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舞踏会

 舞踏会当日。

 サラの父親はいつもより早く帰宅し、娘の艶姿を頭から爪先までじっくりと見ていた。

「さすが我が自慢の娘。これで注目の的にならないはずがない」

 サラの父親は満足げである。サラは彼に微笑みで応えた。

「お父様のご期待に添える方と出会えれば宜しいのですけれども」

「うむ。焦らなくともよいぞ。候補が何人かいたらそこから絞るのは慎重にせねばならんからな」

「わかりました」

 サラは軽く頭を下げた。父親の機嫌のよさからいって、彼女の本当の気持ちなど悟る余裕はない。

「それでは行って参ります」

「あぁ。いい結果を期待しておるぞ」



 サラは舞踏会に出席するのは初めてだった。元々父の決めた人と結婚する予定だったので、参加する必要性がないと父が決め付けていたからだ。

 舞踏会までの三週間、サラは決して無駄には過ごさなかった。舞踏会の作法にダンスの練習、化粧の仕方など色々学んだ。

 それも全ては公爵家跡継ぎであるクリフォードに相応しくなる為。

「もしよろしければ一曲踊って頂けませんか?」

 クリフォードを探していたサラに一人の男性が声をかける。サラは彼に微笑んだ。

「踊って頂けるなんて光栄にございます、ボヌー卿」

「貴方とは初対面のはずなのに何故私の名前を」

「お噂はかねがね。私はサラ・ラディーナと申します。以後お見知りおきを」

 サラにはひとつの特技があった。それは名前と顔をすぐに覚えられる事。学校に通っていた上流貴族の男性達ならば頭に入っていたのである。

 サラは男性に身を委ねダンスをしながらクリフォードを探した。何人かの男性と踊った後、彼女はやっと彼を見つけた。

 クリフォードもまたサラを見つけると彼女の方へと近づいてきた。

「私と一曲踊って頂けませんか?」

「光栄でございますわ、シーン卿」

 ウォーグレイヴ公爵家は伯爵と子爵の爵位も持っている。それ故長男であるクリフォードは卒業後シーン伯爵を名乗っている。

 サラは微笑み、クリフォードが差し出した左手に右手を置いた。

「驚いた。こんなに綺麗になっているとは」

「ありがとう。クリフも少し凛々しくなったわね」

 二人は周囲に聞こえないように小声で言葉を交わした。

「そりゃ必死にもなるよ。手紙にあんな事を書かれたら」

「ふふ。でもまんざら嘘でもなかったでしょう?」

「まぁね。既に何人かと踊ってたみたいだし」

「誘われたのに断るなんて失礼な事は出来ないもの」

 サラは微笑んだ。

『盛装した私と対等に踊れる程クリフが変わる事、舞踏会まで楽しみにしているわ』

 サラはクリフォードに挑戦的な手紙を送っていた。彼にどうしても変わって欲しかったからだ。

 クリフォードが出生の事で何か言われようとも、彼の父親のように実績があればそんな事は些細な事になる。彼はいい育ちという典型的な男性であり、努力などしなくても何でも手に入れられるという甘さを持っている。

 サラはそれを変えたかった。この駆け引きで彼が自分を諦めるなら、それは仕方ないと決めて賭けたのだ。

「まさか結婚の話を白紙に戻したりはしないよね?」

 クリフォードの表情は少し暗い。サラはそんな彼の不安を飛ばすように明るく微笑んだ。

「それはクリフ次第ね」

「ちょっ、ここへきてそれはないんじゃないの?」

「誰も白紙に戻すとは言ってないでしょう? 他にいい話が舞い込んできたら父を説得出来なくなる、それだけの事よ」

 サラは微笑みを崩さない。クリフォードはそれに少し苛ついた。

「その前に結婚を申し込めばいいだけだろ?」

「そうね。楽しみに待ってるわ」

「えっ? 本当に?」

 曲が終わりかかっていた。サラはクリフォードに二人で話せるようホールの端へ誘った。

 いわばお見合いパーティーの舞踏会である。気があえば二人きりで話す事が普通であり、周囲の人は誰も気にしない。壁際に並んでいる椅子にサラとクリフォードは隣同士で腰掛けた。

「私がクリフにとって本当に相応しいかはわからないわ。でも今夜少しだけ自信がついたかも」

 サラに声をかけてきた男性の中には伯爵もいた。見た目では男爵令嬢とはわからないという事である。

「他に話をした男がいるの?」

「安心して。誰ともこうして話はしていないから」

 サラは微笑んだ。サラの頭の中に入っている男性は伯爵以上だけである。それを基準に対応しようと決めていた。伯爵以上なら話をしても結婚まではまず辿り着かないので大丈夫。子爵以下は万が一があるので簡単にあしらう。彼女は最初から他の男性を見るつもりなどなかった。

「それなら早速行くから。他の男がいきなり出てくるなんて許せないし」

「そんなに焦らなくても大丈夫だと思うけど、クリフに任せるわ」

 サラは微笑みを絶やさなかった。クリフォードは彼女に嬉しそうな笑顔を向ける。

「三年も待った。もう十分過ぎる。やっと叶う」

 サラは微笑みを崩さなかった。心の奥の不安を隠したかったのだ。そしてクリフォードを安心させたかった。卒業式で上手く伝えられなかった気持ちを伝えたかったが、その方法はわからなかった。

「楽しみにしているわ」



 舞踏会から数日過ぎ、サラの所には三件の結婚話が舞い込んできていた。二件が男爵家、一件が子爵家からである。

 サラの父は満足げにその話を聞いていた。

「最初から舞踏会に行かせておけばよかったのだな。たった一度行くだけで三件とは」

「焦る必要はありませんわ。もっといいお話がくるかもしれませんから」

 サラは父に含みのある笑顔を向けた。

「何だ、もっと素敵な人と出会ったのか?」

「えぇ。私はその方から申し込みがくるのを暫くお待ちしたいのです」

「ふむ。よりいい話があるのならワシも待とう」

 サラの父親は上機嫌であった。本当に暫く待ってくれそうだとサラは思った。


 自室に戻り、サラはソファーに腰掛けた。クリフォードからの連絡は未だにない。舞踏会の日は確かに焦っていた感があったのに、何かあったのだろうかとサラは不安に駆られた。

 部屋の沈黙を破りノック音が響いた後、召使いの声が続いた。

「サラお嬢様、エマ様がお見えになられております。お通し致しますか?」

「えぇ。丁重にお願いね」

 予想外の来客にサラは期待と不安を胸に抱きながら、エマが来るのをじっと待った。少ししてノックの後扉が開きエマが部屋の中に入ってきた。

「お久しぶりです。お元気でお過ごしでしたか?」

「えぇ。エマさんもお元気でお過ごしでしたか?」

「忙しくしていますけれど、元気ですわ」

 エマは微笑んだ。明るい彼女を見てサラは安心した。

「その様子ですと悪い話ではなさそうですね」

「今日は手紙を預かって参りました。内容は存じ上げないので何とも言えません」

 そう言ってエマは手紙を差し出した。サラは受け取ると開封して読み始めた。

『ごめん。少し時間がかかりそう。でも必ず迎えに行くから待ってて』

 サラは手紙を読み終えると机の上に置いた。

「彼も元気ですか?」

「はい。舞踏会の後も毎日仕事を頑張られておりますよ」

 サラは視線を落とした。

 自ら蒔いた種。きっとクリフォードは頑張っている。折角出た芽を育てずに枯らしてはいけない。

 サラは視線を上げ、エマを捉えると微笑を浮かべた。

「そうですか、安心しました。返事を書きますので少し待って下さいね」

「急いではおりませんのでごゆっくりと」



『時間は気にしなくてもいいわ。クリフが納得出来るまで待ってるから』

 クリフォードはサラの手紙を見ながらにやけていた。

 エマは今までと違うクリフォードの反応を意外だと感じた。サラはいつもと変わりなかったからだ。

「そんなに嬉しい内容でございましたか? お顔が緩んでらっしゃいますよ」

 エマはあえて冷静な表情で尋ねた。それに対しクリフォードは緩んだ表情のまま答える。

「うん。凄く嬉しい。迷うくらい嬉しい」

「何を迷われるのです?」

「それは秘密。でももう手紙を運んで貰う事はないと思う」

「ではいよいよご準備に?」

「何を言ってるんだよ。もうとっくに始めてるじゃないか」

 笑顔のクリフォードにエマは合点がいかないといった表情を無言で返した。

「もうすぐ、やっと叶うんだ。最後まで頑張らないと」

 クリフォードは急に顔を引き締め、自分に言いきかせるように呟いた。

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