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金銭感覚指導

 朝食後、玄関にはクリフォードとサラ、マシューとエマ、そして一部の使用人達がクリフォードの見送りの為にいた。

「お仕事頑張って下さいませ」

 サラは笑顔をクリフォードに向けると、彼は両腕を広げた。彼女は意味がわからず首を傾げる。

「挨拶。見送りの挨拶して」

「ですからこうやってお見送りを――」

 クリフォードはサラが言い終わる前に彼女の腕を引っ張って抱きしめた。そして彼女の耳元で囁く。

「頬に口付けて」

「何を言っているのよ、こんなに人がいる前で」

 サラはあえて言葉を丁寧にしないように、クリフォードにしか聞こえない小声で言った。

「だから頬で我慢するって言ってるの。してくれるまで離さないよ」

 サラは困惑の表情を浮かべたが、ここで突き放すのもどうかと思うし、クリフォードの事だからきっとやるまで本当に離してくれない。彼女は観念して彼の頬に唇で触れた。それは一瞬だったが、彼はそれで満足して彼女から離れた。

「じゃあ行って来るね」

「いってらっしゃいませ」

 サラとクリフォードのやりとりに続き、使用人達も一斉にいってらっしゃいませと挨拶をした。彼は笑顔を彼女に向けてからマシューと共に玄関を出て行った。

「サラ様、自室は覚えてらっしゃいますか?」

 見送りを終えた使用人達が食堂へと歩き出す中、エマはサラに声をかけた。

「えぇ、自室に居ればいいのかしら?」

「はい。ヘンリーさんから自室でお待ち頂きたいとの伝言を承っております」

 話し方からやはり夫婦とは思えない。しかしこれがヘンリーとエマの中では普通なのだろう、夫婦もきっと十人十色なのだと納得する事にした。

「わかったわ。自室を観察してるので急ぐ必要はないと伝えて貰えるかしら」

「かしこまりました。それでは失礼致します」

 エマは一礼をすると食堂の方へ歩いていった。サラは階段を上って自室へと向かった。青い花瓶が両端に置いてある寝室の奥の扉、白い花瓶が両端に置いてある扉が彼女の部屋だ。

 部屋に入るとサラは隅々歩きながら何が置いてあるのか確認した。物はどれも一流だという事くらい聞かなくてもわかる。

 サラは机の前の椅子に腰掛け、机の引き出しを開けた。筆記具が入っている以外は何も入っていない。鏡台の引き出しも気になりそちらの引き出しも開けてみたが櫛以外は何も入っていない。

 サラはソファーに移動した。この部屋で自分は何をするのだろうか。本棚は見当たらないし、どのように時間を過ごすのかわかりかねた。

 暫くソファーに凭れかかっていると扉をノックする音が響いた。

「ヘンリーでございます」

「どうぞ」

 サラは身体を起こすとソファーに座り直した。ヘンリーは失礼致しますと断ってから扉を開けた。

「お待たせ致しました」

「いえ、大丈夫よ」

「部屋の中に珍しいものはございましたか」

 ヘンリーはサラの近くで立ち止まったので、サラはヘンリーにソファーに座るよう手で合図をした。ヘンリーは一礼してサラの前のソファーに腰掛ける。

「色々見させて貰ったけど、この部屋の目的がいまいち掴めなかったわ」

 サラは苦笑を溢した。

「寝室は一部屋しかございませんので、仮の寝室というのが一番の目的でごさいます」

「あぁ、そうよね。ずっと寝室で私が寝られるとは限らないもの」

 ヘンリーの言葉の意味をサラはすぐに理解した。今はよくても第二夫人が嫁いでくればクリフォードが誰を選ぶかなどわからない。ヘンリーはそんなサラに少し優しい表情を浮かべた。

「それもありますが、仮眠を取られる場合はこの部屋でお願いします」

「つまり寝室には私一人では入ってはいけない訳ね」

「寝室はクリフォード様の部屋になりますので留守中はご遠慮下さいませ。例外は掃除担当の使用人だけで私も入れません」

「わかったわ。それで今日は何用なの?」

 昨日、クリフォードが邪魔をしなかったので、ヘンリーはウォーグレイヴ家の歴史や現状などを簡単にサラに説明していた。

「本日はこの部屋及び衣裳部屋にある品々がどういうものか説明させて頂きます。その後、屋敷の案内と今後サラ様にこの家でどのように過ごして頂きたいかも説明させて頂きます」

 サラはヘンリーの手元を見た。彼は書類をいくつか束ねている。この部屋及び衣裳部屋にあるものがいくらかかったとか、どういう価値があるものなのかを説明する気なのだろうと思った。

「それは家宰の仕事の範疇なの?」

「サラ様のご実家に家宰はいなかったかと思いますのでわからないかもしれませんが、私は旦那様よりこの家全ての管理を任されております。若奥様の金銭感覚指導も私の範疇に入ります」

 サラはため息を吐いた。金銭感覚指導と言われても実家との感覚と離れすぎていて正しく理解出来るか自信がなかった。しかし覚えなくてはこの家では暮らせない。

「そう。では早速お願いしようかしら」

「見て頂きながら説明を聞いて頂いた方がわかりやすいと思います。衣装部屋への入室許可を頂けますでしょうか」

「いちいち許可がいるの? 一緒に入らないと説明して貰えないでしょう」

「次期当主正妻の衣装部屋に、例え家宰と言えど男が入るのは厳禁でございます」

 寝室の隣の扉はサラの自室の扉だった。その間にあるはずの衣裳部屋には廊下と繋がる扉がない。関係のない者が勝手に入れない仕組みなのだとサラは理解した。

「衣装部屋と廊下を繋ぐ扉が見つからなかったのはそういう理由なのね」

「左様でございます。つまりクリフォード様は寝室から自由に入れるという事になります」

「クリフォード様は何処へでも入れるのでしょう?」

 サラは冷めた視線をヘンリーに向けた。

「そのような事はございません。扉の鍵の位置を見て頂ければおわかりになると思いますけれど、クリフォード様と顔を合わせたくない時はこの部屋に籠る事が出来ます。強引に開ける権利はクリフォード様にはございませんので」

 ヘンリーの言葉にサラは少し驚いた表情を浮かべた。

「あら、意外。でもこの部屋に籠るなら本棚くらいはないと時間がもたないわね」

「書斎は別室になりますので、もしそのような状況になりましたら侍女に指示して頂ければ宜しいかと」

「その場合侍女は私の味方なのかしら?」

「どちらの意見も伺いますよ。お互いが傷つかないよう判断して行動すると思います」

「それなら皆に迷惑かけないよう籠らないようにするわね。では早速説明をお願いするわ」

「かしこまりました」

 ヘンリーはそう言って一礼をすると立ち上がり、衣装部屋へと続く扉を開けた。サラもソファーから立ち上がりその扉の奥に入る。彼も彼女に続くと静かに扉を閉めた。

「それでは部屋着から説明致します。驚かれるかもしれませんが、嘘は一切申し上げませんのでこれが公爵家なのだとご理解下さいませ」

「わかっているわ」

 サラはヘンリーに微笑んだ。彼はそれを受け止めると一着一着誰に作らせ、いくらかかったかを説明し始めた。最初のうちは彼女もきちんと聞いていたが総計を頭の中で計算しているうちに頭痛がしそうになったので、計算するのは止め一着をしっかり把握する事にした。

 部屋着と訪問着を一通り説明し終えると、ヘンリーは箪笥の引き出しを手で指し示した。

「こちらには下着が入っておりますが、高額なものではありませんし私が説明するのも憚られますので割愛させて頂きます」

「下着も彼の趣味で揃えられてるの?」

「勿論でございます。この部屋にある今回購入したものは全てクリフォード様が自ら選ばれております故」

「流石に複雑ね」

 下着くらいはエマなど女性が選んでいる事を期待していたのだが、やはりクリフォードが選んでいた。これも公爵家では当然なのか、クリフォードの我儘なのかわからなかったが、そこはあえて聞かないでおこうと彼女は思った。我儘だった場合対応に困る。こういうしきたりなのだと割り切った方が楽だ。

「サラ様の趣味に徐々に変えていけばよいだけでございます。暫くはクリフォード様を喜ばせる為と割り切って頂ければ助かります。次は素敵なドレスと宝飾品の説明に入らせて頂きます」

「見た目もそうだけど、価格も素敵なのね?」

「王城へ訪問される場合に着る事もございますので、当然でございます」

 ヘンリーは書類を捲り、まずはドレスの説明を始めた。サラはもう金額に驚く事はなかったが、どれもこれも彼女の両親が用意してくれたウェディングドレスよりも高額であったのがとても複雑だった。

 ドレスの説明を終えると先程下着が入っていると説明した箪笥の上にある二つの箱を開けた。

「こちらの宝飾品は代々ウォーグレイヴ家の正妻に伝えられるものでございます。クリフォード様の義母様が亡くなられて十三年ですので、その間ずっとこの中で眠っていた事になります。そしてこちらの箱に入っているのがクリフォード様が選ばれたものになります」

「沢山あるのね」

「代々伝わる高級な宝飾品は正妻の自尊心の表れでもあるのです。ちなみにこちらの首飾りが亡き奥様が唯一残されたものです」

 ヘンリーは宝石箱の中でも一際輝いている首飾りを指し示した。サラはそれをじっと見つめる。

「知らない女の人の息子の嫁に残すにしては素敵な首飾りね。お義母様の性格が垣間見えるようだわ」

「あの方は決して幸せな方ではありませんでしたから」

「ヘンリーはお義母様を知っているの?」

「私はこの家に仕えて十六年になりますけれども、その時には既に奥様は病床に就いてらっしゃいましたので、会話した事はございません」

「そう……」

 サラは視線を落とした。クリフォードの実の母ではない故に、したくもない苦労をしたであろうその人を思うと彼女は複雑な心境になった。

「もし亡き奥様について何かお聞きになりたい事がございましたら、レイにお尋ね下さいませ。彼女はこの家に一番長く仕えておりますので」

「つまりこの家のしきたり等はレイに尋ねるのが一番なのね」

「そうですね。わからない事がございましたらレイに確認されるのが一番早いかと思います。さて宝飾品の価格の説明を致して宜しいでしょうか?」

「えぇ、脱線させてごめんなさい」

「いえ。ではまずクリフォード様の購入された物から説明致します」

 そうしてヘンリーは淡々と宝飾品の価格を述べていった。サラは覚悟はしていたものの服とは比べ物にならない額に目眩がしそうだった。

「以上でこの部屋の説明は終わりになります。一応サラ様の私室の家具についての資料もございますが、どうされますか?」

「悪いけれど一旦休憩を入れてもいいかしら。話を聞いていただけなのに何故か疲労感があるの」

 一体自分がここに嫁ぐ為にいくらのお金が動いたのか、彼女は頭の中で計算出来なくなっていた。その金額分をクリフォードやウォーグレイヴ家に返す事を考えようとしても、頭が真っ白になって考えられない。男爵家では一生かかっても手に入らない物がありふれている、まるで別世界だった。

「かしこまりました。お茶とお菓子を用意させましょう。ソファーでおくつろぎになられながらお待ち頂けますか」

「えぇ、お願い」

 ヘンリーはサラの私室に繋がる扉を開けた。彼女はソファーへ向かって一直線に歩き、脱力したかのように座り込んだ。彼は彼女が座るのを確認してから部屋を出て行った。

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