第105話 幕間:霧幻の檻と異界渡り
ぼちぼち復活していきます。
ただ、体調が相変わらずなので、GW明けからは隔日更新になるかもですが。
《ミサキ、よろしかったのですか? 権能を解放して戦っていましたが、既にこの世界は敵の手中。生半可に手札を晒せば、こちらの不利になりますが》
「それを全部終わってから言うかねぇ、オウルは」
《どうせ、人助けをしている時のミサキに何を言っても無駄なので。こういう時に、こつこつ小言を言っておくのが相棒の役割かと》
「はいはい、それじゃあ、次からちゃんと考えて行動しますよ、んもう」
《でも、今回は私、ミサキの事を少し見直しましたよ。私はてっきり、好みの女の子や、子供以外はもっと大雑把に助ける類の人間だと思っていました》
「そんなことを思っていたのか……一応言っておくけどな? というか、前にも言ったが、この肉体は美少女過ぎるから野郎とコミュニケーションを交わすのが難しい面があるんだよ。でも、今回は事情が事情だし……なにより、平蔵は面白い奴だったからな」
《もう、ミサキはそればっかりですね》
「だって、土地神と相思相愛の男だぜ? ヘタレに見せかけて、がっつりヒーロー決めた奴だぜ? いやぁ、見どころがある男だよ、あいつは。最後の最後、愛する者のために、自分がロリコンになるのを躊躇わない所も良い」
《ミサキはロリコンの同志に対しては妙に優しい》
「おっと、オウル。俺の性癖について何かしらの誤解があるようだな、おい」
俺、見崎神奈は一仕事を終えたので、ゆっくりと地方の農村にある温泉宿で疲れを癒していた。勿論、平日の昼間に浸かっているので、他には誰も居ない貸し切り状態みたいな物だ。
うむ、たまには湯につかって、ゆっくりと相棒と話し合うのも悪くない。
…………オウルの肉体もあればよかったんだが、あれは[ろ:123番]世界でミユキやオウカの手助けをしているからな、邪魔は出来ない。
というか、ちょっとした事情で他の世界との連絡が出来ない状況にあるから、色々と仕方ないな、うん。
《ミサキの性癖の話はさておき、今後の事について考えましょう》
「そうだな。俺もまさか、あの人の足取りを掴んで、喜び勇んでこの世界に転移したと思ったら、まさか閉じ込められるとは思わなかったからな」
《思えば、滞在許可を出したあの管理者、いえ、管理者を騙っていたあいつこそが、この『霧幻事件』の黒幕なのでしょうね》
「だろうな。そして、少なくとも管理者を騙れるってことは既に、管理者を殺したか、管理者をどうにかして封印したんだろうな。よりにもよって、[い]の世界線の管理者を」
霧幻事件。
俺達がそう呼んでいる現象は、この世界全体で巻き起こっている怪異に他ならない。
平蔵にはあえて言わなかったし、沙耶も薄々察しているようだから口にはしなかったが、恐らく、この世界の九割ほどは既に、あの悪夢の霧によって溶かされてしまっている。
そう、俺が滞在しているこの国、日本という極東の島国以外は既に、掌握されてしまっているのだ。
人々を苦しめて、貶める悪夢によって。
俺達が今回、相手にしたのも、その一つだ。
誰かしら、何かしら、中心となる『物語』を定めると、霧を操る何者かはそれを貶めるために、悪夢の霧を漂わせる。シナリオメイクを始める。さながら、悪趣味なゲームマスターを気取るかのように、人々に救いの無い結末しか用意せず、誰かの足掻きや尊い思いを、踏みにじって楽しむために。
未だ、霧を操る黒幕の正体は分からない。
だが、これだけははっきりとしているだろう。
――――そいつはきっと、性根が腐ったクソ外道だ。
《ミサキ。怒りを覚えるのは構いませんが、勢い余って温泉を破壊しないように》
「おっと、そうだった、そうだった」
《我々は壊すのは得意ですが、直すのは苦手でしょう》
「だよな。ううん、一応一通り、異界渡りの新人時代にあの人から教えられたんだが、どうにも物覚えが悪くて。あの人だったら、復元魔術も得意だから、近くに居てくれれば周囲の建物の被害を気にせず戦えて便利だったぜ」
《……それで、その『あの人』が居るらしき町へ行きますか? 明らかに、尋常ではない気配がする場所ですが》
「行くさ。折角、平蔵が教えてくれた情報だからな」
俺はちゃぷん、と湯で顔を洗い、気分を切り替える。
つい先日、俺は事件を解決した後、平蔵や沙耶に『あの人』の姿が写った写真を見せて、情報を求めた。この世界の日本に居ることは、事前の情報で分かっているのだが、何せ、世界全体に何者かの力が及んで、満足に広範囲の探査魔術も使えない有様である。なんでもいいから、少しでも情報が欲しかったのだ。
「ああ、このイケメンか! この人だったら、知っているぜ。何せ、前に一緒にアルバイトをしたことがある仲だからな! 転居でもしなければ、ええと、この住所に居ると思うぞ」
すると、思ったよりもあっさりと本命も本命、ど真ん中ストレートな情報を手に入れられることが出来た。
いやぁ、日ごろの行いが良いとこういうこともあるだなぁ、とその時は思ったんだが、その住所に関して詳しく調べていく内に、妙なことが分かったのである。
その住所――――痣凪町という田舎町の周囲が、まるで結界のように特に濃い霧によって囲まれていたのだ。
まるで、敵対者を拒むかのように。
あるいは、内部に居る何者かを外に出さないように。
「どの道、あの人の事は今後の為に探さなければならない。それに、こういう異常事態ならば、あの人と一緒に行動した方が良い。俺よりも優秀な異界渡りだからな。世界規模の大事件に巻き込まれていたとしても、大人しく死ぬような人じゃあない」
《ミサキ、警告ですが、どれほど頼りがいのある人物だったとしても、これだけの異常事態です。最悪、黒幕が超越者である可能性も考えると、探しに行った結果、返って状況が悪化することも考慮しておいてください》
「了解。ま、その時はその時で、恩義を返すだけさ。どうせ、逃げることも出来ないからな」
《……一度だけならば、霧の干渉を弾いて世界間の転移も可能ですが?》
「却下だ。世界間を移動しようとすれば、必ず、あちら側の探査に引っかかる。その時、転移の途中だと無防備に相手の干渉を受けてしまうかもしれない」
《わかりました、世界間の転移は悪手と記録しておきます》
「よろしい。後はまぁ、恩人が困っているかもしれない時に、尻尾を巻いて逃げ出すのはダサいだろ?」
《格好つけて死ぬ馬鹿よりはマシかと》
うへぇ、手厳しい。
俺の分身が、ミユキと同化して以来、こういう方面でオウルの手厳しさが増して来た気がする。いや、まぁ、愛されている証拠だと思うし、自業自得だと思うけど、ううむ。
「やー、でも、あれよー? 死ぬと言っても、魂はクロエに回収されるわけだし。その気になったら、いつでも会える――」
《その戯言をこれ以上言うつもりならば、孕ませますよ》
「孕ませますよ!?」
《もしくは、強制的に私たちを孕ませてもらいます》
「孕ませてもらいます!? つか、私たち!?」
《今までどれだけの美少女に声を掛けて、色々フラグを立てて来たのでしょうね? 特に、最近はミユキの件がとてもひどい。もう、ミユキと貴方は一心同体というか、誘えばすぐに性交渉に移れる関係性ですよ?》
「恩義に付け込んでセックスするほど外道じゃないぞ、俺は!?」
《しない方が逆に外道であると思いますが?》
ぎゃあぎゃあと、俺達は浴場に声を反響させながら言い争う。
今が割と非常事態だという自覚はあるというのに、のんびりと温泉に浸かりながら《孕ませろ!》だの、「セックス!」など言い争っている俺達は、やはりどうしようもなく馬鹿なのかもしれない。
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[い]の世界線は特別だ。
何故ならば、基準観測点にとても近しい。
異世界でありながら、その位置は平行に並んでおり、基準となる原型世界からの派生という立場で存在している。
故に、俺達のホームとこの世界はとてもよく似ている。
歴史や、地理などはほとんど同じだ。
西暦も、年号も同じ。
流行っているアーティストや、電子機器のデザインなどに差異はあれど、概ね、似通っている。有名な芸術作品や、大流行した漫画や、アニメの設定なども、多少は違っている場合があるが、それでも、大体存在しているのだ。国家規模、世界規模に影響を及ぼした物は、サブカルチャーであれど、『歴史』として刻まれているのかもしれない。
ただし、同じ人間は存在しない。
どれだけの異世界を渡ろうとも、完全に同じ人間は存在しない。
容姿や性格がそっくりな人間は居るかもしれない。
だが、絶対に何もかもが完全に同じであるということはない。
何故ならば、魂という要素はこの現実世界よりもさらに上に存在する別次元の要素であり、数多の異世界を巡りながらも、何一つ同じ物は存在しないのだから。
…………と、話がズレてしまったので、本題に戻るとしよう。
[い]の世界線を管理する管理者は、他の世界の管理者よりも優秀で強力な傾向が多い。
いわゆる、エリートだ。選りすぐりのエリートの管理者のみが、[い]の世界線を担当している。俺のホームの管理者も、滅ぼされはしたが、タダでやられたわけじゃない。死の間際に俺達人類に最後の希望として、己の存在を覚醒因子に変換してばら撒き、異能の発現を促進させて、結果としては多くの超越者を無力化したのだから功績としては立派な物だろう。
そう、[い]の世界線の管理者は特に有能であるはずなのだ。
なのに、世界を奪われ、悪夢の霧のよって覆われてしまっている。それが、その事実が示すことはただ一つ。
俺達が戦わなければならない相手は、正真正銘の超越者クラスであることだ。
「まずいな」
《ミサキ! 権能を全開にします、干渉を防いでください!》
そのことを考えていないわけでは無かったし、もちろん、対策だって幾つも用意していた。いざ、超越者クラスとの戦いになっても、少なくとも相手を一度退かせるか、無事に撤退するう程度の準備はしていたつもりだった。
だが、どれだけ準備していたとしても、想定外は必ず存在する。
「いいや、逆だ、オウル。権能を全て閉せ。魔力を鎮めろ。霧に対処しようとするな……ぐ、う……まったく、まさか、この霧が……『オマケ』程度、だった、とは、な」
《ミサキっ!》
一寸先すら見えない濃霧の中、俺の意識は急激な眠気で閉ざされていく。
まずい、とてもまずい。
見誤っていた。
まさか、この霧自体がただのオマケみたいな物で、本命の、恐らくはこの世界の管理者すら手玉に取った異能の正体がまったくの別物だったなんて。
しかも、その異能は推測であるが、俺の異能、マクガフィンとの相性が最悪だ。
敗北は、避けられない。
「いい、ぜ……そっちがそのつもりだったら、ああ、乗ってやる。テメェらの、馬鹿みたいな寸劇に巻き込まれた上で――――全部、ぶち壊してやる! 手始めに、超越者の影に隠れて、粋がってやがる、オマケの方からな!」
ならば、どうするべきかは悩むまでもない。
俺はマクガフィンの異能を深度3まで引き上げた上で、あえて、本命の異能を受ける。一切の防御をせず、その影響を受け切った。
そして、俺は――――
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[い:6番]世界。
それは、悪夢へと誘う霧に包まれた幻想世界。
神ですら惑い、旅人も眠りにつく悠久の揺り籠。
謎多き恐怖の即興劇が、今、静かに幕を上げる。