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第115話 モラトリアムは霧の中 10

 親友と交わした、いつかどこかの会話を思い出す。


「あのさ、祈里」

「なーに? 結実」

「度々思うけど、なんで祈里ってそんなに馬鹿なの? ねぇ、どうして自分で女体盛りを試したあげく、腹痛で学校を休んでいるの?」

「失礼な! 一応言っておくけど、流石にデリケートなゾーンには盛ってないわよ! おっぱいとか、お腹とかを念入りに洗ってアルコール消毒した後、試したの!」

「でも、お腹壊したじゃん」

「敗因は綺麗な盛り方を模索した所為で、肌に触れている時間が長かったことね。後、刺身をチョイスしたのもまずかったわ。あれは本来、最初から盛り方を決めていて、素早く盛り付けないといけないのかもね。あるいは、生ものを扱うのならきっと、肌を出来るだけ冷たくしておいた方がいいのかしら?」

「馬鹿なのに、変な所で真面目だよね、祈里は」

「当然! どうせ楽しむのなら、全力で青春を楽しみたいし」

「……そーだねぇ、青春はあっという間と言うからねぇ。私も気づけば高校二年生。そろそろ、将来について考えないといけない時期だし」

「結実は遠い将来の事よりも、近々行われるテストについて対策を考えていた方が良いと思う。言っておくけど、私は手伝わない」

「ううう、ソシャゲが、私の射幸心を煽るソシャゲが悪いのです……」

「なぁーにが、射幸心よ。無課金勢の癖に」

「ゲームよりも漫画やカラオケにお金を使いこむからね、私は」

「そして、すぐに金欠になっちゃう、と。ねぇ、将来のことを考えるのなら、バイトの一つでもしてお金を稼いでみたら? 自分でお金を稼げば、お金の大切さがわかる様になる上、自由に使えるお金の量も増えると思うけど?」

「えー、働きたくなーい」

「この駄目人間」

「祈里は馬鹿なのに、こういう所真面目だよね……あーあ、学生時代がずっと続けばいいのになぁ」

「じゃあ、とりあえず大学に行きなさいよ。モラトリアムを延長したい人間はとりあえず、大学に行く物よ。実家の方に、お金を出してもらえそうなんでしょ?」

「うん、幸いなことにね。でも、やりたいことが見つからないのに、大学なんて」

「馬鹿ね、結実は」

「馬鹿に馬鹿にされた!?」

「大学にはやりたいことを見つけるために行くのよ……ううん、やりたいことを見つけるのは、いつ、どんな年になっても出来るんだから、とりあえず、目の前のことに全力で取り組んでみなさいな。そうすればきっと、何か変わるわよ」

「…………何かって、何さ?」

「自分自身とか、世界とか」


 他愛ない、馬鹿みたいな会話を思い出す。

 何回目の時の会話か、分からないけれど。

 私は、親友とくだらないことを言い合えるこんな時間を、とても愛おしい物だと思っていたような気がするんだ。



●●●



 この街では異常気象が続いている。

 昼夜を問わず、ずっと霧が街の中に漂って、一向に晴れないのだ。

 幸いなことに、そこまで霧は濃いというわけじゃなくて、街の中で交通事故や、視界不良による事件などは起こっていない。ただ、霧は不思議なことに、この街、痣凪町だけに漂っており、他の街との境界線からは驚くほどすんなりと、霧が晴れているようなのだ。

 明らかにおかしい。

 明らかに、この街に、何か変な出来事が起こっているのだけれども――――今、街の人々の関心は……いいや、世界中の人々の関心は他の事件に向けられていた。


『怪奇! 歩くゾンビの群れ』

『巨大未確認生物による被害状況』

『■■村で行われていた、陰惨な儀式の全貌を公開!』


 世界各地で、何かしらの異常事態が起きているらしい。

 詳しくは分からないのだけども、空想の産物だと思っていた怪物や、怪人が現れて人々を襲ったり、巨大な怪獣が街を闊歩して、米軍と壮絶な戦いを始めたり。

 この日本でも、悍ましいとしか言いようのない怪異事件が多発していた。

 まるで、魔女の鍋をひっくり返したみたいな世界の混沌具合。

 テレビやネットの向こう側で語られる、驚くべき異常事件は、けれど、まるで量産品のように日々数が増えて行き、人々の感性を麻痺させていく。


「なんか、隣町で出たらしいよ、切り裂き魔」

「え? 口裂け女じゃなかったっけ?」

「影の無い人間が影を奪いに来るって噂は?」

「昨日、解決されたらしいよ。解決方法は、軍用ライトを装備した主婦たちによる見回り」

「主婦つえー」


 世界各国で量産されていく怪異。

 だが、現地民はヒーローの登場を待つでもなく、自分たちに出来ることを尽くして、ある意味、驚くべき速さでそれらを解決していく。そう、解決していくのだ。だから、どこか危機感が薄い。非日常が次々と起こっているというのに、それらがわりとあっさりと解決されていくので、私たちはどこか、それらが他人事になってしまっているのだ。

 いつ、自分たちの街でもそういう怪異が起こるか分からないのに、私たち学生は、不謹慎に、お気楽に、世界中のトラブルを安全圏から楽しんでいるつもりになっていた。


『マジで世界が終わる件について』

『怪異事件の真実』

『怪獣を作ったのは、一人の研究者』

『廃村に行ったら怪異事件に巻き込まれたけど、物理で解決してきたんだけどw』

『黄昏教団への入信を分かり易く! これで、終末も安心!』


 ネットの掲示板や、各種SNSでの書き込みは、まさしくお祭り状態。

 当事者や関係の無い人、自称有識者を交えて、ありとあらゆる物語が飛び交っている。実はもう、この手の情報を纏めるまとめサイトが幾つも作られているのだとか。

 …………世界は、本当におかしくなった。

 ある日を境に、おかしくなった。

 近視的に、あくまで、自分の見える範疇で言ってしまうのであれば、それは、あのライブハウスから帰った時――――この街に、霧が漂うようになってから、おかしな出来事が多発するようになってしまったのだと思う。

 本当に関係があるのかなんて、私には分からない。

 ただ、何となく、この霧が晴れれば、世界中の異常も解決するような、そんな気がするのだ。


「皆さん、浮つく気持ちも分からないわけではありませんが、今はお静かに。もうすぐ終業式が始まりますので、雑談せずに体育館に整列してください」

『『『はぁーい』』』


 けれども、そんな予感があったところで一介の女子高生には何も出来ない。そもそも。何をしていいのかすら、分からない。

 ただ、世界中がてんやわんやの大騒ぎになっていたとしても、今の所、平穏な私の街では、学校行事が変わるわけではなく、いつも通りに進んでいく。


「えー、最近、物騒な事件が多いようですので、外出の予定のある生徒は、絶対に危ないことをしないように。自分から危険にかかわっていくようなことをせず、高校生としての立場をきりんと自覚して、楽しい夏休みを過ごしてください」


 校長先生の長話もいつも通り。

 この手の長ったらしい話は大抵、最初と最後の方だけ聞いておけば、後はぼーっと聞き流すのが最善だ。


「各自、命を大事に。犯罪をしないように。そして、後悔をしないように生きてください。それさえ守っていれば、後は自己責任です」


 反面、担任の皆森先生からの素っ気ない警句は、浮つく私たちクラスメイトの心に結構突き刺さったと思う。

 特に、自己責任という言葉で胸が詰まるようになった人は多かったんじゃないかな? やっぱり、私たち学生は親元で生活している人たちが多いというか、ほとんどだから、どうしても親に甘えてしまう所があるし。

 でも、折角の夏休みなら、同世代の仲間だけで旅行とか行ってみたいと誰しも思ってしまう物。もしくは、夏休みの間に成し遂げたいことの一つや二つ、青春真っただ中の私たちなら、何かあるはずだ。

先生はそれに対して、自分で責任を取れるようななら常識の範囲で好きにやれと言っているのだろうね。

 多分、何もせずにだらだらと無感動に夏休みを過ごすよりは、何かに手を出して、責任のとれる範囲で手痛い失敗をした方が、まだマシな経験になるから。


「はぁー、終わった、終わった。んもー、世界はこんなに騒がしく大事件が起きているのに、私たちは相変わらず、退屈よね、結実」

「えー、物騒な何かがあるぐらいなら、退屈の方が良いと思うけど、私は」

「ふふふっ、平和主義ね、結実は」

「んんー、どちらかと言えば、ことなかれ主義?」


 終業式を終えた、私と祈里は一緒に駅前まで来ていた。

 だけど、今日は遊ぶためじゃない。流石に、世界中で物騒な事件が起きて、この街でも異常騎乗が起きているという時に、呑気に遊ぼうと思うほど私は能天気じゃない。

 今日はお互い、さっさと帰って、こういうお祭り騒ぎが終わるまで、自宅に籠ってさっさと夏休みの課題を終らせておくのだ。

 下手に外に出て、何かの事件に巻き込まれるより、そっちの方が断然賢いでしょ?


「ことなかれ主義、ね。祈里はきっと、世界が終わるまで何もせず、普段通りの平和を甘受するタイプね」

「なにそれ? 黄昏教団のお話?」

「ううん、違うわ。ただの心理テストの話よ。ほら、よくあるじゃない。『もしも、明日、世界が滅んだらどうするのか?』って。でも、あれって傲慢よね。自分が死ぬんじゃなくて、世界が終わるってところがとても傲慢。明日、世界が終わるような状況だとそもそも、矮小な小市民に何かを選べるだけの余地なんて残っていないと思わない?」

「うわ、身も蓋もない」

「ま、そんな状況でも結実は最後まで、結実らしいと思うけどね。きっと、世界中で自棄になった人類が核戦争を起こしても、結実の周りだけは終わる時まで静かにいつも通りなのかも」

「…………それは、都合良すぎない?」

「いいじゃない、都合がよくでも。だって、こんなの、他愛ない例え話でしょう?」


 けらけら笑った後、祈里は手を振って別れた。

 お互い、乗る電車が違うのだ。

 …………思えば、家が近所でもなく、通学の電車も同じでもない相手で、自分とはスクールカーストが違う相手なのに、よくもまぁ、祈里と仲良くなれたものだと、我ながら思う。

 それこそ、都合が良すぎるみたいに。


「…………あーあ、早く帰って、ミサキに抱き付いたいなぁ」


 私は電車の座席に着くと、余計な思考を切り上げる。

 怪異事件のことも。

 異常気象のことも。

 黄昏教団のことも。

 世界の終りのことも。

 全部、全部、私とミサキがいちゃいちゃしている間に、勝手に解決していればいいのに。

 ――――そんな、都合の良すぎる妄想を、私は言葉にせず、胸の内で小さく思った。多分、いいや、そういう事には絶対、ならないという確信があったけれど。

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