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公爵家の夕食

 サラの部屋でヘンリーが話をしている間、クリフォードが部屋を訪ねてくる事はなかった。その為、二人は屋敷に着いてから会話を交わす事もなく、別々で夕食を取る為に食堂へと向かった。

 サラは目の前のテーブルの大きさにもう驚かなかった。この屋敷の中でいちいち驚いていては気が休まらない。公爵家は規模が違う、そう思って全てを受け流す事に決めていた。それでもそのテーブルは二人では大きすぎるもので、両端に腰掛けたならば会話をするのも大変そうである。

 サラはヘンリーに案内されるまま先に席についた。クリフォード様と違和感なく呼べるように心の中で何度も繰り返しながら彼の到着を待った。

 暫くしてクリフォードが食堂に入ってきた。サラの座っている場所を確認してヘンリーを見る。

「端と端に座るの? 隣じゃなくて?」

「旦那様との食事の時は端と端でも文句を言われた事はなかったではありませんか」

 不満そうなクリフォードにヘンリーは無表情で対応する。

「父上とは別に食事中話す事もないけどさ。サラとは会話したいじゃん」

「むしろ旦那様と会話をして下さい。お食事中くらいしか時間がないのですから」

 ヘンリーにそう言われクリフォードは嫌そうな顔をした。

「父上と会話しても楽しくない。基本説教だし」

「クリフォード様、もう子供ではないのですよ。結婚されたのですから、もう少し大人の対応をして頂けないでしょうか」

 ヘンリーは無表情だがどこか馬鹿にしたような口調である。クリフォードはサラの方を見た。彼女もどこか呆れたような表情を浮かべている。

「わかったよ。端に座ればいいんだろ」

 クリフォードはそう言いながら端の席へとついた。

「サラ、ヘンリーにいじめられたりしなかった?」

「この家の事について教えて頂いただけですよ、クリフォード様」

 サラは自然と名前を呼べた事に安堵していた。そんな彼女の気持ちなど知らず、クリフォードは嫌そうな顔をしてヘンリーを見る。ヘンリーはそれを無表情で受け止めた。

「あの口調、一生続くって事?」

「二人きりの時までは強要致しません。ただ食事中は使用人が必ずおりますので砕けた会話は控えて頂けますでしょうか」

「わかったよ。会話せずに食べればいいんだろ」

 クリフォードは拗ねた表情をする。ヘンリーは冷めた目でクリフォードを見た。

「会話自体は何ら問題はありません」

「問題あるだろ? 他人行儀なサラの言葉なんか聞かない方がましだ」

「つまり私は今後一言も話さなければ宜しいのですね?」

 クリフォードは慌ててサラの方を見る。彼女はにこやかな表情をしているものの目が笑っていない。

「何でサラまでそんな事を言うの。それだと何の為に結婚したのかわからないじゃないか」

「ですが私はこの口調を改める気はございません。聞きたくないと仰るのでしたら話さないしか選択肢はないではありませんか」

 クリフォードは悔しそうにヘンリーを見る。

「何を吹き込んだんだよ!」

「私は公爵家の嫁として堂々と振る舞って頂きたいとお願い申し上げただけにございます。ではそろそろ食事が運ばれてくる頃ですので私は失礼致します」

 ヘンリーはクリフォードの事などお構いなしに頭を下げると食堂を出て行った。その後すぐ給仕二人が前菜を持って食堂に入ってきて、クリフォードとサラの前に皿を置いた。

「サーモンのリエットでございます」

 サラはリエットが何をさしているのかわからなかった。皿の上にはバケットと容器があり、容器の中にはクリームみたいなものが入っている。バターナイフが添えられているのでこれを塗れという事だろうか。彼女は皿からクリフォードに視線を移すと彼はバターナイフを容器に差し入れていた。どうやら無言で食事をするらしい。彼女はバケットを一口サイズにちぎり、バターナイフを手に取るとリエットをバケットに塗って口に運んだ。今まで食べた事のない美味しさに彼女は自然と表情が緩んだ。

「美味しそうに食べるね」

 クリフォードの言葉にサラは微笑みながら頷いた。

「いや、話してよ。丁寧な口調でいいから」

「美味しいです。クリフォード様はこんなに美味しい物を毎日食べていらっしゃったのですね」

「俺一人の時はコースじゃなかったよ。父上と食べる時はこうだけど」

「私に気を遣って頂かなくても宜しかったのに。何だか申し訳ないです」

 そう言いながらもサラは手が止まらない。バケットをちぎってはリエットを塗り、次から次へと口に運んでいき、あっという間に食べ終わってしまった。

 その頃合いを見計らったように給仕が次の皿を置き、空になった皿を下げる。

「きのこのポタージュでございます」

 サラはスプーンを手に取り早速口に運ぶ。今までこんな美味しいポタージュは飲んだ事がない。一体何が違うのだろう? 牛乳? 火加減? きのこの種類? 彼女は考えながらポタージュを口に運ぶ。

 その後も次々と運ばれてくる料理にサラは目を奪われ、美味しさを噛みしめ、クリフォードの事など気にせず黙々と食べ続けた。そんな彼女を彼は微笑ましく思い、あえて会話をせずに食事をした。


 食事が終わり、クリフォードが席を立った。サラはどうしていいのかわからずそのまま座っていると、彼が近付いてきて手を差し出す。

「居間に移動しよう」

 サラは頷いてクリフォードの手を取り立ち上がった。彼が手を強く握るので彼女も握り返した。それに気付いた彼は彼女に笑顔を向け、足取り軽く居間へと移動した。

 居間は中央にテーブル、それを囲むように三方にソファーが置いてあった。開いている一方の壁には暖炉があるが、今は初夏なので勿論火は熾されていない。天井からはシャンデリアが吊り下げられており、蝋燭の灯が部屋を煌々と照らしている。

「サラ、ここに座って」

 クリフォードはサラに三人掛けソファーの端に座るように言った。彼女は何故端に座るのかわからなかったが言われたまま腰掛けた。彼はにっこり笑い彼女と少し距離を置いて座ったかと思うと、彼女の膝に頭を乗せて寝転がった。

「ちょっ、クリフ。何をしてるの。誰か来たらどうするのよ」

「大丈夫。ノックして返事するまでは誰もあの扉を開けないよ。ヘンリーだってもう邪魔しないはず」

 クリフォードは仰向けになりサラを見上げる。彼女は困った表情をした。

「何でそんな表情なの? 駄目?」

「駄目じゃないけど……」

 クリフォードの瞳の奥に寂しさが見え隠れするのを感じ、サラはヘンリーの甘やかすとはどういう事を指すのだろうかと考えた。

 きっとクリフォードはサラとの距離をすぐにでも縮めたくて、またやっと手に入れた幸せを感じていたいのだ。彼女もまたずっと隠してきた想いを伝えられる所まで来た。これは甘やかすのではない、愛情表現のひとつに過ぎない。

 サラはそう自分の中で答えを出すとクリフォードに優しく微笑みかけた。

「痺れたら起きてよ? 痺れるまでだからね」

 サラの返事にクリフォードは微笑む。

「わかった。サラ大好き」

 笑顔のクリフォードにサラははにかむ。過去何度も言われていた言葉だが、改めて聞くと気恥ずかしかった。

「ここでは何をするの?」

「入浴の準備が整ったら知らせに来てくれるよ。それまでの休憩かな」

 入浴が終わったらあとは寝るだけ、そう思うとサラに緊張が走る。美味しい食事をしていてすっかり忘れていた。痣のある身体は見せたくない。幸せそうに微笑んでいるクリフォードに、それをどうやってうまく伝えようか彼女は悩んだ。

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