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変わる風向き

 サラは家の近くになってハンカチで涙を拭いた。流石にもう流れてはこないが、目が赤いのは隠せそうにない。

 サラは家に入るのを一瞬躊躇ったが、今ならまだ父の帰宅時間より早いので、思い切って一歩を踏み出した。

「ただいま戻りました」

 サラはそう挨拶をすると部屋に直行した。元々彼女は家にいる時は部屋に篭ってる事が多いので、あえて普段通りの速度で部屋に向かった。

 部屋に入るとサラは身体をベッドの上に放り投げた。彼女はクリフォードを傷付けた事を後悔していたが、それ以上に彼の態度が許せなかった。

 クリフォードは今までサラに想いを伝える事はあっても、それ以上の行動を起こす事はなかった。

 今回の行動を引き起こしたきっかけを作ったのは自分だとわかっていても、どうしてもサラはクリフォードを許せる気分にはならなかった。

 再びサラの瞳に涙が溢れてくる。二人の間に溝が出来た事により、彼女の想いが永遠にクリフォードに届く事はなくなってしまった。彼女は結果としてこれでよかったのだと自分に言い聞かせながら、涙が枯れるまで泣き続けた。



 翌日からサラとクリフォードは言葉を交わす所か顔さえも合わせなくなった。

 エリオットは経緯をクリフォードから聞いたものの、どうすればいいのかわからず中立の立場を取って二人を見守っていた。


 そして次第にクリフォードは毎晩違う女と遊んでいるという噂が流れ始めた。



 卒業式三日前。

 依然としてクリフォードとサラは顔を合わせないでいた。

 以前は三人で帰っていたのに、ずっと別々で帰路に着いていた。

 そんな二人を見かねたエリオットは、クリフォードがさっさと帰るのを見送った後サラに声をかけた。

「サラ、今日少し時間はある?」

 帰り支度をしていたサラは少し困ったような表情を浮かべたが、エリオットの視線を外すと首を縦に振った。

 エリオットは微笑み、二人は無言のまま彼の家へと向かった。


「よくないよ、サラ。クリフはあのまま堕ちていくだけだ」

「堕ちる所まで堕ちていけばいいわ。彼がどうなろうと私には関係ない」

「それならどうしてそんなに苛々している?」

 サラははっとした。無意識に彼女は腕を組み右手で左腕をトントンと叩いていたのだ。

「別に」

「嘘はいいから。気になって仕方がないんだろう?」

「誰があんな身勝手な男を心配するのよ」

 サラは一向にエリオットの方を見ようともしない。

「心配しているよね。クリフの堕ちていく所は見たくないだろう?」

「煩いわね、どうにもならないのだから放っておいて」

 サラはエリオットに当たった所で八つ当たりにしかならない事はわかっていた。それでも、何かに当たらなければ爆発しそうだった。それを彼はわかっているのか優しく受け止める。

「そんなに父親の決めた結婚は絶対な事?」

「そうよ。私は父が怖いの。逆らう事なんか考えられない。死に値するわ」

 サラは俯いた。

「では、好きでもない男と結婚してまででも生きる意味は何?」

 サラはエリオットの問いに対し言葉を詰まらせた。返す言葉など見つかるはずもない。

「やはりトーマ様と結婚するのは嫌なのか」

 答えが見つからず俯いたサラに、エリオットは優しく声を掛ける。

「あんな男と進んで結婚したい女が居るというのなら見てみたいわね」

 サラは顔を上げると、冗談っぽく悪態を吐いた。

「トーマ様と違って、クリフにはそういう女性はいそうだけど」

 エリオットもまた冗談っぽく返す。二人の間に広がっていた緊迫した空気は消え、サラの顔に笑みが零れる。

「あら、そんな物好きが居るなら是非会ってみたいわね」

「少なくとも私の前に座ってる女性はそうだと思うけれど」

 エリオットの言葉にサラは一瞬にして表情を強張らせた。

「このままクリフを見捨てて、好きでもない男と暮らしていけると思う?」

「そ、それは、将来トーマ様を好きになるかもしれないから」

 サラの視線が泳ぐ。それをエリオットは見逃さない。

「あの女ったらしで、頭も顔も悪く、身分だけの男を愛せるとでも?」

 エリオットは真面目な顔でサラを見つめる。普段丁寧な言葉を使うエリオットの口からそんな言葉が出てくると思っていなかった彼女は驚いた。

「エリオットにしては随分と口が悪いわね。事実だけど」

「丁寧な言葉で飾る価値もない男だから。サラと釣り合う訳がない」

 エリオットはきっぱりと言い切った。サラは少し困った表情を浮かべる。

「だからと言ってクリフとも釣り合わないわ。私はきっと彼の思いの重さに潰されてしまう」

「それはサラがクリフから逃げているからだろう? きちんと向き合えば大丈夫だと思う」

「……ねぇ」

 サラはエリオットを真っ直ぐに捉えた。以前からずっと気になっていた事を確かめたくなったのだ。

「どうしてそんなにわかったような口を利くの?」

「私はただ、クリフとサラが両想いなら上手くいけばいいと思っている。勿論二人の友人として」

 いつも無機質な表情をするエリオットから、珍しく優しい笑みが零れている。そのおかげかサラはその言葉をすんなりと受け止められた。

「素直に話せるかは自信がないけれど、本心を伝えてもいいのかな?」

「勿論。上手くいく事を心から願っている」

「ありがとう」

 サラも心から微笑んだ。心から笑えたのはとても久し振りだった。



 サラは明るい気分で自宅に帰ると、不機嫌そうな父親が居間で待っていた。

「ただいま戻りました」

 出来るだけ平生を装ってサラは声を発した。その声に父親は反応する。

「おぉ、サラ。お帰り。実はな、あまりよくない噂が……」

「噂、ですか?」

 サラは父が勧めるので彼の前のソファーに腰掛けた。

「いや、トーマ様が子爵家の女性に今熱中しておってな。婚約を白紙に戻しそうな勢いなのだよ」

 サラは驚きを隠せなかった。このタイミングでそんな話が浮かんでくるとは思ってもいなかったのだ。

「お前は私の自慢の娘だ。顔立ちも整っているし、頭も良い。一体何が不満なのだ!」

 父の機嫌が徐々に悪くなっていくのをサラは感じた。

「お父様、もし白紙に戻ったならばトーマ様よりもっと素敵な方と結婚すれば宜しいのでしょう?」

 サラは父の機嫌を取ろうと優しく微笑んだ。

「そんな簡単に言うな。子爵家でいい年頃の男性なぞ早々は――」

「卒業したら女を磨きます。舞踏会で目立てば声をかけられる事もあるでしょう」

「お、おぉ。そうだ。お前はダンスも上手い。機会はまだいくらでもある」

「そうです、お父様。きっと身分の高い殿方を射止めますわ」

 サラは悪女のように含みのある笑顔を向けた。珍しく彼女は父親に対し強気だった。それはきっと心の中に決意があったからだろう。父親も珍しく強気な娘の意見に飲み込まれていた。

「ではもし白紙に戻されたら、その時は期待しておるぞ」

「かしこまりました。それでは、着替えて参ります」

「あぁ」

 サラは父に一礼すると部屋に戻った。

 部屋の扉を開け急ぎ足で部屋に入ると扉を閉め、ベッドの上に転がり込んだ。

 父親にあんなに言い切ったのは学校へ行くと決めた時以来だった。どうせ壊そうか悩んでいた婚約。それが向こうから解消してくれるかもしれない。もしかしたらクリフォードとの結婚があるかもしれない。

 サラは期待に胸を膨らませた。

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