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心変わり

 翌日、学校へ行くとクリフォードとエリオットは、何事もなかったかのようにサラを迎えてくれた。彼女は二人に、特にクリフォードに感謝をした。

 このまま何事もなかったかのように平穏に月日が流れ友達のまま卒業出来たなら、それはそれでこれから迎える結婚生活を支える思い出になるかもしれないとサラは思った。



 しかし、卒業を二ヶ月後に控えた冬のある日。普段通り登校したサラを迎えたのは険しい顔をしたクリフォードだった。

「おはよう。どうかしたの?」

 サラはクリフォードの異変の原因がわからず首を傾げた。彼は少し悲しそうな瞳を彼女に向ける。

「今日、授業終わったら少し時間もらえるかな?」

「え? えぇ。わかったわ」

 サラに断る理由はなかったが、何故か断ってはいけない気がした。



 放課後。サラとクリフォードは裏庭のベンチに腰掛けた。

 暫くクリフォードは黙っていたが、突然何かが外れたかのようにサラを見つめると口を開いた。

「結婚するって本当かよ!」

 サラはクリフォードからそんな言葉が出てくるとは思わず、驚いて何も言葉が浮かばなかった。

「何も言い返さないって事は、本当なんだ?」

 クリフォードは怒っているような、それでいて何処か悲しそうな表情を浮かべた。

「情報通ね」

 サラはそう言うのが精一杯だった。はっきりと肯定をする気にはなれなかった。

「どうしてあんな野郎と!」

「いやだ、相手までわかっているの?」

 怒り口調になってきたクリフォードをかわすように、サラはわざと明るい声を出した。

「噂を聞いていても立ってもいられなくて真相を追究した。何でトーマなんかと!」

「父が決めた結婚よ。貴族の娘に生まれたら政略結婚は当たり前の話だわ」

 サラは笑顔を作る。うまく出来ているかはわからないが、笑わなければ耐えられそうになかった。

「サラの父上が政略結婚を望むのならば、俺の方が価値はある」

「論点を何故そこに持っていくの?」

 サラは作り笑顔を崩すと、少し不機嫌そうな表情をクリフォードに向けた。

「だってそうだろ? あの野郎の家より当家の方が全てにおいて上じゃないか」

「まさか力を使ってこの結婚を破談にするつもり? もしそのような事をするつもりなら、例えクリフとて容赦しないわよ」

 サラは強くクリフォードを睨む。彼は一瞬怯んだ。

「……な、そこまで言わなくてもいいだろ? サラが望んでする結婚でもないのに」

「政略結婚は個人の問題ではなく家同士の問題なの。簡単に破談させていい問題ではない事くらい、わかるでしょう?」

 この結婚でサラの実家は子爵になる。サラの父は平民出身で、サラの母と結婚する事により貴族になり、更に上を目指して今この政略結婚を決めてきたのだ。

 サラは父が何故上を目指すかの理由はわかっている。目の前にいる、生まれた時から公爵家の男には理解し難い理由がそこにはある。

 クリフォードも出生について周囲から白い目で見られて育っているので、本当の意味での公爵家長男らしくはないのだが。


 サラとクリフォードの間に沈黙が訪れる。お互い言葉を発せずにいた。

 サラはこの場を今にも立ち去りたかったが、どう切り出せばいいのかわからなかった。

「……俺は父親に結婚相手を自由に選んでいいって言われてるんだ。だから相手はサラしかいないんだよ」

「自由に選べるのなら、侯爵家のお嬢様にした方が色々と楽だと思う」

「それは俺の出生のことを言ってるのか?」

「違うわよ。過去公爵家と男爵家が婚姻を結んだ例はないという意味しかないわ」

 クリフォードは出生についてコンプレックスを持っている。しかしサラはそんな彼に同情したりはしなかった。

 クリフォードの母親が誰なのかはわかっていない。ただクリフォードの父と正妻の間には娘三人しかおらず、またクリフォードの父が彼を跡継ぎと認め育てた為、 出生の話は表向き禁句になっており、わざとらしく誰も話そうとはしない。

 サラも噂しか知らず、事実がわからないので気にせずクリフォードと接していた。それが彼にとっては珍しく、愛しく思うきっかけだったのかもしれない。

「だけど法律違反ではないよ」

「そうね、でも前例がない事をするには好奇の視線が集中するわ。それはクリフにとって有利にはならないのではないのかしら?」

「そんな回りくどい言い方しなくても、嫌なら嫌ってはっきり言えばいいじゃんか」

 サラはすぐに言葉を紡ぐ事が出来なかった。トーマとクリフォードなら、どちらと結婚したいかの答えなど考えなくても出る。だがその答えを口には出来ない。

「……私が断ったらクリフの名前に傷が付くわ」

「じゃあ受けてよ」

「それは出来ないと何度言えばわかってくれるのよ」

「わかりたくないから、わかんない!」

 まるで少年のように拗ねたクリフォードはそっぽを向いた。


 サラはクリフォードを傷つけないような言葉が思い当たらず、暫く口を開けなかった。

 クリフォードは父親からは大切にされたかもしれないが、義母や姉達によく思われるはずもなく、今まで苦労が耐えなかったに違いない。だからサラは彼には幸せになってもらいたいと思っている。しかし、彼はその相手を彼女以外考えられない。

「クリフォードは私にとって、とても大切な友達。それ以上にはならないの」

「それは聞き飽きた」

「聞き飽きるほど聞いたなら、そろそろ理解して貰えたかしら?」

 サラの言葉に反応し、クリフォードは彼女の方を振り返った。

「わからないって言い飽きるくらい言ってるだろ!」

「そうね、この話はずっと平行線。するだけ無駄なのよ」

「無駄じゃない!」

 クリフォードの声がいつもよりも強い。サラの表情からゆとりが消えた。

「俺は絶対に諦めないから」

「そのような事を言わないで。私は父を裏切るつもりはないの。だからクリフとは結婚出来ない」

 俯いたサラの右手をクリフォードは強く引っ張った。

「俺は本気で言ってるんだからな?」

「私も嘘を言っているわけではないわ」

 悲痛に歪む表情を隠し、サラは思い切りクリフォードの手を振り払うと睨んだ。

「他に話がないなら帰る。また明日ね」

 サラは無理に作った微笑を浮かべるとクリフォードを残し、校門へと歩いていった。

 クリフォードはそんな彼女の背中が小さくなるのを見つめる事しか出来ない苛立ちを拳に込めて、側にある木の幹を思い切り叩いた。



 サラは早足で歩いていた足をふと止めた。自宅への道ではなく、エリオットの家へ向かって歩いていたのだ。

 今日はクリフォードがサラを呼び出していたから、エリオットは先に一人で帰っているに違いない。彼女は少し立ち止まった後、そのままエリオットの家に向かう事にした。


「いらっしゃい。紅茶でも淹れるよ」

 エリオットはサラに何も聞かず、それだけ言うと彼女を客間に通した。彼の両親は早くに他界し、他に誰も住んでいないので、この家は静かで生活感があまりない。

 少ししてティーポットとティーカップを持ってエリオットが客間に入ってきた。彼は無言のまま紅茶を注ぐとサラの前に差し出した。

「エリオットは優しいのか薄情なのかわからない」

 サラは紅茶に映る自分の姿を何となく見つめながら呟いた。

「どちらかと言えば薄情かな? 優しい言葉を私は知らないから」

 淡々とそう言うエリオットの声は無機質で、それが何故かサラには心安らいだ。

「何も言わない事が優しさになる時もあるわよ」

 サラは俯いたまま紅茶を口に運んだ。そしてティーカップを両手で支えてゆっくりと戻した。

「私ね、卒業したら父が決めた人と結婚をするの」

「えっ?」

 サラの言葉にエリオットは驚きを隠さなかった。その驚き方は嘘とは思えず、クリフォードは調べた事を彼に話していないのだろう。

「別に嫌ではないの。覚悟はしていたし、よくある話だから。ただ……」

「クリフの事?」

「えぇ。このままではいけないような気がして。クリフには幸せになって欲しいのに」

「クリフに幸せになって欲しいなら、サラが動くしかない」

「それだけは出来ないの」

 サラは俯いていた顔を上げエリオットを見つめた。彼はそれを無表情で受け止める。

「一体、サラは何を守っている?」

 エリオットは真剣な眼差しをサラに向けた。

「何って、父との約束」

「それは自分の幸せを犠牲にしてまで守らなければならない程重要なもの?」

「そ、それは……」

 エリオットのあまりの真剣さに、サラは何だか問い詰められてるような気がした。

「私だけの問題ではないもの。家と家の約束。簡単に壊せないわ」

 サラはエリオットを見る事が出来ず俯いてそう答えると一呼吸入れた。

「それに私はクリフの愛情にきっと耐え切れない」

「そんなに気負う事ではないと思うけど」

「いいえ、クリフの中で私はきっと美化されている。それを壊したら終わりなのよ」

 サラの声は思いつめたような声色で。エリオットは一呼吸取る為に紅茶を一口飲んだ。

「それなら壊してしまえばいい。そうすれば楽になれると思うけど」

「それが出来るならとっくにしてるわよ」

 サラは顔を上げてエリオットを睨んだ。その瞳には怒りと悲しみが入り混じっている。

「サラ、まさか――」

「それ以上は言わないで。わかりたくないの」

 サラは再び俯いた。エリオットはふっと笑った。

「私に告白したのは本気でないと思っていたけれど、そういう事」

「あの当時はエリオットが好きだったの。嘘ではないわ」

「ではその後に心変わりをしたと」

 優しく言うエリオットに対し、サラは俯いたまま口を開こうとしない。

「別にクリフには何も言わない。だけど、これでいいの?」

「これでいいの。私が何も言わなければクリフにわかるはずがないもの」

「でもそれはクリフの幸せに繋がらない」

 正論を言うエリオットの言葉がサラの胸に突き刺さる。言葉に詰まった彼女は突然立ち上がった。

「紅茶、ご馳走様。今日は帰るわ。また明日ね」

「サラ!」

 帰ろうとするサラの背中にエリオットは呼びかけ、彼女は一瞬歩みを止めた。

「後悔するのはサラなのだから、結論はしっかり考えてから出した方がいい」

 サラはその言葉を聞き終えるとすぐ扉を開け、エリオットの家を出て行った。

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