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人生を賭ける手紙

 翌々日、エマはサラの家を訪問した。勿論クリフォードの手紙を持って。

「よくお越し下さいました。さぁ私の部屋へどうぞ」

 サラは笑顔でエマを迎えると自分の部屋へと案内した。少しして召使いが入ってきて紅茶と菓子をテーブルに置き、部屋を去るとサラから口を開いた。

「彼の事ですから返事が近々くるのではと思っておりました」

「クリフォード様は先日のサラ様の手紙の内容に不満の表情を浮かべていましたわ」

 そう言ってエマは手紙をサラに差し出した。

「まだ正式に決まっていないので必要以上の事は書かなかったのですが、もう少し気を遣えば良かったですね」

 サラは手紙を受け取ると早速開封し手紙を読み始めた。手紙を読むサラの表情は優しい。エマはサラの表情をじっと見つめていた。

『サラの希望通りその舞踏会に俺も参加する。だけど三週間なんて長い。どこかで会えないかな?』

「返事に困る内容ですこと」

 サラは手紙を封筒に戻すと、紅茶を一口飲んだ。

「まぁ。またクリフォード様が何か階級を無視した要求でも?」

「そういう訳ではないのですけれども」

 サラの声色は決して明るくなかった。彼女は視線を一度落とした後エマを見つめた。

「エマさん、本当の事を教えて頂けませんか? 彼にとってより素敵な縁談があるのではないでしょうか」

 サラの真剣な眼差しにエマも真剣な表情で応えた。

「正直に言いますと今までクリフォード様に縁談が持ち上がった事は一度もありません。今後も持ち上がる事はないと思います」

「彼は公爵家の跡取りなのに?」

「いくら旦那様が優れた方でも、クリフォード様の母親は誰なのかわかりません」

 エマはサラから視線を逸らして一呼吸おいた。

「それに一時期遊び過ぎたのが噂になってしまいました。印象がいいわけがないのです」

「貴族は一夫多妻制が認められているのですから、多少の女性問題は関係ないと思いますけれど」

「クリフォード様の噂、あれは事実なのです。毎晩毎晩……」

 エマはそれ以上口に出来なかった。クリフォードの想い人に印象を悪くする発言はしたくなかったのだ。苦しそうな表情を浮かべるエマにサラは申し訳ない気持ちに駆られた。

「エマさん、ごめんなさい。全て私が悪いのです」

「いいえ、謝らないで下さい。無理を言ったのはクリフォード様。自己が弱いのもクリフォード様なのです」

「エマさん」

「迷われて当然ですもの。ですが先程の質問の答えは、他に素敵な縁談は来ないと思います。むしろ本当にクリフォード様で宜しいのか、こちらがお伺いしたいくらいです」

 真剣な表情に戻ったエマにサラは微笑んだ。

「私は彼に幸せになって欲しいと心から思っています。私が傍にいる事でそれが叶うならば叶えたい、けれどそれは彼の為にならないと思い、ずっと避けてきました。ですが自分の気持ちに嘘を吐いたまま生きていけない気がして」

「クリフォード様は幸せな方ですね。サラ様のような素敵な女性にこのように想われて」

 エマの言葉にサラは困ったような表情を浮かべた。

「ただ私の言い方が悪かったみたいで、彼には上手く伝わっていないのですけれどね」

 サラはそう言うと立ち上がり、机に腰掛けると便箋を取り出しペンを手にした。彼女の瞳に力強さが宿っている。

「返事を書きます。また彼にとっては不満な内容かもしれませんけれど」

 テーブルに座ったままエマはサラに笑顔を向けた。

「クリフォード様はご自分の都合のいい事以外は全て不満な方なのでお気にせず」



「サラ、他に何か言ってなかった?」

 クリフォードは仕事から戻ると、エマから手紙を受け取ってすぐに読んだ。しかし読む前の笑顔は読み進むに従って消え、今はつまらなさそうな顔をしている。

 エマは既視感を抱きながら微笑んだ。

「クリフォード様には不満なお返事になるかもと仰られていました」

「これわざと書いてるのか、本気で書いてるのかわからないなぁ」

 クリフォードはつまらなさそうな表情のまま、手紙を封筒にしまった。

「でもサラ元気だよね? 俺との結婚を嫌がってたりはしてないよね?」

「元気ではいらっしゃいますよ。悩まれている雰囲気もございましたけれど」

 エマは少し意地悪を言いたくなった。サラはあれほど悩んでいるのに、クリフォードはあまり悩んでいる様子がないからだ。

 サラの言い方が悪かったのではなく、きっとクリフォードの理解力に問題があるせいだろう。それならそのまま放置して彼を苦しめておこうとエマは思った。

 エマがクリフォードに視線をやると、彼は視線を落とし何か考えている様子だった。

「結婚が正式に決まるまで準備は一時中止にする。返事も書かないから」

 クリフォードの意外な言葉にエマは驚きを隠せなかった。

「本当にお返事をされなくて宜しいのですか?」

「いい。もう書かない。俺は着替えてくるから、夕食の支度を宜しく」

 クリフォードは封筒を持ち椅子から立ち上がると、自室へと歩いていった。

 エマはサラが一体どういう内容を書いたのか気になって仕方がなかったが、自分に身分を弁えるよう言い聞かせ、夕食の支度をする為に踵を返した。



 舞踏会まであと五日と迫った日の昼下がり、エマはサラを訪ねた。

「今日はどうされたのですか? 手紙の配達ではないでしょうから、何か彼に異変でも?」

 サラはエマを前回と変わりなく迎えたが、瞳の奥に少し不安が感じられる。

「サラ様は手紙の返事が来ない事を、最初からご存知だったのですか?」

「彼の性格なら書かないと思う事を書きましたから」

 サラは優しく微笑んでいるものの、瞳の奥はまだ不安が漂っている。それがエマの不安を煽る。

「異変と言えばそうなのです。クリフォード様はあの手紙をお読みになった翌日から、真面目に仕事されるようになりました。そのうち自棄をおこされるのではと不安なのです」

 エマの言葉を聞き、サラは安堵の表情を浮かべた。

「そうですか。きちんと手紙を読んでくれたのですね」

「一体何と書かれたのですか?」

 サラの安堵した表情を見ても、エマはまだ不安に駆られていた。

「それは言えません」

 サラは満面の笑顔を浮かべた。そんな彼女を見てエマは自分の身分を思い出した。

「申し訳ございません。忘れて下さいませ」

 エマの態度に誤解をさせたと思ったサラは慌てて彼女の肩に手を置いた。

「手紙の内容は二人の秘密にしたいのです。ごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ立ち入った事をお伺いしてすみません」

「決して彼を傷つけるような事は書いていませんからご安心なさって」

 サラの笑顔にエマも笑顔で頷いた。

「彼に舞踏会で会える事を楽しみにしていると伝えて貰えますか」

「しかし本日はクリフォード様には何も言わず、こちらにお伺いしてますので」

「公園で偶然出会ったと前置きされれば宜しいのではないかしら? 彼は階級事情に詳しくないので、私達が街中で会話をする非常識など気付きませんよ」

 貴族と平民が街中で会話する事はまずありえない。例え商人でも相手が貴族なら店の中で話すのが決まりなのである。

 しかしクリフォードは公爵家育ち。商人は家に商品を持ってくるのが普通で、彼が外出するのは職場と舞踏会くらいなのであるが、基本的に馬車で出かける。故に街中でどのようなやりとりがあるかなど見えていないのである。通学は歩きだったが、高級住宅地に学校があったので庶民の生活など見えなかった。

「それではそのように」

 サラ以上にその事情をわかっているエマは微笑んだ。舞踏会の夜が過ぎれば上手くいくのだと、思い込んで。

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