事件に翻弄されている。

 私たちの街は相変わらず、霧に包まれている以外は何ともないのだけれど、すぐ隣町まで怪異事件の影響で騒がしいことになっているらしい。なんでも、妖怪大戦争があるとか、ないとか。

おまけに、ネットのニュースはお祭り騒ぎを通り越してガチモード。まるで、人類の存亡を賭けた戦いをしているみたいに、怪異事件について互いの情報を交換し合っている。

 私の街だけが、私たちだけがまるで、蚊帳の外みたいに。


「ねぇねぇ、ミサキ。本当に私たちの世界で、こんな怪異事件なんて起こっているのかな? もしかしたら、全部が嘘で。実際にはとても大掛かりなドッキリ番組だったりしない?」

「んじゃあ、試しに確認に行くか? 俺の力なら、アンタと一緒に安全圏で現地民たちの必死の抵抗って奴を見物できるだろうぜ」

「…………いや、やっぱりやめておく」

「そっか。なら、いつも通り健全に、ゲームでもして暇を潰すとしようぜ」


 平和で、退屈だ。

 私の周りの世界だけ。

 世界中はまるで、人類存亡を賭けた一大騒ぎになっているというのに、私たちだけ、平和。でも、望んで危険なことに首を突っ込もうと思わない。

 思わないけれど、でも、せめてこの霧が晴れてくれれば、何もかもが上手く行くと思えるのに。霧が、霧が…………ああ、そうだ。


「霧の無い場所に、行ってみよう、うん」


 私は自室のベッドから体を起こして、手早く部屋着から外出用の服へと着替え始める。

 思えば、この二週間、街から外に出ることは無かった。何せ、この街の外には怪異事件が蔓延していると噂されていたから。だから、私は心のどこかで恐怖しながら、二週間も閉じこもっていたんだと思う。

 二週間も霧の中に閉じ込められていら、気が滅入るのも当然だ、きっと。


「ミサキ! 一緒にデートに行こう!? ホテルの予約は取ってあるから!」

「堂々と犯罪予告するなよ、変態」

「うふふふ、やだなぁ、ミサキ。ホテルと聞いて何を想像したの? 私はもちろん、町外れにある無駄にでっかいお城みたいなラブホテルだけど」

「予想していた通りの最低な答えをありがとう、俺は行かない」

「そこを何とか。ホテルは本当は予約していないし、ちょっとこの街から少し離れて見たかっただけだから。ね? ファミレスでご飯もご馳走するし」

「…………はぁ、デザートも付けろよ?」

「もっちろん!」


 しかし、一人で町はずれに行くのはちょっと怖いのでミサキに頼み込んで、何とか付いてきてもらうことに。

 理由は簡単、ミサキは不思議な力を持っている上に、強いからだ。

 不思議な力を持っているから強いんじゃなくて、その上で、強いというのがポイントである。


「ねぇ、ミサキ、ミサキ」

「んだよ? 結実姉さん」

「手を繋いで歩く?」

「暑いからやだ」

「うへへへ」

「断っても受け入れても、嬉しそうだから精神性がちょっとキモいんだよなぁ、結実姉さん」


 私はミサキと並んで、霧の街を歩いていく。

 今日のミサキの服装は、よくわからない英語とフクロウのイラストが描かれているTシャツに、太ももを大胆に露出させたホットパンツ。それに、いつも通りの狐面。

 ぶっちゃけ、エロい。

 綺麗なエロさだ。

 ミステリアスな美しさと、妙な色気が相まってとても素敵だ。背景が霧に沈む町というのが、尚更良い。ここが公共の場でなかったら、その場で踏んでもらうのに。

 …………いや、待てよ? でも、今日はほとんど人と会わないな、うん。そうなってくると、ひょっとしたら、もしかしたら、少しだけなら、そう、踏まれるんじゃなくて、一瞬の接触ぐらいだったら大丈夫じゃないだろうか?


「ミサキ」

「なに?」

「太ももにキスしていい? 今、ここで」

「…………」

「ひゃん! いたぁ!? ちょ、お尻を叩くのは! 何度も、何度も叩くのは勘弁っ! というか、意外に痛い! 力強い! でもちょっと気持ちいい!」

「変態」

「うへへへへ」


 大丈夫じゃなかった。

 こちらが要求しなければ、滅多に攻撃してこないミサキが、今日だけはドン引きで私にお尻を叩いてくるほどに大丈夫じゃなかったらしい。

 ふぅ、いけない、いけない、自重しなければ。こういうじゃれ合いで済んでいる内は良いけど、本気で嫌われてしまったら、私は泣きながら世界を滅ぼしてしまいそうになるから。


「結実姉さん。最近、変態度がどんどん上がって行っていると思おうんだけど、大丈夫? 学校で片鱗を見せて、ドン引きされていない?」

「大丈夫、大丈夫。私がそういう変態を示すのは、こう、趣味趣向にがっつりと嵌った相手だけだから。そんな相手はミサキぐらい――」


 言葉の途中で、突然、頭が痛んだ。

 まるで、治りかけの傷口に手を突っ込んだみたいな、鋭い痛みだった。


「ぐ、う。な、なんだろう? ミサキの他に……その、前に? もう一人、私が変態的な視点で見ていた人が、思わずセクハラしたくなっちゃう、可愛らしい誰かが、居た、ような?」

「シリアスな表情で変態なことを言わないで?」

「思い、出さないといけないのに……ううっ」

「変態していたことは思い出さなくていいと思うぞ」


 ミサキの冷静なツッコミのおかげで、私の頭痛は収まった。

 けれど、何かが引っかかるような違和感はまだ続いている。ずっと、町はずれを目指して移動している間も、考えていた。

 私は、何を忘れているんだろう?


 ――――しゃらん、しゃらん。


「……へ?」


 私の家は町外れまで意外と近く、私の足でも十分ちょい歩けば着く。

 だから、歩きながら思考を整理するにはちょうどいい時間で、霧の無い場所を見たいという、気分転換のための理由で足を運ぶにはちょうどいい場所だったはずなんだ。

 なのに何故、こんなことになっているのだろうか?


『滅びは近い』

『目覚めは近い』

『境界を守護せよ』

『客人を守護せよ』

『全ては、正当なる黄昏のために』


 白に近しい宗教装束に、無貌の仮面。手に携えた錫杖を、しゃらん、しゃらんと、何度も虚空に打ち付けるみたいに鳴らし続ける集団が居た。

 十人や、二十人という規模じゃない。

 数百人規模の信者たちが、境界線を示すように、この街と隣町との間に並んでいたのだ。


「おー、祭りかな?」


 ミサキはあっけからんとした声で言うけど、私は軽いパニックになってしまっている。

 なんで、どうして?

 どうして、わざわざ、こんなことをしているのか? しかも、はた迷惑な信者たちの行動に、誰も木を言わない? いや、違う、違う、それ以前だ。それ以前に――――いくらなんでも、人が少なすぎる。日中だというのに、道路に自動車が一台も通らないのはおかしい。


「どうする? 結実姉さん。俺の力だったら、あいつらを飛び越えて向こう側に行けるけど」

「向こう側、ね。うん、向こう側なら、きっと、その、霧が無いんだよね?」

「ああ、そうだな。きっと、『惑わす物も、隠す物も』何も無いだろうぜ」

「…………」


 本当に、良いのかな?

 そもそも、何でこの信者たちはまるで、誰かを遠ざけるように……守るように? こんな真似をしているんだろう? 明らかに非効率で、こんなことをするぐらいだったら、もっと他の事をすればいいのに、とか思ってしまう。下手をしなくてもこんなの、通報沙汰だろうし。

 そもそも、私は黄昏教団について詳しく知らない。

 世界の終わりが来るから、目覚めようって、何?

 一体、何がしたいんだよ、こいつらは。

 ――――そして、私も何がしたいんだか、まったく。


「んんー?」


 私が悶々と考えていると、ふと、信者たちが『モーゼの奇跡』みたいに、ざっと信者たちの行列が割れた。その中から、唯一、宗教装束を付けていない、セーラー服姿の仮面の少女がこちらに歩いてきた。

 そう、白髪でポニーテイルで、小柄な、可愛らしいであろう、少女が。


「こんにちは」


 やがて、私の眼前までやって来た少女は、自ら無貌の仮面を取って、素顔を晒す。

 琥珀の瞳。

 生意気そうな面構え。

 口元は挑発的に歪み、けれど、苛立ちよりも愛らしさを集める微笑み。

 私は、この顔を、少女を、知って、い……る?


「久しぶり、桐生先輩。『今回も』ちゃんと会えたね?」


 ――――こうして、私は【■■回目の××××】を知覚した。

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