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招待状

 入浴後、サラは寝室にいた。今夜もクリフォードはいない。彼女は昨日と同じようにソファーに腰掛け、彼の言動の意味を考える事にした。時間を頂戴と言ってから何故急に態度が変わったのか。気持ちが変わらないとは、まだ彼は自分の事を友人だと思われていると思ったのか。それともエリオットの事でも考えたのだろうか。しかしエリオットの事はけじめをつけたかっただけと伝えてある。実際、あれは告白した時点で彼女の中で終わっていた。その後彼に気持ちが傾いた時期は、彼女自身明確な答えを持っていない。

 ノックをしてクリフォードは寝室に入ると、そのままベッドへと横たわった。サラはその行動を予測していなくて、彼が掛布を被るまでただ見ている事しか出来なかった。

「そんなに疲れていたの?」

 サラはソファーから立ち上がりベッドへと近付く。クリフォードはベッドの端でサラの方に背を向けて寝転がっていた。

「うん、おやすみ」

 クリフォードはサラの方を見ようともしなかった。彼女はゆっくりとベッドに潜り込んだ。キングサイズのベッドは広く、彼が端で寝ていると彼女との間にある掛布がまるで壁のように感じる。

「疲れているのに優しい言葉ひとつも言えなくてごめんね」

「俺はサラがいてくれたらいいんだ。それだけでも癒されるから大丈夫」

 サラはクリフォードの方に身体を向けた。彼は背を向けたまま動こうとしない。

「そんなに端で大丈夫? 落ちない?」

「落ちないよ。今まで落ちた事はないから」

 サラは寂しさを感じていた。自分が上手く言えないのだから仕方がないのだが、クリフォードに背を向けられる事がこんなにも切ないとは思っていなかった。自分は今まで彼をどれだけ傷付けてきただろう。寂しいなんて思う資格はきっとない。手を今夜も繋いでほしいなんて、きっと我儘だ。彼に素直に気持ちが言えるまで我儘を言ってはいけない。実際彼は待って欲しいと言う彼女の我儘を聞いてくれているのだ。こちらも我慢しなければ彼に申し訳ない。

「そう。でも気を付けてね。おやすみなさい」

「おやすみ」

 サラは寝返りを打ってクリフォードに背を向けた。



 翌日午後、サラはソファーに身体を預けていた。クリフォードの余所余所しい態度は朝も続いており、午前中は苦手な刺繍の時間で疲れていたのだ。控えていたエマとメアリーの様子からして、自分はやはり刺繍が下手なのだと思い知らされていた。

 ノックの音がしてサラが身体を起こすと同時にエマとメアリーが入ってきた。メアリーの押すカートから甘い香りが漂ってくる。

「いい香り。今日は何?」

「お疲れになったと思いますので、マシュマロを御用意致しました」

 メアリーは紅茶を注ぐとマシュマロを入れてかき混ぜて溶かし、その上に焼いたマシュマロを浮かべてサラの前に置いた。

「甘くておいしいですよ。茶葉はオーティスですが違う紅茶みたいになります」

 サラはお礼を言ってから紅茶を口に運んだ。彼女は思わず笑みを零す。

「美味しい。全然違うわ。甘いのもいいわね」

 メアリーはエマと自分の紅茶を淹れながら微笑んで応える。

「サラ様は美味しそうに飲んで下さるので私も嬉しいです」

「だって美味しいもの。自分の刺繍の才能のなさに落ち込んでいたけど、また頑張れそう。ありがとう、メアリー」

 サラは微笑んで紅茶をもう一口運ぶ。こんなに美味しい紅茶が飲めて、食事もとても美味しい。気分が落ちた時はこれで解消しようと彼女は思った。

「ところで教えて頂けますか? 昨日聞いた事」

 メアリーはティーカップを持ってサラの前に座った。メアリーの横に座りながらエマは怪訝そうな顔をする。

「昨日? 失礼な事を聞いていないでしょうね?」

 エマはメアリーを窘めているような口調だ。見た目は同じ歳くらいに見えるが多分エマの方が年上なのだろう。

「違うわよ。クリフォード様との結婚を決めた理由を教えて下さいとお願いしただけ。エマも気にならない? だってあのクリフォード様よ?」

「気になっていたのだけど、メアリーはクリフに何か嫌な事でもされたの?」

 サラに尋ねられメアリーはつまらなさそうな顔をする。

「私はお嬢様方の侍女をしていたというのもあるのですが、一番は私の淹れる紅茶を不味そうに飲まれるのです。腹立たしいので最近は旦那様にリデルの紅茶を淹れる時、クリフォード様には白湯しか出していません」

 メアリーの言葉にサラは思わず笑った。

「白湯を出してもいいの?」

「いいのですよ。けれど白湯は不味そうに飲まないのがまた腹立たしいのですけれどね」

「クリフは嘘が吐けないのよ。きっと紅茶の味自体が苦手なのだと思うわ。だから出来たら嫌いにならないであげて」

 サラは笑顔でそう言うと紅茶を一口飲んだ。こんなに美味しい紅茶を苦手と思えるのかはわからなかったが、好き嫌いは誰にでもある。それはきっと致し方ない事だ。

「ですからサラ様にお伺いしたかったのです。クリフォード様のどこがお好きなのかを」

 メアリーの質問にサラは困った顔をしてエマを見てみるものの、エマも聞いてみたいと言う顔でサラを見ている。サラは困った表情のまま笑った。

「そう聞かれると困るわね。いつから好きと明確に自分でもわからないの。一緒に過ごしていて気付いたらという感じで。多分クリフの優しさが徐々に沁みたのよ」

 クリフォードは自己中心的ではあるが、サラが嫌だと言えば無理強いをする事はなかった。だからこそ無理に唇を奪おうとした事が信じられなくてあれだけ泣いたのだ。初夜もきっと嫌がると思い、最初から抱かないと言って彼女を安心させようとした。そうなると昨夜の対応はどういう事だろうか。急かさないというのは何もしないという事だと思ったという事だろうか。

「優しさと言われても理解出来ませんが。そう言えば今朝はあっさりされていましたね」

「あれは私もよくわからなくて。昨夜急に態度が変わったのよ」

「サラ様、何かクリフォード様に言われました? 誤解を招くような事」

 エマが慌ててサラに尋ねる。しかしサラは何か誤解を招くような事を言ったつもりはない。

「特に。ただ急かさないでとお願いしただけよ。でも友人感覚が抜けないと言うか、夫婦の雰囲気がわからなくて困っているわ」

 サラが小さなため息を吐いた時、扉をノックする音がした。

「サラ様宛の手紙がリリー様より届きましたので急ぎお持ち致しました」

「リリー様から? わざわざありがとう、今開けるわ」

 メアリーは驚いた表情でソファーから立ち上がると扉を開け、使用人から手紙を受け取ると扉を閉めて戻ってきた。そしてサラに手紙を渡す。

「マレット侯爵夫人リリー様は旦那様の次女、つまりクリフォード様の異母姉にあたる方です。結婚式も郊外で挙げて目立たないようにしたのに何故こんなにも早く」

 エマも困った表情をしている。どうやら望まぬ手紙のようだ。メアリーは机からペーパーナイフと取り出すとサラに手渡した。サラはそれを受け取ると開封した。

――明日午後一時から当家でお茶会を致します。是非サラ様も御参加下さい。 リリー ――

「お茶会の招待状ね」

 サラはそう言いながら手紙をエマとメアリーに見せる。二人はそれを見て動揺している。

「どうしましょう、メアリー。これは絶対あれよね?」

「えぇ、リリー様ですもの。絶対そうよ。でも行くのと断るのではどちらがいいかしら?」

「断る方が駄目よ。あらぬ噂が瞬く間に広がってしまうわ」

 二人のやり取りの意味がわからず、サラは首を傾げていた。

「お茶会は紅茶を飲むだけでしょう?」

「そんなわけないではありませんか。リリー様は少々性格に難があるのです。きっとサラ様を辱めたり、もしくは呼んでおいて無視をしたり、そういう事なのですよ」

「私はヘンリーさんに報告をしてきます。明日の時間割の調整もあるでしょうから」

 エマは一礼すると部屋から出て行った。サラはメアリーに向き合う。

「メアリーはリリー様の侍女をしていたの?」

「はい、嫁がれた四年前まで一年ほど」

「一年? 随分と短いのね」

 メアリーは元々厨房で働いていた事、年齢が近いのと紅茶を淹れるのが上手いと言う理由で侍女に配置換えになりリリーが嫁ぐまで約一年仕えた事、その後一年三女のローズに仕えた事、ローズが嫁いだ後はまた厨房に戻っていた事をサラに説明した。

「リリー様は嘘をまるで本当のように話される方です。しかも全てが嘘ではないので、何が本当で何が嘘かを判断する事が容易ではありません。リリー様のお茶会はそのような嘘か本当かわからない話で盛り上がるもので、サラ様には向いていないかと」

「そうね。私は噂話に興味がないのよ。だけどそういう態度で臨むのはいけないわよね」

「そうですね。ただ同調する人を集めただけのお茶会でしょうから頷いていれば丸く収まるかとは思いますが、サラ様のご実家の事やクリフォード様の事なども言い出しかねません」

 サラはため息を吐いた。

「私の事は何を言われても耐えられるわ。実際身分は低いのだから。でもクリフの事はどう対処するのがいいのかわからないわね」

「リリー様はクリフォード様を弟と認めてはおりません。この屋敷で一緒に暮らしていた時は一切クリフォード様を見ようともしませんでした」

 サラはクリフォードが何故あれだけ嫌われるのを恐れているかを垣間見た気がした。一つ屋根の下にいるのに一切見ないとは流石にやり過ぎなように思えた。そのように認めていない異母弟の妻を結婚早々呼び出すとは、一体何をするつもりなのだろうか。エマとメアリーの態度から言って歓迎されるはずはない。

「メアリー、可能性を考えて。そしてそれぞれにどう対応するのが一番いいかを一緒に考えて。たとえ表面上だけでも何とか繕ってみせるわ」

 サラの瞳には強い決意が感じられた。メアリーは頷き、二人は明日のお茶会の対策を練り始めた。

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