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父の歪んだ愛情

タグにつけていた虐待シーンが今回はあります。

苦手な方は避けて下さい。

 一方、ラディーナ家。夕食にて。


「食事の前に皆に聞いて欲しい事がある」

 サラの父は席に座るなりそう言った。

 既に席に座っていたサラの母、サラ、サラの兄、その兄の妻、そして席の横に立っていた召使い三人が一斉にサラの父を見た。

「今日、サラの婚約承諾書を送付した。年内にサラはアルフレッド様の御子息クリフォード様の所へ嫁ぐ事になる」

「おめでとう、サラ」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 皆から祝福され、サラは少し恥ずかしそうに頭を軽く下げた。

「この縁談がまとまり次第このラディーナ家も上流貴族の仲間入りを果たす。皆もそのつもりで今後宜しく頼むぞ」

「はい」

「では頂くとしよう」



 サラは食後自室に戻ると椅子に腰掛けた。

 あの父の性格なら申し込みを受けるとサラは確信していた。だが返事を出すのに五日かかっている。彼女は胸騒ぎがして落ちつかなかった。

 法律で離婚が禁じられている為、結婚後両家は親戚になるが一度嫁げば実家に帰る事は基本的にない。親戚ながらもあくまで貴族同士として付き合うにすぎない。勿論ただの知り合いよりは繋がりは強いので、お互い利益が合えば協力し合う事もある。

 貴族の結婚は主に二通り。両家の利益の為の結婚か、裕福な方が地位や金銭を使って強引に結婚するかである。

 サラとクリフォードの場合は表面上後者になる。つまりウォーグレイヴ家はサラの父に対し、かなりの地位なり金銭なりを用意したはずなのである。

 しかし五日も回答を焦らした。サラはそこに何か意味がある気がしてならなかった。

 国内でも三家しかない公爵家で、現在財務大臣であり今一番宰相に近いと言われるアルフレッドが家長であるウォーグレイヴ家。この家と婚姻関係を結びたいと貴族なら誰でも思い、その証拠にクリフォードの三人の異母姉達は既に皆嫁いでいる。

 しかし名声や世間体を気にするからこそ、クリフォードに対しては婚姻の申し込みはなかった。

 そのクリフォードが結婚を申し込むのである。男爵家では絶対に信じられない条件がついていたはずなのだ。しかもサラの家は既に兄が継ぐ事が決まっている。兄の嫁は男爵家から嫁いできており、現在妊娠している。サラを家に留めておく必要性はない。

 サラはベッドに仰向けに寝転んだ。いくら考えても答えがみつからない。もしかしたら思い過ごしかもしれない。娘を嫁に出す事を考え少し躊躇っただけかもしれない。

 しかしサラはどうしてもその考えが腑に落ちなかった。確かにこの家には兄とサラ、二人しか子供はいない。一人娘を評判の悪い貴族に嫁に出すのは普通なら躊躇うかもしれない。

 しかしあの父の事だ。娘と地位を天秤にかけて迷うとはとても思えず、サラは腑に落ちないまま考え込んでいた。

 突然考え事を遮るように部屋の扉をノックされ、サラは慌てて身体を起こした。

「はい」

「ワシだが、少しいいか?」

 言葉は疑問系ながら言い終わると同時に、サラの父は扉を開けて部屋の中に入ってきた。サラの身体に緊張が走り強張る。それを悟られまいと彼女は笑顔を浮かべた。

「どうかされましたか?」

 サラは極めて明るい声を出して父に椅子を勧めた。サラの父は椅子に腰掛けると彼女を真正面に捉える。

「お前は賢い娘だ。だから私の思いを汲み取ってくれると信じている」

「思い、ですか?」

「あぁ。今回の話はあまりにも良すぎて何か裏があるのではと勘ぐってしまったのだが、どうやら向こうの誠意のようだ。余程噂の悪さを気にしているのかもしれない」

 サラは父の言わんとする意味を汲み取れずとりあえず頷いた。

「あの噂が本当ならばお前は嫁いだ後も苦労するだろう。けれどもあの家にはこの家では考えられない程の財産がある。それがお前を救ってくれるであろう」

 サラは父親の言いたい意味を少し理解した。元々愛情など信じていない父。金さえあれば何でも手に入れられると信じている父。娘にもそうあれと説きたいのかもしれないと彼女は感じた。

「お父様、私の事は心配には及びません。この婚姻でもたらされるこの家への幸福を考えれば、私も幸せですから」

 サラは微笑を浮かべたが、父親の機嫌を損なわないように心中は穏やかではなかった。サラの父は彼女のそんな心を見透かしているかのような冷たい眼差しを向ける。彼女は背筋が凍るような感覚に陥った。

「相変わらずお前は口が上手いな。それなら何処へ嫁ごうとも暮らしていけるだろうよ」

 サラはまるで脳内まで凍りついたかのように何も言葉に出来なかった。忘れる事の出来ない記憶が彼女の恐怖を煽る。

「何だ、その目は」

 サラの父は椅子から立ち上がると、サラが座っていた椅子の脚を力強く蹴った。彼女はそのまま床に倒れ込む。

「正直に言えばいいだろう? ワシと離れられて嬉しいと。ワシから離れられるなら何処へでも嫁ぐと!」

 サラの父は倒れたままのサラを力強く蹴り続けた。彼女は声も上げず、小刻みに震えながら身体を丸くして耐え、収まるのを待った。

 数分が過ぎ、サラの父は肩で息をしながらサラの前に立ち尽くしていた。彼女は目が虚ろなまま蹴られた身体をさすっている。そんな彼女をサラの父は抱きしめて髪を撫でた。

「サラ。ワシの可愛いサラ」

 サラは虚ろな瞳のまま父に身を委ねた。

 サラの父はいつもこうだ。突然何かが切れたように彼女に暴力を振るい、気が済むと我に返るのか必ず彼女を抱きしめて髪を撫でる。

 それはサラが十歳頃から繰り返されてきた事であり、最初は許しを請おうと謝ったり色々口にしてみたのだが、何を言っても父が止まらない事がわかると、彼女はただ無言で耐える事だけを考えるようになった。

 サラの父は絶対に顔など隠せない場所には暴行しなかった。なので家族以外で気付いている者はいないだろう。

 暫くサラを抱きしめていたサラの父は、突然立ち上がると無言のまま部屋を出ていった。彼女は暫く虚ろな瞳のまま父が出ていった扉をぼんやりと見ていた。

 トーマとの婚約が決まってから約二年暴力を一切振るわなかった父が、今夜突然振るった理由をサラは見つけられずにいた。一体何が引っかかったのだろうか。何処で過ちを犯したのだろうか。


 静寂が戻っていた部屋に扉を叩く音が響いた。サラは我に返り衣服を整えると、慌てて椅子に座り直す。

「サラ、入ってもいいかしら?」

「どうぞ、お母様」

 サラの了承を得てからサラの母は扉を開け、部屋の中に入ってきた。そしてサラの隣の椅子に腰掛ける。

「あの人の様子がおかしかったから、もしかしてと思って」

 サラの母はサラの顔を見て不安が的中した事を確信した。

「ごめんね。また守ってあげられなくて」

 サラの母は優しく、けれども強くサラを抱きしめた。サラは首を横に振って答えると、彼女もまた母を強く抱きしめた。

 サラの母は父が暴力を振るったと気付くと、必ずサラの部屋へ来て彼女を抱きしめた。そして必ず同じ言葉を口にした。

「お父様は決して貴女が憎い訳ではないの。愛し過ぎているだけなのよ」

 サラは言葉の意味が未だに理解出来ないでいた。けれども呪文のように繰り返されるその言葉に何処か安心させられていた。

 しかし、サラの母はいつものようにここで言葉を切るのではなく続けた。

「お父様は不幸な人なの。愛情表現の方法に暴力があってはならないと頭ではわかっていても、心で理解出来ないの」

 サラの母はサラの両肩に手を置き身体を離すと、サラの瞳を真っ直ぐ見つめた。

「いざ貴女を嫁に出すと決めたら寂しくなったのでしょう。今まで抑えてきた事が逆に暴力を呼んでしまったみたいね」

 サラの母はそこで一息吐くと、優しい眼差しをサラに向けた。

「調べた所、クリフォード様は女性関係の悪い噂はあっても暴力を振るったとは聞かなかったの。だから貴女も決して彼を殴らずに、愛する事を心がけて」

「殴るなんて、そんな……」

 サラは今まで考えてもなかった事を言われて困惑した。サラの母はサラの手を優しく握ると続ける。

「お父様が何故貴女に暴力を振るうか。それはお父様も殴られて育ったからなのよ。貴女にもその血が流れている。クリフォード様に、そして生まれてくるであろう子供達に決してないとは言えない事をよく覚えておいて」

「お母様、私は――」

「大丈夫。きっとクリフォード様はサラを大切にして下さるわ。だからそれに応えればいい。ただそれだけの事よ」

 サラの母は優しく微笑んだ。サラは頷くのが精一杯だった。

 サラは今まで殴られるのは父親に愛されてないからだと思っていた。どうすれば殴られずにすむのかばかりを考えて、父の苦悩など考えもしなかった。そしてその苦悩が自分にも襲いかかるのかと思うと、彼女は不安にならずにはいられなかった。

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