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お茶会への準備

「新婚早々喧嘩でもしたのか?」

 エリオットは自宅の玄関でクリフォードに無表情でそう言った。エリオットは居間へと案内する気もないようで、立ったままクリフォードを見据えている。

「喧嘩なんて出来ないよ。喧嘩したら暮らし難いだろ」

「それなら一旦家に帰って、言いたい事を言って喧嘩になってから出直して」

 エリオットは相変わらず無機質な表情である。感情がないような声なのにどこか優しく聞こえるのがクリフォードはいつも不思議で、それ故に困るといつもエリオットを頼ってしまうのだ。

「喧嘩したくないから相談に来たのに、何でそういう事を言うんだよ」

「恋愛相談なら相手を間違えている。私に聞いて答えが出るはずがない」

「だって友人はエリオットだけだし。エリオットだってそうだろ?」

「私はサラも友人だからクリフだけの意見は聞かない」

 表情を変えないエリオットにクリフォードはつまらなさそうな表情をする。

「サラがエリオットの事を友人と思ってるかはわからないだろ?」

「いや、二人が結婚したからこそ、サラとはクリフよりも仲良く出来る気がするけど」

「どういう意味だよ?」

「そのままの意味だよ。とにかく今日は家に戻れ。サラとは卒業式以来会っていないからわからないけど、どうせ二人とも遠慮してるんだろう? 夫婦の事は夫婦にしかわからないのだから、とりあえずサラに言いたい事を言うか、聞きたい事を聞く事。相談はその後」

 エリオットはどうしても家にクリフォードをあげる気はないようだ。クリフォードはため息を吐いた。

「言いたい事を言うとサラを困らせるんだよ。困らせたくないんだよ」

「結婚したのだから困らせればいいだろう? サラだって覚悟はしているはずだ。クリフが余計な事を考えると、サラの思考が追いつかなくなるからやめた方がいい」

 エリオットの言っている意味がわからず、クリフォードは不機嫌そうにエリオットを睨んだ。しかしそれをエリオットは無表情で受け流す。

「だからとりあえず帰ってサラに言いたい事を言えばいい。多分今クリフが考えている事は無意味だから時間の無駄だ」

「時間の無駄とか、わかったような事を言うなよ」

「見当はつく。だから帰れ」

 エリオットの語調が強くなった。クリフォードはそれ以上言葉を発する事が出来ず、小声でまたなと呟くと玄関を出て行った。エリオットはクリフォードが出て行った扉を見てため息を吐くと、扉に鍵をかけた。



「おかえりなさいませ」

 サラはクリフォードに軽い抱擁をした。彼は力強く彼女を抱き締めた。朝と違いすぐに離してくれない彼に彼女が戸惑っていると奥からエマの声がした。

「クリフォード様。申し訳ございませんがサラ様には今時間がございません。夕食後もして頂く事がございます。何卒御容赦願います」

 エマの言葉の意味が理解出来ず、クリフォードはサラを抱きしめる力を弱めて怪訝そうな表情でエマを見る。

「サラ様は明日リリー様のお茶会へ出席しなければならなくなりました。明日までに詰め込む事が沢山ございます。何卒一日だけお願い致します」

「何であの人が?」

「それがわからないので色々あるのです。とにかく一秒でも無駄には出来ません。失礼致します。サラ様、いきましょう」

「申し訳ありません、夕食は一緒に頂きますから」

 サラはクリフォードから離れ申し訳なさそうに謝るとエマと共に自室へと歩いて行った。彼は眉間にしわを寄せたまま、そんな彼女の背中を見ていた。

「クリフォード様、とりあえず着替えをお願い致します」

 マシューはクリフォードの背中から淡々とした声を掛ける。クリフォードは頷くとマシューと共に自室へと向かった。



「で、何でこんな事になってるの?」

 食堂で給仕二人が前菜を置いた所でクリフォードは明らかに不機嫌顔でサラに尋ねた。彼女は困ったような表情を浮かべる。

「私にも詳細はよくわからないのですが、私宛にリリー様からお茶会の招待状が届きましたので、参加しないわけにはいかないのです」

「俺の事を一切見ない人がサラを呼び出す意味がわからない。別に行かなくてもいいんじゃないの?」

「断る方がよくないとメアリーとエマが言うので参加します。クリフォード様にご迷惑かからないよう一夜漬けでどこまで出来るかわかりませんが最善を尽くします」

「一夜漬け? 徹夜でやる気なの?」

 クリフォードは少し怒っているような表情だ。サラは慌てて首を横に振る。

「いえ、睡眠不足の方がいけませんので徹夜はしません。ですが少し遅くなると思いますから、クリフォード様は先にお休みになっていて下さい」

 クリフォードは明らかに苛立っていた。言いたい事を言える環境ではなくなってしまった。こういうのは勢いがいる。明日になると言えなさそうで、彼は小さくため息を吐いた。

「そう。わかった。でも無理しなくていいよ。俺はあの人にどう思われてるか興味ないし」

「そういうわけには参りません。今の私に出来る事は少ないかもしれませんが、リリー様をはじめ皆様に悪く思われないよう振る舞います」

 サラは微笑んだ。クリフォードに余計な心配はかけたくなかった。彼女は今まで男爵令嬢として社交の場にほとんど参加していなかったので、公爵家の嫁として上手く振る舞えるか自信はなかった。しかし自分が侮られれば必然的に夫である彼も侮られてしまう。それだけはどうしても嫌だった。そんな彼女の決意など想像出来ない彼は、ただ不満そうに夕食を取っていた。



 ある程度の知識を叩き込み、入浴してすっきりした後サラは寝室へ小さくノックしてから入った。やはりクリフォードはベッドで寝ていて、中央に顔を向けていた。もしかしたら寝返りを打っただけかもしれない。どこか拗ねているような表情に見えるのは気のせいだろうか。

 サラは静かにベッドに入るとクリフォードの方を向いた。そして彼の前髪にそっと触れた。彼は公爵家の息子らしく綺麗な金髪で碧眼だ。色々言われてきただろうにそれを感じさせない。甘やかしたとヘンリーは言っていたが、リリーの話を聞いたらそれも仕方がないと思えた。存在を無視されるなど傷付かないはずはない。だから彼はきっと結婚式の後あんな事を言ったのだ。一つ屋根の下でまるで見えていないような態度、それはきっとリリーのやっていた事なのだ。リリーだけではない。三姉妹皆同じ態度だったと聞いた。

 サラは顔の横にあるクリフォードの手を握りしめた。明日上手く振る舞えるかその自信が欲しくなった。起きていたら言えていたかわからない。寝ていてくれてよかったのかもしれない。彼女は微笑むとそのまま眠りに落ちていった。



「サラ様。極力余計な事は言わなくて宜しいですからね」

 まだ化粧品を見立てていなかったサラの為、メアリーは商人から試供品を取り寄せサラに最低限の化粧をした。元々端正な顔立ちなので目立ってはいけないと非常に控えめだった。訪問着も三人で相談して淡い緑、それに合わせて小振りの耳飾りと首飾りで着飾った。

「わかっているわ。波風を立てるような事は絶対に言わない」

「御武運をお祈りしております」

 メアリーの言葉にサラは笑った。お茶会は女の戦場である。ある意味正しいのかもしれない。

「ありがとう、行って来るわ」

「いってらっしゃいませ」

 サラを乗せた馬車はマレット家へと向かって出立した。

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