第11話 エロ本長者には成れない 1
わらしべ長者という物語を知っているだろうか?
詳細は省くが、一本のわらしべを元に、男が物々交換を繰り返して、最後には長者……つまり、大金持ちになるという夢のある物語である。
ここで肝心なのは、わらしべ長者に出てくる男は、最初から最後まで私利私欲の下に動いていなかったということ。そりゃあ、ちょっとぐらいは何かしらの期待はあったかもしれないが、基本的には通りすがりの人が、出会いがしらに交換を頼んで来て、男がそれに快く応じるというのが大体だ。
つまり、善意の好循環によって男は成り上がったという点がポイントだ。
何せ、男を導いていたのは観音様という説もあるぐらいなので、仮に、男が私利私欲で、誰かと無理やり何かを交換しようとすれば、天罰が当たって悲惨な目に遭っただろう。
要するに、何を言いたいかというと――――物欲に目が眩んで、同じように物々交換をしていっても大抵は上手くいかないし、仮にうまくいったとしても、最後には何かしらで帳尻を合わせてくるということ。
きっと、そういう風に世の中は出来ている。
天網恢恢疎にして漏らさずとは言うが、まったく、楽は出来ないもんだね。
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「――――エロ本を売ろうと思うんだ」
《正気ですか、ミサキ? いえ、元々あれでしたね》
色々考えた末にひねり出したアイディアを、即座に相棒から否定された件について。
おいおいおい、オウル。最近、追加で名作アニメ映画や、シーズン14まで続いた海外ドラマをプレゼントしたからと言って、ここまで成長しなくてもいいんだぞ?
んもう、前回、エロ本を流通させた時は素直に俺の説得に応じてくれたのに。今回は最初から否定するなんて、何が悪かったのだろうか? やはり、異端認定された後、異端審問官の集団から三日三晩追われたのが不味かったのかもしれない。もしくは、追い回された腹いせに、美少女異端審問官が狂信者に捕まって、触手でエロエロされる同人誌を流通させたのも不味かったのかもしれない。あの頃から妙に、オウルの言葉が辛辣になったもんなぁ。
「まぁ待て、俺の話を聞いてくれ、オウル」
《AIなので、聞く耳を持ちません》
「感覚センサーあるだろうが! 感覚センサーが! 人の聴覚より数段優秀な性能しているだろうが!? 俺がプレゼントした奴!」
《…………とりあえず、話だけは聞きましょう。それで、何かしらの策があるのですか?》
「ああもちろん、策は考えてあるさ!」
具体的に言うならば、三分前に考え付いた最高の策略がある。
宿屋のベッドの上で、『あーあ、面白おかしく、出来れば楽をして稼げる方法はないかなぁ?』とごろごろしていた時、ふと天啓が舞い降りて来たのだ。
「前回の失敗は、堂々と流通させたのが不味かった。後、教会とか、そういうモラルのうるさそうなところに賄賂を贈らなかったのも駄目だった。根回し大事だよ!」
《流通させた物が駄目だったという発想は無いのですか?》
「まさか! 流通させたエロ本は全てちゃんと、異界渡りのネットワークで厳選した最高のエロスが詰まった良品だぜ!? 駄目だったはずがない! ちゃんと流通させた後、市場調査もしたけど絶賛の嵐だったよ!?」
《質ではなく、種別の問題だと言っているのです。普通に他の世界から、技術力高くて便利な代物を輸入すればいいではないですか》
「…………あー、それなー」
異界渡りならば一度は必ず考えることだ。
実際、それを上手くやれば巨万の富を気付いて、一生遊んで暮らすことも可能なのだけれども。当然の如く、現実はそんなに上手くいかないのである。
「まずな? それぞれの世界には『管理者』って存在が居るんだよ。世界運営を司る存在な? 大雑把に言って、神様みたいな奴なんだけど」
《存じています。見たことはありませんが》
「いや、お前も見た事あると思うぜ? ほら、この[に:11番]世界の管理者には挨拶しただろ? あの冴えない司書のオッサン」
《…………あの、いかにも独身のまま四十代に差し掛かった冴えないおじさんという風貌の彼が、この世界の管理者なのですか? まったく凄みというか、オーラを感知しなかったのですが? というより、まともな魔力すら感知しませんでしたけれど?》
「そりゃあ、まったく強く無いからな、あのオッサン。ただ、世界の管理者としての権限も特権もあるから、この世界の人間では誰もあのオッサンを殺せないし、害せない」
《なるほど。それでその、管理者がどうしたのですか? 大体推察は出来ますが》
「まー、管理者という役職名からして、察せるよな。そう、異世界人が好き勝手すると、世界運営に多大な悪影響を及ぼす可能性があるから、大規模な輸入、輸出は基本的に禁止されているんだよ」
世界の管理者は、それぞれのテーマに沿って世界を運営しているらしい。
俺も詳しい事情は知らないのだが、『より多くの魂が輝きを増すように』みたいなのが、管理者共通の課題とか、何とか。
そのためのアプローチとして、それぞれのテーマに沿った世界を運営しているのが管理者である。
なので、そのために世界の環境とか、法則とかを色々と弄って、現地民のリアクションを観察していたりする。魔法を中心に栄えていく文明になる様に導いたり、人型ロボットに乗って戦争するのが大正義の世界になったり。
「要するに、世界観にそぐわぬことをするなってことさ。剣と魔法の世界で、SFチックな光線銃で無双とかしたり、いきなり人類の文明レベルを上げるようなことをやらかすと、管理者からのストップが入ります。場合によっては、一発でぶち殺されることもあるので、節度を保った異界渡りライフを心掛けることが大切」
《つまり、前回のエロ本流通はセーフの案件だったんですね? 管理者的には》
「大爆笑されて、快く許可貰ったよ」
ちなみにその世界の管理者は皇帝ペンギンの姿をしていた。
皇帝ペンギンが腹を抱えて、ぱたぱた動き回る姿は可愛かったなぁ。声は重低音の渋いダンディボイスだったけど。
「後、今回はエロ本を大々的に流通させる予定は無いから、管理者からの許可は必要ないぜ。個人間のやり取りだったら、管理者は大抵大目に見てくれるからな」
《なるほど。世界規模で意図的にやらかすのが禁止事項なのですね》
「そういうこと、そういうこと。でもまぁ、一応、ここの管理者にも賄賂を贈っておくけどな? ちょっとだけやらかすけど、大目に見てくださいって」
《ちなみに、何を送るのですか?》
「ん? 『禁断の色欲! 昼下がりに起きた、尼のイケナイ独り遊び』っていう映像データ」
《不敬で殺されませんか?》
「大丈夫。あのオッサン、尼さんフェチだから」
異界渡りにとって大事なのは、現地民との関係もそうだが、その世界の管理者との関係も大切だ。
管理者は人知を超えた、別次元の存在。
言葉も通じるし、会話も出来るのだが、本質的には別の価値観を持っている。世界の運営さえうまくいけば、己の命など塵芥ほどにも考慮しない面とか、俺たちの推測では計り知れない精神性の存在だ。
故に、どれだけ表面上、管理者と親しくやり取りをしたとしても、決して『理解した』などとは考えてはいけない。人間が理解するなんて、おこがましい存在なのだ、管理者という奴らは。油断は禁物だ。
「はい、用件を書いた文章も添付して送信。あのオッサンの事だから、多分、三分以内には許可をくれると思おうけど、気長に待って――」
【許可します :管理者より】
三秒で即答された。
予想外過ぎるレスポンスの早さである。やっぱり、油断ならねぇわ、管理者……つーか、どれだけ尼さんが大好きなんだよ、あのオッサン。
「ええと、無事に許可がもらえたので、遠慮なくエロ本を売りたいと思います」
《今更ですけど、どうしてエロ関係なのです?》
「ふふふ、何を隠そう、この俺は高校時代に『マエストロ』の称号を頂いたエロスの化身! エロ関係は強いのだよ!」
《女の子にキスされただけで骨抜きになっていたくせに》
「でも、実体験は勘弁な! だって、童貞だもんよ、俺」
俺は乾いた笑い声を室内に響かせた後、ベッドに倒れ込む。
しゃーないじゃんかぁ。高校時代には色々あって、エロスよりもバイオレンスが横行するクソッタレの世紀末になったんだしぃ。俺はその最前線で戦っていたんだしぃ。知り合いの美少女とかは皆、『あいつ』に惚れていたしぃ。んでもって、なんだかんだ大戦が終わったら、今度は、美少女機械天使のボディで異界渡りだぜ? ねーよ。童貞卒業している暇なんて無かったんだよ。後、普通にモテなかったんだよ、俺。
「へへへ、所詮、俺なんて粋がった童貞なんだよ……へへへっ」
《はいはい、拗ねないでください。童貞で構わないので、今回はどのようにしてエロ本を売る予定なのですか?》
「よくぞ聞いてくれました!」
俺は即座に気分を切り替えて、オウルへ語り掛ける。
「前回は流通させて、失敗した。そう、数が多すぎたんだ。だから、今度は逆だ。質を、質を限りなく高めて、数を絞る。そう――」
我ながら、男子高校生が徹夜明けテンションで考えたようなくだらないアイディアだと思うが、だからこそ、良い。面白い。
くだらないことに全力を尽くして挑むのは、最高に面白いのだ。
「今回は! 選ばれし猛者を集めて、エロ本オークションを開催するっ!!」
こうして、俺の盛大な悪ふざけは始まったのだった。