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第108話 モラトリアムは霧の中 3

 状況を説明するにはまず、私がミサキをベッドの上まで連れて帰った時まで時間を遡らないといけない。

 そう、私が本能のままに、意識を失っている美少女にキスしてしまった場面まで。


「…………ぷ、はっ」


 キスをしていた時間は、数秒だったのか、数十秒だったのか、あるいは数分だったのか、よくわからない。

 んんー、そこまで息苦しくなかった記憶があるから、多分、三十秒ぐらいだと思うけど。

 ともかく、私はキスしてしまった。

 ファーストキスだった。

 でも、ディープな奴じゃない。流石の私も、本能のままにべろちゅーするほど変態じゃない。大丈夫、舌は入れて無かったからセーフのはずだ。大丈夫、取り返しのつかないレベルの変態じゃないんだ、まだ。


「え? あ、わ、私? だ、駄目だよ、これ。絶対、駄目だよ、これ。何、襲って来た相手をベッドに寝かせて、キスしちゃっているの、私? しかも、見た目小学生……ギリ中学生ぐらいの女の子だよ? 美少女だよ? アウトだよ、変態だよぉ……」


 ただし、一般的な女子高生としてはもう既に変態の域に達してしまっていたけれど。

 その時の私は、顔を真っ赤にしながら、あたふたすることしかできなかった。頭の中がぼんやりとして、胸が高鳴るままに、意識の無い美少女の横で、何か時間を無駄にしていたのだと思う。


「ん、う?」

「ふへっ!?」


 当然、隣で騒がしく取り乱していたのなら、意識を失っていた人も起きてしまうんだけどね。


「……む? ここは、一体?」

「あわわわわ」


 美少女は意識を取り戻して、ゆっくりと体を起こした。

 起きた時は胡乱げだった視線も、数秒経つと、すっと私に向けて定まり、意識も完全に覚醒してしまっていたようだった。

 まずい。

 瞬間的に私は窮地を自覚した。

 キスしたことがバレるのを恐れたわけじゃない。大丈夫、完全に意識を失っていた時にキスしたから、絶対にばれない。むしろ、現在でもバレていない。

 私が恐れたのは、『私の命を奪おうとした美少女』が、意識を取り戻したことだった。


「君は――」

「ひ、ひぃいいいい! ご、ごめんなさい! 殺さないで!?」


 寝込みを襲ってキスをしてしまった罪悪感。

 首を絞めかけられた恐怖感。

 その二つの感情が混ざった私は、突発的に、美少女に頭を下げて命乞いを始めた。申し訳ない、死にたくない、という二つの言葉だけがぐるぐると頭の中で回っていた。年下の女の子に頭を下げる恥なんて、その時は全く考えていなかったと思う。むしろ、年下だけど美少女の女の子に見下されるのはちょっと気持ちいいから嫌いじゃない。


「えーっと?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、何をしたのかわからないけど、ごめんなさい。嘘です、一つは心当たりがあります、ごめんなさい。でも、命ばかりは!」

「んんー、あの、一つ訊いていいかい、お嬢さん」

「お、お嬢さん!? あ、いえ、はい! なんでも訊いてください!」

「――――君は、俺が何者なのか、知っているのかい?」

「……へ?」


 意識を取り戻した美少女――ミサキは、自分の名前以外の記憶を失っていた。

 自分自身が何者かもさっぱり覚えておらず、私を殺そうとした理由も当然覚えていないのだとか。


「なんで巫女服?」

「え、さぁ?」

「なんで狐のお面?」

「知らない。でも、恰好良いよな、これ」

「否定はしないけど。ええと、それで、なんで一人称が『俺』なの? 女の子なのに? 何か、複雑な理由でも?」

「知らん。でも、『私』や『僕』よりも、『俺』の方がしっくりくるんだ」

「そっかー、俺っ娘か。うむ、アリかも?」

「何がアリなんだよ?」


 ミサキと幾つか問答してみた分かったんだけど、意外とミサキはぶっきらぼうな態度で、しかも、結構精神的にタフな子なのかもしれない。一人称が俺だし、自分の記憶が無くなっているのに、平然としているし……でも、いつのまにか狐面を被り直している辺り、実は恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。

 でもまぁ、記憶喪失と言っても一般的な知識はしっかりと頭の中に残っているらしく、いきなり何もかも訳が分からない、という事にはならない。いわゆる、エピソード記憶だけ思い出せない状態になっているっぽいのだ。


「なるほど、大体、俺の現状は把握した。感謝するぜ、桐生結実」

「い、いえいえ、そんなー」

「ここは日本という法治国家で、治安も良いらしいな? なら、記憶喪失の俺がするべき行動は警察へ保護を求めることか。そして、事情を話せば病院にも通えるだろうし、病院に通いながら記憶を取り戻すのが順当な流れだろうが、ううむ」

「え、ええと、どーしたのかな? ミサキ? 何か、気にかかる事でも?」

「気にかかること……うん、確かに気にかかることなんだが、上手く言語化できない。ちょっと待ってくれ」


 ミサキは冷静だった。

 冷静に、着実に、自分の状況を理解して、把握して、考える限り順調で穏当な手段を考えて、警察に保護されようと考えていた。

 それが、ミサキが考える限りの最善で、私にとってはちょっと残念なルートだった。


「――――桐生結実。何故だか知らないけど、俺は君の近くに居なければならない。そういう感情が強く、胸に残っているらしい」

「んみょ?」


 そして、ちょっと考え後、ミサキが私に告げたルートは、今まで私が心の奥底で望んでいた、『非日常』へのルートだった。


「色々迷惑をかけるかもしれないが、しばらくの間、君と一緒に暮らしてもいいだろうか? もちろん、可能な限り自分で出来ることは自分でやるし、ご両親に対して許可を貰えるように努力してみる。もしよければ、俺と…………いや、駄目だな。普通に考えて、自分を殺しかけた相手と一緒に暮らしたがるはずがない」

「ん、え、あ、そのっ」

「悪かった、桐生結実。今の戯言は忘れてくれ――」

「ちょっと待ったぁ!」

「もふっ!?」


 けれど、私が悩んでいる間に、ミサキが自己完結して提案を取り下げそうだったので、慌てて私はミサキの口を封じる。思いっきり抱き寄せて、親友から『微妙にある乳とかいて、微乳!』とからかわれた胸に、ミサキの顔面を埋めさせる。

 ちなみに仮面は自分でも驚くほどの手早さで、剥いだ。


「あ、あれだから! 殺されかけたと言っても、最終的には自分の意思で手を引いてくれたし! そこまで敵対的じゃない感じだったから! だから、一緒に暮らしても大丈夫というか! そもそも、殺す気があったら一緒に暮らしてなくても危ないというか!」

「もがががが」

「とーにーかーく! うちの両親への説得はなんとか私も頑張ってみるから! だから、その、記憶喪失の女の子を放り出せないというか! 一緒に居たいなら、居ればいいじゃない!」


 ぎゅう、と力一杯抱きしめて、私はミサキに大声で語り掛ける。

 そう、大声で。

 即ちそれは、家の中に居るお母さんに私の言葉を聞かれていた可能性があるということで。


『ちょっと、結実? うるさいけど、一体、どうしたのー?』

「ごめーん! ちょっとTRPGのロールプレイがはかどり過ぎて!」

『あ、そうなの。いいけど、そろそろご飯だから近いうちに切り上げなさいね?』

「はーい!」


 危ういところだった。今思い出しても、あれは本当に危ないところだったけれど、普段からTRPGを嗜んでいて、突然奇声を上げたり、熱演によって家族に迷惑をかけているという弊害が、今回ばかりは良い方に転がったのだ。

 いずれ、母さんに説明するとしても、第一印象が悪ければ説得の可能性が下がるからね、きちんと説得力を伴った作戦を考えなくちゃ。


「ふぅ、これで一安心」

「…………桐生結実。息苦しい」

「あ、ごめん、ごめん」


 なんとか母さんを誤魔化し終えたところで、胸元に埋まっているミサキが不機嫌そうな上目遣いでこちらを見ているので、慌ててリリース。


「なぁ、本当に良いの? 間違いなく、俺は厄介事だぜ?」


 リリースされたミサキは佇まいを直すと、小首を傾げながら私に訊ねて来た。

 ここでミサキを警察に保護してもらった方が、今まで通りの生活が遅れると。何事もなく日常を過ごせると。

 でも、関わってしまったことだし、私はミサキのような非日常を望んでいた。ずっと変わり映えのしない平和な日常を変えてくれる何かを、求めていたんだと思う。

 何より、小首をかしげるミサキが可愛すぎたので、そろそろ理性が危ない。


「良いの! お母さんが駄目って言っても、何とかするから!」

「何とかって? 明らかに不審人物を警察に通報せず、一緒に暮らそうと思わせる手段が君にあるの?」

「泣きながら土下座」

「女子高生なのに、最終手段が駄々をこねることなのか…………ん、まぁ、君が許可を出してくれるのなら、そこは俺が何とかするけど、後悔しない?」

「しない!」

「即答せずに少しは悩めよ、もう」


 こうして、私とミサキはしばらくの間……とりあえず、ミサキの記憶が戻るまで、一緒に暮らすことになったのである。


「わかった。じゃあ、一番穏当な洗脳系の魔導具を出して、親御さんを説得するぞ」

「洗脳系!? というか魔導具!?」

「え? 魔導具無いの、この世界?」

「待って、その姿恰好でまさかのファンタジー枠なの!? そして、いきなり手の一部が『そぶっ』って謎の空間に!?」

「いや、アイテムボックスに手を突っ込んで、必要な魔導具を探しているだけだから」

「うわぁああああ、一緒に住むと決めてから目に見える非日常が雪崩のように!?」

「あ、駄目そうだったらやっぱり、一緒に住むのやめる?」

「いやだ!」

「だから、即答する前に少しは悩みなさいよ」


 そして、これが私たちの物語の始まり。

 非日常と日常が織り交ざった、世界の終わりと悪夢の霧を巡る、物語の始まりだった。

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