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少しだけ交わる思い

 卒業式 式典後。

 卒業証書を貰った卒業生達は最後の別れを惜しんでいる。と言っても大抵は城内の仕事に就くので、また同じ顔を見合わせる事になるのだが。


 サラは一人でベンチに腰掛けているクリフォードの背後から声をかけた。

「クリフ、いい人は見つかった?」

 笑顔でそう尋ねるサラにクリフォードは不機嫌そうな表情を顕にした。

「それは本気で言ってる?」

「だったらどうなの?」

「泣く」

 サラはクリフォードの答えに思わず笑った。

「泣いても何の解決にもならないわ。別れる時くらいすっきりしましょう?」

「別れ……」

 本来なら身分が違うので簡単に会えない間柄である。クリフォードは少し寂しそうな表情を浮かべた。そんな彼にサラは明るい表情を向ける。

「前にも言ったと思うけど、私はクリフの幸せを心から願っているの」

「俺の幸せはサラがいないと始まらない」

「本当にそうなら、強引にでも始めてみればいいわ」

 サラは意地悪な笑顔をクリフォードに投げかけた。彼は不機嫌そうな表情を浮かべる。

「俺は本気だから、からかうのはやめて欲しい」

「私も冗談で言っているわけではないわよ」

 サラとクリフォードの真剣な眼差しがぶつかり、彼の表情が翳る。

「今頃になって何でそんな事を?」

「今日で会うのは最後かもしれないでしょう? 後悔はしたくないと思って」

 サラはクリフォードの隣に腰掛けた。

「今までずっと避けてたじゃん」

「それはお互い様でしょう?」

 サラは微笑を絶やさない。クリフォードはそんな彼女を怪訝そうに横目で見ると俯いた。

「俺はあの日、もうサラの事は絶対諦めなければいけないと思って。だから気晴らしに何かして紛らわそうとして、でも出来なくて。ずっと悩んでたのに、今更になってそんな事を言うなんて狡すぎる」

 サラの表情から笑顔が消える。

「そうね、もう遅いのかもしれないわね」

「そんな事はない」

 クリフォードはサラを見つめ、腕を掴んだ。

「夢じゃないよね? 俺は今でも思ってる。絶対にサラを幸せにするから、嫁に来て欲しいと」

 サラははにかむと、ゆっくりと頷いた。

「……今の言葉に対し頷くだけってのは答えになるの?」

「え?」

 サラは眉を顰めた。クリフォードの言わんとしている事が理解出来なかったのだ。

「今のは何処を肯定したの? ぬか喜びに終わったりする事になったりしない?」

「え? 何処って、言葉全体?」

「いや、あれ? 俺、おかしな事を言ったような気が」

 クリフォードは目を細め首を傾げ首の後ろをかいていた。彼は困った時こうする癖がある事をサラは知っている。

 サラは突然自分が意見を覆した為に、クリフォードを困らせる結果になる事を考えていなかった。

 今までずっとクリフォードが求婚をするのは当たり前だと思いこんでいた事にサラは気付いた。人の心などすぐ変わるのに。 散々否定し続け、急に肯定したのだ。簡単に受け容れられるはずなんかない。身勝手すぎた自分の言動を彼女は恥じた。

「ごめん、私が悪いの。クリフは何もおかしな事は言っていないわ」

 サラは俯くと一呼吸おいた。

「父に逆らうのが怖かった。だけど父に言われるまま結婚をするのも嫌で。それでクリフの所へ逃げるなんて卑怯よね」

「サラ」

「ごめん、上手く言葉に出来なくて」

 困った表情を浮かべるサラをクリフォードは抱きしめた。

「クリフ?」

「つまり俺と結婚してくれるんだよね?」

「だけど父が許してくれるか、身分違いでも大丈夫か、そういう事は何も解決はしていなくて」

「結婚してくれるんだよね?」

 クリフォードはサラの両肩を抱え、腕を伸ばすとサラの顔をじっと見つめた。彼女は彼の真剣な眼差しから逃れるように俯く。

「サラ、さっきみたいに頷いて。理由なんか何でもいいよ、俺を選んでくれるなら」

「そんな訳にはいかないわ」

「俺があまりにしつこく求婚をしたから断りきれなかった。周囲にはそう言えばいいから」

 サラは今クリフォードの顔を見たら涙が溢れてきそうで顔を上げられなかった。

「本当に私なんかでいいの?」

「俺はずっとサラがいいって言ってる」

 サラはクリフォードの言葉が心に沁みた。ここまで自分を思ってくれる人に、何故今まであれほど冷たく接してきたのか。彼を好きなのだと気づいた日にそう告げていれば、傷付けずに済んだかもしれないのに。沢山傷付けたのにそれでもまだ自分を想ってくれる彼をもう傷付けない、彼女はそう心の中で誓った。

「クリフ」

 サラはクリフの腕を両肩から外すと彼に思い切り抱きついた。

「これから色々大変だと思うけど、私がクリフを守るからね」

 サラの言葉にクリフォードは微笑み、彼女を抱きしめた。

「何それ。俺は守られたい訳じゃない、サラと愛し合いたいんだよ」

 サラはクリフォードの左肩に顔を埋め首を僅かに縦に振った。

 クリフォードはサラが泣いていると思い、そのまま彼女が落ち着くまで抱きしめていた。


 数分後、落ち着きを取り戻したサラは身体を起こすと涙を拭った。

「ごめん、服を濡らしちゃった」

 少し恥ずかしそうにサラはクリフォードの服をハンカチで拭きながら顔を上げると、そこには笑顔があった。

「別に気にしなくていいよ」

 クリフォードはサラの右手を掴んで止め、そのまま自分の胸に押し当てた。鼓動が伝わる。緊張しているのか早いのがわかる。

「きちんと答えて。俺と結婚するって。あとの事は今は考えなくていいから」

「え?」

「愛してるとかそんな言葉じゃなくていいから。一生傍にいるって言って」

 クリフォードの真剣な眼差しをサラは正面から捉えた。

 上手く言葉に出来なかった事をサラはひしひしと感じた。彼女の気持ちがクリフォードに伝わっていない。でも今ここで愛してると言えば、それはそれで嘘と思われかねない。

 サラは視線を一度外すと、右手をクリフォードの胸に預けたまま彼に抱きついた。

「これからもずっとクリフの傍にいたい」

「ちょっ、目を見て言って!」

「ごめん。それだと上手く言えそうにないから」

 改まってクリフォードと目を合わせる事がサラには恥ずかしかった。だが今の言葉だとまた彼が誤解を招く結果になるのではないかという不安が頭を過ぎった。

 次の瞬間、サラはクリフォードの右頬に優しく唇を当てた。

「これで許して?」

「へ?」

 クリフォードは一瞬何が起こったのかわからなかったのか、間抜けな声を発した。

 サラは頬が赤くなっているのがわかっていたので、クリフォードに抱きついている左腕にぎゅっと力を込めた。

「サラ、もう一回して。ね、もう一回!」

 クリフォードもまたサラを抱きしめる右手に力を込めた。

 サラは仕方なくクリフォードに預けていた上体を少し起こし、彼の頬に顔を近付けた。 その瞬間、彼は突然振り返り彼女の唇を奪った。

「な……っ!」

 サラはクリフォードを突き放そうとしたが彼の力は強く逃げられなかった。目の前にはしたり顔の彼がいる。

 サラは反論する言葉を探すよりも顔のほてりが気になり、クリフォードの肩に顔を埋めた。

「ずるいわ」

「いいじゃん、これから夫婦になるんだから」

 クリフォードの声があまりにも幸せそうなので、サラはもう何も言い返せなかった。

「サラの気が変わらないうちに、さっさと結婚の準備をしないとね」

 クリフォードは幸せそうな声色のまま言った。しかしサラはその明るさを打ち消すような重い声を発する。

「待って。今先方が婚約解消しそうなの。だからそれまでは待って欲しい」

「そんなの別に待たなくてもいいじゃん」

「駄目。向こうにも世間体というものがあるんだから」

 クリフォードはつまらなさそうな表情を浮かべ、小さな声でぽそっと呟いた。

「じゃあさっさと解消してもらおう」

「何か言った?」

 何かを呟いた事はわかったがサラには聞き取れず、彼女は首を傾げた。

「あ、いや」

 クリフォードはサラを抱きしめていた腕の力を抜くと、サラを自分から少し離し顔を覗き込んだ。

「待ってるから絶対に俺と結婚してね?」

 サラは頷く。まだ顔のほてりが残っていそうでクリフォードの顔をきちんと見る事は出来なかった。

「その解消の話が決まったらすぐに連絡して。俺はもう準備をするからさ」

「もう準備をするの?」

 サラは驚きで顔のほてりなど一気に冷め、顔を上げてクリフォードを見つめた。

「元々卒業後すぐ結婚予定だったんでしょ? だったら問題ないよね」

「それはそうだけど、婚約解消後すぐ結婚なんて人にどう思われるか」

「サラは世間体を気にしすぎだよ。全部俺のせいでいいからすぐにして!」

 クリフォードの顔に少し苛立ちが見え隠れする。彼の中の不安が消えていないのだとサラは思った。

「クリフ、そんなに焦らなくてもいいわ。もう私は決めたから。クリフに冷たい事を言わないから」

 サラは優しく微笑んだ。クリフォードはそんな彼女を見て泣きそうな顔をする。

「本当に? 俺の事を大嫌いとか言わない?」

「え? あぁ、あれまだ気にしていたの?」

「何、その軽い感じ! 俺は凄く傷付いたのに。あれから自棄になって父上には怒られるし」

「ごめん。自己防衛でももう二度と言わないわ。あの時は本当にごめんね」

「うん、俺も焦ってた。ごめん」

 二人は顔を合わせると同時に笑った。

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