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第106話 モラトリアムは霧の中 1

「将来の夢はなんですか?」


 よくある質問だと思う。

 子供の頃、大人が何も考えずに訊いてくる質問のトップ10ぐらいに入るぐらい、よくある質問だ。

 さぁて、幼い頃の私はこの質問にどう答えたっけ?

 ええと、多分、うーんと、お花屋さん? その時視ていたアニメの主人公の実家がお花屋さんだったから、お花屋さんになりたいなぁ、と漠然と考えていた。

 うん、我ながら良く出来た『子供らしい解答』だと思うよ。

 だってさ、こういう時の大人って大抵の場合、本気で進路を尋ねているわけじゃなくて、安心感が欲しいんだ。

 ああ、子供は子供らしいなって。

 ここで多分、「最近は不況で、どの日本企業もあまり信用できないので、良い大学に入ってコネクションを広げつつ、海外留学を目指しています。将来はそのコネクションを活用して、企業していこうかと」みたいな言葉を返されると、真顔で心配すること請け合いだ。

 子供が子供らしくあること。

 つまり、『かつての自分と同じように愚かで無垢』であることを、大人は望んでいる。共通点を探している。見下しているんじゃなくて、目の前の子供は自分たちと同じ存在だと、安心したいんだ。

 逆に、もっともらしいことを言って見せたりすると『生意気』だとか、『ませている』とか、そういう感想が返ってくるかもしれないね? 最近の子供は俺達の頃よりも進化している、いやぁ、人類の未来は明るいな! とかじゃなくて。

 もちろん、人にもよるよ? きちんとこういう変化をしっかりと受け止める人もいるけど、大抵の人は変化が怖いからね。きっと、焦燥感とか劣等感とかを隠しつつ、「最近の子供はなっておらん!」とか鼻息荒く、もっともらしいことを言うのかも?

 まったく、本当に大人って自分勝手。

 同じく、子供も自分勝手。

 はいはい、その通り、こんなことを言っている私も自分勝手。

 だからまぁ、人間って誰しも自分勝手に生きればいいと思うのよね。誰に何を言われようが、自己責任が及ぶ範囲で自分勝手に。

 でも、誰も省みないってことじゃなくて、うん。上手く言えないけど、ケースバイケースに友情パワーとか、愛とか、恋を補充して頑張れ! ってことで。

 そう、私は夢を持つ人の事をとても応援しているし、尊敬している。

 ――――だって、私にそういう物は無いから。


「えー、お花屋さんって肉体労働なの? しかも、個人経営って大変なんだよね? あー、しかも、店先で売るだけじゃなくて大口のお客さんを探すためには自分で営業? うわー、しんどい、これはしんどいわー」


 お花屋さんになる夢は、小学生の時に諦めた。

 理由はきつそうだから。

 多分、本気で好きじゃなかったんだと思うよ。本気で好きなら、本気で憧れているのなら、熱情があるのなら、そのくらいで夢を諦めないと思うから。

 ううん、最初から夢じゃなかったのかも? ただ、何となく大人の質問に答えるために考えた、手っ取り早い答えだった。

 あー、でも、ネガティブな話じゃないんだ、これは。

 こんな私だけど、学生生活はそこそこ順調。友達も居るし、好きな人……はイマイチ、ぴんと来ないけど、その内出来ると思うし。

 進路のことは頭が痛いけど、勉強を頑張れば大学には行かせてもらえると思うから、執行猶予を何とか伸ばして、その内、順当な未来を選ぶ感じで。

 けど、んー、そうだなぁ。


「将来の夢はなんですか?」


 強いて言うなら、この質問に胸を張って答えられる自分でありたいと思う。

 例え、どんな夢だったとしても、ね。



●●●



 私、桐生きりゅう 結実ゆいはどこにでもいる女子高生だ。

 なーんて、言葉から入ると如何にもライトノベルの主人公みたいな気分になれるのだけど、生憎、本当に特別な才能とか、物凄い可愛らしさとか、憂鬱な過去とかも存在しない、ガチで普通の女子高校生だったりするのが、私だ。

 癖が強い黒のショートヘアに、赤い縁の眼鏡をかけた地味めの女子高生を駅前で見かけたりしたら、もしかしたら、それは私かもしれない。

 膝小僧とか、すね辺りに可愛らしい絆創膏が幾つも張ってあったら、高確率で私。

 コンビニで買った骨なしチキンを『うめぇ! うめぇ!』と恥も外聞もなく齧りついていたら、間違いなく私なので、見なかったことにして欲しい。

 さぁて、そんな平凡で普通の女子高生な私ですが、ただいま、ちょっと困ったことがあります。

 ああ、いや、すみません、訂正です。


「…………」

「ひゅー、ひゅーっ」


 物凄く困ったことが起きているんですねぇ、これが。

 具体的に言うなら、年下の女の子に首を絞められてかけています。やばいですね。まさか、自宅前の路地でこんな目に遭うなんて。


「…………」


 状況を詳しく説明すると、私の目の前には分かり易い異常がある。

 何せ、黒髪ショート――私よりも綺麗でツヤツヤでさらさらな髪質――で巫女服を着た、小学校高学年ぐらいの背丈の女の子が居るんだから。しかも、その顔には狐を象った妙にリアリティのある恐ろしい仮面が被らされていて、容姿を確認できない。

 そんな異常人物が、細くて冷たい手を私の首にかけている。

 そう、まだ首に手をかけているだけ。指の冷たさが分かる程度の接触。軽く息苦しい程度の首絞め。ひょっとしたら、勢いよく振り払えば、今すぐ逃れられるかもしれないぐらいの、小さな拘束だ。


「ひ、う」


 でも、出来ない。

 狐面の巫女から発せられる、殺意とか、気迫とか、そういう類のプレッシャーで、私は全く動けなくなっている。大声を出したり、逃げようとしたら、その瞬間、首を容易く折られてしまうような死の予感が、ずっと頭から離れない。

 殺される。

 このままだと、殺されてしまう。

 でも、動けない。動いたら首を折られて死んでしまう。


「う、ううう……」


 私は突然の非日常と、恐怖で思わず涙と涎をボロボロ、だらだら出してしまった。

 下校前にトイレに寄ってなければ、盛大にシモの方も漏らしていたかもしれない。こういう時、おもらし女子高生にならなかった幸運を喜べばいいのか、この状況の不運を嘆けばいいのか、分からない。

 というか、えー、なんでこの路地に誰も通りかからないので?

 五分ぐらいこの膠着状態なんだけど、誰も通りすがらなーい! え? なに? 結界? 結界とか張っている系? 異能バトルの世界に巻き込まれたの私? いえーい、主人公の資格ばっちりじゃん。こりゃあ、最初のモノローグの一文が効きましたねぇ、流石私ぃ!


「…………はぁ」


 などと現実逃避をしていると、なんかあっさりと手が引かれた。

 狐面の巫女は、仮面の奥で大きくため息を吐くと、その格好に似合わぬような大仰な動作で、肩を竦めて見せる。


「――――女の子を泣かせてまで、やることじゃあない」


 そして、何か気障ったらしい台詞を可愛らしい声で呟くと、そのまま、糸を切られた操り人形のように、地面に倒れ込んだ。

 え、えぇ……一体、なんだこれぇ?


「し、死んだ? 死んだの? う、ううーん?」


 私はすりすりと首元を擦りながら、倒れた狐面の巫女の様子を眺める。

 胸が浅く上下しているから、呼吸はしていると思うし、どこにも怪我はなさそう。軽く、手足を見てみたけど、変な注射痕とか、内出血の痕も無い。

 なんで倒れたんだろ、この子?


「と、とりあえず、素人判断は危ないから、救急車と、後は警察…………うん、警察だよね、常識的に考えて」


 私は「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせつつ、携帯電話を取り出して――やめた。再び、スクールバックの中に入れる。んでもって、如何にも華奢そうな体の巫女さんを背負って、そのまま、家に。


「ただいまぁ! うぇええええい!」

「ちょっと、ちゃんと靴下は洗濯籠に入れなさいよー?」

「あぁああああい!」


 巫女さんを背負ったまま、わざと奇声を上げて、どたばたしつつ、母さんに咎められない内に、マイルームへ。

 大丈夫だ。私は定期的に突然、奇声を上げならテンションがおかしくなる時があるので、怪しまれない。こういう時の母は進んで私の顔を見ようとはせず、出来るだけ視線を逸らして「あれが私の娘かぁ」と呟くので、目を盗んでいかがわしい物を部屋に持ち込むのに適している行動なのだ。


「しょーい!」


 私は背負った巫女さんを、そっと自分のベッドへ仰向けに寝かせて一息吐く。

 …………え? なんで私、ナチュラルに部屋に連れ込んでいるの? 違うよね? あれは警察を呼ぶべき場面だったよね? 常識的に考えるとそうだよね、うん。

 けど、なんだろう? ライトノベルや漫画の主人公だったら、こういう時、この少女の事情を考えて、そういうのを呼ばないような気がするし。なんだろ? こうした方が良いような気がしたんだよね! 後で後悔するかも、というか、現時点で後悔しているけど!


「お、落ち着け私ぃ……とりあえず、起きた時のために何かしらの拘束を……そして、出来れば話し合いでの解決を……」


 ぐるぐると、空回りする思考。

 どくどくと早鐘を打つ、私の心臓。

 視線は、狐の仮面に。

 手は、勝手に、まるでそれが独自の生き物みたいに動いて、いつの間にかその仮面を取ってしまっていた。


「――――っ」


 思わす、息を飲む。

 仮面を剥いだその先にあったのは、比喩では無く、今までも、そしてこれからもこれ以上の美貌は無いだろうというほどの、整った顔があった。

 愛らしくもあり、どこか作り物染みた綺麗な雰囲気もあり。

 一つ一つのパーツが完璧なのに、それら違和感なく組み合わせて、至高の美を体言している。


「…………あ」


 綺麗だ、と言葉に出そうとしたが、上手く声が出ない。

 ただ、視線が、朱に彩られた艶やかな唇に吸い寄せられて。

 私は、私は、何の抵抗も無く。

 赤ん坊が母親の乳房を含むように、本能に刻まれた自然の行為みたいに。


「んっ」


 意識の無い、美しい少女の唇へと、自分のそれを重ねたのだった。

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