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内緒ですが恋愛結婚です  作者: 樫本 紗樹


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交わった思いの先

 サラは心のどこかで諦めながらも、たまには何事もなく目覚めたいと思っているのだが、今朝もそれが叶わなかったと落胆しながら目を開ける。

「クリフ、そろそろ朝から触る事に飽きてくれない?」

「サラ、おはよう」

 クリフォードはサラの言う事など聞く気もなく彼女に口付ける。何度も口付け、深くなりそうな所で彼女は顔を背けた。

「だから朝は大人しくしてよ」

「嫌だ。俺はサラには飽きないって言ったじゃん」

 クリフォードはサラの顔を自分の方に向けさせようと頬に手を添える。それを彼女は必死に抵抗して抗議する。

「夜だけで満足して」

「足りなものは足りない」

「いつになったら足りてくれるのよ」

「サラが俺の事を愛おしそうに見つめてくれるようになったら変わるかも? 試してみてよ」

 クリフォードは笑顔だ。サラは冷めた目で彼を見る。

「それは絶対に変わらない。ただのクリフの願望でしょう?」

「えー。たまには寂しいから仕事に行かないでと言ってよー!」

「むしろ今すぐ出かけて欲しいのだけど」

「もう、サラは素直じゃないんだからー」

「本気で言ってるわよ」

 サラが必死で抵抗しているとノックする音が響いた。いつもならその後に彼女を呼びかける声がするのだが何も聞こえない。彼女はアリシアが上手く言えないのだろうと思った。

「ほら、時間だから離して」

「えー。今声を掛けられなかったじゃん。偶然当たっただけだよ」

「衣裳部屋で偶然扉に二回当たるなんて事はないわよ。アリシア、声を張って!」

 サラは扉に向かって声を掛ける。

「失礼致しました。サラ様おはようございます。朝の支度をお願い致します」

「すぐ行くわ。私の部屋で待ってて」

 そう言いながらサラはクリフォードの手を叩いて離すように要求する。彼はつまらなさそうな表情をした。

「サラは何で夜だけなの? 朝になると冷たい」

「あんまり言うと夜も冷たくするわよ」

 クリフォードは悲しそうな表情を浮かべて首を横に振る。

「ごめん。夜も冷たいのは嫌だ。そうなったら生きていけない」

「大袈裟ね。とにかく離して。朝食に遅れてしまうから」

 クリフォードはしゅんとしながら渋々サラを離す。彼女は小さくため息を吐いた後、彼に触れるだけの口付けをした。彼は目を輝かせて彼女を抱きしめた。

「何でまた抱きしめるの。離しなさいよ!」

「サラもっと。情熱的なのをしよう?」

「朝は嫌だと言ってるでしょうが、もう離して」

 サラはクリフォードに精一杯抵抗をした。ここで情熱的な口付けをしたら最後まで止まらない事は経験済みである。悲しそうな表情の彼に申し訳ない気持ちになって気軽に口付けた自分の軽率な行動を悔やみながら、彼女は何とか彼の手を振り解いて衣裳部屋へと駆け込んだ。



「アリシア、そろそろ慣れてきた?」

 アリシアがサラの侍女になって二週間が過ぎていた。茶会講座の時間、優しい声でエマはそう尋ねた。

「はい。メアリーさんも優しく指導して下さいますし、サラ様も色々教ええ下さいますし。ただ、あの、朝声を掛けるのがまだ慣れません」

「クリフォード様に遠慮せずノックをしたらいいのよ。私は一回待った事があるけれど、あれは終わらないから」

「メアリー、今聞き捨てならない事を言ったわね?」

 サラはメアリーを睨んだ。メアリーは微笑む。

「一度だけですよ? クリフォード様のお休みの日に。でもずっとサラ様に甘えてて、クリフォード様は全然折れないので諦めて声を掛けました。あの方は本当に将来旦那様の跡を継げますか?」

「それはお金で買われた私の最大の責務だから一生かけて何とかするわよ」

 サラはそう言いながらソファーに凭れ掛かった。最近妙に眠くて仕方がないのだ。茶会講座の時間でも耐えられなくなり、気付くと寝てしまっている。

「サラ様、今日もですか? クリフォード様に寝かせて欲しいとお願いされてはいかがですか?」

「とっくに言ったわよ。毎晩言ってるけど、毎晩聞き流されているの」

 エマとメアリーがあぁと残念そうな表情を浮かべる。

「でも少し寝たらすっきりするから日中寝ればいいのよ。クリフが立派な政治家になる為には精神面を落ち着かせ、ない……と……」

 サラはそう言いながら眠気に耐えられなくなり瞼を閉じた。メアリーは立ち上がり、鏡台の椅子に掛けてあるひざ掛けを手に取るとサラに掛けた。

「クリフォード様は夜どれだけサラ様に甘えていらっしゃるのかしら」

「でも今までは平気だったでしょう? ここ一週間で何か変わった事があったかしら?」

「クリフォード様のお仕事内容が変わったと伺いました」

 アリシアの言葉にエマとメアリーは頷く。

「クリフォード様、何かあるとすぐサラ様に甘えるから駄目ね」

「ですが出世みたいです。私に政治経済を教えて下さっている時にサラ様は嬉しそうに仰っていました」

「サラ様は何だかんだ言ってクリフォード様の事をよく支えてらっしゃるわよね」

「えぇ。だから私達はそんなサラ様を支えないといけないのよ。と熱弁したけど、ヘンリーさんには聞いてもらえなかったわ」

 エマが寂しそうに俯く。メアリーは微笑む。

「エマはそろそろ諦めなさい。お腹も大きくなってきているし、その子に何かあったら大変だから。レイさんが言うにはヘンリーさんがすごく嬉しそうらしいじゃない。私には全く違いがわからないけど」

「え? ヘンリーさんはいつも無表情ですよね?」

 アリシアが不思議そうに首を傾げる。エマは微笑む。

「えぇ。ヘンリーさんが浮かれている姿なんて私は初めて見たわ」

 メアリーとアリシアは訝しげな表情をする。無表情なヘンリーのどこが浮かれているのか二人にはわからない。エマは愛おしそうに自分のお腹を撫でた。サラは三人の会話など聞こえないかのように深く眠りに落ちていた。

「サラ様、明日からはベッドで寝て貰う? ソファーでは熟睡出来ないわよね」

「でも日中熟睡して夜寝られなくなると、それはそれで大変な気もするけれど」

 エマの言葉にメアリーは小さくため息を吐く。確かにサラが眠りにつくまでクリフォードがしつこくして結果睡眠時間を削られそうだと思えた。

「あぁもうクリフォード様のせいでサラ様は寝る事もままならないなんて。私なら耐えられないわ。傍から見たら玉の輿でしょうけど、サラ様は買い物もされないし」

 メアリーの言葉にアリシアは驚いた。確かに彼女が来てから屋敷内で商人の姿を見た事はなかったが、サラはいつも綺麗なワンピースを着て宝飾品で着飾っていた。

「アリシアに説明していなかったわね。あの衣裳部屋にあるもの、下着からドレスまで全部クリフォード様が結婚前に揃えた物なの。宝飾品もこの家に伝わる物とクリフォード様の選んだ物。この家に嫁がれてサラ様が購入した物は化粧品だけよ」

「ヘンリーさんが買わせてくれないのですか?」

 アリシアの疑問にエマが笑う。

「サラ様が要らないと仰るの。まだ自分はこの家の嫁として十分ではないからと。クリフォード様の妻としては十分尽くしていると思うのだけれどね」

「サラ様はいつも気さくで優しく微笑んで下さるのに色々と大変なのですね。私にはサラ様が元男爵令嬢とは見えませんし、とても努力をされているのですよね」

「えぇ。だからサラ様がこうして居眠りするのは見逃してあげてね。あと、手先が不器用な事も気にされているから、それはやんわりね」

 メアリーの言葉にアリシアは笑いながら頷く。

「手先が不器用だと知って私は少し親近感を覚えました。何を質問しても答えてくれる博識な方なのに、刺繍の時のたどたどしさは可愛らしく見えます」

「あれでも上達したのよ。最初は目が不揃いで笑いを耐えるのが大変だったんだから」

「私は笑っていないわよ。メアリーが一人で堪えていただけでしょう?」

「ちょっと、裏切らないでよ。最初はエマだって呆気にとられていたじゃない」

「それは貴族令嬢で刺繍が出来ない人がいるなんて思ってもいなくて」

 メアリーとエマはそう言いながら笑った。アリシアも微笑む。サラはそんな声も聞こえないかのように眠っている。こうして茶会講座はサラの精神を病まない為の休息から、仮眠時間へと変化していった。



「サラ、どうかした?」

 相変わらずクリフォードの方が長風呂なので、寝室にはサラの方が先にいる。ちなみに一度だけ二人は一緒に入浴したが、なかなか彼が離してくれず彼女がのぼせてしまい大ごとになった為、その後レイから一緒に入浴禁止と言われて今も別々に入浴している。

「ごめん、クリフ。眠いの」

 サラは夜だけはクリフォードの事だけを考え、彼に素直でいる時間と決めていた。しかし仮眠を取ったにもかかわらずどうしても眠くて、彼が来る前にベッドに横になっていた。

「ずっと眠いと言ってたけど、俺の事を拒否してたんじゃなくて本気で眠かったの?」

「拒否するならもっとはっきり言うわよ。本当に眠い、の」

 サラの瞳がうつらうつらとしている。クリフォードは横になっている彼女を優しく抱きしめた。

「わかった。いつも俺に付き合ってくれてありがとう。今日はゆっくり寝て」

「うん、ありがとう。おやすみ」

 サラは瞼を閉じた。クリフォードは彼女を抱きしめながら反省していた。そんなに毎晩遅くまで付き合わせていたつもりはないが、日によっては何度も求めていた。朝は冷たくあしらわれる事が多いが、夜は彼が満足するまで付き合ってくれていたのである。彼は愛おしそうに彼女を見つめると口付けをした。彼女は既に寝息を立てている。そう言えば彼女と肌を重ねずに寝るのは久しぶりだと思い、彼は彼女をそっと仰向けに寝かせるとお腹を触った。別段大きくなった気はしない。その後彼は彼女の顔を見て自然と笑みを零した。そして彼女に掛布を掛けながら自分も横になると彼女の手を優しく握って眠りについた。

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