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三人での夕食

「おかえりなさいませ」

 サラは微笑んでクリフォードを抱擁した。

「ただいま。エリオットは先に来てる?」

「えぇ、今客間で御待ち頂いています。一緒に行きますか?」

「いや、着替えてから行く」

「わかりました。では客間でお待ちしておりますね」

 サラは微笑んだまま軽く頭を下げると客間へと歩いて行った。クリフォードはそんな彼女の背中を寂しそうな瞳で見つめた後、自分の部屋へと歩いて行く。その後にマシューが続く。

 二階のクリフォードの自室に着くとマシューは扉を開け、クリフォードは部屋の中に入るとそのままソファーに腰掛けた。マシューは扉を閉めてから着替えを手に取り振り返ると、そこには項垂れたクリフォードが哀愁を漂わせながら座っていた。

「如何されましたか。着替えて客間へ行かれないのですか?」

 マシューは着替えを手にしたままクリフォードの正面へと回った。クリフォードが向かいのソファーに腰掛けるよう手で促したので、マシューは逆らわずそのまま腰掛けた。

「さっきのサラの笑顔、この家に来て一番じゃないか? 珍しく化粧までしてたし」

「お化粧は元々商人を呼んでいたと伺っています。それに、友人が訪ねてくれる事は楽しいものだと思います」

 マシューにはサラが友人としてと言っていた言葉に嘘はなさそうに見えた。だからサラの言う通りクリフォードの問題のような気がしていた。

「友人、か」

 クリフォードはそう呟くと俯いた。

「クリフォード様がサラ様の事をエリオット様にご相談されるように、サラ様もまたエリオット様にクリフォード様の事をご相談されたのではないでしょうか?」

「相談?」

「サラ様がご相談出来るご友人、エリオット様以外にいらっしゃいますか?」

「いや、学校ではいつも三人だったし、他の友人の話は聞いた事がない」

「それでしたらきっとエリオット様にご相談をされて、解決したから明るい表情だったのではないでしょうか」

 マシューの説得にクリフォードの表情が徐々に明るくなっていく。エリオットはサラと話してくれると言っていた。エリオットが上手く話をまとめてくれたのかもしれないと期待が過った。

「それにクリフォード様もそれを期待されてわざと遅くご帰宅されたのではないのですか」

「いや、そういう事じゃなかったんだけど」

 クリフォードはエリオットを夕食に誘った事を後悔していた。サラがエリオットに特別な感情を抱いている視線を送っていたらどう対応すればいいのかわからず悩み、仕事が全く手につかなかったのである。

「ここで考えても仕方がありません。サラ様を信じられてはいかがですか」

 マシューは優しく微笑んだ。その表情を見てクリフォードも微笑を溢した。

「マシュー、いつもありがとう」

「いいえ。私は思った事を話しているに過ぎません。さ、着替えて食事になさいましょう」

「あぁ」



 客間のテーブルには夕食が運ばれていた。それはいつものコースではなく、一つの皿に肉料理とサラダが盛り付けられ、別途スープの入った容器が置かれていた。

「久しぶりだな」

「いつもこんな感じなの?」

 給仕が食事を準備し終えて部屋を去ったので、サラは砕けた話し方をしていた。

「あぁ。給仕の人が出入りしなくていいように気を遣ってくれてるんだと思う」

 なるほどとサラが頷くと扉をノックする音がしてクリフォードが客間に入ってきた。

「先にお邪魔してるよ」

「あぁ。悪い、一緒に帰れなくて」

「いいよ。ここは自由に出入り出来るし。でも驚いたよ。サラはもう公爵家の人みたいだね」

「え? そう?」

 急にエリオットがらしからぬ事を言い出したのでサラは戸惑った。

「その服も似合ってるし、見た目だけなら出自なんてわからないよ」

「そうかしら? 中身は全然追いついてないけどね」

 サラは照れ笑いをした。エリオットは褒めるなど普段しない。これはクリフォードを追い込む一環だと気付いたものの、やはり褒められると嬉しかった。そんな彼女の態度をクリフォードはつまらない表情で見ると、無言でナイフとフォークを手にして食事を始めた。

「中身なんて貴族社会ではそこまで重要でもない気がする。見た目がしっかりしてれば何とでも誤魔化せると思う」

「社交界を無視しているエリオットに言われても説得力がないわ」

「それはそうだな。無責任な事を言って悪かった」

 エリオットは優しく微笑む。サラもそれに応えるように微笑む。クリフォードは不機嫌そうにステーキを切る。普段クリフォードは育ちの良さが窺える食べ方をするのだが、今日はステーキの切り方が大きく口いっぱいに頬張っていた。

「ところで出立はいつなの?」

「多分三日後になると思う」

「ねぇクリフ。出立前夜もエリオットを夕食に招待してもいい? 戦地に行けば食事もまともに食べられないと思うの。だから、ね?」

 クリフォードは口の中に詰め込み過ぎて話せない状況だった。彼は小さく首を縦に振った。

「どうしてそんなに口の中に入れたの? そんなにお腹が空いていたの?」

 クリフォードはもう一度頷く。サラは微笑んだ。

「今日はいつもより遅かったからきっと忙しかったのよね。お疲れ様」

 思いがけないサラの優しい言葉にクリフォードは喉を詰まらせてむせた。サラは慌てて席を立ち、彼の背中を擦る。エリオットはグラスをクリフォードの前に置く。

「もう何をやっているの。口の中に入れ過ぎなのよ」

 クリフォードが遅くなった理由を探ろうとサラはわざとそう言ったわけだが、この反応はエリオットの推測で間違いないだろうと彼女は思った。クリフォードは水を飲み何とか口の中の物を飲み込んだ。

「ごめん、気を付ける」

 サラは微笑むと自分の席に戻った。

「クリフがエリオットを招待したんでしょう? 食べてばかりでどうするの。今まで二人の時は何を話していたの?」

 サラの質問にクリフォードは困った顔をする。食事の時はクリフォードはほとんどサラの話しかしていなかった。それをエリオットは基本聞き流し、たまに相槌を打つ感じだった。

「男二人だから話せる事もあるんだよ、それは追及しないでやって」

 エリオットにそう言われサラはつまらなさそうな顔をした。いくら三人が友人だったとはいえ、エリオットとクリフォードの付き合いの方が長い。サラに言えない事がいくつかあっても仕方がないと彼女は渋々納得した。

「今夜は私がウォーグレイヴの食事をしたいとお願いしたから、話があるわけではないんだよ」

 エリオットがそんな事を言うはずもない。それくらいサラにもわかる。クリフォードが現状を打破出来ないから、エリオットに泣きついただろうという所までは予測出来る。だがそれにしてはクリフォードはただ食べているだけで、結局何をしたいのか彼女にはわからなかった。エリオットに全てを丸投げしているのだとしたら酷い話である。

「そう。それならエリオットの状況について教えて。騎士になるなんていつから思っていたの?」

 サラはエリオットの友人として彼の現状に興味があった。エリオットも嫌そうな顔一つせずサラの質問に答えていく。それをクリフォードはつまらなさそうな顔をしながら無言で食事を続けた。


 食事が終わるとエリオットは立ち上がった。

「今日は御馳走様。明日は早いからこれで失礼するよ」

「朝が早いの?」

「早朝訓練があるから。その代わり終わる時間も早いよ」

「そう、なら見送るわ」

 そう言いながらサラはクリフォードの方を見る。

「俺は見送りしないから。サラがしたいのなら止めないよ」

 クリフォードはサラの方を見ようともしなかった。彼女はわかったと言って立ち上がると、エリオットと共に玄関へと向かって行った。玄関には人がいない。サラが出入りする時はいつも使用人が開けてくれるのだが、夜だからかその使用人がいなかった。

「休憩中かしら。今呼んでくるわね」

「いや、俺は帰る時はいつも自分で扉を開けるから問題ないよ」

「そうなの? でもこの扉は大きいから重そうよ」

「これから軍隊に所属する人間がこの扉を開けられない方が問題だ」

「確かに。それもそうね」

 サラは微笑んだ。エリオットも柔らかく微笑む。

「ところであれは重傷だね。もういっそ平手打ちでもしたら?」

「暴力は嫌よ。それはしたくない」

 サラは手をあげるという事だけは絶対にしたくなかった。エリオットはその事情を知らないが、彼女の嫌そうな顔でこれ以上踏み込んではいけない話というのは察した。

「そう。なら襲う?」

 エリオットの予想外の言葉にサラは驚いた。まさかエリオットからそんな発想が出てくるとは思いもよらなかったのだ。

「クリフの結婚前のあの噂、半分嘘なんだよ。事実は本人から聞いた?」

「その噂の話はした事がないけど、半分嘘とはどういう意味?」

「それは私が言う事でもないから気になるなら本人から聞いて。じゃあおやすみ」

「えぇ、おやすみなさい」

 エリオットは自分で扉を開けて帰っていった。サラは暫くその扉を見つめながら、その意味を考えていた。

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