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第112話 モラトリアムは霧の中 7

 ライブハウスって聞くと、私はまず『喧しそう』という偏見がある。後は、なんかお洒落に気を遣っているリア充が行くイメージ。普通に暮らしていたら、多分、高校生はライブハウスには行かないと思う。少なくとも、地方の高校生はそうだ。だって、まずライブハウスなんて物がある地域自体が少ない。調べたわけじゃないけど、滅多に見かけないから、多分、そんな感じ。

 だから、なんというか私はライブハウスが何となく怖かった。

 未知の世界ってのもあるけど、不良とか居そうし、地味で可愛くない私なんて場違いで笑われるんじゃないか? みたいな被害妄想染みた恐怖心があった。


「こんにちはー」

「こんにちはー、永劫ブレイカーを見に来ましたー。予約していたミサキです、人数は二人で」

「はーい。んじゃあ、ドリンク代も合わせて――」


 だけど、ライブハウスの受付で、如何にもイケイケなカッコいい赤髪のお姉さんとミサキが和やかにやり取りをしているのを見て、その恐怖心が少しだけ薄れた。

 正直、ビルの地下に向かって歩いている時は変な緊張があったし、通路に妙にハイセンスなバンドのポスターなどが張ってあるのを見て、やはり場違いじゃないか? と怯えていたりもしたけれど、意外と普通のやり取りなので安心したのかもしれない。


「ほら、結実姉さん、行くよ」

「ん……ねぇ、ミサキ。私、未成年なんだけど大丈夫かな?」

「よしんば大丈夫じゃなかったとしても、俺が居るから大丈夫だよ」

「ふふっ、妹の癖に生意気だぞ」

「妹ではないが」

「そうだよね、妹にはしてもらえないこともしてもらったしね」

「言い方がいかがわしい上に、実際にいかがわしいって、ほとんどアウトだろ、これ」


 ミサキと軽口を交わしながら、いよいよ私はライブハウスへ入る。


「ん、ぎっ」


 …………と思ったのだけれど、意外と扉が重い。

 これが、これが新世界へと足を踏み入れようとする私を拒む世界の修正力だとでも言うのか!? おのれ、田舎の女子高生はやはりライブハウスに入れない定め――――あ、気合いを入れたら案外すんなり開けられた。


「防音の扉だからね、結構重いんだよ」

「なるほど」


 室内に足を踏み入れると、まず聞こえたのがBGMだった。

 聞いた覚えのない、けれど、決して耳障りではないBGM。音楽ではあるのだけれど、歌詞は無くて、今まで私が聞いた曲の中で一番近いのは、異能バトル系のアニメで効いたBGMだった。なんか、妙に格好良い敵キャラの専用BGMみたいな、そんな感じに似ている。


「結実姉さん、飲み物は何が良い? と言っても、流石にアルコール類は駄目だけど」

「え、ええと、んじゃあ、オレンジジュース」

「炭酸? 炭酸じゃない奴?」

「炭酸じゃない奴」

「ん、了解。俺も同じのにするわ」


 ミサキが取ってきてくれたオレンジジュースを飲みながら、改めて周りを見てみる。

 足元はコンクリートの床。転んだら痛そうだから、歩く時は気を付けよう。んでもって、まだ開始前なのか、照明は暗くない。ライブが始まったら、やっぱり薄暗くなるのかな? 後、意外と色んな人がライブハウスに来ているみたい。私みたいな学生とか、想像していた通りの不良系の人とか、後は真面目そうなサラリーマンがスーツ姿で居たりとか。

 うん、意外と混沌としているなぁ、ライブハウスって。

 …………いや、狐面を被っている美少女を隣に侍らせた私が言えることじゃないか。


「やー、お姉さんも永劫ブレイカーのファンなんですか? 実は俺もなんですよー」

「へぇ、君みたいな可愛らしい女の子が…………って、狐のお面?」

「ギターボーカルのシン様が格好良いですよねー。でも、その格好良さはイケメンってだけではなくて、普段、俺達が言えない本音を真顔で言ってくれる部分があるからで」

「それな! じゃなくて、え? なにその、愉快なファッション? 出演者?」

「あははは、違いますよー」


 ミサキはいつの間にか、ソフトドリンク片手に大学生らしきお姉さんに話しかけている。

 狐面という出で立ちに関しては、あの仮面事態に特別な魔術? がかけられており、ああやって直接話したり、注意を向けさせなければ『自然の事である』と気にされないらしい。

 だから、ミサキを連れて街を歩くのは全然難しく無かったんだけれども、うーん、なんだろう? 瞬く間に周囲の人に話しかけて、あっさりとその術を無意味にしちゃうのはどうかと思うよ、私は。


「じゃあ、お姉さんは永劫ブレイカーのお坊さんとお知り合いなんですね!」

「そうそう、知り合いっていうか、檀家ね。あの人、ガチのお坊さんなのよ。でも、お経を読むよりも今は大切なことがあるって、ロックバンドしてんの。でも、自分が坊主であることには変わりないから、ライブはいつも袈裟を着て演奏してんだって」

「ロックですね!」

「ロックだよねぇ」


 ……ミサキは、ミサキは思ったよりも社交的な子みたい。

 狐面に巫女服なんて如何にもな恰好だったから、世俗と離れる暮らしをしていたのかな? とか思っていたけど、ミサキは私なんかよりもよほど社交的だ。

 私の両親ともあっという間に仲良くなったし。

 今だって、こうやって見知らぬ綺麗なお姉さんと仲良く――


「それで、あっちで拗ねた顔をしているのが下宿先の姉さんです。俺が倒れていた所を拾ってくれた恩人なんですよ」

「あ、ほんとだ、こっち向いた。おおー、赤くなった」

「ライブハウスが初めて、萎縮しているんですよ」

「そうなんだ、可愛いー」


 みぎゃあ!?

 ミサキが仲良くなったお姉さんを引き連れてこっちに来る!? に、逃げないと。いや、逃げていいの? 逃げたら失礼じゃない? でも、なんか見知らぬ綺麗な人と話すのは怖いんだけどぉ。年下の女の子だったら、まだセーフなのに!


「こんにちは、結実ちゃん」

「ひゃ、ひゃい!?」


 結局、私は逃げ出すこともせず、ライブが始まるまでミサキが連れて来た綺麗なお姉さんと会話を楽しむことになったとさ。

 うん、なんか釈然としないけど、楽しかった。

……連絡先も交換しました。



●●●



 正直に言えば、ちょっと期待していた部分があったんだ。

 ライブハウスって何かこう、青春って感じがするでしょ? 漫画とかアニメ、あるいはドラマとかだと、どこかのバンドの演奏や歌声に熱狂して、そこから物語が始まるよう気がしていたんだよね。

 でも、現実はどこまで言っても現実だ。


「……ふぅん」


 こんなものか、と心中で私は呟いた。

 永劫ブレイカーというバンドが演奏を始めるまで、二組のバンドがライブをやっていたけれど、なんというか、私はその演奏に感動しなかったし、歌詞にも心を揺さぶられなかった。

 理由は簡単。

 だって、あんまり上手くないんだもの。

 演奏がなんだか、荒いなぁって思う時もあるし。声はなんだかはっきり聞こえないし。気迫だけはあるけど、空回りしている印象が強かった。

 もちろん、演奏していたバンドも、インディーズにしては上手い方なのかもしれない。私は音楽なんてやったこと無いから技術の良し悪しなんて分からないし、何時も聞いている音楽は市販されているプロの物ばかり。

 だから、素人さんの音楽を聴いて『こんなものか』と思うのは仕方ないと思うんだよ。

 悪いのは期待しすぎた私だ。

 プロを基準として、素人の演奏を判断するなんてことをすること自体が、間違いんだ、きっと。うん、そうだよ。仮に自分が演奏する立場だったら、何十万回再生された動画の曲と比べられたら、勘弁してくれって思うもん。


「結実姉さん、次、次だよ。次が永劫ブレイカー」

「ん、ああ、そうだねー」

「ふふふ、楽しみだなぁ」


 無邪気な声で楽しんでいるミサキの声を聞くと、自分が薄汚い人間だと自覚するから嫌だ。

 ああ、もっと単純に、純粋無垢に、この状況を楽しめたらよかったのに。


『どうも、永劫ブレイカーのイケメンです。こっちが、メイド。んで、このナイスガイが坊主。美男美女の色物ですが、実力派ロックバンドで売っているので、外見だけじゃなくて、俺達の名前も覚えていってください』


 などと、私が自己嫌悪に陥っていると、いつの間にか永劫ブレイカーというバンドの番になっていた。今は、演奏前の自己紹介みたいなことをやっている。

 …………うん、まぁ、確かに、自称するだけの事はあって、ギターボーカルの人は本当にイケメンだ。金髪碧眼で日本人離れした凛々しい容姿は、まさしく王子様って感じ。その隣に侍っているメイド服姿の女の子も可愛い、レベルが高い。若草色の髪をしているけど、妙に似合っている。外国人っぽい顔つきだけど、まさか地毛じゃないよね? でもって、お坊さんは本当にお坊さんで、でもクールガイって感じ。髪が生えていたら、少女漫画に出て来そうなぐらいのクール系のイケメンだ。


『名前の由来はまぁ、単純で。退屈で、同じ毎日がずっと続くんだろなぁとか思っている永劫ゾンビ共の世界観をぶち壊してやるためですね。え? 意味が分からない? 安心してください、俺達も言っていてあんまり意味が分かっていません。けど、俺達の曲を聞いて、その意味わからない何かが少しでも伝わればいいな、って思っています。いや、伝わらせます、ええ、ガチで』


 空気が違う。

 他の奴らと、なんか空気が違う。

 私が最初に気付いたのは、そんな些細な違和感だった。


『じゃあ、聞いてください――【天晴ボーイ・ミーツ・ガール】』


 ぞわり、と肌が粟立つ感覚。

 嫌悪じゃなくて、何か物凄い物の前兆を感じ取ったような、それ。まるで、生まれて初めて初日の出を見に行った時のような、そんな美しい予感が私の中に降ってきて。


「…………す、ごい」


 結果から言えば、私のその予感は、何も間違っていなかった。

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