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なかなか交わらない思い

「ただいま」

「おかえりなさいませ」

 サラとメアリー、マシューはクリフォードの帰りを玄関で迎えた。サラはクリフォードを軽く抱擁した後すぐ離れようとしたが、クリフォードが力を入れて抱きしめているのでそこから逃げられなかった。

「クリフォード様、もうすぐ食事の支度が整います。ですから着替えをお願い致します」

 サラを離そうとしないクリフォードに、マシューは何事もないかのようにそう言った。クリフォードは少しつまらなさそうな表情を浮かべながらサラから離れる。

「わかった。サラ、すぐに着替えてくるから」

「えぇ。食堂でお待ちしております」

 サラは優しく微笑んだ。クリフォードも笑顔を返すとマシューと共に階段を上っていった。

「クリフォード様、自由な気がするのですけれど」

 メアリーはサラに小声でそう言った。

「彼なりに距離感を量っているだけだと思うわ」

「私はあまりクリフォード様の事を存じ上げないのでわかりませんけれど、本当にあの方の妻で宜しいのですか? 絶対に苦労しますよ」

「心配してくれてありがとう。だけどもう決めた事だから」

 サラは微笑んだ。メアリーはつまらなさそうな表情をする。

「明日の茶会講座では是非、その決めたきっかけを教えて下さい」

 サラは困ったように微笑んだ。エマと違いメアリーはクリフォードをあまりよく思っていない雰囲気がある。その理由がサラにはわからなかった。



「クリフォード様、私の話を覚えていますか。焦りは禁物ですと申し上げたはずですが」

 マシューはクリフォードの着替えを手伝いながらそう言った。

「え? 俺焦ってる?」

「少なくとも私の目にはそう映っております。何故ゆっくり出来ないのですか」

 マシューはクリフォードの脱いだ服を慣れた手付きで畳んでいく。

「ゆっくりってどれくらい?」

「それはクリフォード様が考えられるべき事かと思います。私はただ先程サラ様が少し困惑した表情をされていたように感じただけです」

 部屋着に着替えたクリフォードはマシューを振り返った。

「そんな顔をしてた?」

「感じただけです。私はサラ様とは昨日が初対面ですし、まだ会話もした事がありません。ですからサラ様の心境を知っている訳がありません。ただ」

 マシューはここで一息入れてからクリフォードを見つめた。

「クリフォード様にとってみれば日常にサラ様が加わっただけでも、サラ様にとっては初めての事も多く、ここでの生活は暫くお疲れになるでしょう。サラ様が精神的に病まれたらどうなさいますか」

「それは困る」

「でしたら暫くは自我をお抑え下さい。まずはこの生活に慣れて頂く事が大切なのですから」

 着替え終わったクリフォードはソファーに腰掛けた。

「そんなに皆が言う程この家の生活はおかしいの?」

「私は男爵家の生まれでないのでわかりませんが、今まで前例のない事なのですから難しい事だとは思われませんか?」

「うーん、そうかなぁ」

 クリフォードは理解出来ないという表情を浮かべた。マシューは畳んだ衣類を抱える。

「腰掛けておられないで食堂へ移動して下さい」

「マシューは話の切り方がいつも早いって」

「私は感じた事をお伝えするだけで、何かを提案する事は私の仕事の範疇ではありません」

「そういう淡々とした所は嫌いじゃないけどさ。マシューの洞察力は信じてるし」

 クリフォードはソファーから立ち上がった。クリフォードの言葉にマシューは会釈で応えた。

「サラ様の事をもう少しお考え下さい。ではお先に失礼致します」

 マシューは頭を下げるとクリフォードの自室から出ていった。

「サラの事を考えて、か」



 夕食が終わり、二人は居間に移動していた。

「サラ、もう少し端によって」

 クリフォードはソファーに腰掛けようとしているサラの肩を押した。彼女は仕方なくソファーの端まで移動してから腰掛けた。それを確認して彼は彼女の膝の上に頭を乗せてソファーに寝転んだ。

「毎晩これをするの?」

「いいじゃん。緊急時以外は呼ぶまで誰も入ってこないから」

 クリフォードは笑顔でサラを見つめた。この笑顔に彼女が勝てない事を彼は知っていて、わざとやっているなら彼女も拒否出来るのたが、そんな事を考えている訳などないので質が悪い。

「全く。痺れるまでだからね?」

「わかってるって」

 クリフォードは満足そうに笑った。サラもつられて微笑みを溢した。

「サラ、頭を撫でられる事以外で嫌な事は何?」

「え?」

「昨夜みたいに怯えらるのは嫌だから、サラが嫌な事は極力やらないようにしたい」

 真剣な眼差しで見つめるクリフォードにサラは優しく微笑んだ。

「その気持ちだけで十分よ。あれは無意識で私にもよくわからないの」

「そうなの?」

「だってクリフと父は全然似てないから、あんな風になるなんて思っていなかったし」

「じゃあ嫌ならその都度言って。すぐやめるから」

「それなら頭が重いから起きて」

「えっ?!」

 クリフォードは勢いよく飛び起きると、不安そうな顔をサラに向けた。

「もしかして痛かった? 膝にも痣がある?」

 サラは軽い気持ちで発した言葉が、思わぬ発想を呼んでしまった事に僅かな苦笑を溢した。

「ごめんなさい、そんなつもりで言った訳ではないの。痛くはなかったから」

「焦ったー。言ってるそばからやっちゃったのかと思った」

 クリフォードは安堵の表情を浮かべると、再びサラの膝の上に頭を乗せて寝転んだ。

「あら、戻るの?」

「だって痺れるまではいいんだよね?」

「普通にソファーやベッドに寝転んだ方が気持ちいいと思うのだけど」

「そんなのはいつでも出来る。もう少しこのままでいさせて」

 クリフォードの言葉にサラは笑顔で応えた。彼女にはこの膝枕の魅力がよくわからなかったが、彼が望むならもう少し付き合おうと思った。

「サラ、ずっと俺の傍にいてね」

「他に行く所もないからいるわよ」

 サラは自分の言い回しに自己嫌悪した。ゆっくり態度を変えていこうと決意したとはいえ、何故もう少し可愛げのある言葉にならないのか。案の定クリフォードは微妙な顔をしている。

「今ここにサラがいる事が夢みたいだと思ってたけど、その言い方は現実っぽい」

 クリフォードはサラの左手を両手で掴んだ。

「約束だよ。絶対一生傍にいてね」

「しつこいわね。傍にいたいと言ったのは嘘ではないと昨夜言ったでしょう? 私が言う事を信じられないみたいで少し不快だわ」

 サラは不機嫌な表情をクリフォードに向ける。自分の言い方が悪いのは重々承知だが、それでも彼が何故ここまで不安に思うのか彼女にはわからなかった。結婚した以上、法律上離婚が難しいこの国で彼の傍を離れるには、この世を去るしかない。そのような現実味のない事の方が信じられるのなら、一体彼女は何を彼に言えばいいのかもうわからなかった。

「信じてるよ。信じてるけど、言い方が前と変わらないって言うか。もう少し優しく言って欲しいんだけど、難しい?」

「そういうの柄ではないのよ。それに私が優しく言っても、それはそれで裏があると言い出すのでしょう?」

 サラは自分の首を絞めていると思いながらも、言葉が止まらなかった。こんな事を言ったらどうやって自分の本当の気持ちを伝えるつもりなのか。クリフォードの前だと素直になれない自分が嫌で仕方がなかった。

「そうかな? でもそうかも。俺に愛してるって言ってくれるサラは想像出来ない」

「そう、それなら一生言わない事にするわね」

 サラの言葉にクリフォードは起き上がる。

「嫌だよ。俺の事を愛しいと思えたらその時は言って。そこは嘘吐かないで」

 クリフォードの言葉にサラは困った表情を浮かべる。既に思っているのに今はその時ではない気がして、それならいつ言うのが正しいのか彼女にはわからなかった。そんな困っている彼女を見て彼は慌てる。

「困らせたいんじゃないんだ。急かしてるわけでもないよ。何て言ったらいいんだろう。サラがここにいてくれるだけで十分幸せなんだけど、あぁもう上手く言えない」

 クリフォードは目を細め首を傾げて首の後ろをかいた。サラは自分の言葉が彼を困らせているとわかり、彼の不安を取り除けるよう微笑んだ。

「何となくはわかったわ。学校にいる時と同じ態度なのが嫌なのでしょう? 一応気にしてはいるけれど急に変えられないの。ごめんね」

「じゃあ徐々に変わっていく?」

「クリフの努力次第ね」

 サラは微笑んだ。クリフォードの顔が明るくなる。

「どう努力したらいい? どうしたら俺の事を愛してくれる?」

「お願いだから急がないで。昨日も言ったけど時間を頂戴」

 昨日サラが時間を頂戴と言ったのは痣が消えるまでの時間だった。しかし今の彼女に必要なのは精神的なものだ。三年も彼の気持ちを断り続けた報いとはいえ、素直になる事がこんなにも難しいとは思わなかったのだ。

 一方クリフォードはマシューにも指摘されていたのに、気付くとサラを急かしている自分に自己嫌悪していた。彼女と一緒にいられるのが嬉しくてどうしても浮かれてしまうが、目の前の彼女は明らかに困っている。努力すべきなのはまず気持ちを抑える所からなのかもしれないと思った。

「うん、わかった。そんなに簡単に気持ちは変わらないよね。俺だってサラの事をずっと諦められなかったんだもん。サラもそうだよね」

 サラはクリフォードの言葉に眉を顰める。

「大丈夫、言わなくていいよ。今は傍にいてくれるだけでいい」

 サラはクリフォードの言う大丈夫が何を指しているのかわからなかった。

「あ、でも送り迎えの抱擁だけして欲しいな。軽くでいいから」

「それは勿論」

 サラの言葉にクリフォードは笑う。

「ありがとう。頬に口付けはしなくていいよ。無理矢理は駄目だよね」

 サラはクリフォードの頬に口付けするのが嫌だったわけではない。使用人の前というのが嫌だったのだ。しかし彼は心の中で何か納得したようで、サラの意見を聞く雰囲気はなさそうだった。

「失礼致します。御入浴の準備が整いました」

 扉の奥からメアリーの声が聞こえてきた。クリフォードは立ち上がる。

「今日は父上にこき使われたから疲れてるんだ。風呂に入ったらすぐ寝るね」

 クリフォードはそう言うと自ら扉を開けて浴室へと向かって行った。サラは彼の態度の変化が理解出来ず、メアリーに急かされるまで暫くソファーに腰掛けたまま動けなかった。

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