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育む

 夕食を終え、サラとエリオットは玄関に向かっていた。クリフォードはいつも見送らないからと客間で挨拶をしただけだった。

「次はいつ会えるかわからないのに随分と淡白よね」

「いや、その方がいいよ。二度と会えないとは私も思っていないからいつも通りでいい」

 玄関に着くとやはり使用人はいない。エリオットは立ち止まるとサラと向き合った。

「サラ、これから色々と大変だと思うけれど頑張って」

「私は大した事ないわよ。大変なのはエリオットの方でしょう? 頑張ってね」

 エリオットは微笑むとサラを優しく抱きしめた。一瞬彼女は何が起こったかわからなかったが、すぐに彼は離れた。

「クリフがあまりにも嬉しそうだったから、少しだけおすそわけを貰いたくて」

 エリオットの言葉にサラは微笑む。

「そう。これくらいならいつでもいいわよ。正直これは夫婦の挨拶ではないと思うのよね。クリフの中で何を勘違いしているのか、よくわからないのだけど」

「それは本人に聞いたらいいと思うよ。クリフは結構重いと思うから色々束縛してくるかもしれないし」

「色々大変というのはそういう意味? 公爵家での身の振り方ではなく、クリフと付き合う方?」

「公爵家の人としての振舞いは心配していないよ。クリフとの長い付き合いから助言しておくと、調子に乗せると面倒だから嫌な事は絶対に嫌と言う事。サラが嫌がる事は基本しないと思うけど、何が嫌なのかは多分まだ見えていないから」

「わかったわ。覚えておく。ありがとう」

「それでは、また」

「えぇ。気を付けて」

 エリオットは扉を開けて帰って行った。サラは扉が閉まるのを確認してから居間へと向かった。今日はクリフォードはソファーに腰掛けていた。サラも腰掛けようとソファーに近付く。

「サラはもう少しそっち」

 クリフォードはサラが腰掛ける前にソファーの端へと押す。そして彼女が腰掛けると同時に頭を膝に乗せて寝転がった。膝枕は昨日から復活している。彼は満面の笑みで彼女を見上げた。

「エリオットと挨拶はしてないよね?」

「別れの挨拶はしたわよ。しないとおかしいでしょう?」

 サラの言葉にクリフォードは驚いて笑顔を引っ込める。

「言葉だけだよね? 抱擁じゃないよね?」

「おすそわけが欲しいと言うから、少しね」

 サラは微笑んだ。エリオットに抱きしめられたのは一瞬だったが、そこに不快感は一切なかった。それと同時に自分の中のエリオットに対する恋愛感情がない事も確認出来たので、彼女は悪い事をしたと言う気持ちは一切なかった。

「駄目だって言ったじゃん!」

「エリオットに急に抱きつかれたのよ。でもすぐ離れてくれたわ。いいでしょう、少しくらい」

「嫌だよ。サラを抱きしめていいのは俺だけなの」

 クリフォードは身体を起こしてサラの横に座り直した。そして彼は彼女の両頬を掌で覆い自分の方に向かせると、真っ直ぐに彼女の顔を見つめる。彼の瞳の奥に不安が見え隠れする。

「もう絶対にしないと約束して」

「挨拶くらい自由にさせてよ」

「嫌だ。今までそんな挨拶をしてなかったんだから、今後もしなくていいでしょ?」

 サラは視線を外した。クリフォードの視線がいつも以上にまっすぐで彼女は耐えられなかった。勝手に嫉妬して馬鹿だなと思っていたはずなのに、それが今は少し嬉しいと思え、そんな自分の心境に戸惑ってしまったのだ。

「私からはしてないんだから、それでいいでしょう?」

「何で目を逸らして言うの。こっちを見て」

「嫌よ。離して」

「嫌だ。こっちを向いて」

 クリフォードは強引にサラの顔を自分の方に向けさせた。彼女はにやけてしまう顔を隠しきれず、彼の目を手で覆った。

「もう離してよ」

 クリフォードはサラから手を離すと、彼女の手首を掴んで手を下ろさせた。そこには気まずそうな表情の彼女がいた。

「何でそんな表情なの? エリオットに抱きしめられて嬉しかったって事?」

「違うわよ。抱きしめられても何も感じなかったわ」

 サラの言葉を聞いて、クリフォードは彼女を優しく抱きしめる。

「俺は? 俺だと何を感じる?」

「知らないわよ」

「知らない事はないでしょ? 今何を感じてるか聞いてるのに」

 サラは困っていた。クリフォードに優しく包み込むように抱きしめられ、安心感と嬉しさを感じる一方で鼓動の高まりも感じていて、その複雑な心境をどう言葉にしていいのかよくわからなかった。自分が思っていた以上に彼に心を奪われているのを実感していた。

「じゃあわかるまで離さない」

「何を言っているのよ。このままここにいたら皆に迷惑でしょう?」

 クリフォードはサラを抱きしめる力を強めた。

「それなら教えて。俺はサラが愛おしくて堪らない。ずっと抱きしめていたいくらい」

「ずっとは無理でしょう?」

「それくらいサラの事が好きなの。サラは?」

 サラが返事に困っている時、扉をノックする音がして入浴の準備が整いましたとメアリーの声がした。

「ほら、離して」

 クリフォードはつまらなさそうな顔をしてサラを離した。彼女は彼から逃げるように浴室へと向かった。


 サラは浴槽に浸かりながら身体を見た。もう痣は消えている。そろそろ覚悟を決めなければいけない。嫁入り前に一度覚悟していたのだ。この二日笑顔の絶えなかったクリフォードが先程見せた不安そうな瞳の原因は間違いなく自分にある。あの馬鹿は自分の態度で機嫌が上下するのだ。落ち込ませるとまた使用人達が不審に思ってしまう。

 サラは自分を納得させるように頷いた後浴槽からあがった。そして丁寧に全身を石鹸で洗い、泡を流してもう一回頷いた。

 サラが着替えて髪を乾かし浴室を出て寝室へ向かう途中、クリフォードと廊下で会った。いつも彼は長風呂なのだが、今日は彼女が少し長く入浴したせいで同じ時間になったようだ。彼女は自分の決心に少し緊張していたが、それを知らない彼は微笑むと彼女の手を取り寝室へと向かった。寝室に入り、彼は彼女をベッドに座らせる。そして自分も隣に腰掛けながら彼女を抱きしめた。

「サラが言ってくれるまで寝かさないからね?」

「何を?」

「とぼけないで」

 サラは困惑の表情を浮かべた。寝室に静寂が広がる。クリフォードは抱きしめる力を強めた。彼女の胸の鼓動は高まっていく。

「クリフ、離して」

「嫌だ」

「苦しいから離して」

 クリフォードは渋々サラを離した。彼は寂しそうな表情を浮かべている。

「俺は重い? サラは苦しいの?」

「苦しいと言ったのはクリフが強く抱きしめるからで。重いとも思っているけど」

「やっぱり重いの?」

「私はまだクリフの愛情に応えられる程、自分の中で愛情が育っていないの。その差を感じるだけで、別に嫌ではないわよ」

 クリフォードは嬉しそうな表情を浮かべるとサラの頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。何度か重ねた後、彼は彼女をベッドへと押し倒す。

「その愛情が一緒になったら抱いてもいい?」

「一生一緒にならないかもしれないわよ」

 サラの言葉にクリフォードは悲しそうな表情を浮かべる。彼女は優しく微笑む。

「だから愛情が一緒になるようにこれから育んで欲しいの」

 サラの言葉にクリフォードは笑顔を浮かべて頷く。

「どうしたら愛を育める? 抱きしめればいい?」

「クリフの好きにしていいわよ。嫌な時だけ嫌と言うから」

 クリフォードは笑顔を引っ込める。

「その嫌と言うのは嫌いになる前に言ってくれる? 急に嫌いとか言われたら立ち直れないし、正直その境界線がわからないんだよ」

「わかったわ」

 クリフォードは笑顔で頷くとサラの横に寝転がり、彼女を後ろから抱きしめた。彼女は揺らぎそうな決意を必死に心の中で支える。

「もう寝るの?」

「寝る。サラは何気なく言ってるかもしれないけど、無理って言葉も正直辛い」

「一昨日はごめんなさい。急展開過ぎたのよ。でも今日はもう少し寝るのを待って」

 サラは首を回してクリフォードを見る。彼は抱きしめる腕の力を弱めた。彼女は身体ごと彼の方に向けると彼の瞳をまっすぐ見つめた。

「だから無理って言葉は辛いんだって。煽らないで」

 困った表情のクリフォードをサラは抱きしめた。

「サラ、俺の話を聞いてる?」

「聞いてる。もう少し触れ合いたいの」

 サラは最初手を繋ぐだけで良かったはずなのに、今はもうただ抱きしめられているだけでは物足りなさを感じていた。一度許せばもう後戻りは出来ない。初日にクリフォードが宣言したようにきっと毎晩繰り返される。いつかは向き合わなければいけないのなら先延ばしをしても意味がない。上手く言えないと逃げ続けていても仕方がない。彼女は彼から離れ愛おしそうに彼を見つめた。

「いや、聞いてないでしょ? 少しって難しいんだから」

「なら少しでなくてもいいわ」

 クリフォードは困惑したままサラを見つめた。彼女ははにかんで視線を外した。彼は彼女の言いたい意味を悟り驚いた表情をする。

「愛を育むってそう言う事?」

 サラは視線を外したまま小さく頷いた。クリフォードは笑うと彼女の頬に手を添えて口付けをする。彼女は嬉しそうに微笑んだ。彼も嬉しそうに微笑むと何度も唇を重ねた。

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