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結婚への第一歩

 卒業式から八日後。サラの婚約は先方からの申し入れにより破談となった。

 子爵と男爵の身分差がある為、子爵家側から一方的に婚約解消と言われれば、男爵家側は受け入れるしかないのである。

 またこれとは反対も成り立つ為、クリフォードがサラの家に結婚話を申し入れれば基本的に反対出来ないのである。

 しかしサラには引っかかる事があり、そんなに簡単に話が進むか不安で仕方がなかった。彼女の父は人一倍階級に拘っている。クリフォードは公爵家と言えど母親が誰かはサラも知らない。その事を父が言い出し、クリフォードが傷付くのをサラは恐れていた。



「サラお嬢様、旦那様がお呼びでございます」

 突然のノック音と召使いの声でサラは現実に引き戻された。

「すぐ参ります」

 サラは慌てて立ち上がると鏡の前で身だしなみを確認し、急ぎ足で部屋を出た。

「おぉサラ。そこに座りなさい」

 サラの父親は落ち込んでいる様子はなかった。サラはほっとして父の前に座る。

「婚約は正式に今日破談となってしまった。そこで、今度貴族全体の舞踏会があるのだが、お前への招待状を確保したから行ってきなさい」

「貴族全体が集まる舞踏会、ですか?」

 サラは今まで聞いた事のない舞踏会だったので疑問の表情を浮かべた。

「そうだ。公爵家から男爵家まで全て集まる国内最大の舞踏会が三週間後に開かれる。いい機会であろう」

「そうですね。それでは今日から三週間ダンスに磨きをかけておきますわ」

「ドレスを新調するといい。期待しているぞ」



 サラは部屋に戻ると早速クリフォードに連絡を取る為にペンを取った。この舞踏会で会えれば話が上手く進む気がしたのだ。

「ちょっと待って」

 サラは手紙を書き終えてから一つの事に気付き、思わず声を発していた。

 身分の高い者から低い者への手紙の配達には何ら問題ない。だが逆は簡単には話が進まないのである。使用人もしくは本人が目的の場所まで手紙を持って行くのだが、身分が自分より高い人に配達する場合には許可がないと受け取って貰えない。

 サラはクリフォードに許可など貰っていない。多分彼はこの事情を知らないに違いないと彼女は思った。今までなら学校で毎日会えたが、卒業してしまった今の二人に接点は一つもない。

「階級の差がこんな所でも引っかかるなんて」

 サラは書き終えた手紙を一応封筒に入れ、封をした。



 翌日、サラは手紙を持ち一人で外出した。

 サラはクリフォードの家さえも知らなかった。彼の仕事は父親の手伝いで、勤務先は城の中の為職場に行く事も出来ない。

 サラは途方に暮れながら貴族が集まる公園のベンチに腰掛け、噴水をただ眺めていた。

「失礼ですけれどもサラ・ラディーナ様でいらっしゃいますか?」

 突然声をかけられ、驚きながら声のした方を振り返れば見た事もない女性が立っていた。服装から推測するに同じ身分のようである。サラは探るような瞳を彼女に向けた。

「そうですけれど、失礼ですけれども貴女様は?」

 不審がられていると気付いたのか、その女性は姿勢を正すと頭を下げた。

「失礼致しました。私はウォーグレイヴ家の使用人、エマと申します」

 サラはその言葉に驚いた。服装が貴族令嬢の物であるせいか使用人には見えなかった。

「このような服装で信じて頂けないかもしれませんけれど、いつサラ様が外出されるかお待ちするにはこれが一番いい方法かと思いましたので」

「ではまさか何日も前から?」

「いいえ、昨日からでございます。一昨日までクリフォード様の世間知らずを存じ上げなかったものですから」

 そう言い終わるとエマは鞄から封筒を取り出した。

「サラ様はクリフォード様の筆跡をご存知とお伺いしております。こちらをご確認して頂けますでしょうか?」

 サラはエマから封筒を受け取るとすぐに封を切り中を確認した。

『サラを迎える準備は着々と進んでるよ。エマは信用出来るし全て知ってるから安心して手紙を渡して』

 クリフォードの字体は男性の割に綺麗で、すぐに彼の直筆だとサラはわかった。

「確かに。手紙の中に準備は着々と進んでるとありますが、一体何をされているのかご存知でしょうか?」

「キングサイズのベッドを購入されたり、サラ様の部屋を作られたり、仕事からお戻りになっては毎日色々されていますよ」

「相変わらず気が早いのですね」

 サラは微笑んだ。準備と聞いて結婚とわかったならば信用して間違いないだろうと彼女は思った。

「手紙をどう渡そうか丁度悩んでいた所でした。これを届けて貰えますか?」

 サラはそう言いながら手紙をエマに差し出した。

「かしこまりました。必ずクリフォード様にお渡し致します」

 エマは手紙を受け取ると大切そうに鞄にしまった。

「それとひとつ、お願いを聞いて貰えないでしょうか」

「サラ様、私は平民の使用人にございます。そのような丁寧な言葉で話されなくとも何なりと」

「いいえ。貴女に貴族のふりをこのまま続けて頂きたいのです。ですから貴女に言葉使いを崩して頂きたいのです」

 エマはサラの言いたい意味をすぐに理解した。

「恐れ多い事ですが、このまま男爵令嬢のふりで手紙の配達をすれば宜しいのですね?」

 エマの言葉にサラは微笑んだ。

「そうです。次からは私の友人として家まで持ってきて頂きたいのです。その時にお返事をお渡ししますから」

「かしこまりました。次に配達する時からそのように致します」

「ありがとうございます」

「当然の事でございますからお礼など」

 エマはかしこまって軽く頭を下げた。

「時間がおありなら家でお茶でもいかがですか? 大した事はして差し上げられませんけれど」

「お言葉に甘えさせて頂きます。一度顔を見せておけば次回お伺いしやすいでしょうから」

 サラはエマともう少し話がしたいと思った。それはエマも同じだったようで、二人はサラの家へと向かった。



「サラ、他に何か言ってなかった?」

 クリフォードは仕事から戻ると、エマから手紙を受け取ってすぐに読んだ。しかし読む前の笑顔は読み進むにつれ消えていき、今はつまらなさそうな顔をしている。

「特には。けれども紅茶をご馳走になり色々世間話を致しました」

「まさかサラの部屋に入ったの?」

「えぇ。その方が今後の為だと思いましたので」

「俺はまだなのに。ずるいなぁ」

「これもクリフォード様の為です。クリフォード様の眼が節穴ではなかったようで一安心しております」

 エマの笑顔にクリフォードは不愉快そうな表情を浮かべた。

「まさかサラを試すような事でもした?」

「何もしておりませんのでご安心下さいませ。ただサラ様は公爵夫人として生きていける方だとお見受けしただけです」

「公爵って別に同じ貴族だろう?」

「前から何度も申し上げておりますが、全く違います。男爵家の娘を迎えるなど、どのような噂がたつか想像する事は容易いのですよ」

 注意をするエマをクリフォードは見ようともしなかった。

「周りには何でも言わせておけばいいんだよ。どうせ俺だって本当に父上の息子か証明しようがないのだから」

「クリフォード様、そのような発言はお止め下さいませ。こんなにそっくりな顔をした他人などいませんよ」

 クリフォードは父親の若い頃とそっくりであった。あまりにも似すぎていて母親が誰なのか全くわからない程に。

「わかってるよ。どんなに聞いても俺の母上が誰なのか、父上は決して言わない。だから父上の息子なんだろうとは思う」

 クリフォードは生後六ヶ月の時、乳母と共にウォーグレイヴ家にやってきた。それを歓迎したのは父アルフレッドだけで、彼の妻はそれを機に寝込み、娘達は母親を病気にしたのはクリフォードのせいだと思い込んだ。

 クリフォードの義母は十五年前に他界しているので彼の記憶には殆ど残っていない。しかし三人の姉達は完全に無視を決め込み、現在は三人とも嫁いで家にはクリフォード一人だが、以前は今以上に孤独を感じていた。

 アルフレッドは国王からの信頼が絶大で城内に部屋を宛がわれている為、家に戻ってくる事はあまりない。その寂しさを紛らわしてくれたのが使用人達なのだが、皆甘やかすので世間知らずの青年に育っていた。

 エマはそんなクリフォードを心底心配していた。彼の妻になる人にはしっかりと彼の支えになって貰いたい。だから手紙の配達役を引き受けた。男爵家の娘が相応しいとは思えなかったのだ。しかし実際話してみて不安は薄くなった。サラならクリフォードを任せられる、そう思った。僅かに残る不安は階級の違いのみであった。

「クリフォード様、そろそろ夕食に致しましょう」

 エマは明るい声でそう言った。まだ結婚は正式には決まっていない。考えるのはその後からにしようとエマは思った。

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