失恋
謀婚の主人公ライラの両親の話ですが、こちらだけでも問題なく読めます。
元々こちらが先で、データが見つかったので見直して投稿しようと思い立った作品です。
「私、エリオットの事が好きよ」
ストレートな栗色の髪を腰まで靡かせている、とても端正な顔立ちのサラは目の前に立っている同級生のエリオットにそう伝えた。
しかし、エリオットは無表情でその言葉を受け止めた後少し困った表情をした。
「申し訳ないけど、私はサラを恋愛対象としてみた事は一度もないよ」
「……そう……よね。ごめん」
「謝らないで。私がただ恋愛が出来ないだけだ。それにサラには別に似合う人がいると思っているから」
少し微笑むエリオットに、サラは少し不機嫌そうな表情を向けた。
「クリフなら勘弁して」
「クリフがサラには一番似合うと思うけど」
「やめて、彼だけは無理」
少し苛ついた表情をするサラ。エリオットは苦笑を零す。
「わかった、それならもう言わない」
サラは笑顔で頷いた。
「今日はありがとう。聞いてくれて。明日からまた友達のままでいてくれる?」
「それは勿論」
エリオットが優しく微笑むのでサラは少しほっとした。
「ありがとう、また明日」
サラは軽く手を振るとエリオットの前から小走りで立ち去った。
サラは校舎の裏庭にあるベンチに腰掛けて息を整えていた。
本当はわかっていた。エリオットからすればただの友達だと。それでも彼女はどうしても伝えたかった。伝えなければ前へ進めない。そう思った。
サラは俯き両手で顔を覆った。昨夜の父の台詞が頭をよぎる。
『お前の結婚相手、決めてきたぞ』
エリオットに助けて欲しかったわけではない。
ただサラは好きでもない相手と結婚させられる前に、好意を持った人と少し甘い時間を共有したかった。不孝になるであろうと予想される結婚生活を耐え切る為の何かが欲しかった。
しかし手に入れられなかった。サラは涙を堪える事が出来ず、声を殺しながら泣いた。
どれほど時間が経ったのかはわからない。けれど涙を流す事によりサラは少しスッキリした。両手で涙の跡を拭い、先程から背後に感じる気配に声をかけた。
「クリフ、一体いつまでそこに隠れているつもり?」
ベンチの後方にある大きな古代樹の陰に隠れていたクリフォードはその言葉を聞き終えると、バツが悪そうにサラの方へ歩み寄った。
「いや、ごめん。サラが泣くとは想定してなくて、さ」
「何よ、それ。私に涙がないとでも思っていたの?」
クリフォードはサラの横に腰掛けると強く否定するように首を横に振った。
「そんな事は思ってないよ。ただ……」
クリフォードは少し俯いて声のトーンを落とした。
「ただ……成功しない事はわかっていて告白したと思ってたから」
「確かに心の何処かに希望はあったけど、こういう結果になるだろうとは思ってたかもしれないわね」
サラは明るめの声でそう言いながら微笑を浮かべた。そんな彼女にクリフォードは真剣な表情を向ける。
「俺ならサラを泣かせたりしないのに」
サラはクリフォードの真剣さから逃れるような苦笑を浮かべた。
「友達以上には思えないと前から言っているはずだけど」
クリフォードは少し悲しそうな表情をサラに向けた。
「どうして? どうして俺じゃ駄目なの?」
クリフォードの縋るような視線をサラはわざと外した。
「理由を聞かれても困るのよ。食べ物に好き嫌いがあるように、私にとってクリフは一番にならないの」
「それならどうしたらサラの一番になれる? 俺、頑張るから」
「頑張らなくていいわ。クリフは他の人を探せばいいだけの話よ」
サラは冷たくそう言うと立ち上がり、クリフォードに背を向けた。過去何度となく繰り返されたこの会話は、彼女にとって疲労が増すだけなのだ。
「サラ以上の女なんかいるわけない」
「数え切れないくらいいるわよ。クリフよりいい男が世の中にいる以上にね」
「サラはこんなに俺が言い続けているのに他の人と結婚するの?」
悲しみと怒りが混ざったような視線をサラは背中で受け止めた。今一番聞きたくない言葉を言われて、彼女は返答に少し詰まる。
「……そうね。少なくともクリフと結婚する事はないと思う」
「どうしてそんなにはっきり――」
「私にとってクリフ、これからはエリオットも友達。それ以上ではないの」
「エリオットへの想いは諦めるんだ」
「絶対に叶わない事はわかったから。きっとけじめをつけたかっただけ」
サラは振り返ると少し寂しそうに微笑んだ。
「だからクリフ、お願い。三人友達のままで卒業しましょう?」
クリフォードは立ち上がりサラに手を差し出そうとしてやめた。
「……わかった、もう言わなければいいんだろ?」
「そうね。わかってくれたのなら嬉しいわ」
サラは微笑んだ。クリフォードはその笑顔を寂しそうに受け止めた。
帰り送っていくと言うクリフォードを断って、サラは帰路いつも別れる道で彼と別れた。
その後は早足で家まで戻ると、すぐに自室に入りベッドにうつ伏せに寝転がった。
このガレス王国で学校に主に通うのは伯爵家以上である。クリフォードは代々大臣を務める由緒ある公爵家唯一の男子。それに対し、サラとエリオットは男爵家であり優等生制度により通っている、所謂特例生徒。本来なら友達にはなりえない階級の差がある。
現に同級生でサラやエリオットと話をするのはクリフォードだけである。その差を越えての結婚など簡単な事ではない。ましてやクリフォードは知らないが、サラには父が決めてきた結婚相手がいる。卒業と共に嫁ぐ事が既に決まっているのだ。
サラはベッドの上で寝返りをうち、天井を見つめた。
サラにとって父の命令は絶対である。学校に通う代わりに卒業後、父の望む縁談に文句を言わないという約束を入学前に交わしているからだ。それでも娘を思う父親なら、娘の夫にして申し分ない男を選んできてくれるだろうと彼女は期待をしていた。
しかし現実はそう甘くはなかった。相手は子爵の悪評ばかりが目立つ男。幸せになれそうな気配が漂っていない。
ガレス王国は頂点に王族が存在しその下に貴族・騎士・市民と階級が続く。その中でも細かく分かれており、貴族だけみても公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と大まかに五つに分かれる。
法律上、本人の努力次第で階級を上がる事は可能だが容易い事ではない。一番簡単な方法が政略結婚である。 父が決めてきた結婚により、サラの実家は男爵から子爵へと格上げになるのだ。
勿論、クリフォードと結婚すれば侯爵まで一気に格上げされるがいい事ばかりとは限らない。昔からの公爵家・侯爵家に潰される的になり、下手すれば貴族からも転落する。
サラは両手で顔を覆って目を閉じる。もう考え事はしたくなかった。